第33話 生きる為に走る(前編)
ポッドの前で、代表的な者達が全員緊張した面持ちで立ち尽くしている。
「今回発生しておる大発生は、ゴブリンが主たる物じゃ。規模はまだ小さいが、そろそろキングが生まれそうじゃな。もしかしたら爆発的に増えるやもしれん」
他の面々は、ポッドの発言に頷き事態を受け止めているが、対して俺は初めて経験するそれに多少なりとも焦りが生じている。
「ポッド、俺大発生とか経験したことないんだけど、相手の具体的な数はわかる? あとゴブリンが主って言ってたけど、他にも種類が増えることあるの? っていうか森で発生しているって、森のどのあたり?」
ト・ルースが俺の腰辺りを軽くポンと叩いてきた。
「ホリ殿、落ち着いてくだされ。男はどっしりと構えておる方がモテますぞ」ヒッヒッヒ、と俺の不安を和らげようと冗談を言ってくれる。
そうだな、そうだった。まずは冷静に考えて事態を受け止める努力をしないと。
ポッドは、俺が落ち着くのを見計らうように葉を揺らしながら口を開いた。
「その兆候は以前よりあったんじゃ、ホリとアリヤがゴブリン達と戦闘になった場所があるじゃろ? そこより少し森の奥に入ったところに瘴気が渦巻いておったからの。それに呼応するように集まってきて、あの森に流れてきたゴブリンにホリ達は会ったんじゃ」
なんて運が悪い自分……。軽く眩暈を起こしてクラクラとしてくる。
「数としては今は百に届くかというところじゃ、相手の種類が増えるとしたら集まってきたり、生まれたりしたイータルヴォルフかの。ゴブリン達がよく手懐ける狼のような怪物じゃよ」
「ひゃ、百!?」と声が出てしまった。
隣にいたウォックが声を出す。
「まだそんな物か。ホリ、命じてくれれば私が屠ってくるぞ」と頼もしい発言。
「ホントに!?」とつい彼女の手を握りしめ、縋るようになってしまった。必死すぎて情けないが、それでも戦闘は怖い。
「それがの、少し今回の瘴気の流れが変わっておるんじゃ。大きく渦巻く一つの本流がある訳ではない、小さく川の流れのように別れた先でいくつか渦巻いておる。じゃからどうなるかが読めん」
大きな物だと、どこでモンスターが発生するかもわかりやすい、だが今回のように複数あると、他の流れと吸い寄せ合う事で大きくなってしまうので、場所がかなり変わるという事らしい。全く別の場所で本流となった瘴気がモンスターを発生させるという事態もよくあるのだとか。
「そしてな、瘴気が集まっている場所の内の一つに、ここより程近い物が一つあるんじゃ。もしかしたら、其処より此方にやってくるかもしれんからの」
なるほど、注意しておいて損はないな。戦闘も避けられないかもしれない。
「それでその場所の候補って他にどの辺りになるの?」
葉を騒がせ、少し考え込んでいるようにしている彼は少し唸る。
「ううむ、それがな。その場所とあとはお主らが行っておる森付近にいくつかという具合なんじゃ。運良く森に発生しても、今度は森に行く時にゴブリンに手を焼かされるじゃろうな」
そうか、そうなると今度は日常生活で必要な物が取得困難になるって訳だ。どう足掻いても戦闘になり、かつモンスターの集団を潰すしかないって事か。
「それならいっその事纏めて平地で潰してしまった方が後々楽になる……か」
ゼルシュが小さく呟いた言葉に、ウォックも続ける。
「むしろ森で遭遇し、不意を突かれるような戦いになると、殊更ゴブリンは手強い。相手に勝つための発想、どんな手段でも平然としてくるしな」
それを聞いたペイトンが「それに……」と続けた。
「奴らの武器も問題です。あれらの武器の刃には糞尿がつけられていて、傷を負うと病になります。上級ゴブリンの奴らが持っている武器には、毒の棘がついている事も多いです。この状況だとポッド様、ト・ルース殿の二人しか解毒もできないでしょう」
森で不意を突かれ、少しでも切られたりしたら毒や病でアウト。となると……。
「森に攻め込むよりも、誘い出して平地でやり合う方がまだ条件としてはマシってところかな? どちらにしても数もかなりの差があるから、物量差で厳しいか」
ポッドが少し唸り、悩みの種を打ち明けてきた。
「それとな、ホリ。森には若いトレントがかなりおる。まだ若い故に移動する術を持っとらんから、逃げられん。出来れば、ゴブリンの数を減らしてくれるとありがたいんじゃが……。難しいかのう」
珍しくポッドが弱気だが、何とかしてあげたい。普段世話になっているんだ、何とか助けてやりたいのが人情だろう。しかしなぁ……。
ゼルシュが尻尾で地面を軽く叩く。
「そうなると敵の数もそうだが、戦いを始める場所が問題だな」
ウォックがそれを聞き頷いた。
「ああ、雑魚なら幾らいても物の数にはならんが、滅ぼすのには時間がかかる。そして雲行きが怪しくなれば即座に逃げ出すだろうが、ポッド様の言葉を尊重するなら、森に逃げ込まれてはダメだ。ゴブリンの王がいるなら確実に仕留めておかないとすぐに増えるしな」
つまり、大量のゴブリンを、森から離れたところで時間をかけずに数を減らす、殲滅するのが望ましいと。そして可能な限りでゴブリンキングを倒せと? うん、無理じゃないの?
ト・ルースが顎を爪で掻くようにしながら、口を開いてきた。
「あれらは自分達より強い種が複数固まっておると、機会を待つ。最悪別の目標を選び出す事もあるしの。あたしらが固まってたら早々攻めては来ない。さてどうしたもんかねぇ」
うーん、こんな事はやりたくはなかったけど、背に腹は代えられないか……。
「おとりを使って、誘い出すしかないか。それと種族も限定されるな、おとりになる候補は……」
目を強く瞑り、現実から逃げるようにしながらも、思いついてしまったことを口にする。
「俺なんだよなぁ……!」
以前に森で襲われた事から、人間相手で戸惑う事はないのがわかっている。
更に、アリヤと二人で行動している時でもまず俺を狙ってきたことから、弱い者から確実に潰すという行動を取るだろう。
しかし、それには少し難色を示される。最初に口を開いてきたのはポッドだ。
「しかしの、ホリよ。最悪とっ捕まって死ぬぞ? 別の作戦の方がいいと思うんじゃが……」
ト・ルースもそれに続く。
「それに、人間一人に百を超すゴブリンがきますかねぇ……? 面白がって十匹も来ればまだいい方かもしれませんぞ」
その中で、一際はっきりとした声量で意思を表明する者達が現れた。
「アリヤ達モイクヨ! 俺達ナラ、同種ノゴブリン! アイツラ油断スル!」
「僕タチガ、ホリ様ヲ守ルヨ!」
ゴブリン達三匹は右手を大きく掲げ、気合を見せている。
どうしよう? と周りに視線を移し、周囲の者達の意見を待つ。
「アリヤ殿達なら、戦闘力も高く連携も巧みで、早々やられるという事はないでしょうね」とペイトンが一言添える。
周りも特に反対という事はないようだ、いや俺的にはやりたくない、囮。でも仕方ない、これでやってみるかな?
「ならもう少し作戦を練っておこう。ポッド、モンスターの群れというか、キングが生まれたら教えてくれる? どれくらいで生まれるのか知らないけどさ」
ポッドは少し唸り、体を揺らすように考えている。
「ううむ、そう遠くないぞ。遅くとも太陽が数回沈むまでに誕生するじゃろう」
え、かなり切迫してるじゃないか状況が!
狼狽えている俺に落ち着くように言いながら、ウォックが情報を追加してくれる。
「瘴気で生まれるゴブリンは全て夜行性だ、最悪の場合王が誕生した夜にはここに攻め入ってくるという事になるな」
ゼルシュが更に補足をしてくれる。
「生まれたばかりの王による作用かは不明だが、王を迎えた奴らは飢えた動物よりも食う事に貪欲になる。即座に喰らいついてくるから囮をやるのなら気を付けろ」
やるしかない、のかな。
高鳴る心臓を落ち着かせる為に深く呼吸をしてから告げる。
「じゃあ、囮は俺とアリヤ達。誘い出す方法はこちらで考えておくよ。誘き出す場所は、瘴気の流れと王の生まれた場所で変わるからいくつかポイントを作ろう。それと、集団戦になるのなら色々準備しておかないとね」
そう締め括り、話し合いが終わる。
細かい打ち合わせはこの確実に起こるであろう事態を、拠点の者達全員に説明してからという流れになった。
ただやはりというか、死線を潜り抜けている者が多いからか。それ程取り乱す者はいなかった。
準備としていくつか進めている事がある。
大きめの簡易拠点を二つほど増やしたり、スライム君に頼んである物を準備してもらったり。
ケンタウロスには矢の準備を、リザードマンにはかがり火を設置してもらっている。保管してある木材の量から、どちらもそれ程の数を用意できなかったのは痛い。
以前にグスタールで購入した矢は今後の為にも残しておきたいので、急造の矢を中心に使わざるを得ないなど、準備に掛けられる時間が圧倒的に足りないが、やるしかないのだ。
そうして、一日、二日と過ぎていく。
流れ者と呼ばれるゴブリン達の発見報告がかなりの数に上っている中で、俺自身あまり思い出したくもないのだが、遭遇し一匹切り殺している。
初めて剣がまともに当たった喜びよりも、剣で袈裟を斬るようにして殺した相手の血液を顔面で浴びてしまった事と斬った相手の惨状で多少参ってしまい、その日は食事をすることもあまりできずに吐いている事の方が多かった。
「ん? どうしたのォ? ホリ、なんか暗くなァい?」
「ホリ様、今日ゴブリン殺シタ、ソレデ少シ疲レテルッテイッテタ」
「ふゥん? ……ホリはあまり争い事になれてないわよねェ。仕方ないわ、オネェさんにお任せェ」
「エッ」
夜にやってきたラヴィーニアとアリヤが遠くで会話しており、ベルとシーも見守る中、そのアラクネがボーっとしていた俺の前にやってきた。
「ラヴィーニアか、なんか用?」
「ホリィ、目を瞑ってくれるゥ?」
言われるがまま目を瞑る。
次の瞬間、何かわからないが素晴らしい感触に包まれ頭を撫でられる。
こ、この感触は……! そして鼻孔を擽るこの甘い花の香り……、な、何かはわからないが、OPI一級鑑定士の者としては逃げるわけにはいかない!!
全力で楽しませてもらおう! 何かはわからないが!
近くから「キャー」という声が聞こえる。アリヤの物だろうか? だが今はそれどころではない! 全神経を顔に集中させるのだ!! 何かは全く分からないが!!
ラヴィーニアによる『甘やかす立ち直らせ術』により、様々な元気が出たので、何とか持ち直した。
心配してくれたゴブリン達とラヴィーニアにお礼を伝え、頭を下げるとラヴィーニアがクスクスと楽し気に笑っている。
「満足してくれたかしらァ?」
「ああ、次は服なしでよろしく」と最低な発言をしたところ、ゴブリン達に糾弾されたのでそれ以上の発言はやめておいた。
ラヴィーニアがお腹を押さえるように笑いながら「機会があればねェ」と言ってきた。掴み取るしかない!
その次の日、ポッドに先日と同じメンバーが呼び出され、いよいよかと腹を括る。
「ホリ、どうやらゴブリンキングが誕生したようじゃ。奴らは今、王の誕生を祝うように森の獣を食い散らかしている。数は大凡じゃが三百といったところじゃ」
さ、三百……!?
こちらの戦闘可能な人数が大体四十弱なのに! 増えすぎ!
「か、かなり多くなったんだね……」
「うむ、瘴気の方からかなり生まれたが、今は原因の瘴気が少し散り始めておるから増えてもあと百程かの。今夜辺りには完全に散っておると思うぞ」
つまり、やるなら今日の晩という事か。そして最大で四百まで増えると……。
作戦の決定事項は変わらない、準備もそれなりに完了している。
だがそれでも、怖いことに変わりはないし、戦う事に慣れるという程場数を踏んでいる訳でもない。
だが……。
「ホリ様! 頑張リマショウ! アイツラボコボコニシテヤリマス!」
「ヤッタルゾー!」
「ホリ様、いよいよですな。しっかりやらんと妻にどやされます。私も頑張りますよ!」
「ホリ、幾人かのリザードマンをポッド様の周囲護衛にしておいた。リーダーをペイトンに任せておいたからこれでポッド様も安全と言えるだろう」
「久々に自由に戦える……! オレグ、矢の数は如何程ある?」
「一人につき十ほどです。ポッド様の言われる通りの数ですと少々心許ないですな」
「構わん、足りない分は私が薙ぎ払おう。フフフ、腕がなるな。弓隊の指揮はお前に一任するぞ」
「ハッ」
なんでみんな、そんなにやる気満々なの? いや頼もしくてありがたいけども。
ポッドが大きく体を揺らすようにし、楽し気に笑っている。
「ホリ、頼もしい仲間じゃの。トレントの若い子らの為とはいえ、難しい事を言っているのもわかっている。だが、よろしく頼む」
ここまで来て、怖気づくなんて事をしている暇もないもんだ、やるしかない!
「おし! 戦う準備は出来ている! やったりますか!!」
自分の中で積みあがる緊張を崩すように、大声を張り上げる。
それに呼応するように皆からも一斉に返事が飛んできて、最終確認の為の作戦会議を済ませた。
そして、俺とアリヤ、ベル、シーの四人はポッドから聞き出したゴブリン達の王がいる場所近くに荷車を牽いてやってきている。
この荷車も新たに作成したもので、鉱石を使うのは勿論の事、軽量化も果たしている移動に適した物である。
時刻はそろそろ赤い空を終え、宵の口を迎えようとしている頃。まさに夜行性の敵が活発に行動を始める時刻となっている。
「はぁ……、怖くて震えてくる……。大丈夫だよなぁ……」
「ホリ様、大丈夫デス! 奴ラボコボコニシマスカラ!」
「ボコボコ! ボコボコ!」
シーは興奮しきりの彼らに落ち着けというジェスチャーをしている。
「うん、でも俺達の役目は出来る限り多くの敵を引っ張り込む事だからね? 森の中から飛び道具でやられないようにしていこうね。ねえアリヤ、ベルも聞いてる?」
「ボコボコ! ボコボコ!」と何処かの民族のように言っている彼らはシーに任せて、計画の準備に入る。
荷馬車に大きな布をかけてあるので、それを畳み、たき火の準備をする。
盛大な火力が必要だ、ケンタウロス達がかなり油を持っていたが、そちらは主に別の使い方をしているので、こちらには余り分くらいしか回せなかった。
「ん? どうしたのシー?」
チョンチョンと肩を突かれ、彼の方を向くと、森の方を指差し何かを警戒している。
来たか……!?
流石にアリヤとベルも気づいたのか、息を殺すように静かになった。
「おし、三人共、作戦を始めるぞ!」
俺達が最初にとる作戦! それは……。
ジュー、ジュー、という食欲を湧き立たせる音に合わせて、スライム君の作成した特製タレが香ばしく周囲に匂い立つ!
作成した荷馬車は、二重の底のようになっており、下の段に薪と火を入れ、上の段で焼けるという移動焼肉機なのだ!
シューツボアと呼ばれる豚の焼肉による誘き出し大作戦!
そして、大き目の団扇とシーの魔法により、それを森全体に漂わせるようにしていると、森が揺れているような錯覚を感じた。
ゴブリン達が大挙して押し寄せているのだろう。確認はしていないが。
飢えたゴブリンの鼻先にお肉作戦、第一段階は大成功だ!
そしてこの作戦の肝となるのはここからだ!
「よし! 三人共、いくぞ!!」
俺達四人は豚を焼きながら、荷車を引いて全力で走り始める。
俺達とゴブリン達の命を懸けた、まさに鬼ごっこの火蓋が切って落とされた――




