第28話 柔らかいモノ
少し修正しました。
熱い、苦しい、痛い。
この世界に来る前に闘病していた時、何度となく味わい続けた苦汁。血を吐くような思いを耐え続けた経験はこういう時にも生きてくるのか、全身から送られてくる警告にも何とか堪え闇の中からこちらを見ている謎の生物に視線を送る。
何かに束縛されている体に、自由になるのは右手だけ。
腕輪もアテにならない。腰に下げている剣も体の自由を奪っている物によって使う事はできないだろう。
痛みで思考が鈍るが、それでも暗闇の中で多少動きを見せるルビーの光から目を離さぬよう必死だった。
そしてこの闇の中でも耳に触る独特な音。
恐らくこの音を出しているであろう光の主の存在が何よりも意識を手放す事を拒否させた。
そしてどれ程の時間そうしていたかはわからない。
相手からしたら短い時間なのかもしれないが、痛みと戦っているこちらはとても長く感じている中で、突如として足を何かに捕まれ再度転がされる。
前のめりに倒れ、咄嗟に腕で顔から落ちる事は避けたが痛みを感じ続けている肋骨に再度大きな痛みが走った。
「うぐっ」と呻き声が出て、口の中に広がってくるのは鉄の味。
この不条理な目に合わせてくる赤い光の元凶にそれでも目を離さないようにしていた。
その時、意外にも闇の中から声がしてきた。
「あらァ? 意外と頑丈ねェ。そろそろ泣き叫ぶ頃だと思ったのに」
「姉様、流石にお戯れが過ぎますよ」
「そうです……、いっそもうトドメを……」
三方向、どれもその闇の中で光るルビーの光がある場所からそういった声が聞こえる。その中の一人、右側の光の方から声を掛けられた。
「おい人間、お前この近くに仲間はいるのか? いるなら場所を教えろ」
そう言葉をぶつけられたが、流石に腹が立っているのでどうしたものか。
「教えるかヴァーカ!!」
つい、気づくとそう声を出していた。
仕方ない、この理不尽な目にあっているのだ、つい言葉が刺々しくなるのも仕方ないのだ!
誰に言うでもなく、完全な言い訳を頭の中で何度も反芻していた。
意外な解答を喰らった声の主達、特に真ん中の奴が特に頭に来たようで。
「フフフ、骨の一、二本で勘弁してやろうと思ったけどォ、どこまで折ったら従順になるのか見るのもいいわねェ」
「なるかバカ野郎! もう既に死にそうだわ!」
売り言葉に買い言葉、そんな事をするつもりもない相手はその強大な力で俺を宙吊りにしていく。
何故かドンドン恥ずかしいポーズになっていくんですがそれは。
「ううん? あまりいい男じゃないわねェ。子種にしようと思ったのにィ」
「やかましいわ!」
悲しい現実から目を背ける為、言葉を返す。
三方向から「いやむしろこっちの方が愛嬌が」だの、「面白い」だのと人の心を何だと思っている! 泣いてる子もいるんですよ!!
空中で宙吊りにされ、大股開きのポーズで放置され熱くなっている議論がされている中、「帰してくれぇ」とつい泣き言を言ってしまった。
「あらァ、帰れると思ってるの? 種にした後は栄養になってもらうから大丈夫よォ」
語尾にハートがつきそうな声色だ。
楽し気な声に尚の事腹が立つ。
「とりあえずゥ、裸に剥いちゃいましょう?」
という言葉と共に、両足が別方向に引っ張られる力が強くなる。
「イダダダダッ!! 裂けるわアホ! 何がしてえんだ!!」
闇の中の光に向かってとにかく叫ぶ。
こちらの言葉など聞いてないかのように会話が行われる闇の中。
「レリーア姉様……、私がやる、邪魔しないで」
「いえ、トレニィアにはまだ早いわ。私に任せて」
その話し合いの結果なのか、足をあちらこちらへ引っ張られ宙吊りにされている、ゲームキャラのハルウララ的必殺技を闇の中繰り出している俺。
流石に、気が遠くなってきた。
意識を強く保つようにきつく唇を噛み締める。
「貴方達、喧嘩するなら手を一度止めたらァ? 可哀想よォ。あと服を脱がせるなら糸じゃなくて手を使ってやりなさいな」
一度床に降ろされ、今度は完全に動きを封じられた。
こいつらの足音だったカチカチという音に合わせ、正面にあった赤い光はどんどんこちらに寄ってきている。
闇に目が慣れ、薄ぼんやりと見えてきた。
こちらに人……?の形をした何かが見える。それ以上はわからないが窺える全体像はかなり大きい。
「ごめんねェ、妹達も経験はないから私が代表してやるわねェ」
「姉様! ズルい! 自分だって母様のを覗いてただけなのに!」
「ラヴィーニア姉様……、耳年魔よりもここは若さが大事、私がやる……!」
ギャーギャーと騒がしい! 何なんだこいつらは!
「お前ら何なんだよ! 何がしたいんだ!」
そう叫んだら、近づいてきた奴が上に圧し掛かるように体の上に覆い被さってきた。
「何がしたいってさっき言ったじゃない? 子種が欲しいの。あと食料もねェ」
それに――と声が続ける。ずいと近づいてきた顔は少しの光源で見えた限り、息を吞む美人の物だった。だがその事実よりも、いくつもの紅い目がその美しさよりも目についた。
「私達はアラクネ、『お前ら』じゃないわァ。私の名前はラヴィーニア。よろしくね子種ちゃん」
そいつはそう言うと、暗闇の中で衣擦れのような音を出し、パサリと地面に何かが落ちた。
そして今、俺はもぞもぞと弄られている。
「あらァ……? これ……? うぅーん?」
俺はその推定美人の行為に抗う。それはもう必死に。
「何してんだ! 腰紐があるだろそこに! それ緩める!」
俺の声に反応するかのようにピクッと少し動きが止まる。
「こ、これかしらァ……?」
「そう! それ! それ緩めて脱がせてほら!」
「は、はァい……」と素直に応じてくれる声の主。
もうこちらは捨て身で抗っていく。そうしていたら、こちらの体を這わすようにしている指の爪に皮膚を軽く引き裂かれる。
「痛ッ!! 何してんの! 満足に服を脱がせられない訳!?」
「す、すいませェん……」と声が小さくなっていく。
くう、なんて辛い! 俺はこのまま凌辱され、食料にされてしまうのか!
辛いなぁ!
「や、やめろお、そのままパンツの紐も緩めるなあ、あああヤメテェー(棒)」
相手は少し持ち直してきたように、声に力が戻る。
「ふ、フフフ……これねェ? さぁ私達の為に体を捧げなさァい?」
「あああ、やめろお、エロい感じに舌で体を舐めつけるようにしないでくれええ」
「こ、こうかしらァ……?」
チロチロ首筋を舐められるようにしている。
うーん、及第点!!
パンツの紐に指をかけられ、緩められようとしている。
「ああああ、たすけてえだれかあ」
「フフ、叫んでも誰も……、あらァ? これどうなって……?」
少し手が覚束ない。焦れる。
パンツの紐とズボンの紐の場所が重なっていると面倒なので、少し改良したのが仇になったか!
「ああ、そんな脇に結んである蝶結びを解かないでえ」
「あ、これねェ。観念なさァい? もう貴方は私達のモノよォ?」
もっとこう妖艶さが欲しいな、色気というか。
「姉様、なんかちょっとおかしくないですか?」
「ラヴィーニア姉様……、なんか違う……」
ああ、汚されてしまう。
最後の思い出にチラ見えした美人に汚されて食料にされてしまう。
でもいい、美人だもの。良い人生だった。
そんな風に考えている時に騒がしく足音が通路の方から響いてきた。
「ホリ様、今タスケル!」
「ホリ! 無事か!」
どうやらみんなが助けに来てくれたようだ!
やった! これで何とかなるかもしれないぞ!
「あ、おかまいなく」「エッ?」
つい言葉が口から出てしまったが、一つ咳払いをして。
「みんなたすけてくれー」
その言葉に呼応するように闇を照らす白い魔石が幾つか投げ込まれ、部屋全体が明るくなる。
そしてそれにより、こんな目に合わせてくれた元凶の姿が見える。
で、でかい! F……? それ以上か!? 何がとは言わないが拝みたくなる!
女性の顔と上半身、そして下半身が蜘蛛。
それも一人一人色も模様も違う。しっかりと見たわけじゃないが、俺の上にいる奴、ラヴィーニアとか言ったか? の蜘蛛の体は全体的に黒く、黄色の縞模様が入っており腹の部分に赤い模様がついている。
他の二人のアラクネ達に目をやろうとした時、目の前にいる蜘蛛に抱きしめられ何かに包まれるようにされている。こ、これは……!
暫くこうしていよう。特に理由はないが。
「何よこいつらァ! これは私達の獲物よォ! 二人共、やるわよォ!」
「はい!」
「了解……!」
何かわからない物に包まれ、感触を楽しんでいる。
何かはわからないが、動きに合わせて形を変える柔らかさと寒い夜に欲しくなる温かさ。寝具に最高と思われるソレを全力で楽しんでいた。
そして、この匂い。
何かは全く分からないが、出来れば長い時間をかけて嗅いでおきたい優しい花の香りがする。一体何なのだろう!? この正体は!
そうしている間にも耳には剣戟によるものなのか激しい戦闘音が聞こえてくる。
もう少し、神様もう少しだけ。時間を下さい。
「く、アリヤ! ホリを何とか解放させるぞ! 援護してくれ!」
「ワカッタ!」
声の主はゼルシュとアリヤだろう。
あちらは助けてくれようと必死なのはわかる。だが何故かこの感触と匂いから逃れる事を体が拒んでいるような気もする!
しかし、このアラクネ達強いな。結構人数差ある筈なのに善戦してる。
だが相当厳しい戦いを強いられているのは察せられた。
「姉様……、こいつら手強い……!」
「トレニィア! アラクネの意地を見せなさい!」
「二人共ォ、少しデカい魔法使うからァ、援護してェ?」
ん? それはまずいな。
流石にこんな空間でそんなの使われたら大惨事になる。
仕方がない、この手は使いたくなかったが仕方がないんだ!
俺は唯一動かせる頭を必死に動かし、とあるポイントを見つけたので少し強めに吸い付いてみた。
「ちょ、ちょっとォ! 何してんのォ!?」
激しい戦闘中にも関わらず、変な声を上げ始めている。
ようし効いてる! 魔法なんて使えまい! これは仕方ないんだ!
「も、もう! やめてよォ! それどころじゃァ……」
少し声色が変わり始めてきた! チャンスだ! そう思った矢先である。
「コリャ!!」
頭部に激しい痛みが走った。
気づいたら戦闘音も無くなっており、静閑としている。
「何をするんだぁ! これからって時にィ!!」
「ホリ殿、何をしておるんじゃ」
そちらを向くと、ト・ルースが立っていた。どうやら騒ぎを聞き駆けつけてきてくれたようだ。だがその表情には少し呆れのような物が見て取れる。
「え、っと……生存戦略を少々?」
「生娘相手に、して良い事と悪い事もありましょうが! しかもこんな状況で!」
「ぐう」
ぐうの音しか出なかった。
そしてト・ルースが姿を見せた事により、アラクネ側にも少し動きが見える。
「あらァ? リザードマンの長老さんじゃなァい? 随分とお久しぶりねェ」
「お主達は確か、プロテアの……。生きておったのは僥倖じゃがこれは一体どういうことなのかねえ?」
身柄を開放された。あちこちから体が悲鳴を上げている。
とてもじゃないが、立っている事すら出来ずその場で倒れそうになるのをゼルシュとシーが支えてくれた。
アラクネも再度服を着てしまったようなので、残念だというのは心に秘めておこう。
アリヤ達が少しよそよそしい気もするが、今はそれどころではないのだ。
「私達はァ、この近くで隠れてたんだけどねェ? なんか住処にしていたところが植物で埋め尽くされちゃったのよォ。それで新しい住処を探していたらここを見つけたワケェ」
「それで、ホリ殿をここに引きずり込んだのかい?」
「ええ、そうよォ。ちょうど仲間も減っちゃったしィ? 捕まえて種にしてやろうと思ったのよねェ」
彼女達の話を聞き自分の運のなさを呪っている時、込み上げてくるものに呼吸を止められ、少し咳が出てしまった。
ぱしゃりと口から出た鮮やかな赤が地面を染める。
「ホリ! 大丈夫か!」
「ホリ様!」「大丈夫ナノ!?」
ゼルシュやアリヤ達が声を掛けてくる。
「うん、大丈夫……大丈夫だけど少し大丈夫じゃない……!」
俺は流石にその場で倒れ込み、横になる。
アリヤ達が騒がしくしているが、遠くの出来事のように小さく聞こえる。
ト・ルースが話を止め、こちらに歩み寄ってきている。そろそろ意識が持たない。
「ホリ殿、少し体が熱くなりますが回復による物じゃから安心してくだされ」
そういうとト・ルースが杖で体に触れてくる。
触れられた部分がじんわりと熱くなる。
その温度がどんどんと上がっているような気が……、ていうか熱い! 熱いよこれ!
「あっついんだけどぉ!?」
「ゼルシュ、しっかりと抑えておき。ヒッヒッ、生娘に悪戯した報いかもしれませんねぇ」
それから、脳内に熱湯風呂に入る芸人を思い出しながら暫く熱さと戦う事に。一通りそれが終わると、痛みも多少和らいでおり先程のように血が込み上げてくることもなく自分で立ち上がれるようにもなった。
「本格的な回復は私にゃ無理なのでな、あとで大木の所にでも行けば大丈夫じゃよ」
それを聞いてふうと息を吐く。ひとまずは安心か。
ゼルシュが折を見てこちらに口を開いてくる。
「ホリ、一度拠点に戻るとしよう。今ペイトンを残して非戦闘員を纏めているからな。早く戻って安心させてやろう」
そうか、割と大事になってしまっていたのか。
とりあえず痛みは治まっているが、喋るのも割と辛いので頷いておく。
アラクネ達に話を聞くのは後日という事になった。
そしてリザードマンの一人に肩を借り、ポッドのところで一先ず回復をしておいた。
ポッドの回復は初めての経験だったが、大変良い物だったのでこれからも気が向いたらしてもらおう。
拠点に近づいてくるとスープの良い匂いを感じる、先程まで軽く死にかけていたが体の調子が戻ったからか食欲も元通りだ。
拠点で待っていたペイトン達に無事を伝え、ゼルシュが事情を説明している。
「あ、そうだ。誰かあのアラクネ達に食事を持っていってあげてくれる? 食料無いって言ってたから、困っているだろうしね」
その発言に少し難色を示したのは数匹のリザードマン達。
「こんな目に合ったのだから放っておけばいいのでは?」
「そうです、一日くらい放っておいても大丈夫でしょう?」というような声が上がってきた。彼らは直接戦闘して痛い目を見て面白くないかもしれないが、こんな目にあわされたのと食事の件はまた別問題だろう。
「うん、まあほら温かくておいしい食事を食べれば少しは会話もしやすいよ。どうせ今日はもう話し合いができると思えないし、明日に備えてあちらにも余裕を少し持ってもらいたいからね。誰かお願いできる?」
そう周りを見ながら言うと、料理班のパメラ、ラ・フリュクと護衛にロ・リューシィの三名がやってくれるようだ。
今日は飯を食ってすぐに寝てしまおう。
食事を済ませたその時、後ろから肩を叩かれた。
「ん? どうしたのペトラ」
肩を叩いてきたのはペトラだった。彼女は真剣な眼差しでこちらを凝視している。
「ホリ様、怪我をなされたんですね」
「えっ、あっ、うん。したけど回復してもらったから大丈夫――」
「じゃあこれを! さぁ飲んでください!! 新作です!」
木のカップの中には、健康飲料。
「いや、回復してもらったから大丈――」
「いけません!!」
そう叫んだペトラは顔に固定するようにコップを押し付けてその中身を俺に投入した。
ああよかった。
これで明日は健康になれるぞやったー(棒)
そこで意識が途切れた――
少し修正しました。




