第17話 爬虫類の足音
「すごいな、あの薬草汁は! こんなに調子がいいのは久しぶりじゃ! 根っこに汁がかけられた時は死にかけたがの!!」
ペトラの健康飲料の効果は絶大だったようだ。
ただ樹齢いくつかもわからない森の賢者と言われる者ですら太刀打ちできない健康飲料はこれからも護身用にポーチに入れておこう。
「ペトラ、お主どういう調合しとるんじゃ」と興味本位で尋ねるポッドと慌てるペトラ。爺と孫のような構図が少し面白い。
さてと先程試しに作った蕎麦粉はうまくいったし、今宵は蕎麦を啜りたい。
肉と野草に飽きたわけでもないし、たまに出てくる不思議な食材の数々も美味しく頂いているが、折角日本食のようなものがあるのだし。
ただあの粉を使って、スライム君達料理班は新たな味を追求していきたいようだ。その為、贅沢な使い方を許されたのは今日くらいなもので蕎麦を作る機会も今後増えるかはわからない。食いだめしておいて損はない。
ポッドのおかげで出てきた芽の事を他の皆に任せて、一人拠点に戻ってきた。
大量に粉がいるな、実験も兼ねているからまず臼で試してみるか……。
ごりごりと音を出し、臼を回しているが中々いい具合だ。
細かいところで潰れすぎていたり、逆に殻が割れていなかったりとあるが、それでも現状ではいい出来だろう。
出てきたものを再度すり鉢とすりこぎを使い、細かく粉状にしておく。
蕎麦というものが受け入れられるかはわからないが、人数が多いので量もそれなりに用意しておきたい。
腕が限界というサインを出してくるまで黙々と続けていたが、スライム君とパメラのお手伝いもあり、かなりの量を用意することができた。
ただし、そこから再度今度は捏ねるという行動が必要なので、腕の痙攣と心を挫かれかけるその量を前に気合を入れ直し、作業を続ける。
捏ねたものを麺にする際には、途中からスライム君が変わってくれた。
料理の事に関して、彼は異常なほど貪欲に動く。
例えその日の狩りの収穫が粗末なものだったとしても、彼の技量と彼だけの内容量不明な倉庫。そして食べる側を飽きさせない配慮と、スライム君の貢献度は計り知れない。
今回和風のスープを用意するのは難しいと思ったが、スライム君と色々話をしていた結果、今用意できる大量にある調味料が魚醤のような魚を原料にしたものだということが発覚した為、むしろそれがいい! と返事をした。
相性も悪くはないだろう。多分。
そして、蕎麦を数本そのまま体内に取り込み、消化をしたスライム君がスープに関しては後は任せろと言わんばかりだったので任せることにした。
そして空が赤さを主張し始め太陽の沈みゆく反対側で夜を告げる月が見え始めた頃、『ソレ』はやってきた。晩御飯を今か今かと逸る子や、剣を研いでいる者もいる中やってきたのだ。
きゅむ……、キュム……。
「ん? スライム君、なんかいった?」
不思議な音が耳をついたので、近くにいたスライム君に声を掛ける。
彼は否定するかのようにプルルと揺れたので、不思議に思ったが火にかけた鍋が気になり、そちらを再度注視していたら。
きゅむ、キュム……。キュム……。
んん……? やっぱり何か聞こえるような……? ドラゴ〇ボールの緑色の体をした、人造人間を吸収して強くなるアレが出すような独特な音がする。ゴブリン達は違和感を感じ取ったのか、武器を手に坂道を気にしている。
拠点前の少し開けたところは坂道の上にある。
視界確保ができないところから音がする為、音の正体はわからない。
そしてその足音のような物が近づいてきた時、その音の正体がわかった。
赤々と照らしつける夕日と夜が訪れることを教えてくれる闇。
空がその二つのグラデーションを美しく作り出す中、やってきたモノとは――。
「ゴブリンに、オーク……、それが人間といるとは。これはまた面妖な」
訪れた彼は、一通り俺達を見回してそう呟いた。
人型であるが、照らされている彼の肌は不思議な艶を主張していた。
夕日の中で照らされる薄暗い森林のような黒い色の肌は、独特の照りを見せていて。そして、手には鉄製に見える盾と大きな体に見合うだけの長さを誇る槍。
――何より、目を引いたのはその異形な顔と肢体に長い尾。
「リザードマンやないか……!」
蕎麦はまだ食べれない。それだけはわかった。
訪れたリザードマンは三人。
どうやらある程度の集団で動いているようだが、その集団自体は近隣の森で隠れているのだとか。彼ら三人は近場を警戒と探索を兼ねて周回をしていたところ、俺達が使っていた火の灯りを見つけたという経緯で敵かを確認しに来たようだ。
三人の内の一人が即座に人間である俺に斬りかかろうとして、リーダー格のリザードマンに窘められていた。代表のようなので彼と話を進めている。
リ・ゼルシュと名乗った彼は槍を横に置き、戦意はないと主張している。
「ではホリ、貴方はここに様々な種族の住処を作ろうとしていると? 人間なのに? 俄かには信じられないな……」
「ええまあ、色々な人に頼まれて。今は手探りで色々とやっているようなものだし、この子達にも助けてもらってなんとか」
横にいたベルを撫でながら言った。
ゼルシュの後ろにいる先程から戦意を溢れんばかりに出している赤い肌のリザードマンが「嘘だ!」といって喧しい。まぁ相手せず無視しておこう。
赤い肌のリザードマンが俺を侮辱するような発言をするのは、まぁ仕方ないのかもしれないが、そろそろこちらのゴブリン達とオーク達が、苛立ちを抑えながらも戦意をちらつかせてるのに気づいてほしい。戦闘になるのだけはご法度だ。
ゼルシュはチラリと睨みをきかせ、後ろの騒がしいのを黙らせると一言謝ってきて続けた。
「すまないな、我らの集落が人間に落とされて逃げてきたものだから少し人間に対して鬱憤が溜まっているのだ。見逃してやってほしい」
「ああ、それは構わない。覚悟の上でやってますし」
――感謝する、と頭を下げられてもなぁ……。むしろ困る。
この悪い空気を変えよう。
とりあえず先程からスライム君が主張激しくプルプルしてるので、ちょうどいい。
「ゼルシュ達、これから予定はあるの? すぐ一団に戻るとか?」
「いや一応この辺りで野営を、と考えていたから予定はないが……何故だ?」
それならスライム君の要望に答えよう。
「よし、それならまずは飯にしよう!」
腹が減っているとピリピリするのは生物の習性だ。一緒の釜の飯を食えばナントやらだ。少しは警戒心も和らぐかもしれない。俺はそう思いながら、ぐらぐらと湧きたつ湯の中に蕎麦を入れていく。
しばし待っているとゼルシュが声を出してくる。
「ホリ、それは……」
「今日のご飯ですね。ちょっと今日のは特殊なんですが……」
そういいながら、スライム君が作っていた野草の揚げ物と魚醤のようなものを使ったスープがなみなみと入ったお椀のようなものに出来上がった蕎麦を入れていく。
「さぁて、俺の国の郷土料理の蕎麦……のようなものが完成! みんな食べて食べて! 麺が伸びるから!」
前に並べられたお椀の中から、スライム君謹製の特性スープの香りが皆の食欲を掻き立てているようだ。
「イタダキマス」とペイトン一家、ゴブリン君達が蕎麦をフォークですくい上げ口にする。蕎麦を食べ、好感触だったようだ。皆の表情が明るい。
「これはまた絶品ですな、あの実の香りがスープに合っていてとてもうまい」
「お父さん、これあの実なのよね? まさかパスタみたいになるなんて」
「そうね、あの実がこんな風に頂けるなんて少し不思議。それにこのスープと相性がいいのかしら? 凄くおいしいわ」
スープは魚醤のようなものを使った魚の風味が感じられるあっさりとした物だった。相変わらずスライム君の料理の感性は鋭い。
オーク一家には受けがいいみたいだ。
ゴブリン達はどうだろう? 受け入れられればいいんだけど。
「オカワリ!」
はやっ!
アリヤがもう麺を食べつくしてしまっている。腹減らしてたのか、ベルもシーももう既に麺がなくなりそうだ。
「アリヤ達、あの魚醤みたいなの大丈夫みたいだね。おいしいかい?」
「ウマイデス!」「オイシー」シーも力強く頷いている。
さすがみんなの胃袋を掴んでいるスライム君のスープだ。スライム君を撫でながらサムズアップしたら、彼も触手で応えた。
表現が豊かだな。
そして問題のリザードマンはというと。
「ウッ……、ウッ……」とこちらを威嚇していた騒がしいリザードマンは何故か号泣していた。
あれ!? なんで!? と驚いているとゼルシュが目を軽く拭ってこちらの疑問に答えてくれる。
「おお……すまない、ホリ。少し我らの里の料理に似た味付けだったから懐かしくなってしまった。ここ最近は狩猟で獲れた肉を食べてばかりだったものでな」
「リザードマンもオークもどちらかと言えば魚を好んで食べていましたからね。我々オークにもこの風味や味は好まれますよ」とペイトンが付け足す。
「スライム君に感謝だね。癖のある調味料だったのにここまで美味くしてくれた訳だし、麺は大丈夫かな?」
「ああ、このスープにとても合っていて美味だ。感謝するよ」
一先ず、安心だ。
ロ・リューシィと呼ばれる先程から敵意を出してきていたリザードマンは空になった容器と俺とを交互に見ていたので、手を差し出した。
「おかわりならおかわりって言わないと、ゴブリン達が食べきっちゃうぞ」
グッと一言呻いてから、リザードマンは大きい声で「おかわり!!」と言ってきた。正直な彼に少し笑みを零してしまう。
美味いモノって偉大だ。
リザードマンという予想外すぎるゲストが来たことにより、これでもかと作ってあった蕎麦はほぼ食い尽くされた。茹でながら合間、合間で自分も食べていたが、久々の郷土料理に近いものを食べることができて少し感慨に耽ってしまった。
「そういえば、ソバの実とは少し違うんだからソバって言うのもアレかなぁ。なんか別の名前あるのかな? この草って」
ペトラが顎に手を置き、少し考えている。
「いえ、名前とかは聞いたことはないですね……。あまり何か用途がある草でもないですし……」
「ホリ様が名前を考えてしまえばよいのではないですか?」とパメラが続ける。
名前、うーん名前なぁ……。
「名前とか考えるのが苦手なもので……、なんかいい案ない?」
とみんなに聞くと、ベルが手を上げてきた。
「ソマノ実デドウデスカ! ソバト、マリョクデ実ヲツケルカラ、ソマノ実デス!」
「おぉ、素晴らしいなベル! じゃあそれで!」
ソマの実と名付けられた。ちゃんとした名前が発覚したらそちらで呼ぼう。
早々に決められた名を命名したベルは嬉しそうに笑い、他の二匹のゴブリンは悔しそうだ。
「ホリ、美味な物を振舞っていただき感謝する。久々に満足いく食事をした気がするよ」とゼルシュが話しかけてきた。
「うん、まぁ美味しいモノはみんなで食べた方がいいしね。こちらとしてもリザードマンに受け入れられてよかったよ」とチラリと横目で、満足そうにしているリューシィというリザードマンを見た。笑顔? でポンポンお腹触ってるし、よかったよかった。
さて、落ち着いて話を出来そうだから核心に迫ることを聞いてみよう。
「ゼルシュ、リザードマンはこれからどうするのかな? こちらを手伝ってくれるなら受け入れたいが見た通りまだまだ俺達は余裕がない。決して楽できるような状況じゃないけど、ここに移住するか?」
ゼルシュは腕を組み、目を瞑り少し考えている。
考えているのはわかるのだが、彼の後ろで左へ右へとひらりゆらり、尻尾が揺れているのをゴブリン達が目で追っている様が見えて少し面白い。
笑ってはいけない状況だとなぜか少しの事で笑ってしまいそうになる。それを堪えていると、ゼルシュが口を開いた。
「私としては、ここに移住をしてもいいと思っている。しかしそれはあくまで私個人の考えでしかない。これから皆のところへ戻り、説得を試みるがまず条件的に厳しいものがあるのでね。今すぐに答えは出ないというのが正直なところだ」
「条件というのは?」
「我らの種族は水辺を好む。滞在に選んだ場所もすぐ近くに湧き水があったり川があるからという理由が大きい。この辺はそれがない為、種族内でも嫌がるものが多いだろう。あと我らは暑い環境が苦手だ。この辺りには木がないから日の光りで干上がってしまう。体力のない者には致命的だ」
「涼しくて、日があまり差し込まない、水のあるところなら構わないのかな?」
「ああ、その条件が満たされれば後はどうにでもなると思うのだが……、こうして探索をしていても条件に合う場所を探すのが一苦労なのだ」
おいおい、最高の場所があるぞ……!
「ゼルシュ、今日は夜も遅い。今夜はこの近くで休んでいってくれ。明日どうしても連れていきたい場所がある。そこを見てから説得をするか決めてほしい」
「何……? いい場所に心辺りがあるのか? どこだ! 教えてほしい!」
興奮したのか、彼は尻尾で強く地面を叩き声を大きくし聞いてきた。
「あるにはあるんだけど、今日はもう暗い。明日改めてそこに連れていくから大丈夫だ。少し場所が特殊なんで、明るい時の方がいいんだ」
ゼルシュは興奮を抑え、こちらの提案を受け入れてくれた。
そして彼らリザードマン達を近くの簡易拠点に連れて行ってもらい、今日は皆解散という運びになった。
明けて次の日の早朝にリザードマンを伴い、山の階段の前まで来ていた。彼らとしては、森や川のある場所ではない一枚岩の山に連れてこられ、不思議に思っているようだ。リューシィと呼ばれるリザードマンに至っては「だまされたんだ!!」と喚いている。
そして俺を先頭として、リザードマン達と階段を上っている。
最初ギャーギャーと騒がしかったリューシィは階段の半分くらいのところで下を見たらしく、静かになった。
うんうん、朝から山に登ってありがたい気持ちになったんだな。
「ホリ、我らの望む場所がこのようなところにあるとは思えんのだが……。それにこの階段は……? この高さも我らには厳しいものがある」とゼルシュが言う。
彼も少し震えている。だがそれを見せないように落ち着いて聞いてくる姿は、リーダーとして彼が優れている証明だと思う。
「大丈夫、もう少しで終わるから。それにそこから先は高さとかはあまりないよ。他に気を付けることがあるかもしれないんだけど……」
と、話をしていたら頂上についた。
そしてそこから少し歩いていき、以前に掘り当てた広い空洞のところについた。
「ここなんだけど、どうかな? 涼しいし、水は冷たいけど豊富にある、魚とかはいないから難しいかな……?」とゼルシュを見ると少し震えている……、よく見るとリザードマン三人共小さく震えていた。
やばい、ダメだったかな? 条件的にかなりいいと思ったんだけど……。
「ホリ……!」とゼルシュが睨むようにしてこちらに呟いてきた。
少し怖かった為、返事が上ずってしまうのは仕方ない。
「ここだ! こういう場所が最高なのだ!! 水も豊富! さらにこれだけ広ければみんなで移住しても何てことはないではないか!!!」と力いっぱいの返答をくれた。リューシィと呼ばれるリザードマンは、いの一番に水場に走って行き顔に水をかけている。その水を浴びたリューシィ、恍惚とした表情を浮かべて満足そうだ。
「水質はどうだろう? 体に合ってないとかは大丈夫か? リューシィはいい感じの表情をしているが……」
「うむ、あの様子なら大丈夫だろう。場所としてはあの階段さえなんとかなればあとはいいのだが……」
「ああそれなら、まずは交通の便をよくしておくか。この空洞に影響ない範囲で山を行き来するのに楽な道を作るよ」
ゼルシュはこちらの言葉の意味がわからなかったのか、質問してきた。
「作る……? 先程の階段もそうだが、どういうことなのだ?」
「ここは俺達が作りあげてる拠点なんだよ。こんな風に」と腕輪からスコップを出し、壁を削るところを見せてみる。
彼らはその大きな口を開け、俺がしている事に驚きを見せてきた。
「な、嘆きの山を削っているというのか……? それに拠点とは……」
こちらの事情をある程度話をしながら、とりあえず朝御飯の時間になるので仮拠点に戻る。帰り道はやはり怖かったようで、またありがたい気持ちになっていたようだ。
拠点に戻り「ただいま、案内終わったよ」とみんなに声をかけ、朝御飯になる。
食事中、ゼルシュがこちらに話を振ってきた。
「ホリ、私達はこれから戻って村の皆を説得してこようと思う。調子の良い事ばかり言って申し訳ないが、どうか我らをあの場所で住まわせてもらえないだろうか」
他のリザードマンも異論はないようだ。
こちらとしても、彼らに来てもらえればまた少し楽になる。食料の問題や他にも色々あるが、手が足りない現状ではかなりの助けになることは明白だ。
「ああ、だが食料とかに関しては余裕はあまりない。かなり辛い思いをさせる事も多いからそれはちゃんと伝えてくれ。あとは任せるよ」
食事を終え、リザードマン一行はキュム、きゅむ……、と足音を立て去っていった。皆でそれを見送り、忙しくなるなーと感じていると。
「おや、皆さんお揃いですな。何かあったのですか?」
魔王がやってきたのだ。
うーん、久々に見てもやはり怖い顔してる。




