第116話 黄金の輝き
鼻を抜けるワインの香りと何やら楽し気なトレントの生み出すさざ波の音。その音に混じるのは笑い声や元気に罵り合っている声だったり……、とても贅沢なくつろぎ空間とありがたい時間も幕を閉じる時がとうとう来てしまったようだ。
上半身はラヴィーニアの糸により磔にされ、下半身も同じ様に固定され面白オブジェと化しているラミア族のリーダーの女性。
以前見た時のような美しい金の髪と金色の尻尾は土で薄汚れていて、尻尾の鱗はあちこちが受けた傷と共に剥がれてしまっている。
女性が先程出した声、それはどうやら俺以外にも聞こえていたようでそれほどお酒を飲んでいない人が何があっても対応できるようにとやってきた。
「フン……」
俺が意識を取り戻したラミアの女性の前までやってくると、俺達を観察するように睨み続けていた女性が一度唾を吐き出してきた。
人によっては美人からのソレはご褒美になってしまうだろ、という行為をした後に彼女はそのまま明後日の方へ顔を向けて話をする気がないという態度を示してきた。
「先日はどうも、おかげでとても楽しい目に遭わせて貰いましたよ。御気分はいかがでしょうか?」
「……」
彼女に何度も話しかけてみても何も言わず、我関せずという態度にこちらの、俺の横に並んでいる魔族達から舌打ちのような物が聞こえてきた。
あまりいい状況ではない、このままだと宴会などで和らいだ怒りがそう遠くない内に再燃してしまうだろう。
「ホリ様、如何しますか?」
「うーん、せめて話だけでも聞きたいんだけどなぁ……」
「ウフフ、どうかされたのかしら? あら……?」
俺とオラトリ、そして数名のオークがどうしようかと頭を悩ませていると、そこへお酒を飲んで少し陽気になったイェルム達ハーピー数名がやってくると、目覚めたラミアに気付いたように近寄っていく。
「あら? 貴方は確か……」
「……、……ッ?!」
先程見せられたアナスタシアの物に負けず劣らず、見事な二度見。
どうやら面識がある様子の二人を見ていると、左手にぴとりと冷たい何かが触れてきたので、そちらを見てみると緑の毛並みが特徴的なワンコが長い尻尾をフリフリとしながらこちらを覗き込んでいた。
どうやら当てられたのは彼女の鼻先だったようだ。
「ホリ、お帰りなさい。生きててよかったわね、森から戻ってきたら拠点から貴方の匂いがしたから飛んできたわよ」
「フロウ、ただいま。もしかして今の今まで探してくれていたの? ありがとう、おかげさまで怪我もしてないよ。カーリン達も、お疲れ様。食事の準備は見ての通り出来ているけど、また飲みすぎないようにね?」
わしゃわしゃと毛並みを堪能させてもらい、彼女自身も擽ったそうな声を上げて尻尾を振っている。フロウの流れる尻尾の向こうには彼女の姉妹達、そして彼女達の母親であるリーンメイラも居て、カーリンが苛立つようにしながら前に出てきた。
「フン、無事なら無事と早く言え! 傍迷惑な奴め!」
ブンブンと激しく尻尾を振り、こちらへ牙を向けて悪態をついてくる自分の娘を眺めて何が面白いのか、大きな体を震わせるようにして笑いを堪えているリーンメイラ。
「フフ、私に泣きついて探すのを手伝ってくれと言ってきた泣き虫さんはどこの誰だったかねえ? ホリさん、無事でよかったよ」
「リーンメイラ、他の皆もお疲れ様。ありがとうね、今言った通り殆ど怪我なく帰ってきたよ」
「母上ッ! 余計な事は言わないで下さい! 泣いてません!」
うりうりと母親の青い毛並みの中に顔を押し付けて抗議の姿勢を取っているカーリンがぶつくさと言っている間に、フロウはイェルムと会話をしているラミア、そのリーダーと思わしき女性に視線を送って首を傾げた。
「ねえホリ、あのラミアはどうして怯えているの?」
「えっ? そりゃ、敵と思われる相手に捕まってああされているからじゃ……?」
俺の言葉にフリフリと頭を左右に振り、否定をするフロウ。彼女は視線の先にイェルムを捉えて気になる事を告げてきた。
「違うわ、あのラミアが怯えているのはイェルムによ? 何かあるのかしらね?」
「ああ、そういえば何か、イェルムを見た時に凄く驚いていたなぁ……。知り合いなのかな?」
フロウの見つめる先に視線を合わせ、疑問を浮かべていると今度は顔の横から大きな影が。俺に視線を合わせるようにしてリーンメイラが覗き込むと、何やら楽しそうに牙を見せている……?
「クック、ありゃイェルムのお嬢ちゃんの触れられたくない過去の遺物の影響って奴さね。あの子も相当ヤンチャな時があったからねえ……」
どうやらラミアの女性はイェルムの存在に怯えている、という事だけはわかったがリーンメイラに聞いてみてもイェルム本人から聞けばいいと暖簾に腕押しというか、教えて貰えなかったのでその内にでも本人に聞いてみよう。
イェルムは出会った時から見た目、物腰ともに落ち着いたイメージだったが、若かりし頃に色々やらかした末に落ち着いたタイプなのだろうか? 確かに、ルゥシアなどが何かをやらかした際に叱る時に見せる重圧は相当な物だが……。
俺達が眺める先、イェルムは磔にされて動けずにいる女性の顔の前へ飛んでいき、何かを話し合っている様子。
どうやら彼女の話は聞いてくれるようなので、あのまま交渉をしてもらった方がいいだろう。どうせ俺が何を言っても時間の無駄だったろうし、相手も何やら反応を見せているのだし。
「まぁ、何はともあれリーンメイラ達もお疲れ様。今日は時間的に無理だけど、今度お風呂で体を流させてもらうよ」
「おや、ありがたいね。オフロのおかげか最近は腰の調子もいいもんでね、もう少し頻度を上げてくれると嬉しいんだけどねえ」
「そうよ、それにホリ、私達も大浴場に入ってみたいわ!」
フロウの要求に呼応するように揺れる彼女の姉妹達の尻尾。
排水の問題、彼女達の抜け毛の事もあって未だにケンタウロス用に作ったお風呂しか使ってない事へ不満があるようだ。
「うーん、でもなぁ……。まずリーンメイラには狭いと思うんだよね、あの浴場。それにやっぱり掃除が大変だから難しいかな? こういっては何だけど、この拠点で今唯一の屋外のお風呂に入れるんだよ? 露天風呂、お空を見ながらの入浴って気持ちよくない?」
「それはそうだけど……、たまには家族皆で一緒に入ってみたいわ? ダメかしら……」
こちらが難しいと思っている事を伝えると、フロウに続きカーリン達姉妹の尻尾も多少元気を無くしてしまう。
うーん……。
「それなら、一度やってみようか? フロウ達にも迷惑かけちゃったからね。家族団欒をしたいだろうし、浴場の天井を拡張をしてみるよ」
「ホント!? ホントに良いの?! やったわ母上!」
「フフ、よかったねフロウ。ホリさん、無理だけはしなくていいからね。娘達の頼みを聞いてくれてありがとうよ。よし、それじゃあお前達、それに備えて今日もたっぷりと美味い物を食べさせてもらいな。私はちょっとやる事があるからね」
「はい母上!」
「いってきます!」
「ワインー!」
鼻歌混りに軽快なステップを踏んで酒を飲みに行くワンコ達、魔王から貰ったお酒を以前に飲んでから香りや味にハマったようだ。
カップ一杯で「ワン」としか言わなくなってしまったり、犬が酒飲んで大丈夫か? と不安にもなったが本犬達が楽しんでいるのならそれでいいだろう。
「よし、ホリさん? ここは私とイェルムの嬢ちゃんに任せて、ホリさんは宴を楽しんできていいよ。大丈夫、悪いようにはしないからね」
リーンメイラもそう言ってイェルムのところへ歩いて行くと、ラミアの女性の狼狽は更に加速した様子。
「一体どういう事なのでしょうね?」
何が起きているのかと首を傾げるオラトリやオーク達、俺もよくは分からないが悪いようにはしないと言っているのだし……。
「まぁ、ここは彼女達に任せようよ。俺達じゃ進展はなかっただろうしね。うーん、俺もスライム君のところに行って何か新しいオツマミがないか聞いてみるとしようかな? オラトリ達もたまにはお酒飲んでもいいからね?」
「ありがとうございます。ですが、私が飲んでしまうと姫様にもしもがあった時に対処が出来ませんので。それに……」
ちらりとオラトリが見た先には、アナスタシアに絡まれていたウタノハがその誘いに負けてカップのお酒を飲みこんでいるシーンが飛び込んできた。
そして空になったカップに間髪入れずにお酒を注ぎこんでいるラヴィーニアが。タチの悪い二人の絡みにより大分飲まされている様子の、緩んだ感じの空気を醸し出しているオーガのお姫様は大丈夫かな……?
「姫様がその、またホリ様に何かをしでかさないとも限りません。いつでも止められるよう見ておかねばなりませんし……、あの様子ではそろそろ危険です」
「ああ……、そうだね。頼んだよ、相手が彼女だと頼りに出来るのはオラトリくらいだし。それじゃあ、何か美味しい物を用意するから、それ食べて頑張ってね」
肩に手を置いて苦労している人に感謝の意味を込めて労っておくとしよう。
その内、彼女が楽に飲めるような状況を作り上げてもいいな。
「あ、そういえば娯楽室を作ろうとしてたんだったな。それならついでにお酒も楽しめるバーのようにしちゃうのも面白いかもしれないな! バーテンダーが似合いそうなのは……」
目的の場所へ向かいながら拠点の住人達を見て、バーテンダーの似合いそうな者を探してみるがイマイチピンとこないな……。
「ああ、やっぱりスライム君かな。蝶ネクタイ似合うし」
今日も忙しなく調理を続けている彼、宴会で皆の胃袋に消えていく料理を全て把握しているかのように作り続け、補充をし続ける彼には頭が下がる。しかも何故か全員が満腹になるタイミングがわかっているかのように、彼が調理を止めると次第に宴会も終わりになる不思議。
「スライム君お疲れ様、今日の料理も最高だよ。悪いんだけど、ちょっと食べたい物があるんだけど今いいかな?」
ポンポンと跳ねて肯定的な意思を表示してくれる彼に食べたい物の情報を伝え、スライム君がそれを完成形へと近付けていく。
元々それ程難しい料理でもない、だが彼の魅力溢れるボディから滲み出る料理センスがそうさせたのか、出来上がった品は想像を遥かに超える出来栄えだった。
「ふおぉぉぉ……! す、すごい……、こんなに金色に輝くような光を放つ卵焼き見た事ない……! 流石スライム君だ、早速味の方をば」
フォークで一つをスライム君に、そしてそれを渡した後にその黄金の卵焼きを頬張るとだしの香りの中で甘い味が口に広がっていく。
だしの味が良いのか? 滅茶苦茶美味い!! お金が確実に取れるレベルだ!
「ふぁぁー! これだよこれ最高! スライム君次は砂糖を使わないで塩を使った物もお願いします!!」
ポンポンと喜びを表現するスライム君。
新たにスライム居酒屋にメニューが追加されたようなので、早速リピーターを増やすとしよう。この出来ならばファンは増える筈だ。
右手に塩を使った物、そして左には砂糖を使った卵焼きが乗った皿を手にウタノハの後方でお姫様の奇行に肝を冷やしているオラトリに声をかけた。
「オラトリ、お待たせ。新作の試食第一号、お願いね。味は保証するよ、それを味わっている間はウタノハの面倒は俺が見ておこう」
「は、はぁ……、いつもすみません……」
「あっ、ホリ! それ何!? 私、私も食べるよ!」
「私も私も! んん? 不思議な色をしているわね……」
彼女に声をかけた事で完全に出来上がったウタノハが気付けば背中側から俺の服の中へと頭を突っ込んで鼻歌を歌っているのでこのまま放っておいても問題はない。
そして串焼きを手にしているミノタウロスのティエリと、こちらはお酒を手にしているレイがオラトリと一緒に皿を覗き込んでいる。
「申し訳ありませんが、姫様を頼みました。それにしてもホリ様、これはまた美しい料理ですね」
「うん、ウタノハも慣れてきたのか力を加減してくれているから大丈夫だよ。レイもティエリもどうぞ。これはね、卵焼きっていう文字通り卵を焼いただけの料理だよ。ただ、とても奥が深い料理だから食べてみて」
「じゃあ早速……」
レイがいの一番にまず一つ、砂糖を使っている甘い卵焼きの方に手を伸ばし、ティエリもそれに倣うように同じ皿から一切れ摘まんだ。
「では、私はこちらの方を頂いてみます」
「どうぞどうぞ」
オラトリが手を伸ばしたのは塩を使ってある卵焼き、ここに住む魔族には卵を食べる習慣がない種族ばかりだったから最初は苦戦したけど、スライム君の手腕のおかげで今ではあっさりと頬張る者も増えてきた。
イェルム曰く「男と交わっていない卵だから温めていても時間の無駄です」と意味ありげな視線を送られながら言われたのだが、深く考えると危険なので知らんぷりを決め込むようにしている。
「ふぁー! ホリ、これ美味しい!」
「そうね、凄く美味しい……。素朴な味わいなのに病みつきになっちゃいそうな感じかしら?」
レイ達は甘い卵焼きをそう評してくれたので、手応えとしては上々だろう。
オラトリの方も黙々と一つを食べ切り、二切れ目を確保したところで俺の視線に気づいて恥ずかし気に咳払いを一つした。
「と、とても好きですこれ。芯のある味わいというか、この塩加減と食べている時にやってくる香りが堪りません。」
「そう? よかったよ、これもスライム君がいるからこれだけの物にして貰えたし、頼めば用意してくれると思うけど、一日に一皿を目処にしておいた方がいいよ?」
「そうなの!? でも、それだと二つの味をちゃんと味わえないじゃんホリ!」
「いや、こう考えるのよティエリ。味付けが二つあるのなら、別の料理。それなら二皿食べても大丈夫だわ!」
訳の分からない議論を出したレイに、キラキラと輝く目を向けているティエリ。そして黙々と三切れ目に手を伸ばしたオラトリ。
「流石ですボス! その発想はなかった!」
「フフン、任せてよ! これでもミノタウロスのボスだからね! さて、塩を使った物を……ってあら? オラトリ?」
「……」
塩の卵焼きを気に入ったのだろうか? 三つ目を口に咥え、四個目と五個目を両手で持ち、ある意味これ以上ない程の最強の布陣で卵焼きの確保を終えた彼女に怪訝な目を向けたレイ達。
レイは一度視線を下に落として、何も無くなってしまった皿を眺めてオラトリに視線を戻し無言で何かを訴え、ティエリはぽかんとオラトリの面白い状態を見守っている。
「モォ……。オラトリそれ……、そんなに気に入ったのかしら?」
レイの言葉にコクコクと何度も頷いて、口をもごもごとやっては普段それほど見せない笑顔になる彼女に興味が沸いたのかお皿を抱えたティエリがレイの服を摘まんで軽く引っ張った。
「ボス、多分スライム師匠にこの皿を持って行けば追加で貰えますよ! 卵の在庫が切れる前に貰いに行きましょう!」
「そうね! オラトリのこの様子からしても塩の物も美味しいのだろうし、急ぐわよティエリ!」
慌ただしく皿を抱えて走り出した二名の言葉を聞いて、オラトリもそれを強奪する為なのかは不明だが、卵焼きを保持した状態でスライム君の元へと走っていってしまった。
「珍しいですね、オラトリがあのようになるなんて。フフ、楽し気な声がこうしていても聞こえてきますね、私も嬉しいです」
気付けばというかほぼ一瞬でといった具合に俺の服の内部に背後から侵入していたウタノハは前へと回り込んでいて、いつものようにまた旋毛をこちらに見せてきている。
「良かったね、それよりウタノハ? 出来ればそろそろ服の中から出て行って欲しいんだけどなぁ……?」
「……」
今日は星の巡りが悪いのか、電波の状況がよろしくはないのか、他の話題には普通に返してくれるのに服の中から退去をさせようとすると途端に黙り込み、抱き締める力を一段強くして抵抗の構えを見せる。
無理矢理と引き離してもまたポッドに乳首を見られるだけなので、ここはもうやりたいようにさせてあげよう。
こちらが観念して座り込むと、勝利を確信したのか時折服の中から聞こえてくる静かな笑い声にセクハラを持って返し、それに驚いたウタノハによって突き刺さる角に反省を促されという流れを繰り返しながら、砂糖を使った卵焼きを一つを服の中のウタノハに、もう一つを口へと運びながらワイワイとやっている宴会場を眺める。
「ラミアの件、何とかしないとなぁ……」
「きっと何とか出来ますよ、これまでと同じ様に」
そうだといいんだけどなぁ、と服の中から聞こえてきた楽し気な声に言葉を返しながらコーヌと呼ばれる亜人の少女を思い出した。
「あっ」
「はい?」
かなりの人数の亜人を受け入れられるように、また家屋を作らないといけないな。
そういえば、ヒューゴーの里にはまだ他にも亜人がいるって言っていたな……、どれだけの種類が居るんだろう?
「いや、何でもないよ。あの狐人の尻尾、立派だったなって」
「そうなのですか? 一度見てみたいですが……、それにしてもこのタマゴヤキ美味しいです。おかわりください」
お酒の力を借りると、遠慮と躊躇がなくなるウタノハへ新たな卵焼きを服の中へ入れて暫く二人で談笑を続けていると、酩酊したリザードマンの女性達に囲まれて明日行おうと彼女達が計画している襲撃作戦を止める為に骨を折らされた。
とりあえずは明日、もう一度あの金色のラミアと話をしてから決めよう。
今日は疲労もあってもう動きたくはない、お酒の力も猛威を振るい既にとても眠いのでそのまま後ろにゆっくりと倒れ、旋毛を見ながら目を瞑る。
それにしてもこのハムスター巫女はいつもいつもこうしてくるが、一体何をしているのだろう? まぁ痛い事はこちらが何かしない限りされていないのだから別に止めはしないが。横になった俺の上で小さな笑い声を出している彼女、戻ってきたオラトリに服の中から引っ張り出され、小さな悲鳴を聞きながら意識を飛ばした俺。
次の日に目覚めると、デジャヴかな? と思えてしまうほど寝る前と何ら変わらぬ旋毛があるのを見て少し笑ってしまった。
「さて、今日も頑張らないとな……。とりあえず、この子を起こすか」
すーすーと小さな寝息を立てているお姫様に寝起きドッキリを敢行した俺はその後、ウタノハが悲鳴をあげたおかげでオラトリとラルバの両名に説教を受ける事となった。




