↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王様、顔怖いです。  作者: ふかづめ
生活の質を上げよう
115/142

第115話 目覚めのとき

「ウゥッ……、ヒック……。お爺ちゃん……」

「マリエン、泣かないでおくれ。コーヌともこうしてまた生きて会えた。まずはその事を喜ぼうではないか。あのような面持ちをしておるんじゃ、相当ひどい目に遭うたんじゃろう。私達でしっかり、彼女の心を癒してやろうではないか」


 猫人の少女マリエンの悲しみを見せつけられている一同は今、ある人物に視線を注いでいた。

 薬の影響から解き放たれ、今も尚凄まじい顔をして倒れている少女の、白目を剥き口をあんぐりと開けているこれ以上ないという程に酷い形相を生み出す事になった決定打を流し込んだ人物への批難の視線を向けている。


 そう、俺に対して。


『正直に打ち明けろ』という無言の圧力と共にじとりと見られて重圧《プレッシャー》をかけられているのだが、先程のマリエンの呟いた一言がどうしても謝罪の言葉を喉元から上へ出そうとしないのだ!


 俺がオレンジと紫のグラデーションの美しい空を見上げて苦悩していると、がさがさという大きな葉擦れの音が響いてきた。


「おう、そうじゃぞ猫人の娘よ! ホリの機転でその娘は助かるんじゃしな! まぁそのホリのせいでそんな形相になっちまっとるんじゃがの! ファッファッファ!!」

「おう空気読めよそんなに燃やされたいのかこの枯れ木が!! おい誰か炭と油とガソリン持ってこい!! アイツ燃やしてやるよ!!」

「ホリ様、オチツイテ!」

「ホリを止めろォ!!」


 思わぬところから犯行がバレてしまい、ポッドを燃やそうとしたところを周りの者に止められる中、ちらりとマリエンを見ると頭から噴き出るのではというほど上っていた血がサーッと引いていく音が聞こえてきた。


 猫人の少女、マリエン。

 色々な種族と仲良くやっているとても賢く優しい少女は今、震える体を抑えつけるように服を精一杯の力を込めて握り締め、眼には溢れるほどの涙を溜めてそれ以上涙が流れないように下唇を噛んで俺を見ていた。

 そこに怒りのような感情は全く感じられない、ただただ悲しいと無言で伝えてくる彼女に、俺は良心が粉々に砕けた。


「……、……!」

「本当に、申し訳ありませんでしたぁー!!!」


 これ以上ない程に精神をボコボコにされてしまうその少女の涙を流す姿と哀しみの宿った双眸を見て、何かを考えたり口が動く前にまず体が謝罪への動きを取っていた。


 まさかこんな年端もいかない少女に全力の土下座をすることになるとは……。

 だがしかし、声を押し殺すように嗚咽を耐え、歳不相応な静かな泣き方を見せるこの少女の気持ちが少しでも持ち直してくれるのなら、いくらでも大いなる大地と接吻しよう。


 それから、猫人族の人達も交えてどうしてこの少女がこうなっているのかという説明を始め、川から落ちた顛末も森での経緯も含めて説明をしておいた。

「そうか、それでホリの服に風穴が開いていたのだな。皆それをみて無事ではないと思っていたのだが……」

「そうですね。ホリ様は人族、それから考えるに普通ならまず深手になっていたと思いますが、この布によって事なきを得ていたのですね。」


 お互いの情報を共有していると、誤解が生まれてしまうのも致し方ない部分も多かった。

 イダルゴやオラトリが先程ウタノハが握り締めていた川から引き揚げた俺の服やマントを見ているが、ベルの槍は見つからなかったようだ。もしかしたら川底に落ちているのかもしれない、時間が時間だっただけに暗い中の捜索だったろうし。


「僕ノ槍……」

「まぁもしかしたら今日誰かが拾ってくれているかもしれないし、そんな落ち込んでも仕方ないよ。元気出してね」


 川に落ちていた物、成長前のアリヤ達が身に着けていた物や武器などはいくつか回収出来ていたようだが、それでもベルの槍やシーの愛用していたナイフと投擲用のナイフなど見当たらない物も多い。


 悲しむベルとシーを慰めつつ、マントの状態も確認はしておいたがちゃんと透明にもなるし、不具合のような物は出ていないように思える。


「あっ、ホリ様。森へ行っていた者達が帰ってきましたよ! おーい!!」

「おー、それなら時間も頃合いだしすぐ食事というか宴会にしようね」


 オーガの一人が遠くの方からこちらへ向かって歩いてきている集団に、少しでも見えるよう体全体を使って手を振り、大きな声を出している。


 こちらはマントなどの回収されていた物を広げて状態を確認していたので、彼らがすぐに食事に出来るよう片付けておこう。


「ホリ様、こちらの穴の開いた服は私が預かっておきますね」

「えっ? あっ、うん。でもそれどうするの?」


 思いがけないその発言につい口から出ていた俺の質問は風と共に流され、笑いを含んだままウタノハが静かにその服を回収して下がっていった。

 穴を塞いでくれるのかな? 布が手に入るようになったとはいえまだまだ貴重品、資源は大切にね! って誰かが言っていたし!


「ふぅ、今戻ったぞ。それで、あの隊長のラミアは目覚めたか?」

「貴方があれだけェボコボコにしたんだからァ、目覚めてる訳ないでしょォ?」


 荷物を片付けていると森へ行っていた他の面々も帰還を果して、これで拠点に住む一同が揃った。全員無事だったようで怪我人の姿も見えない、ほっと安堵の一息。

 拠点に待機していた者に装備していた武器や荷物を預けながら捕らえた者達の状況を聞こうとしているアナスタシア達に俺達の無事を知らせるとしよう。


「おかえり皆、食事と宴会の準備が出来ているよ。お腹空いてるでしょ」

「ああ、ホリただいま。流石に今日は森や川の周辺を駆けずり回ったから……、ッ!?」


 惚れ惚れするような、見事なまでの二度見をしたアナスタシア。そしてその隣にいるアラクネ達やペイトン、ゼルシュ達など普段あまり見る事のない表情を浮かべてこちらを見ている。


「ほ、ホリ……? ホリ、なのか?」

「うん、心配かけてごめんね。ホリ並びにアリヤ達、無事帰還しましたっ!」

「シマシタッ!」


 びしっと敬礼のようなポーズをして俺が告げると、それに続いたアリヤ達。シーが少し恥ずかしそうに顔を伏せながらも同じようなポーズを取っているが、恥ずかしいならやらなければいいのに……。


「ホリッ!!」

「おわっ!!」


 横に並ぶシーの様子を眺めていたら不意に正面から過去に味わった物を思い出させるような衝撃がやってきた。

「生きていてくれて良かった……。全く、心配をさせないでくれ」

「ごめんねアナスタシア、ありがとう。おかげ様でこうして帰ってこれたよ」


 ああ、震えるようにして抱き締められ、どれだけ心配をかけてしまったかはわからないが少しだけ力が強い! 


 セーブしろというのも違うと思うので、その力に耐えているとそれとは別のところから外骨格に覆われた手が頭に伸びてきた。


「私は死体を見るまで死んだなんて信じるつもりはなかったけどねェ。全くゥ、この男が簡単にくたばる訳ないじゃなァい? ゼルシュ達が騒ぎすぎたのよォ。反省しなさいなァ?」

「全くです! おい、ホリ! 姉様の労働に報いる為に死んで詫びろ!!」

「レリーア姉様……。もう、ホリごめんね……。皆生きてて良かった、本当に……」


 憎まれ口を叩いているが、とても良い笑顔のアラクネ達とそして他の者達とも会話を交わして、後は食事を頂きながらという流れになった。


「ホリ様、おかえりなさい。こうしてまた生きて会えた事を魔王様に感謝しますよ」

「ペイトンただいま、心配かけてごめんね。さぁ、宴会にしようか!」


 大きく叫ぶと、それに負けじと声を張り上げる彼らにお酒を回して、その勢いのままカップを高く掲げて酒を呷るとゼルシュが倒れてしまった。

 彼にはまだちゃんとただいまを言えていないのに……。


 宴会が始まると会話の中心はアリヤ達。

 その内容はやはり進化の事。


 川に落ちた経緯や、進化に至るキッカケなどをアリヤ達、正確にはベルが所々を誤魔化して説明している。


「なるほど、それでアリヤ殿達は進化を遂げられたわけですね」

「ソー! デモ、目ガ覚メタラ体ガ変ワッテテビックリシタヨ!」


 ベルは俺が何をして進化をしたのかをアリヤとシーに正確に話していない。

 ただアリヤ自身が俺に何かをされて死の淵から戻ってこれたという、それがキッカケになり進化をしたと思い込んでいるので、ベルはそれに乗っかるような形を取ったようだ。


 彼女がそうしたいのならば敢えて本当の事を言うまでもないだろう。


 シーは俺にあの場で俺に何をされていたのかをうっすらとだが覚えている様子なので、その話をアリヤが始めるとそそくさと顔を赤くしながらも場を離れてしまった。


「それにしても、皆アリヤ達の変貌ぶりにあまり驚かないんだね? 俺なんてその場にいたけど息が止まるくらいびっくりしてたよ」


 精神的にも勿論、物理的にもベルに口を塞がれて息を止められていたし……。


「深く考えた事はないですが……。確かにゴブリンは進化による成長が個人でかなり別れますが、それでも正直こんな物だろうという感じですね。アリヤ殿達は女性でしたし、体格もそれほど大きくはならないだろうと思っていましたよ」

「そうそう、ベルちゃんもアリヤちゃん達も、元々可愛かったものね」

「アリヤさん達はメスですが、オスのゴブリンだとイダルゴさんくらいになる者もいますけどね」


 オラトリやレイ、ペトラの会話を空腹に耐えかねてぱくぱくと食事を頂きながら聞いていると、どうやら俺以外の者はアリヤ達が女性だと分かっていた様子。

 あー、そういえば誰もアリヤ達が女風呂に入ってても何も言わなかったな。他にもアリヤ達が隠れて着替えている時に鉢合わせしてしまうと胸元を隠したりしていたっけ……、何をしているんだこのゴブリンとしか思わなかったが。


 やはり、気付いていなかったピエロは俺だけ……!?


 深く考えるのは止めておこう。語尾にあれだけ『ナリ』をつけてもコロッケ大好きロボットは来てくれなかったし、ここには机がないので青い狸も来る事は叶わない。

 やってしまった事は受け止めなければ……。


「くぅ……、ツライナリ……!」

「どうされましたホリ様? どこかお加減でも悪いのですか?」


 ウタノハの侍女の一人が頭を抱えて塞ぎ込んでいた俺の身を案じるように顔を覗き込んできた。

「大丈夫、何でもないナリよ」

「ナリ……?」


 過去の痛々しい思い出を振り返るとキリがない、ここは酒の力を使い忘れよう! 俺が決心してお酒を頂いているとペイトンやオレグ、プルネスは魚の燻製を楽しみながらポッドの根元で寝かされている亜人の少女について色々と話をしている。


「それでは、森で見た敵に亜人が含まれていたのは……」

「ええ、ホリ様達の話、そしてあの少女の事から察するに、狐人族が相当な数ラミアの一族に操られているのではないかと。ト・ルース殿も同じ見解のようです」


 ぐびっとカップを空けると大きく頷いたト・ルースの隣ではリューシィはじめとする女性リザードマン達が憤慨している。


「ホンットラミアの連中はこれだから!! ああ、あの必要のない長い尻尾をぶった切ってやりたいわ!!」

「そうね! 薬や変な魔法を使ってやりたい放題して! ああ、腹立たしい!」


 リューシィの言葉に続けたアマラもそうだけど根が深そうな問題なだけに難しいな……。それに催眠魔法や薬漬けであの亜人の少女のようにされたら、それこそお終いだし。


「ヒッヒッヒ、こればかりはしょうがないさ。ヤツラも生き残るために身に着けた術だからねえ。あたしらにとっての魚獲りみたいなもんなんだろうさ」

「そんなのわかってるわよお婆ちゃん! それでも腹が立つの!」


 びしびしと地面を叩くメスのリザードマン達の尻尾、これは深く関わると藪蛇だなぁと思ったので話を少し変えよう。


 ちらりと見た先にいるマリエンも今は落ち着き、凄まじい形相で寝込んでいる少女と一緒に休んでいるゼルシュの二名をポッドの根元で介抱している。


 泣き止んでくれて良かったけどあれからまだ話せてはいない……、嫌われたか? アリヤ達に次いで全種族と仲良くやっている彼女に、この拠点で唯一嫌われた存在になってしまったなんて事になったら悲しすぎる……!


「ヒューゴー達、猫人族の人に聞きたいんだけどさ」

「はい、何でしょうか?」


 まぁ今はマリエンがいなくて丁度良いタイミングだろう。

 あまり子供の前でするような話でもないだろうし、内容的に。


「あの子、森で拾ってきたっていうのは聞いたと思うんだけど、周囲にはあの子以外誰もいなかったんだよね。それでマリエンの友達っていう事は、ヒューゴー達の里に居た子だよね」

「ええ……、オーガ達の襲撃で散り散りになって以来会う事もありませんでしたが、あの子も今は亡き同郷の一人です。それがどうかされましたか?」


 マリエンとは別の、この話をするときに気になる人物であるフォニアは今アリヤと二人で何かを熱く話し合っているので、聞かれる事もないだろう。


「狐人族、その亜人達もそうだけど他に人影が全く見当たらなかったって事はどう考えてもおかしい。ヒューゴー達の里に居た時、狐人族はどれくらいいたの?」

「確か……、狐人族は十名がオーガ達に殺され、残っていたのは二十八名でした。他にも犬人は二十二名、我々猫人が二十五名生き残っていた筈ですが……」


 結構多いな、一つの里にそれだけの数が居たのだったら団体で行動をしている者達が居たかもしれないな。

「最悪のケースになるけど、ヒューゴー達の同郷の人達のそれも多数、何十人もの亜人がまだ他にも沢山ラミア達に捉えられているかもしれないし、死んでいる場合もあるって事だよね。ラミア自体の数も解らないし、どうした物かなってさ」

「そう、ですね……。出来る事ならば生きてまた会いたいと思っておりましたが、この事態でそれは高望みという物。せめて彼らの中で息絶えてしまった者がいたのなら、その亡骸を丁重に弔ってあげたいとは思いますが……」


 ヒューゴーとひそひそと声を殺してマリエンに聞こえないように話してはいるが、彼の表情は当然ながら暗い。

 それでも話しておかねばならない事はある、宴会時にこういったイヤな話はしたくないがせめて亡骸や遺品などについてはしっかりと決めておかねば。


「そうだホリ様、もしラミアの巣にいくような事があればシュレンを共に連れて行ってください。彼女ならば里の者にも当然顔が知れていますし、腕が一番立ちます。彼女以外の者が行っても、戦闘になった際に邪魔になる事の方が多いでしょうから」

「わかった。それじゃあアナスタシア達に話をしておこう、シュレンにはヒューゴーから頼むよ。ごめんね、こんな時にこんな話をさせちゃって」


 暗くなってしまったヒューゴーにお酒を注ぎ、気を取り直すように乾杯をしてお酒を頂くと、マリエンが血相を変えて転がり込むようにやってきた。

「ホリ様ッ! お爺ちゃん!!」

「どうしたんじゃマリエン、落ち着きなさい」

「何かあった?」


 彼女はヒューゴーの言葉に落ち着きを取り戻す事もなく、ポッドが聳える場所を、その根元を何度も強調するように指を差している。

「コーヌちゃん、コーヌちゃんが!!」

「よし、わかった。マリエン、スライム君に頼んで長期間飲食が出来なかった人用の食事を用意するよう伝えてきて。ヒューゴー、一緒に来てくれ。話が出来そうなら事情を聞かせてもらおう」

「わかりました。マリエン、急ぎすぎて転ぶんじゃないぞ。さぁ、行ってきなさい」

「はいっ!!」


 大きな声で返事をした少女は、凄まじい勢いのまま調理をしているスライム君の元へと駆け出していった。


「ポッド、彼女の様子はどうだろう?」

「うむ? そうじゃのう……。猫人の娘の言葉に反応は出来ておった様子じゃが、それ以上にかなり衰弱しておる。体力的な疲れはワシにはどうしようもないからのう……」


「コーヌ、コーヌや。私がわかるかい?」


 俺とポッドが話をしていると、ヒューゴーが寝ている亜人の少女に話しかけている。そしてマリエンの様子がおかしい事に気付いた他の猫人や宴会をしていた面々も集まり、視線をこちらに向けて目を覚ました少女の様子を伺う中、彼の投げかけた言葉にコーヌと呼ばれる狐人の少女は小さく頷いて微笑みを浮かべた。


 とりあえず、反応はしているのだからと、ヒューゴーに小声で指示を出すと彼は一度こちらを向いて小さく頷いた。


「そうかい、よく頑張ったね。今マリエンが食事を頼んだから、もう少しだけ起きていてくれるかい? 食事を済ませられるまで寝ちゃいけないよ」


 先程までぼんやりとした様子だったが、ヒューゴーの話を聞いている内に少しずつ力を感じさせる瞳になった狐人の少女はまたも小さく頷き、その後ゆっくりと目だけを動かして辺りを見回している。


 そしてヒューゴーの後ろに立っていた俺や、その俺の隣でスライム君に料理を頼み戻ってきた息を切らすマリエンに気付き、にこりとまたも小さく微笑んだ。


「おはようございます、貴方を保護させて貰っているホリと申します。食事が済み次第、寝床を準備しますのでそれまではお辛いでしょうが頑張ってくださいね」

「コーヌちゃん、頑張ってね!」


 マリエンが言葉と共にグッと顔の前で両手を握り締めると、ゆっくりと数回頷いたコーヌ。反応もしっかりとしているし、問題は無さそう……。

 気付けば何かの液体が入っているスープ皿を持って俺の足元へやってきたスライム君。

 何やらコンソメベースのような色合いのスープが入った皿をマリエンにそのまま渡し、俺は狐人の少女の小さな肩を抱いて上体をゆっくり起こしておいた。

 こちらの方が食事が摂りやすいだろう。


「よし、と……、マリエン。スプーンでゆっくりと、少しずつ彼女の口の中に入れていくんだ。急がなくていいからね? コーヌさん、少しずつ、少しずつ体に染み渡らせるように飲み込むんだ。どちらも、時間をかけてゆっくりね」

「はいっ!!」


 こうして抱きかかえていると、少女の体のあちこちについた血や汚れがよくわかる。

 丸一日何も飲まないというだけでも喋れなくなったりするからなぁ、この子はこんなに幼いのにそれを味わったのか……。

 マリエンが掬い上げたスープをコーヌの口の中へ少しずつ流し込み、コーヌはそれを受け取るとゆっくりと顔を上げて体の奥へ流し込んでいく。

 一つ一つ、ゆっくりとした動作でスープを飲み込み、小さく息を吐き出している内に目元からは涙が浮かんできている。

 その彼女の食事を、気付けば先程まで馬鹿騒ぎをしていた拠点の住人達、ほぼ全員が緊張した面持ちでこちらの様子を見守っている。


「二人共、何度も言うけどゆっくりとね。お腹の中が久しぶりの食事にびっくりして、吐き出しちゃう事もあるから」

「はいっ、大丈夫です」


 俺の腕に寄りかかるようにしながらマリエンからスープを飲ませられているコーヌ、彼女はそれから数回スープを戻してしまったりを繰り返したが、スライム君が用意してくれた器の中身が無くなるまで食事を摂る事が出来た。


「よし、よく頑張りましたね。……? 何です?」


 彼女の汚れてしまった口元を拭いていると、小さな空気が漏れるようにしながら声を絞り出そうとしている彼女。静かに涙を流して何かを言おうとしているみたいなので、その口元に耳を寄せてみると。


「ォ……、ィシッ……ス……」

「フフ、うちの名コックさんの料理ですから気に入って貰えて良かったです。コーヌさんもお疲れ様です、今日はこのまま休んで下さい。おやすみなさい」


 美味しかった、と多分伝えたかったのであろう少女は俺の言葉を聞いて数回頷くと、限界を迎えるようにそのままかくんと体を支える力が無くなり、首を垂らすように眠ってしまった。


「よし、彼女はこのまま休ませてあげよう。猫人の女性とあとパメラ、明日にでも彼女の体を拭いてあげてくれ。ト・ルース、その際に立ち会って怪我の様子も見ておいてくれるとありがたいんだけど」

「わかりました、私は大丈夫ですよ」

「ヒッヒ、あたしも問題はありませんよ。ならパメラの嬢ちゃん、今宵のお酒は程々にしとこうかねぇ」


 いつまでも屋外で寝かせておくわけにも行かないので、ミノタウロスの女性が抱きかかえてそのまま猫人の宿舎まで運んでもらった。


 マリエンやシュレンなども同行しているし、今日の宴会はここまでとしておこうかな……? と最初は思っていたが、それまでの様子を見ていて更にテンションの上がった魔族達は一層ご陽気になり宴会は進んでいった。


 そういえば……。

「ラヴィーニア、あのラミア達ってどうしてあんな磔にされているの? 珍しいね、俺以外があんな目に遭わされているなんて。何かあった?」

「ンー? ……さァて、どうだったかしらねェ」


 惚けるようにはぐらかしてきた彼女、答える気はないのかな? とこちらが首を傾げているところに後ろから小さな声が聞こえてくる。


「姉様は……、ホリがやられたと思って今まで見た事がないくらい怒ってた……。レリーア姉様ですら声をかけられない程だったか「トレニィアァ?」多分姉様はあの形のオブジェが作りたかったんだと思う……。芸術性のお話……」


 先程は皮肉のような事を言っていた彼女も、俺達の事で相当怒ってくれていたという事か。


 三女がしでかした暴露によりそっぽを向いてしまった彼女に少し笑いが出てきてしまうが、改めてお礼をしておこう。

「ありがとうねラヴィーニア、いつもごめんね」

「フン、知らなァい。変な顔してる暇があったらァ、あの真っ白い暴れ馬に大人しくするように注意してきてよォ」

「おい、誰が暴れ馬だッ!?」


 少し離れたところから新たな酒樽を脇に抱えて持ってきた顔の血色が大分良くなっているアナスタシアが叫びながらこちらへ向かってきた。既にかなりの量を飲んでいるようだが、大丈夫だろうか……。


「フフ、自覚しているんじゃないのォ? 貴方よォ、ア・ナ・タァ。あのラミアのリーダーの尻尾を掴んだままァ、川に沈めて拷問してた奴よォ」

「それなら、私よりももっとタチの悪い蜘蛛を駆除した方が良いよなホリ? コイツなんて糸で雁字搦めにしたラミアをそのまま首だけ残して、首から下は氷漬けにしていたんだぞ!」

「いや、どっちも危ないわ……」


 彼女達が互いにやらかした内容を暴露してくれているのでそれを肴にお酒を頂きながら話をしていると、オレグやトレニィアが途中、彼女達の話に補足してくれたがやはり俺達四人が死んだと思い、それはまさに弔い合戦の様相を呈した鬼気迫る物だったようだ。


「でもォ、一番悪いのはアレよねェ」

「そうだな、一番最初にホリが死んだと言い出したゼルシュやリューシィにレリーア、他にも数名が悪い。私達はむしろその情報に踊らされた被害者だぞ」


 二人の言葉が聞こえたのか、大きく体を跳ねさせたレリーアやリューシィ、他にもアナスタシアの部下数名など心当たりのある物達が一度ぴくりとした後に体を硬直させるように固まっている。


「フフ、もしこれ以上ホリが私達をイジメるならァ、今度は私達がァそいつらをイジメ抜くわァ」

「そうだな。むしろホリは傷心の私達をだっ、抱き締めて慰めるくらいしないと、魔王様に罰を与えられるぞ!」

「どういう責任転嫁なのそれ……。いや、わかったわかった。レリーアの視線が痛いからこの話はもうやめておくよ。二人共、俺達の為に怒ってくれてありがとうね」


 体を硬直させていた数名から、もう何も喋るなという意味合いを含めた視線を送られてくるのでもうこの話は終わりにするとしよう。


 アナスタシアが新たに樽から注いでくれたお酒を傾けると、聞き覚えのある声が後ろから響いてきた。

「やはりあの人族、生きていたのか。こんな目に遭わされるくらいならあの時、確実に首を落としておけばよかった。忌々しい連中め」


 俺達の宴会場のすぐ横で面白オブジェと化していた、つい先日に槍を向けてきたラミアのリーダーの女性が気が付いたようでこちらを睨みつけている。


 今日はまだ終わらないんだなぁ、疲れているから早く眠りたい……。

 喉を通る酒精の強いお酒を堪能して一息ついた俺はそのまま、面白オブジェの元へと向かう為に年々重くなってきている腰を上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。