ボイラーメーカー~バーボン先輩とバドワイザー後輩
バーボンウィスキーとビールのカクテル、「ボイラーメーカー」をイメージしました。
ベースは「ジム・ビーム」、合わせたのは「バドワイザー」のイメージです。
「ねぇねぇジーナ先輩、早く行きましょうよ、あたし楽しみにしてたんですから~!」
「うるさいわね、誰のせいで残業してると思ってるのよ、パティ。
ああもう、なんでこんなところまで間違えてるのよ、ほんとに!
ねえパティ、あなたわざとやってんじゃないでしょうね」
「そんなわけないでしょ、先輩に怒られるようなこと……あ、でも先輩の怒った顔、結構好きかも?」
「いい加減殴るわよ?」
とっくに終業時間を過ぎたオフィスに、二人の声が響く。
一人は、長い黒髪をひっつめにまとめた、きつめに吊り上がった切れ長の目に眼鏡をかけた美女。
彼女がカタカタとキーボードをたたく音、苛ただしげにマウスがカチンカチンと音を立てながら走る。
モニタに映るのは何某かの会議資料で、その上をせわしなくマウスポインタが踊っていた。
もう一人は、さらさらとした金髪をショートボブに切りそろえた、悪戯っぽい大きな瞳の可愛い系。
ああだこうだ、ぎゃいぎゃいとやりあいながら、どれくらい時間が経っただろうか。
スッターン! と、わざとらしく嫌味たらしく、エンターキーが叩かれた。
その後さくっと、CTRL+Sで保存して、CTRL+Pで印刷画面を呼び出す。
「きゃー先輩かっこいー」
「うるっさい! まったく気持ちがこもってない、嫌がらせか!」
印刷画面で両面印刷とホチキス止めを設定、印刷指示を送る。
まずは一部だけ。
しばらく待ってできたそれを取りに行って確認して、うん、と一つ頷く。
ついでに紙の残量を確認、十分にあることを確認すれば席に戻り。
必要部数を再度印刷指示、複合機が動き出したのを確認すれば、ファイルを閉じてパソコンのシャットダウンもかけた。
「さ、終わったわよ! 時間は……ああもう、こんな時間か……」
「これから飲みだして、だと終電が気になりますよねぇ。
もう、最初から宅飲みします?」
パティの言葉に、ジーナは顎先に指を当ててしばし考え込む。
「そうねぇ……明日休みなのに、変に気を使いながら飲むのもなんだわね。
じゃあ、あんたんちでいいわね?」
「わっかりました~! じゃあいきましょ、さ、さ♪」
顔を上げてそう告げたジーナに、パティが嬉しそうにじゃれつき、腕を取った。
そのまま腕を組むように絡めれば、ぺし、とたしなめるようにジーナがその頭をはたいた。
「こら、何浮かれてるのよ。
あんたのせいで残業になったんだし、割り勘だからね」
「え~、先輩の威厳を見せるためにおごってくださいよ~」
「おごるわけないでしょうが、この張本人!
まだ割り勘なだけありがたいと思いなさい、ほんとはあんたのおごりにしたいくらいなんだからね!」
棘のある声で突っぱねるジーナ。
だが、パティはどこか嬉しそうだ。
なぜなら。
「ほら、馬鹿なこと言ってないでさっさといくわよ」
「は~い♪」
そう言いながら、ジーナはパティの腕を払わないのだから。
口に出せば今度こそ払われそうだから、心の底にそれはしまって。
じゃれあいながら、二人で事務所から出て行った。
そして、小一時間程電車で移動した先にあるアパートの、パティの部屋。
帰りがけに二人で買い込んだ食材と酒類を抱えて転がり込み、適当に食べやすいものから食べ始め、飲みたい酒を飲みだした。
24時を前にして、かなり酒が回っていた。
「だから~先輩はお硬すぎなんですよ~。
もっとこう、フレンドリーにね、こう、ほら、笑って笑って~」
「うるっさい、私はこれでいいのよ、これで!
あ、こら、くすぐるなっ、こら! あはははっ、こらっ!」
それなりに壁が厚く、防音もそれなりな部屋で二人のじゃれあう声が響く。
シャワーも浴び、化粧も落としてラフな格好になった二人。
終電はもうそろそろなくなる、となれば、とっくにジーナはお泊り体勢だ。
「んもう、そういうとこですよ~?
ほら、そんな風に笑ったら、こんなに可愛いのに」
「か、可愛い!?
からかうんじゃないわよ、あんたの方がよっぽど可愛いっての」
ぽろり、酒で緩んだ隙間から本音がこぼれだす。
酔って緩んだ頭が、そんな言葉をどれくらい拾えたかはわからないが。
「えへへ~~~あたし可愛いっすか? 可愛いっすか?」
「そういう風に言うとこは、ぜんっぜん可愛くない。調子に乗んな。
……ごめん、ちょっと可愛い」
「えへへへへへ~~~先輩も可愛いとか言ってくれるんだ、えへへへ~~」
酔っぱらったパティは終始ご機嫌で。
ジーナはまだつっけんどんだが、時々ぽろっと素直で。
つまりは、ご機嫌に飲み会は盛り上がっていた。
「そりゃ、まあ、さぁ。可愛い後輩だよ。
仕事でああいうボケかましてくれなかったら、もっとだけどさ!」
「んふ~……でもほら、そうしたら、先輩が助けてくれるでしょ?」
「……こら、あんたほんとに、わざとじゃないでしょうね?」
酔って据わった目で、パティを見つめる。
もっとも本気ではないし、多分、パティもそれはわかっている。
「さすがに、わざとじゃないっすよ~。先輩に悪いですもん。
でも……甘えてるところはあるかもしれないっすね~」
「あんたね……いい加減あんたにも後輩できてるんだから、もっとしっかりしなさいよ」
呆れたように言いながら、パティの髪を撫でる。
……自分で思っていたよりも甘く扱いたかったのかも知れない、などと思ったりしていると。
見透かしたような、悪戯な光の瞳がジーナを見つめていた。
その瞳の色に、思わずどきん、としてしまったりして。
そんな自分を誤魔化すように、缶ビールを煽った。
「しっかり、かぁ……やだなぁ」
「なんでよ、一人前ってことでしょ?」
「や、だって、一人前になっちゃったら、先輩が助けてくれないじゃないですかぁ」
そう言いながら、パティが腕にしがみついてきた。
なんでか、その腕は払えなくて。
しがみつかれるままに、しがみつかせながら。
なんとなく。
なんとなく、髪を、撫でた。
「ばっかね、あんたは……。
別に、わざわざ助けなくても、誘われたらこうして飲みに来るし、ランチだっていくわよ。
あんたのこと、別に嫌いじゃないんだから」
「んじゃ、デートにも行ってくれます?」
「デ、デート!? ちょ、パティ、あんた何を」
そう言いかけて、言葉が止まる。
パティが、悪戯な瞳で。
冗談ではない熱量に潤んだ瞳で、見つめていたから。
だから思わず、こくん、と喉を鳴らした。
「だから、デート、して欲しいって、言ってるんですよ~」
「また、随分とデートを強調してくれるわね?」
お互いに、冗談めかしている。
けれど。
その奥に、冗談では済まないものも、隠してしまっている。
……隠しきれないところまで、来てしまっている。
少しだけ、沈黙。
パティの耳が赤いのは、酒のせい、だけだろうか?
「パティ」
「はい」
「デート、したいの?」
「はい」
ぽつり、ぽつり。
互いに、短い言葉だけ交わしながら。
じわり、じわり。
互いの間の熱が、高まっていくのを感じる。
「……私と、そうなりたいの?」
「……はい」
問いかけに、こくり、と頷かれた。
ぞくん、と体の芯に火がともるような感覚。
「それを、この状況で言っちゃうんだ?
終電もなくなって、お互いにすっぴんで、下着も見えちゃうような格好の状況で」
「……そうなるように仕向けた、って言ったらどうします?」
おずおずと。
どこまで計算かわからないが、迷子のような弱弱しさで上目遣いにそう言ってきた。
そんな目で見つめられてしまえば。
「襲う。めちゃくちゃにしてあげる」
「わぁい、先輩、肉食系~!」
押し倒される、どころか、引き込んで迎え入れるように、嬉々として両手を広げ床に倒れ込むパティ。
くそう、やられた、と思いながら。
ジーナももう、止まることなどできなかった。