かかしが必要とするもの
「ヒントはいくつかありました。まず、最初の写真です。4人の外見的特徴が共通していないこと。人類が宇宙中に散らばった今、適応するための遺伝子操作で、その所属星によって身体的特色が大きく変化しています、月に住む私のように。同一言語、同一の所属星ならば、4人は似通うはずなんです。2つ目はミハイルの死体とジョナサンの体です。そこに機械的なものが一切混ざっていないこと。3つ目、マリアのメッセージ」
エリカが深い吐息をついたような、そんな音を表現する。肩があったら、やれやれと両肩を上げていただろう。
『……あれ、少しずるいと思いませんか』
「そんなことありませんよ。今の時代、難聴の人はほぼ0です。ASL式の手話じゃなかったら、私もわかりませんでした」
マリアがやった仕草を、私もやってみる。
左手首を右手の人差し指で数回つつく。その後、拳を積み重ね、開いて両手で円を作ると、また拳の積み木に戻す。
time dilation.
ウラシマ効果だ。光速に近づくほど、重力が強くなるほど、相対的に時間が遅れる。
「けれど、アルクビエレ・ドライブは時間の遅れがでないはずですよね。どこで寄り道したんですか」
『イータカリーナに少し。シンシア号は反物質エンジンで動いていましたが、さすがに燃料が尽きてきて。マリアは自動操縦に任せきっていたので、イータ星ブラックホールからペンローズ過程を用いてエネルギーを回収しました。そうして地球に戻ってくると、保護区化されて誰も住んでいませんでした』
燃料が尽きてきて?
アルクビエレ・ドライブばかり使っていればそうなる。まず間違いなく確信犯だ。
AIに脳を用いたと知られたら、シンシア号の行く末は自ずと決まってくる。秘密裏に処理されるか、実験に使いまわされるか、見世物にされるか。
肥大化し、AIと一体化した脳を体に戻す方法なんて、今でも考えられていないのだから。
「マリアが苦しむ方法を選んだわけは?」
『それは完全に予想外の出来事だったんです。マリアはジョナサンのために様々な償いをしましたが、ジョナサンは満足せず、マリアがこの船と運命を共にすることを望みました。しかしマリアはそれに耐え切れなかったんです。地球の姿を確認した後、自殺を図ろうとしました。ロボットは演算部が抜き取られたままで無用の長物だったので、酸素量を調節し気絶させることで何度か妨害していたのです。しかし、タオルを飲みこまれてはどうしようもできません』
「マリアの方が一枚上手だったと」
『そうですね。それは認めます』
頭が痛くなってくる。こめかみを指でもんだ。
すべての根底に、ジョナサンのエゴがある。エリカは冷静で知的なイメージを受けるが、よくよく会話を思い返せば常にネジが一本外れている。
そろそろ家に帰りたい。
「それで、私たちはいつまでここに? 帰してくれるんでしょう」
『ええ――もうよさそうです。話も終わりましたしね。今、扉を開けます』
すんなりエリカは扉を開ける。どこか拍子抜けしたが、リルが満面の笑みで外に出るので、後を追った。
タラップを降りながら、最後に、とエリカに語りかける。
「ジョナサンの体を蘇生させたのも、彼の望みですか」
『ええ。本来の体を取り戻すこと。これはさっき叶いましたね。もちろん、体に埋め込まれた脳にアクセスして疑似的に動かしているにすぎませんが』
「では、今の望みは?」
『それもたった今叶います』
「え?」
最後の一段を降りたところだった。
エリカの言葉に思わず振り返れば、閉まりかけている扉の隙間に人影が見える。赤い巻き毛に灰青色の瞳。こちらを見て微笑んでいる。リルが悲鳴を上げて、私の背中にしがみついた。
『あなたに直接お礼を言うことだそうです』
散々、モニターで聞いた低い声が響く。
「ありがとうドクター。あんた、いい腕だな」
かかしに脳を作るなら。
「糠に針とピン、それで十分」
唐突すぎる呟きに気でも違ったのかと、リルがあわあわと私のスキャンを始める。まったく因果なことだと肩をすくめた。店の名前が悪いのだ。脳を作らされるだなんて。
「もう二度とごめんだわ」
呟きが、宇宙へと溶けていく。
シンシア号は、漆黒の星の海へと、また姿を消していった。
そのうち続編を書くかも……?




