8 もみじの絶技
「え?」
雷鳴轟之神社の和室では、さくらたちが目を見開き、愕然としていた。
さくらたちが見つめる視線の先では、さっきまで強烈な風をもみじの顔面に叩きつけていた扇風機の羽根の回転が止まっており、強風になびいていたもみじの髪先がふわりと下を向いていた。
「そ、そんなのって……? え? えーっ?」
まふゆが困惑して大声を出し、さくらたちも一様に当惑した表情を浮かべていた。
もみじの小指は扇風機の電源スイッチを押し、電源をオフにしていた。
もみじは、得意満面の表情をさくらたちに向けた。
「おめぇら見たか? これが闘いの秘訣だ」
さくらは不満そうにもみじに抗議した。
「もーっ! おねーちゃん、ふざけないでーっ! 真剣に見て損しちゃったよ!」
その時、ナツが目を大きく見開いて冷静に言った。
「いや、客観的に考えて、今のは本当に闘いの秘訣だ……。高速で回転する羽根に惑わされることなく、その羽根を根本的に止める方法を探し、そこに攻撃を集中する……。合理的に考えて、そんな攻撃ができれば、小指一本のような小さい力でも相手の動きを止めることができる……、そういうことか!」
もみじは、嬉しそうにナツに笑顔を向けた。
「おっ! ナツ、さすがだな! そーゆーことだ。相手が素早い連続攻撃をしてきても、その攻撃に惑わされるんじゃねぇ。どうしたら、相手の攻撃を根本から止められるかを考えるんだ。いいな?」
「はい!」
納得したさくらたちは、尊敬の眼差しでもみじの笑顔を見つめながら、力強く返事をした。
「もみじ〜。おひさ〜!」
突如として、もみじやさくらたちの前に、瞬間移動をしたリリィが姿を現した。
無邪気な笑みを浮かべているリリィは、女の子座りをしており、その両腕では、気を失っている鏡太朗の上半身を後ろから抱きかかえていた。
「鏡ちゃん!」
さくらは目を丸くして、リリィの腕の中で安らかな顔を浮かべて意識がない鏡太朗に呼びかけた。
さくらはハッとしてリリィの顔を見ると、激しく動揺しながら、しどろもどろになって訊いた。
「あ、あ、あ、あなた……、鏡ちゃんに何をしたの……? きょ、鏡ちゃんは無事なの……?」
リリィは悪戯な笑みを浮かべて答えた。
「鏡太朗は無事よ〜。元気過ぎるくらいにね〜。だって、一晩中、あたしと楽しんだんですもの〜。ずっとあたしの耳元で歓喜の叫び声を上げていたわ〜」
ブチッ!
さくらの頭の中で、何かが切れる音が聞こえた気がした。
「あ、あ、あ、あ、あなたのこと、絶対に許さないわああああああああっ!」
その場にいる誰もが、未だかつて見たことがないさくらの激高する姿に目を丸くして驚愕した。
來華はさくらの様子を横目で見ると、下顎に右手を当てて考え込んだ。
『さくらは、鏡太朗が他の女の子と仲良くするのが嫌なんじゃな。よし! ここはわしが何とかこの場を収めるんじゃ!』
來華はリリィに向かって言った。
「お前、クロリリィって言ったな? お前は早く鏡太朗から離れるんじゃ! お前が鏡太朗にくっついてると、さくらがヤキモチ妬いて怒り狂ってたいへんなんじゃ!」
「ラ、ラ、ライちゃん! あ、あ、あ、あたしは鏡ちゃんが誰と何をしたって、ぜ〜んぜん気にしないわよ! な、な、何を勘違いしてるのかしらーっ? ラ、ライちゃんったらーっ!」
さくらは顔を真っ赤にしながら、來華に向かって上ずった声を張り上げた。
リリィは驚いた顔でさくらの顔を見つめた。
「ええーっ? あんたってもみじの妹なんでしょーっ? あたしもすっかり忘れてたけど〜、もみじは鏡太朗と付き合ってるのよー! 姉妹で鏡太朗のことが好きなのーっ?」
「えええーっ?」
その場にいる誰もが、人生最大の驚きの表情を浮かべて一斉にもみじを見た。
「リ、リリィ……? お、おめぇ、な、な、な、何を言ってんだ……?」
もみじは想像すらしていなかったリリィの爆弾発言を聞き、激しく狼狽した。
リリィは、もみじの反応に驚きを見せた。
「あら〜? だって、あたし、もみじと鏡太朗がデートしてるところを見ちゃったのよ〜」
「お、お、お、おめぇ、な、何言ってんだ? あ、あ、あたしが鏡太朗と……?」
動揺するもみじの記憶の中では、現世之可我見で偶然見てしまった鏡太朗のボクサーパンツ一枚の姿が、8Kの超解像度で鮮やかに再生された。記憶の中の鏡太朗は、ボクサーパンツのゴムに両手の指をかけた。
『ま、まずい! よ、よりによって、こ、こんな時にこんな記憶が!』
もみじは、顔を真っ赤にして慌てふためいた。
そんなもみじの様子を目にしたさくらの顔は見る見る青ざめていき、信じられないものを見たかのような驚きの表情を浮かべてもみじを見つめた。
「お、お、お……ねーちゃん……? ま、まさか、本当に……?」
もみじはさらに激しく狼狽しながら、しどろもどろになってさくらに口を開いた。
「さ、さくら……。あ、あ、あ、あたしは……、そ、その……」
さくらはもみじに向かって、火山が噴火するかのように激高した。
「お、おねーちゃああああああああああああああああああああああんっ!!!」
もみじは言葉も出せずに、あたふたと取り乱し続けていた。
まふゆは冷静な顔で、さくらやもみじの様子を見つめた。
「何だかさーっ、あたしだけ仲間外れで寂しい……。めっちゃアウェイ感」
隣でナツが冷ややかな顔で言った。
「いや、客観的に考えて、この場ではアウェイの方が幸せだ」
河童が青ざめた顔でこわごわ言った。
「きっときゃー太朗が目を覚ましたら、この場の空気を感じた瞬間に、もう一度気絶するだきゃ」
リリィの腕の中で、鏡太朗は意識を取り戻した。
『な、何だ? この殺気に満ちた異常な空間は? い、今目を開けたら、きっと俺の人生はここで終わる! 俺の中の生存本能が、絶対に目を開けるなと全力で警告している!』
鏡太朗は命の危機に怯えながら意識が遠くなり、再び気を失った。
「じゃあ、もみじ〜。あたしはこれで帰るわね〜」
「リ、リリィ! この場を荒らして、おめぇこのままで……」
もみじが慌てて語りかけている最中に、リリィは満面の笑顔を残して瞬間移動で姿を消し去った。
残された者の間に重苦しい沈黙が流れた。
「あたし、ちょっと出てくる!」
さくらは、眉間にシワを寄せて瞼を閉じたまま立ち上がった。
「さ、さくら……、ど、どこに行くんだ……?」
もみじが恐る恐る声をかけると、さくらは冷めきった瞳を向けた。
「ひっ!」
さくらの視線に射すくめられられたもみじは、全身が凍りついたかのような強烈な寒気を感じた。
「ちょっと買い物に行くだけよ」
そう言ってさくらは部屋から出て行き、後ろ手に部屋の引き戸を閉めた。
バアアアアアアン!
猛烈な勢いで戸が閉まった瞬間、建物全体が揺れ、その場にいた誰もが生きた心地がしなかった。
さくらのドスドスという足音が遠ざかり、一同は安堵してホッと一息ついた。
その時、もみじの背中から黒い液体のようなものが一筋飛び出し、まふゆが目を丸くして叫んだ。
「も、もみじさん!」
もみじたちが驚愕して見つめる先で、黒い液体のようなものは縁側まで飛んで行き、大きな塊になって形を変えていった。
もみじは大きく目を見開いたまま動揺し、頬を一筋の冷や汗が流れた。
「ま、まさか……。まさか……」
黒い塊は黒のフロックコートを着た悪魔、グリッパーに変化した。その頭部は首の上ではなく、手に掴んだステッキの上についており、毛髪がない頭皮には幾何学模様があり、尖った耳の後ろには二対のコウモリのような翼が生えていた。頭部がない切断されたような首の断面からは、灰色の煙が立ち上っていた。
「グリッパー……」
もみじは強張った顔で呟き、まふゆたちも警戒してグリッパーを凝視した。
「はっ!」
異様な気配を感じた鏡太朗は目を覚ますと、素早く立ち上がって身構えたが、グリッパーの姿を目にした瞬間に愕然とした。
グリッパーはニヤリと笑うと、もみじに向かって言った。
「集合的無意識からあなたの意識を見つけて、お迎えに来ましたよ。シャリマーヤーさんがお待ちです。あなたのお仲間たちも霊力が強い。魔力を発散する魔物もいますね。シャリマーヤーさんが楽しく遊ぶための最高のおもちゃになることでしょう。皆さん、まとめてご招待しますよ」
そう言うと、グリッパーは両掌をもみじたちに向けた。
「皆さんをグリップします」
グリッパーが両手を握ると、もみじたちは体が固まったように身動きできなくなった。
『か、体が動かねぇ!』
「さあ、死のゲーム会場が待ってますよ」
グリッパーが楽しそうにそう言うと、もみじたちの姿は和室から消え去った。
「おねーちゃんのバカ……」
さくらは、制服姿で幹線道路の歩道を俯いて歩いていた。平日の夕方の片側二車線の車道では、途切れることなく車が時速六十キロで行き交っていた。
『まさか、本当におねーちゃんと鏡ちゃんは付き合ってたの……? そんな訳ないよね……。で、でも……、もしかしたら……』
さくらは俯いたまま横断歩道を歩き始めた。
パーーーーーーーーーン!
さくらの左側から、クラクションが叫ぶような高音を響かせた。
「え?」
驚いてさくらが顔を音の方へ向けると、大型トラックがもの凄い勢いで眼前に迫っていた。考え込んでいたさくらは、赤信号の横断歩道を渡ろうとしており、青信号を直進していた大型トラックが急ブレーキをかけても間に合わず、さくらに向かって突進していた。
突然の出来事に、さくらは身動きができず、自分の視界を占めていく大型トラックを呆然として見つめた。
【お知らせ】
ここまで読んでいただき、心から感謝します。
次からは、毎週土曜日の午前7時30分に最新エピソードを掲載します。
なお、カクヨムでも、各エピソードを3千文字以内に分割して、
行間を空けたスマホ版を掲載していますが、後発の「カクヨム版」の更新が
次の話でやっと「小説家になろう版」に追いつきますので、
今後は、「小説家になろう版」と「カクヨム版」を同時に週に1回更新します。
引き続き、「鏡ちゃんは今日も呪われている!」に
お付き合いいただきますようよろしくお願い申し上げます。
小雨 無限




