1 氷の世界
「鏡ちゃん! ライちゃん! おねーちゃん! みんな!」
さくらの絶叫をかき消すほどの強烈な風と、視界を埋め尽くす大雪が、さくらたちが住む町を支配していた。
ブレザーにスカートの学校の制服姿のさくらは、横殴りの猛吹雪の中、街路樹も、建物も、行き交う人々も、地上に存在する全てのものが凍りついた世界に一人佇んでいた。
凍てついた道路の上で、絶望の表情を浮かべて立ち尽くすさくらの二十メートル先では、制服姿の鏡太朗と來華、河童、まふゆ、ナツ、神主姿のもみじ、戦闘モードのコアちゃんが身構えたままの姿で凍りついていた。
「ふふふ……」
風に乗った微かな笑い声が、さくらの耳に届いた。
さくらが声の聞こえた風上に目を向けると、猛吹雪の中、鏡太朗の上方十二メートルの位置で若い女性が宙に浮かんでいた。
その女性は水色の長い髪を風になびかせ、冷たさを感じさせる薄い水色の和服を身に着けており、不敵な笑みを浮かべる青白く整った顔の中のふたつの瞳は、氷河に見られるようなアイスグリーン色の輝きを放っていた。
猛吹雪の中に滞空して冷笑を浮かべる女性は、聞く者の心を凍りつかせるような冷たい声色でさくらに声をかけた。
「この町は、あたしたち雪女族が棲むのに適した氷の世界になったよ。さあ、残りはお前一人だけだ。お前も魂ごと凍りついて、氷の世界のオブジェになりな」
雪女が両掌をさくらの足元に向けると、さくらの足元の半径二メートルの凍りついた地面が青みがかった白い光を放ち、光に覆われたさくらの両足が凍りついた。
「しまった! 動けない! 古より月を司りし月光照之命よ!」
離魂之術を遣おうとしたさくらの体は、足から頭に向かって見る見る凍りついていった。
「その御力を……」
さくらは月を司る神に呼びかけている最中に全身が凍結し、両目を見開いたまま身動きできなくなった。
『しまった! 意識が遠くなっていく……。あたしは、いつもみんなの力になれない……。いつも、みんなを助けられない……。みんなを助ける力が欲しい! 欲しいよ! 月の神様……あたしを導いて……』
さくらの魂が凍りつき、さくらの思考が停止した。
雪女は、猛吹雪の下に伸びる道路に降り立ち、五メートル先で凍りついているさくらを見つめて笑みを浮かべた。
「ふふふ……。これでこの町の人間は一人残らず、雪女族が支配する世界を彩る氷のオブジェになったよ。ふふふ……」
その時、さくらとは違う白いブレザーの制服を着た女の子が、さくらから五十メートル離れた建物の陰から姿を現すと、さくらに向かって全力で叫びながら駆け寄ってきた。
「さくらああああああああーっ! 負けんなああああああああああーっ!」
その女の子はショートカットの髪を編み込み、後頭部に大きな赤いリボンをつけており、必死に叫ぶ声は風に乗って凍りついたさくらまで届いた。
『ルナ?』
凍りついた体の中でさくらは意識を取り戻した。さくらの心の声に呼応するかのように、その胸の中央辺りが満月の光を放ち始めた。
「な、何だい? これは?」
雪女が怪訝な表情で凝視する先では、さくらの胸で輝く満月の光が、さくらの全身を覆うように広がっていった。
「い、一体、何ごとだい?」
理解不能な現象を目の当たりにして戸惑う雪女の視線の先では、さくらを包む満月の光は、炎のように揺らめきながら輝きを増していった。
「あたしが絶対にみんなを助けるんだああああああああっ!」
満月の炎の中で、さくらが裂帛の叫び声を上げた。
「な、な、何だと? お、お前は一体……? ぎゃあああああああああああっ!」
雪女が驚愕する声と、それに続く悲鳴が猛吹雪の中に響いた。
やがて風はぴたりと止み、風に乗って横殴りに降っていた雪は、ひらひらと地面に舞い落ちていった。
町を覆っていた曇天は、抜けるような青空に置き換わり、凍りついた大地を陽の光が優しく包んでいった。




