(05)他はいらない!
ちょっと、長くなってしまいました。
ごめんなさい(汗)
昨日タチアナのためにと、5歳児用の服を買い込んでシビルに怒られたリベラートは、その服をどこに片付けようかと朝から悩んでいた。
そこにシビルの悲鳴が!
「きゃぁぁぁぁぁ!」
「今度はどうした?」
再びタチアナの部屋から聞こえて、飛び込んでみると、シビルが入り口近くで尻餅をついていた。
「タ、タチアナちゃんが!」
「タチアナがどうした?」
毎回の事なので、以前ほど動揺していない。
寧ろ少しワクワクした気持ちでリベラートが部屋を覗くと、髪の毛が肩まで伸びて、背も高くなっているタチアナが立っていた。
どう見ても5歳児くらいに成長しているではないか。
その姿に、リベラートは驚くよりも、少し得意気だ。
「シビル、ほうら、昨日の服がもう役に立つぞ」
「そ、そうですね。私が早計でしたわ」
素直に過ちを認めるシビルを残し、昨日買ったタチアナの服を足取り軽く自室に取りに行くリベラート。
そして、買った2枚を見比べて悩む。
「どちらでもいいから、タチアナに似合う方を着せてくれ」
最後には考えあぐねて、シビルに頼み、部屋から出ていった。
着替え終えてダイニングに来たタチアナは、すっかりおしゃまな感じで、より一層可愛さがランクアップしている。
着替えた服は、薄紫のチュールドレス。スカートの部分には生地を何枚も重ね、ふんわりとしたデザインは女の子らしく、タチアナが着ると可愛らしさが増した。
タチアナがスカートの裾を持って、どこで覚えたのか、お辞儀をする。
「リベラート様、どう? 可愛い?」
昨日までは、あれほど辿々しく話していたのに、いきなりちゃんと話すものだから、リベラートもシビルも驚く。
しかも、初めてリベラートの名前を呼んだのだ。
「そんなに話せるようになったの?」
「だって、お喋りもしたかったし、リベラート様が買ってくれた服を着たかったから大きくなったの。ね、可愛いでしょ?」
昨日までの路傍の赤い石ではなく、輝きを追加したルビーのような瞳が挑戦的に、じっとリベラートを見つめる。
だが、そういってもまだ5歳くらいで、可愛いものだ。
「うん、可愛い。自慢の娘だよ」
リベラートの言葉に驚いたように目を大きく開き、なんと、初めて表情を変えたのだ!
タチアナがほっぺを膨らまして、怒ったのだ!
「私、リベラート様の娘じゃない!」
昨日まであれほど無表情だった子の表情が、どんどんと変わることに驚いた。泣きも微笑みもしない子が、怒ったのだ。
突然のことに焦りつつ、リベラートは、前から考えていたことを提案してみた。
「タチアナは、私の娘になりたくない?」
「絶対にいや!」
タチアナの食い気味な全力拒否。
養子にしようと考えていたのに、タチアナが初めての感情を出し、そんなに怒るものだから、リベラートはへこむ。
「そ、そんなに拒否されるなんて思わなかったよ。僕がお父さんって嫌なのかな?」
「まだ、言っているの?」と、睨むタチアナの猫の目のような目が、更につり上がった。
「嫌に決まっているじゃない! 娘になりたくない!」
再び、激しく拒否される。
「そうか・・。そんなに嫌われていたなんて・・知らなかった」
肩をがっくり落とすリベラートに、再び怒りを向けるタチアナ。
「嫌いじゃない!! そんなこと言ってないもん! そうじゃないの!」
タチアナが噛みつくように言うので、リベラートは身構えた。
でも、タチアナが話した内容を思い返し、嫌われてなかったことに安堵する。
「そうか、良かった。嫌われてはないんだね」
ほっとした表情をタチアナに向けると、彼女は再び無表情で頷いていた。
その日を境にタチアナに、色々な表情が見られるようになってきたのだ。
例えば、嫌いな野菜のブロッコリーが食卓に出ると、眉間に眉を寄せて困った表情を見せたり、リベラートがタチアナに『可愛いよ』と言った時には、ほんの僅かだが、口角が上がったりした。晴れやかな笑顔とまではほど遠いが、少しずつ感情と表情が増えたのだ。
また、ようやく体の成長は止まったのか、既に10日経っているが、未だ5歳児のままである。
「スピード成長は終わったみたいだし、タチアナのお披露目のお茶会出席に向けて、ドレスを作りに行くか」
貴族の子供同士を会わせて、顔見せをさせるのだ。
お茶会という名目で、一緒に遊ばせ、将来の友達を作る顔繋ぎ会である。
ふつうの感覚なら『角があるのに?』と疑問を持つだろう。
だが、この屋敷にそんな常識的な感覚を持つ人物はいなかった。
逆に可愛いタチアナのお披露目会に、浮かれているくらいである。
ドレスという言葉に、敏感に反応するタチアナだったが、「要らないわ」と乗り気ではなさそう。
「どうしたの? いつも新しい服に袖を通すとき、とっても嬉しそうにしているじゃないか?」
「だって・・お金がないの知っているもの」
回りの大人よりも子供のタチアナの方が冷静だった。
「うっっ」
言葉に詰まるリベラート。
こんな小さい子供に、お金の心配をさせてしまったと、落ち込んだが、すぐに立ち直りタチアナに言う。
「お金は沢山はないが、タチアナにドレスを買うくらいの蓄えはあるぞ」
タチアナに懐疑的な目を向けられて、必死に微笑みを絶やさず頑張ったリベラートだったが、指先が震えていることは見られていた。
◇□ ◇□
お金の心配するタチアナを連れて、隣の領地までやってきた。
隣の領地ということで、帽子を被ってのお出掛けだ。
馬車はあるにはあるが、乗り心地は最悪なので、馬で行くことになった。
固い椅子で長時間揺られるなら、馬で一気に短時間の苦痛の方がましだったのだ。
こんな思いまでして、なぜ隣の領地まで来たかというと・・答えは簡単。
貧乏領地には、貴族の子供が着るような高級なドレスを売っている店は一軒もないからだ。
だから、わざわざドレスショップがある隣の領地まで買いに来たのだが、町が都会過ぎて、リベラートはうろうろしている。
「店が多すぎて、見つからないな」
田舎者丸出しでキョロキョロしているリベラートに代わり、冷静に街を見ていたタチアナが立ち止まる。
「リベラート様、あっちよ」
タチアナが指差した方向に、大人の女性が多く入っていくお店があった。
子供服も置いてあるようで、看板にしっかり『新作子供服、入荷しました』の文字も見える。
しかも、出入りする女性たちは皆美しく着飾っている。
「あの店か・・。入るのに勇気がいるなぁ。いや、タチアナのためだ、頑張ろう」
独り言を盛大に漏らしつつ、タチアナの手をひいて店に入ろうとした時、中から人が出てきた。
それは、オレンジの生地に、多色の花の刺繍が施されたドレスを着た女性だった。肩から胸にかけて大胆に開いたドレスは、豊満な胸が強調されていて、普段女性と縁のないリベラートは目のやり場に困ってしまう。
うぶなリベラートは、「うふふ」と扇子で口許を隠した女性に笑われても、気の利いた台詞も言えず、下を向いて通りすぎるのを待つだけで精一杯だった。
「リベラート様は、あんな感じの女性が好みなの?」
不機嫌そうなタチアナに質問されたが、答えに戸惑う。
「え? 僕の好み? そ、そうじゃないけど・・」
リベラートがはっきりと返事をしないのは、女性の好みが本当に分からないからだ。
なのに、なぜか、タチアナに目を眇て睨まれている。だが、その理由がわからない。
タチアナが恐ろしい顔をして、店内をじっと覗くので、リベラートも一緒に中を見る。
そこには、先程のような、大人の女性がわんさかいて、ドレスを選んでいるではないか。
リベラートのすぐ横にいたタチアナの表情が無表情を通り越し、冷気漂うものに変わっている。
「タチアナ、どうしたの? 店に入らないの?」
リベラートがタチアナに話しかけた時だった。
悪いことに、再び店から出てきた女性と鉢合わせになる。
「あら、可愛い女の子ね。お父様にドレスをプレゼントしてもらうのかしら?」
ストレートの髪の毛が腰まであり、背中のあいたドレスが、更にセクシーさを際立たせている。
再び、リベラートは「ああ、はい」としまりのない返事で、どぎまぎしながらその女性を見送っていた。
すると、タチアナが衝撃的なことを言い出した。
「ねえ、この町にいる女、全て消してもいい?」
「・・・? なっ!! だ、ダメだよ! なんてことを言うんだ?!」
いつもはにこにこしているリベラートだが、この時ばかりはくわっと目を開いている。
「怒っているの?」
リベラートの怒りの顔を、不思議そうにタチアナは見つめている。
「そうだね。あまりにも酷いことを言うものだから、少しだけ悲しくなったな・・僕はタチアナに、」
「はあ・・もういい・・」
タチアナに言葉を遮られ、ため息をつかれ、さらに、「今日は、帰る!」と宣言されたのだ。
「え? せっかくここまで来たのに?」
タチアナが何にイラついているのか、リベラートにはわからない。
鈍感なリベラートにタチアナの複雑な心など理解できるはずもない。
しかも、不機嫌ではなく、いつの間にか泣きそうに見えるタチアナを、どう扱ってよいのか分からず、あたふたするばかり。
「ええ、どうしてもよ。とにかく帰りたいの!」
リベラートはせっかくここまできたのに・・と、店前から離れないでいたが、タチアナに手を引っ張られて元来た道を帰ることになった。
自分の手を引っ張るタチアナの姿はどこか必死で、リベラートは頑なになったタチアナの気持ちをなんとかしてやりたいと思う。
繋いでいた馬の所まで帰る途中、リベラートはカフェを見つける。
「ねえ、タチアナ。せっかく来たからこのカフェで、甘いケーキを食べてから帰ろうよ」
リベラートが誘ったお店から、甘い香りが漂い、イチゴがどっさり載った美味しそうなケーキも見えた。
「・・あれが、ケーキ・・うん、食べたい」
さっきまで、大人の女性と張り合うような態度だったが、今は見た目通りの5歳に戻っていた。
タチアナはイチゴとブルーベリーのケーキを注文し、リベラートはホイップクリームたっぷりのプリンを頼んだ。
運ばれてきたリベラートのプリンもおいしそうで、それをじっと見ているタチアナ。
それに気がついたリベラートは、一匙すくって、「はい」とタチアナにあげる。
タチアナは喜んでパクッと食べた。
そのお返しにと、タチアナもケーキをフォークですくって、リベラートに差し出してきたので、そのままリベラートもぱくりと食べた。
隣の席の女性たちが、「まあ、微笑ましいわ」とにこにこ。
ここまではよかったのだが、次の言葉にタチアナは元気を失くす。
「年の離れた兄妹かしら? それとも親子かしら?」
「あらやだ、絶対に親子よ。娘さんはきっとお母さん似ね」
等と、適当なことを言っている。
「兄でも、お父さんでもないのに・・。それにリベラート様とはちっとも似てないもん」
ケーキを食べながら、不機嫌になっていく。
怒りながらも食べるのを止めないタチアナが可愛くて、リベラートも慰めの言葉を必死で探した。
「うん、私たちは全然似てない。タチアナは将来絶対に綺麗になるよ。それに比べたら、私の顔はよくある顔だしね」
自虐で、タチアナを元気にしようと思ったけれど、タチアナの不機嫌を増大させてしまったようだ。
食べる手を止めてまで、冷たい視線を送るタチアナに、真剣に訴えられた。
「私は、リベラート様と血縁関係になりたくない理由があるの。だから、兄妹とか親子に間違われたくない。それに、私は、リベラート様のお顔が平凡だなんて、これっぽっちも思ったことないわ!」
なんで、怒られているのか、未だに理解できていないリベラートは、小さくなって神妙な面持ちで聞いている。
カフェで大の大人が、小さい女の子に説教をされている光景を、他のお客さんは不思議そうに、見ていたのだった。
◆■ ◆■
夕方、隣の領地から家に着いたが、タチアナの言い様のないイライラが収まらない。
リベラートが他の女を見るなんて、許せなかった。
いつも自分を見ると可愛いと言ってくれていたのに、あの言葉は嘘だったのか?と怒りで心が沸騰しそうだった。
でも、もっと嫌だったのは、店から出てきた女たちが皆スタイルが良くて、綺麗だったこと。
どんなに頑張っても、いまの自分では全く敵わないことが、嫌だった。
じゃあ、リベラートが他の女に目が行かないように一人残らず消しちゃおうと思った。
それは手っ取り早くて、とても良い方法だったのに、それを言えばリベラートに失望された。
『そうだね。あまりにも酷いことを言うものだから、少しだけ悲しくなったな』
そう、リベラートに言われ、タチアナの苛立ちは一瞬で消え、代わりにズキッと心臓が痛くて苦しくなった。
自分に向けるリベラートの失望の顔に、体が凍りつき冷えていったのだ。
もう、どうしていいのか分からなくなり、途方にくれる。
なぜ、要らないものを消すとダメなの?
私がこんなにも嫌な思いをしているのに、消しちゃダメって言うの?
考えれば考えるほど、だんだんとリベラートに腹が立ってくる。
元々、リベラートが他の女に鼻の下を伸ばしたのが悪いんだと、苛立った。
そのイライラも美味しいケーキで落ち着いたのに、再びざわつく。
なんと、リベラートとタチアナが親子に間違われたのだ!
いや、もっと嫌だったのは、親子に間違われて嬉しそうにしていたリベラートの態度である。
じりじりと胸が痛むのに、笑う目の前の男のほっぺを、つねってやりたいと思った。
(ああ・・、リベラート様だけを残して、全て消してしまえば、こんな思いをせずに済みそうなのに・・。でもそれをすれば、リベラートも失うことになりそう・・。どうすればいいのだろう?)
ルビーの瞳は、小さな嫉妬と不安でゆらゆらと燃え続けていた。




