(04)たのしいって?
バラの棘で怪我をした3日後には、言葉を沢山覚え、お喋りもスムーズに出きるようになっていた。
表情は、人形のようにほとんど変わらないのだが。
しかし、言葉が増えたことで、ますます可愛さに磨きがかかり、ついつい衣装も着せたくなる。
町に出掛けていたリベラートは、タチアナの新しい洋服を買ってきた。
この領地では貴族用の服は買えないが、それでもリボンがついた可愛い服だ。
「タチアナ、この水色の服はどうかな?」
「みじゅいろ、しゅき」
リベラートが買ってきた服を見せると、タチアナの口角が上がったよう・・に見えた。
最上級に分かりやすいのがシビルだ。飛び上がって喜んでいる。
「んまぁぁ、可愛いこと! すぐに着替えましょうね!」
シビルはリベラートから奪い取るように服をもぎ取って、タチアナと一緒に消えてしまった。
着替えたタチアナが、いつも真っ先にリベラートへと駆けて来て、見せに来る。
どや顔もなく、表情も変えないタチアナだが、明らかにリベラートの言葉を待っているようだ。
「ああ、やはりタチアナは水色も可愛いな。あ、ちょっとこっちにおいで」
タチアナがリベラートに呼ばれて近寄ると、解けかけていたリボンを結び直した。
ちゃんとなったリボンを確認したタチアナは無表情に問う。
「かわいい?」
「ああ、とっても可愛いよ!」
リベラートの言葉に猫目が大きく開かく。
相変わらず、口元は動かないが。
リベラートは無表情なタチアナに、もっと広い世界を見せてあげれば、いずれ表情も豊かになるのではと考えていたのだ。
それでまずは、屋敷から出て町に行くことにした。
「タチアナ。日差しが強くなってくるので、明日、町に行ってみないか? そして、町の帽子屋さんで、タチアナに似合いそうな帽子を買おう」
タチアナがあまりにも可愛いので、屋敷の皆はすっかり大事なことを忘れていた。
それは、タチアナの角だ。
うっかりにもほどがあるが、能天気なこの伯爵は、可愛いタチアナをいずれ養子にしようと思っていた。
だから、早くから領民へ紹介しておこうと思ったのだ。
◆■ ◆■
町に着き、タチアナはリベラートに抱き抱えられて馬車から降りた。すると、それを見た町の人々が、領主に挨拶をしに集まってきた。
いきなり大勢の人を見たタチアナは、身構えて攻撃の姿勢を取る。
勿論、敵意を持った人を狩るためだ。
(沢山のエサが寄ってきた)
タチアナは唇を引き締め、眺めている。
攻撃準備は万端だ。
「んまあ。領主様。可愛い子を連れて・・・ひいいい!」
パン屋の奥さんの怯える顔を見たタチアナの心が、チリッと燃えた。
沸き立つ高揚感に、体の中心に力が集まってくる。
他の領民も、パン屋の妻の恐怖が伝染し、眉をひそめ2、3歩下がった。
その様子を見たタチアナ脳裏に、ありとあらゆる残虐な光景が浮かび、感情が高ぶっていく。
タチアナの奥底に眠っていた、本来の狩猟本能が目覚めたのだ。
だが、リベラートはタチアナの変化に気が付いていない。
気がついていないにも拘わらず、リベラートは抱っこしていたタチアナの頭を撫でる。それは、まるでタチアナの本能を抑えようとするように。
そして、リベラートが、そのまま皆にタチアナのことを話し出した。
「この子が可愛くてすっかり忘れていたが、見た通りこの子には角がある。こんなに小さいのに魔族の両親に捨てられていてね。僕が拾って屋敷で育てているんだよ。とても優しくていい子なんだ」
領民全てを照らすような、暖かな笑みをリベラートが向けた途端、領民の恐怖が消えていく。それに伴いタチアナの攻撃的になっていた気持ちが萎えた。
悲鳴をあげたパン屋の奥さんは、リベラートの話しを聞いて、恐怖心よりも母性の愛が勝ったようだ。
自身も現在2児の母。自分の子供がつらい目に遭ったらと考えると、目の前の女の子が可哀想になった。
「そうだったんですね。お嬢様、お名前を教えていただけますか?」
さっきの怯えた態度と打って変わり、慈愛に満ちた表情で話しかける。
「タ・・タチアにゃ・・」
恐る恐る答えるタチアナに、町の人々は一斉に微笑んだ。。
「まあ、ちゃんとお名前が言えて偉いですわ」
戸惑う様子のタチアナに、パン屋の奥さんは袋からパンを1つ取りだし、タチアナに渡しす。
「お腹が空いていませんか?良かったらお召し上がりくださいな」
タチアナが不安そうな顔でリベラートを見上げる。
タチアナを安心させるために大きく頷き「食べてもいいよ」と言った。
リベラートの優しい笑顔はタチアナに『安心』と『安全』をもたらす。
リベラートの言葉で、タチアナはパンをとり、小さな口でモグモグと食べ始めた。
「おいしい・・ありがと」
タチアナの口数は少ないが、それでも可愛い女の子の言葉に町中『きゅんっ』となる。
帽子屋の主人が、パンを啄むように食べているタチアナの頭に、可愛い帽子を被せた。
「今日は、少し日差しが強くなりますので、どうぞ」
帽子は今日の水色の服に合わせたように、つばが広い水色の帽子だった。
『どう?』とばかりにリベラートの方を見るタチアナ。
「うん、その帽子は良く似合っているよ。他にもいくつか買って帰ろう」
リベラートに褒められて、被っていた帽子を取って自分で確認してから、もう一度被り直した。
その仕草に回りの人がきゅうううんとメロメロになった。
リベラートも帽子屋の主人も、似合っているよとばかりに、微笑む。
その主人にタチアナがお礼の言葉を言った。
「ぼーし、ありがと」
タチアナは自分から何度も素直に『ありがとう』、と言っていることに少し驚いた。
ここに来た当初は、攻撃してやろうとばかり考えていたのに。
でも、『ありがとう』を言うことは全然嫌じゃなかった。
そんな調子で、町を見て回った結果、タチアナはすっかり町の人気者になって、見送りの人に見送られながら、帰りの馬車に乗り込むのだった。
「今日は楽しかったかい?」
リベラートの問いかけに、ジーと考えて動かないタチアナ。
楽しいという言葉の意味が、よく分からなかったのだ。
「たの・・しい・・?」
首を傾げるタチアナに、どうやって説明しようかと、リベラートは悩んでいるようだ。
「えーと、そうだな・・ワクワクしたとか。買い物した服を早く着たいなとか、そんな気持ちはあるかな?」
「・・・わくわく。・・した。だから、楽しかった」
楽しかったという割に、いつもの事ながら口角が上がるわけじゃない。
しかし、真っ赤な瞳が水色の帽子を映している。その瞳は素直に楽しいと言っているようだった。
◇□ ◇□
アッカルド伯爵の屋敷に今日も、シビルのお小言が響いた。
「全く、坊っちゃんたら・・。まだタチアナちゃんには、早いと言ったではないですか!」
そう怒られているリベラートの前に、5歳児用の可愛い服がテーブルに並べられていた。
「だって、うちのタチアナに似合うと思ったんだ。そしたら、つい買いこんじゃって・・・」
まだ1歳半くらいのタチアナには、大きすぎる服ばかり。
しかし、5歳児用になると、色々とバリエーションも増えて、可愛い服が多いのだ。
「でも、いくらなんでもこれは大きすぎますよ!」
シビルに怒られても食い下がるリベラート。
「だって、考えてもごらんよ。ついこの前まで赤ん坊だったのに、いきなり立ったんだよ。だったらまたすぐに、大きくなるかもしれないだろ?」
「まあ、そうですけど。でもこれはさすがに大きすぎるので、片付けててください」
シビルに強く言われ、しゅんとするリベラート。
「そうか・・。ちょっと早すぎたか・・。でも、これを着たタチアナってば、可愛いんだろうな・・」
リベラートがそう呟くのを、タチアナがじっとドアの隙間から見ていたことを、彼は知らなかったのだった。
◆■ ◆■
町にはたくさんの人間がいた。最初に近寄ってきた女は、自分の姿を見ると眉間にシワを寄せて、小さな驚きの声をあげていた。
それはタチアナがずっと待っていたはずの、人間の行動の一つだ。
タチアナはその女がきっと棒や武器を持って、攻撃してくるのだと、疑いもせずその瞬間を待った。
だが、タチアナの事をリベラートが説明すると、目を潤ませて、パンをくれた。
攻撃ではなく、食べ物をくれたのだ。
ここでも、魔王が言っていたようなことにならない。
それはそれで、効率良く魔力が溜まらず困っていたが、帽子屋に可愛い水色の帽子をもらうと、すっかり忘れてしまった。
大きめのリボンが着いた帽子に夢中になってしまったのだった。
表情は変わらないが、それを眺める瞳は以前のような、路傍の赤石ではない。
(今日は、楽しかったな・・)




