31体目 モバイルトウヤ
交渉をした後日、俺たちは50階層のボスに向け戦闘訓練をおこなっていた。
用事があるという錬斗を除き、途中からムギも参加して刀との打ち合いを慣らさせている最中だ。
『アンデルセンのレベルが1アップしました』
「そろそろ目標人数達成だな。モモカは行きたいか?」
「できれば、あまり行きたいところでは……」
前回奴隷商に連れて行った時は、居心地が悪そうだった。
訊ねてみたら、やはり行きたくないようだ。
「そっか。じゃあ分身と一緒に帰っていいよ」
「じゃあじゃあ、塔也さん! あたしも宿に遊びに行っちゃゃダメですか?」
「他者は入れないホテルなんだ。どこか別の場所でなら遊んでいいよ」
「良いのでしょうか……」
「待機状態の"モバイルトウヤ"を渡しておく。なんかあったら、強めの合図をくれれば反応するから」
言い終えると、身長15センチぐらいの分身を出してムギへ渡した。
モモカに渡すつもりだったが、数歩近づき手を差し出してきたのだ。
そのまま胸ポケットに顔を出した状態で入れられる。
密着するのは気にならないのだろうか。
奴隷商との交渉は上手く行ったが、少しだけ問題があった。
奴隷紋で繋げた人数が増えたことで、経験値を流す難易度が上がったのだ。
しかし回数をこなすと慣れ、今では繋がってさえいれば送る相手は自在に選べる。
契約した日から徹夜で強行したことにより、日が落ちる数時間前には5名をレベル120にできた。
俺の3億という発言をもとに要求値を決めたのだろう。
結局は奴隷のレベルを代行で上げる形で支払う方法に落ち着いた。
奴隷5名をレベル120にしたら桜を受け取り、あと払いで更に5名を120にする約束だ。
レベルだけあっても地下入りしてなければ、1人3000万ぐらいだろう。
だがSP100近くを、購入者が自由に振れるのは大きい。
能力を覚えるための修行をさせ、芽生えさえすればSPをつぎ込めばいい。
結構なレベルの能力を手にできるはずだ。
「確認しました。代行してもらった奴隷の奴隷紋を解除いたしますので、ここに居る追加5名分の体液も合わせ、ご提供をお願いしまする」
レベル上げの手段を悟られぬよう、「裏切られたくないから上げる人に奴隷紋を付けてくれ」と言った。
そして俺が用意した個室に5名と分身1体を入室させたままレベルを上げた。
奴隷たちも、何が起きたのか理解不能だろう。
バレる可能性を減らすために、意味もなく分身と奴隷の手首をロープで繋げ、見えるようにテーブルの上に腕を置かせもした。
これでもし情報が伝わったとしても、その行為に何か秘密があるのだと思ってくれるはずだ。
「ご登録の確認をお願いしまする」
「……確認しました」
一応奴隷のすり替えをしていないか、冒険者カード以外のところでも確認した。
奴隷商側の国が探ろうとしていないかを警戒してのことだ。
繋がりを確認すれば、目の前の人物が登録した奴隷だと解かる。
「しかし1日以内に5名も……。SPを丸々残した奴隷など類を見ません。もし商売として成功しそうなら定期的な補充を依頼するなど可能でしょうか?」
「可能か不可能かなら、可能です。けど、やるやらないは条件次第ですね。俺だって暇じゃないですから」
要求をエスカレートさせたり、罠に嵌められないよう注意は必須だろう。
予定より大分早いが、日本側にも後ろ盾を用意したほうが安心できるか。
「十分です。では彼女も登録が済み準備を終えていますので、玄関口へゆかせまする」
桜とは途中で合流して、一緒に出口へと向かう。
どうも気まずいらしく、どう声を掛けるべきか悩みながら後方に付いてくるのが分かった。
そして外に出ると、ギルドに在る転移球前で待つよう連絡してある桜の両親が待ち構えていた。
「ああ……。桜!」
「パパ! ママ!」
「よかった……。本当によかったな」
父親、桜、母親の順番で言葉を発し、感動の再会だ。
しかし悪いが、このまま帰らせるわけにはいかない。
早々ないだろうが、桜が不祥事を起こせば俺の責任になってしまう。
たとえ迷惑を掛けないと言ってきたとしても、俺が信じることはない。
「絆地さん。ギルドで待つよう言ったのに、危ないじゃないですか」
「すまない。多少治安が悪くても待っていられなかったんだ」
「それで、釈放されたのか?」
「いえ。その場合条件が厳し過ぎるのでダメですね。今は奴隷の契約を俺としていて、奴隷紋も見えないけど付いてますよ」
男勝りな母親に聞かれた質問の答えは、実際は楽なものだと答えられる。
しかし100名のレベルを上げろなど、要求を呑めば相手を調子に乗らせてしまう。
それに桜に対してそこまでする義理はない。
見知らぬ者や、マー坊に購入されるという事態から助けるだけで十分だ。
「申し訳ないですけど、徹夜で眠いので早く帰りたいです」
「ああ。寝ずに駆け回ってくれてたんだね。戻りながら話そうか」
父親が話そうと持ち掛けてくるが、話せる内容など特にない。
そもそも3年前に何があったのか、この両親は知っているのだろうか。
母親は大きめの荷物を桜に手渡し色々と、どうしろ、こうしろと話している。
事前に「家には帰せそうにない」とは連絡してあるから、必要なことを教えているのだろう。
「それじゃあ塔也君。娘のことをどうか頼むよ」
「ええはい……。まあ、なるようになるでしょう。多分」
俺だって凄く気まずいから、この先どうなるかなど分からない。




