30体目 交渉
「やりやがったなあいつ」
「塔也君は優君から聞いて来たの……?」
「まさる……? ああ、ユウって冒険者匿名だったっけ」
今の今まで完全に忘れていた。
あいかわらず興味のないことはすぐ忘れてしまう。
確か、実の母からはマー坊と呼ばれているんだったか。
「しかしまあ、なんで捕まってんだよ」
「えっと、よく分からない内に、買った子が殺人を犯したって……」
「……グレーなことだから、日本は守ってくれないかもな」
「一応言っておきますが、我々は何も関与してませんぞ」
奴隷商に目を向けると、自分たちではないと言う。
本当かどうか疑わしいが、マー坊のほうがよっぽど可能性が高そうだ。
魔塔内で犯罪を犯したら、基本的にはその所有権を持つ国で裁かれる。
罪人の受け渡しは頻繁におこなわれているが、事が事だけに日本で裁きを受けさせるための交渉はしなさそうだ。
唯一無二な能力を持っていれば分からないが、桜では多分日本は動かない。
誰を殺害したのかまでは知らないが、なんのメリットがあったのやら。
「塔也さん。この方は……」
「小中学校が一緒だった知り合い」
そう。
付き合っていると言って差支えのなかった間柄の、ただの知り合いだ。
決して一度でも、恋人だとか彼女だのと言ったことはない。
それが一緒に死線を数回乗り越え、キスを済ませた間柄でもだ。
「やっぱり塔也君は、あの時のことをまだ怒ってるよね……」
「思い出したくもないってのは確かだけど、怒っちゃいないよ。あの時があったから、今があるんだから」
「何かあったのか?」
「お前本当に直球だな。少しぐらい察せよ」
「し、知るか! 嫌なら別に聞かん」
思い出したくないと言ってるのに、訊いてくる練斗の根性は実に素晴らしい。
もちろん誉め半分で、残り半分はバカにした意味だ。
「おほん。規約違反ですが、所持する奴隷が他者の奴隷を殺害。それだけでなく、その主人までも手にかけたそうです。それと彼女の奴隷としての格は、生涯奴隷でございます」
「弁護のしようがないな」
「……ごめんね」
俺は謝られる理由が分からず、困惑して言葉が出ない。
錬斗は静かになったと思ったら、空気を読んだムギが引っ張り距離を取っていた。
数秒間の沈黙が続き、奴隷商が値段を告げてきた。
「お値段ですが、教育が済んでおらず手数料分が減り、1億2000万エンとなります」
「高いですね……」
「地下に到達している冒険者であることが大きく、能力のランクによって値段が決まっております」
なるほど確かに。
地下入り冒険者は、安全に稼がせても年収1000万超えが可能だ。
長い年月で見れば釣り合いが取れるわけだ。
「なんとか奴隷から脱却はさせる方法はないんですか」
「極悪犯として確保されているのです。不可能ですな」
強引に購入することは、交渉次第で可能だろう。
桜を奴隷にするのは罪悪感がある。
しかし他の者に、ましてやマー坊に購入されるなど絶対に嫌だ。
「……3億用意すると言っても?」
「法律ですので……」
「塔也君。私がバカだっただけだから、気にしないで」
「…………ちょっと黙ってて」
凄い苛立ちが襲ってきて眉間を押さえる。
俺を気にするそぶりも、自身を蔑ろにする部分も気に障る。
落ち着くために、1度思考を加速する。
引き伸ばした時間で、冷静に考えてみた。
今でも桜に好意がないといえば嘘になる。
だがそれ以上に……大嫌いでもある。
しかし最終的には他の人に取られるぐらいならと思い至り、購入を決意した。
「……買います。すぐには用意はできませんけど、金を多く出すので他の人に買わせないでください」
「そういった交渉は申し訳ありませんが……。金額を3000万加算し、頭金として支払っていただければ分割払いも可能ですが」
この時俺は、冷静さを欠いていたと思う。
いつもなら知られる人は最小限にするのに、この場で交渉材料を提示してしまった。
それは――モモカのステータスだ。
「これを見ても、交渉の余地がないと思いますか?」
「これは……。短期間でどうやってこのレベルに……」
「方法は明かせません。多分、俺以外できる人はいませんよ」
能力を駆使すれば、短期間で地下入り冒険者と同等のレベルを量産できるのだ。
俺が権力のある立場なら、是が非でも国へ引き入れたいと思う。
「私の一存では決めかねます……。この話を国の上層へ持ち出してもよろしいですかな?」
「いいですけど、もし欲張るようなら両方が損をすると、そう伝えといてください。あと、絶対他の人に売らない確約が今欲しいです」
「承知しました。教育も済んでいませんから、売買の拒否は可能です」




