26体目 分身は犠牲になったのだ
「ロマン砲は好きだけど……。ん~……」
「やっぱりダメですよね……」
「いいや? 運用するならどうするか考えてた。結構使えるんじゃないか?」
「そうでしょうか……?」
分身なら巻き込まれても構わない。
それに、大抵の人は安全を確保するために器用貧乏になる。
今でこそ俺も色々とSPを使っているが、ひとつに注ぎ込む人は中々に珍しい。
「うん。いい案だと思う」
「本当ですか!」
極端なSPの振り方をすれば、誰にも真似できない領域に辿り着く可能性もある。
俺にできないことを任せるなら、そういった振り方にするのもひとつの手だ。
「ただその場合、SPを多く注ぎ込むから他が弱くなるけどな」
「それ以外がダメになるってことですか……」
極振りは、協力者が居なければ悲惨な目に遭う。
実際俺も、半分は極振りの被害に遇ったようなものだ……。
残りの半分は自爆。
「ダメになるかは努力と才能次第。ひとつを極めて平均を下げるか、全体を上げて器用貧乏になるかだ」
「えーと……。ご主人様はどちらがよろしいですか」
「モモカが覚えたいものを覚えるのが理想だよ。俺個人で言うならロマン砲は憧れるけど、モモカの気持ちを無視してまで覚えさせたくはない」
「で、ですけど…………」
「まあ、時間を掛けて決めるもんだから……1週間にしておくか。俺も考えるから、モモカも考えておいて」
「……はい」
今日は戦闘に慣れさせていたから、あまり時間がない。
20階層のボスを倒したところで日が落ち、この日の活動を終わらせる。
一方他の分身は……。
住居探しをしようと自宅から出そうとしたのだが、待ったが掛かった。
魔塔内部での家を探しに行くと伝えたら、母親が付いてきた。
奴隷に男性を選ばなかったかったのも影響しているようだ。
女の子用の着替えや必要なものを買い集めるのに協力してもらい、不動産に行く。
しかし、高い。
塔内は防犯をしっかりせねば不味いのは分かるが、どれもこれも桁が違った。
億を超えるとなればすぐには購入できないし、ローンや家を借りるのも悩むほどだ。
家の購入については、今後時間を掛けてということにした。
宿は長期滞在ができ、防犯が整っている日本経営の宿を見繕った。
「あなたが桃華ちゃんね」
「は、はい……。えっと……なんとお呼びすればよろしいでしょうか」
「ラフな呼び方はいけないのだったわよね。じゃあ、お母様なんでどう?」
「はい。ではお母様と」
凄く気まずい。
このような子を好き勝手にできる立場にいるのを親に知られてて、あまつさえ目の前でやり取りがおこなわれるのはきつい。
「酷いことはされてない?」
「勿論です! それどころか、これ以上ないぐらいよくしてもらって……」
「ならよかったわ。何かされそうならいつでも言ってね。少し汚れて汗も掻いてるわ。お風呂に入りましょう」
「あ、あの。1人でも入れますので……」
「そんなこと言わないで。2人だけでお話しもしたいから」
「共用じゃなくてこの部屋のを使ってよ」
「分かってる。まったく心配性なんだから」
モモカの訴えは拒否され、母に連れられ浴室へと消えて行った。
母はずっと居座るわけではないから、今日1日ぐらいは我慢するしかない。
俺は分身を残して部屋を出る。
分身の頭を空っぽにして消せば、体験の還元はされても精神的ダメージは最小限に抑えられるはずだ。
遠くない内に兄姉が からかいに来るだろうが、その時も分身に対応させよう。
分身は俺の代わりに犠牲になる為に存在しているのだから……。
分身と言えば、狩りに行かせているのも一度解除しておく。
『桃華のレベルが25アップしました』
「これでも1も上がらないのか……」
『桃華のレベルが9アップしました』
『桃華のレベルが11アップしました』
『レベルが1アップしました』
昨日は偵察も含めて地下をそれなりに昇った。
しかし今日は金稼ぎをしたいから、低めの階層で定点狩りをしていた。
だがやはり、遥か格下を倒し続けてもレベルは上がらない。
モモカが110になっただけマシと思おう。
そしてレベルアップの際、「ひゃわ!」と声を上げたらしい。
声に思念でも乗せていたのか、壁を通して分身にもはっきり聞こえた。
今の思考で気付いたが、モモカは外国出身なのだ。
思念を乗せることができない母の声は、はたして聞き取れているのか。
相手が簡単な言霊すら使えない場合、その意思を汲み取るのは難易度が高かったはずだ。
よく思い出してみると、受け答えはできていた。
あの年齢で聞き取る技術も有していることになる。
おそらく外国人にも売れるよう、奴隷商に仕込まれたのだろう。
「さて……。本格的に金がやばい。一度本気でやって、どれだけ稼げるか試してみるか」
時がきて、待機させていた分身を解除する。
そして俺は、分身の深く思い出しながら消えるという反撃により、精神的ダメージを受けるのであった……。




