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東京サイコハザード  作者: グラタファトナ
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勇者

グラたん「最後は勇者視点です!」

 地球。太陽系第三惑星。通称、青の星。

 世界の6割近くを海で占め、生物が生成される上で条件を満たした星。

 この惑星の小さな島国、日本という国家がある。一見、普通の国家のように見えるがその実態は――特段なんてことない民主国家だ。

 実に平和であると言える。

 しかしながら日本には『神隠し』と呼ばれる拉致に等しいことが極稀に起こりえる。この神隠しとは時空を超え、過去や未来もしくは並行世界に移動してしまう事象だ。

 別の世界では『勇者召喚』などと呼ばれることもある。

 


 俺は約一年ぶりに日本へと帰ってきていた。

「――帰ってきたぁ!」  

 懐かしいとさえ思える都会特有のガス交じりの空気。実に不味い。

「はー、父さんと母さん心配してるかな? 我が姉弟たちは元気だろうか」 

 急に音沙汰も無くなったんだから捜索届くらいは出ているだろう。帰ったら謝っておかないとな。

 とある山奥。そこから見下ろした先にあるのは高層ビルの都会。場所は八王子の方面だ。ここから帰るとしたら電車を乗り継いでも3時間くらいはかかるだろう。

「飛んだら目立つしな」 

 飛行魔法。こっちじゃ魔法という文化が無いから好き勝手に飛んだら警察沙汰になる。

 それを言ったら今着ている服だってコスプレと見間違わんばかりの異世界の町人Aの服装だ。流石に帯剣はしていないが、いつも腰にあったものがなくなると不安になる。

「帰るか」 

 こっちではもう戦う必要もないし、武器の必要性はない。

 今日から俺はまた平和に暮らしていくのだ。


 こことは違う世界。剣と魔法の世界、名をレウ・アーカラムという惑星がある。

 そこはファンタジー小説のように人間と魔族が争っており、お互いに明日も知れない世界だった。

 俺こと加藤小鳩はその世界に勇者として召喚され、聖剣を携えて魔王を打ち倒した。とは言っても魔王を倒せたのは俺の実力じゃない。全て聖剣オニツヨのおかげだ。

 事実、聖剣オニツヨは過去の勇者たちのステータス値を保存し、後の勇者に継承させることが出来た。そのおかげで俺はバッタバッタと魔物をなぎ倒すことが出来たし、戦争でも大活躍した。

 更に聖剣には『倒した敵のステータスを奪う』という魔剣じみた効果まであった。

 過去の勇者たちもこうやって強くなったんだろうなーって考えながらレベリングしたのは良い思い出だ。その聖剣も魔王を倒すと同時にぶっ壊れたけどな。

 魔王を倒した俺は王国の人々に歓迎され、王様からも莫大な金銀財宝の褒賞を貰った。それはとても嬉しかったし、俺の生涯で一番自慢できることだろう。

 しかし……残念なのは恋愛イベントが起きなかったことだな。俺のパーティには聖女ピートという少女がいたが、お約束的イベントは一切なかった。

 俺を召喚した王女様とも顔見知りくらいには仲良くなったが、それっきりだ。

 代わりに王国戦士のプーサンと王宮魔法師のババンの野郎勢とは親友と言えるほど親交を深めた。他にも砂漠の国の王子ケーファや帝国貴族の若伯爵ローンなど、とにかく野郎どもと縁が作れ過ぎた。

 違うそうじゃない。

 確かに野郎どもと馬鹿話したり模擬戦するのは楽しかったが、俺が欲したのは恋愛イベントだ。フラグは立てたと思うんだけどな……。

 そう、予定では向こうの世界で恋愛してイチャイチャして、そんでもって彼女と共に地球に帰ってきてのんびりと暮らすはずだったんだ。

「はぁ……」

 深いため息が出る。

 今は春先だからか電車の中の温度も少し暖かい。今日が何曜日なのかわからないけど、電車の中は比較的空いている。

 ガタンゴトンと揺れる。乗馬戦に比べたら大したことのない揺れだ。

 

 数時間が経って俺は自宅近くの駅で下車した。

「あんまり変わってないな」

 一年くらいじゃそこまで大きくは変わらないか。家やマンションが増えているくらいの変化はあったが、大抵は記憶通りだ。

 通学で慣れた通学路を歩く。これも懐かしさがあった。

「学校とかどうなってるんだろうな」 

 主に俺の学年とか。一年前は2年生だったから、もしかしたら進級できていないのかもしれない。それどころか半年分の勉強も置いていかれているだろうし、進学先によってはこれからずっと勉強付けかもしれない。

「……早まったか?」

 勇者としての力は失ったものの、戦闘で得た経験や剣や魔法の使い方はしっかりと身に残っている。聖剣が無くても四天王クラスと五分くらいに戦えることを考えたら……王国で兵士やってた方がマシだったかな? 

 ……ま、まぁ、こっちの生活が合わなくなっていたら向こうの世界に戻れば良いだけだしな。そのために門の転移魔法は必至こいて習得したわけだし。

 そんなことを考えていると自宅が見えてきた。青い屋根の二階建て庭付きの一軒家。親父が見栄張ってローンを組んで購入した自宅。

 玄関付近へとやってくると家の中から掃除機の音がする。今日は母さんが家にいるらしい。

「……はー……」

 気が重い。世界を救った勇者とは思えないくらいに気が重い。

 インターホンを強めに押すとピンポーンと音が鳴った。掃除機の音が止み、ドタドタと足音を鳴らして玄関の鍵が開けられる。

「はいはい、どちら様――」

 やはり母さんだった。

「うっす、ただいま」

 パタン、と無言で扉が閉められた。

 俺もしばしフリーズしたがハッと我に返って扉を叩く。

「ちょっ、母さん! 俺、俺だから! 小鳩だ!」

「いーやー! 小鳩は一年間行方不明で死亡届出しちゃったんですぅー! 仏壇とお墓も作って供養しちゃったのでお帰りくださーい!」

 この身内への容赦なさは間違いなく母さんだ。こんなやり取りも心安らぐ――かどうかはさておいて、説得に負けたらマジで家に入れなさそうだ。

「悪かった! 悪かったって! 俺だって好きで行方不明になってたんじゃねーよ! 信じられないかもだけど異世界行ってたんだよ!」

「止めて! 今流行の異世界ネタは止めて! 不謹慎極まりないこと言ってるから多分小鳩だと思うけど!」

「分かってんなら開けてくれー!」 

 そんな久々の親子の馬鹿みたいな会話は三十分も続いた。


 ようやく玄関が開いて中に入り、久しぶりの居間で冷たい麦茶を啜る。

「あー。ちゃんと麦の味がする」

 向こうの世界じゃ水かレモン水か果実水かビールしかなかったから涙すら出てくる。

 居間を眺めると壁の一部に俺の顔写真が入った仏壇がある。マジ縁起でもない。でも、写真はそれだけじゃなくて、もう一枚隣に飾られていた。

 そっちは弟の昭の写真だ。……事故、だろうか?

「……」

 母さんが向かいに座ってさっきから俺の顔を眺め続けている。

「な、なんだよ、母さん」 

 母さんは少し躊躇った後、ふー、と長く息を吐いた。

「小鳩、あなたが本当に無事で良かった。今までどこにいたの? スマホあったんだから連絡くらいくれたら良かったのに」

 その顔は本当に心配そうで、罪悪感が込み上げてくる。

「悪い。……連絡はすぐ取ろうとしたんだ。でも県外っていうかさ、本当に信じられないだろうけど俺、異世界に居たんだ。だから帰ってこられなかった」

 身内には正直に説明しようと前々から思ってた。信じてもらえなくても仕方なかったが、母さんは一度深いため息を吐いた。

「ちょっと前ならそんなこと言われても信じられなかったと思う。けど――あなたが言っていることは多分事実、よね?」

 俺は肯定する。母さんは目を細めて悲しそうに告げた。

「……あなたがいなくなってからすぐだったかしら。魔物、怪人なんていう生物が急に現れてね、今も世界中にいるのよ」

「魔物が……? 豚頭の怪物オークとか、緑色の小人ゴブリンとか?」

 母さんは少し驚いていたが、すぐに肯定した。

「そう。あの魔物のせいで、昭は――……」 

 母さんは辛そうにしながらも少しずつ説明してくれた。

 俺がいなくなってからすぐにこの地球にも魔物が現れ、各地で悪さをし、人を殺したらしい。

 昭は、その日校外学習で外に出ており、運悪く鷲馬頭グリフォンの群れに襲われて生餌になってしまった。同様に生徒もほとんど食われ、生き残ったのは運よくその場にいなかった生徒数名だけらしい。

 魔物の強さは人間が束になっても勝てず、銃やバズーカ砲を使っても傷一つ付けられなかったらしい。奴らに対抗出来たのは『ギャラクシー・ガイ』と呼ばれるヒーローだけだった。

 今ではヒーローの力が研究されて警察機関の主力になっているみたいだが、それでもあまりにも犠牲が出過ぎた。

「そっか……こっちじゃそんなことになってたんだな」 

「……うん。だから、ね」

 無事で良かった、と母さんは言ってくれた。

 やっぱり魔物は俺たちとは相容れない。いずれ、この地球でも人間と魔物による戦争が起こるだろう。向こうの世界のような悲劇がもう起こってしまっている。

「小鳩、そっちの話も聞かせてくれる?」

「――ああ」

 俺は向こうの世界で起きた事を正直に話した。

 良くできたような創作物みたいな話だけど全て実話だ。

 あの日、勇者として召喚された俺は訳が分からないまま聖剣に選ばれ、魔物の王、魔王を倒してほしいと王様に依頼された。

 それから俺は一年の間に何度も戦争を経験し、魔物を倒し続けた。

 魔物はあまりにも強過ぎた。魔物に物理的な攻撃は効かず、奴らには魔力を付与した武器でなければ傷すら付けられない。更に魔法の格差もあった。

 人類は魔物に比べて酷く脆く、魔力の総量も少なかった。良くて実戦で使える中級魔法を使えるかどうかという人間に対し、魔物どもは子供であっても上級魔法を使うやつもいたくらいだ。

 あまりの劣勢に人類は滅びようとしていた。 

 俺を召喚したのはピンフ王国という国だ。人類に残された国の中でも比較的大きい国だった。

 俺は少しでも劣勢を回復させようと聖剣の力を使い、一つの魔法を生み出した。

 『聖域』。範囲条件こそあるが、一度発動させてしまえば戦いが終わるまで持続させられる対抗魔法の一つとなった。

 聖域魔法は五人一組で行う複合魔法であり、範囲は術者たちを中心に約300mまで広がる。その力場の中であれば従来の武器でも魔物を倒すことが出来、魔物の強さや魔法を大きく弱めることが出来る。……ただ欠点としてコスパが悪く、一回一時間程度しか持たない。

 それでもその魔法は人類の希望となり、劣勢の現状を大きく変えることとなった。

 俺が魔王を倒す頃には状況は人類の優勢となっており、近く魔物は殲滅できるだろうことが予測された。

 俺が地球へ戻ってくることが出来たのは勇者がいなくても優勢、という状況が出来たからだ。


 その日は土産話がずっと続いてしまい、途中で姉さんと父さんも帰ってきたので友人たちへの挨拶は出来なかった。

 数日もすれば母さんたちも落ち着きを取り戻し、友人たちにも顔見せしに行けた。

 そうして身辺整理をしている内に一週間が過ぎていった。

「それで、小鳩はどうするの?」

 家でのんびりとしていると不意に母さんがそう告げた。

「どうって?」

「聞く限りじゃ、あなたはこっちにも向こうにも自由に行き来できるんでしょ? こっちで暮らすなら学校に再度申請するし、向こうの世界で暮らすならそれでも良い。あなたはどうしたいの?」

 母さんに問われ、ちょっと困る。

「……正直言って、まだ迷ってる。こっちで母さんたちと暮らしたい気持ちもあるし、向こうに住んでいたいって気持ちもある」 

 どちらにも居たい。けれど近いうちに選ぶ必要はあるだろう。

「母さんはどっちにしても小鳩を応援するよ。向こうの世界でもやり残したこと、あるんじゃないの?」

 そう言われて、少し考えてみる。

 向こうの世界でやり残したこと。魔王は倒したし、魔物もいずれ殲滅されるだろう。俺が出来ることはそれへの助力とか各地の復興とかだろう。

 世界を見て回るってのも悪くない。向こうの世界じゃ俺は勇者という肩書きがある。

「――あなたは多分、ここじゃ生きていくのは辛いかもしれない」

 母さんが唐突にそう言った。

「え?」

「今からもう一回二年生をやるにしても周囲と上手くやれる? 同い年の子は皆三年生になっているし、気まずい思いだってするかもしれない。世間からだって良く思われないかもしれない。経歴にだって一生傷が付く。体だって傷だらけ。その年でそんな傷を負うなんて魔物と戦っていると言い訳しても納得は難しいわ」

 それは……そうかもしれないけど。

「向こうの世界に未練が無いって言うならこの話はここで終わり。でも、あなたの顔はそうは言ってない。何処かに行きたいって、そんな顔してる」

 ――母さんには案外見抜かれていたのかもしれない。

「小鳩、どうしたい?」 

 優しくそう聞かれる。

 母さんはきっと答えをずっと待っていてくれるだろう。だけど今、決断をしなければ俺は今後一生決断することなんて出来ないだろう。

「――母さん」

「なに?」

「俺さ、旅に出るよ。俺に出来ることまだあるかもしれない」

 母さんはやっぱりか、と微笑んだ。

「そっか。じゃあ仏壇はこのままね」

「それは撤去してくれてもいいんだけど」

 まだ生きてはいるわけだしな。

「ううん。ここは立ち寄る場所であっても帰る場所じゃないから、あのままにしておくの」

 言に『俺の居場所はもうここではない』と言ってくれた。

「あなたは何処にでも行ける。その力はもう持っているでしょ?」

 生きていく力。それは間違いなく俺の中にある。

「ああ、そうだな。……行こうかな」

「うん」 

 俺が持ってきた荷物は必要最低限だけだから、立ち上がって玄関に向かうだけで良い。

 靴を履いて目の前の扉を見上げる。

 ここから出たらまた当分は戻ってこられないような予感があった。それでも行くと俺は決めた。

「よし」

 取っ手に手をかけて扉を開ける。外から暖かい日差しと風が顔を吹き付ける。

「行ってきます」 

「行ってらっしゃい」 

 短い別れのやり取り。 

 いつかまた戻ってくるための挨拶。

 ――今度戻ってくる時には嫁さんの一人か二人くらい連れてこないとな。

 そんな邪なことを考えながら俺は外へと飛び出した。


 


 結局、俺はそれ以降家に戻ることは無かった。

 家には誰もいなくなってしまったから。戻る理由をなくしてしまったからだ。

 この世界の俺、加藤小鳩というモノの全てをあそこへ置いてきた。

 俺はもう引き返せない。俺は俺が出来ることをする。

 勇者コバト。それ以外の何者でもなくなってしまった。

 あの山の奥の広場から血の海に沈んだ町を眺める。血と腐ったような何かの臭いが吹き付ける。一面赤い海になってしまった町。東京。

 何万という人が死んだ。何千万という人々を犠牲にした。

 異世界の門を閉じるというただそれだけのために。

 それ自体はやらなくれはならないことだと理解している。俺がいなければ門を閉じることは不可能だったと分かってはいる。でも――。

「小鳩、そんなところで黄昏ていたって何もないよ」 

「……紬か」 

 白坂紬。この血の海で僅かに生き残った人類の一人。

 彼女とは妙に気が合い、くっつかず離れずの距離感で付き合っている。 

「リーダーが移動するって。行くよ」

「分かった」

 向こうの世界と繋がってしまった転移門を閉じる。それが今の俺たちの役目であり、俺のやるべきことだ。そして向こう側からも門を閉じる必要があるため、俺の知識と力は必須だ。

 長い長い旅の始まり。

 いずれ終わる旅の最中で俺は何度もあの時の光景を思い出すだろう。

「行こう」 

 そして何度でも決意に変えるだろう。

 あの日決断したことは間違いでは無かったと、後の俺に言わせるため、俺は歩きだす。








グラたん「これで東京サイコハザードは終了です!」

グラたん「最後まで読んでくださりありがとうございました!」

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