38.逆襲
望月は激怒した。
ただ、その対応は非常にスマートなものだった。
ソロモンの念力で青年から拳銃を取り上げたのだ。
「はっ?」
突然手からもぎ取られ、ふわりと空中に浮かび上がる拳銃に、前歯の欠けた青年が間抜けな声を漏らす。そのまますっぽりと望月の手に収まる拳銃。全く警戒していなかっただけに、奪い取るのは赤子の手を捻るより容易かった。
「ふむ」
検めるまでもなく、警察が制式採用しているお馴染みの五連発回転式拳銃。望月や小牧が持っているものと同じタイプだ。尤も、望月は弾丸がないので、今は携帯していないが。
「なっ、テメェ!」
まるで手品のように拳銃を奪い取った望月に、モヒカンスタイルで目つきの悪い青年が、今度は自動小銃を向けようとする。
望月は、その腕を『掴んで』止めた。
そして呆気なく、銃も奪い取る。「あっあっ」と宙に浮かぶ自動小銃を追いかけようとするモヒカン男。その頭をまた別の『腕』で押さえて動きを封じ、望月は新たな武器を手に入れた。
「AK47……のコピーか? お前ら何処でこんなもん見つけたんだよ」
ガシャッ、とバナナのように湾曲した弾倉を取り外し、実包が装填されていることを確かめて望月は呆れた声を出す。カラシニコフはタイに旅行した際にぶっ放したことがあるので撃ち方はわかるし、その後に分解整備まで体験しておいたので手入れもなんとかなるだろう。問題は実包の補給手段が現時点ではないことか。
と、思ったがよくよく見れば、モヒカン男は腰のベルトに予備のマガジンを差していた。
「おっ、これも貰っとこうか」
「あっちょっと!」
モヒカン男は慌てて腰のベルトを押さえようとするが、するりと抜けたマガジンは望月のジャケットのポケットに収まる。
「…………」
いったい何が起きているのか、理解できず混乱のさなかにある不良たち。そんな彼らをよそに、望月は一人の少年に目をつけた。正確には、その腰のホルスターに。
「っ!」
視線に気づいて慌てて逃げようとする少年だったが、ニタァと笑った望月は手を伸ばし、ソロモンの『腕』で少年のシャツの襟首を掴んで引き寄せる。
「おい、お前もイイもん持ってんじゃねえか」
「うわッ、やめてっ、やめてくださいっ!」
「暴れんなよ、別に取って食おうってワケじゃねえんだ」
必死で拳銃を守ろうとする少年の腕を捻って関節を極め、念力を併用しつつさっくりとホルスターごと銃を奪い取る。
「…………」
あまりの事態に、不良たちも口をパクパクとさせるだけで言葉が出てこない。
少年から奪い取った拳銃――こちらも警察が採用しているリボルバーだ――にもしっかり弾丸が装填されていることを確かめ、ホルスターを腰に装着しながらご満悦の望月。
そして次に、銃を奪われたモヒカン男の背後、コソコソと隠れようとしている別の少年にも目を向けた。
「おい、お前ちょっと来い」
ぐい、と念力で引っ掴んで引き寄せる。「ひえええ」と情けない声を上げる少年を目の前に立たせ、くいと顎をしゃくった。
「お前、ジャンプしてみろよ」
「え、ええっ?」
「ジャンプだよ。その場で飛び跳ねてみろ」
突然言われて目を白黒させる少年だったが、望月がカラシニコフのレバーを引いて薬室にガションと弾丸を装填してみせると、泣きそうな顔でぴょんぴょんとジャンプする。
飛び跳ねるのにあわせて、カチャッ、カチャッと金属音。
「お前も何か持ってるじゃねえか」
「いっ、いやコレは! 小銭です!」
「この状況で金なんざ持ってるわけねえだろ!」
「ほ、ホントです! 小銭なんです!」
「うるせェ! 出せオラァ!」
念力で少年のコートを無理やり剥ぎ取り、望月はフンと鼻で笑った。
「やっぱり隠してんじゃねえか」
コートの下、少年はベルトにナイフを差していた。刃先が太く湾曲したデザインの、いわゆるグルカナイフというヤツだ。
「コレも貰っとくぞ」
「そ、そんなぁ……」
何か言いたげな少年をひと睨みして黙らせる望月だったが、没収したグルカナイフに触れる直前に、ふと思いついて問いかける。
「お前、『敵』と『門』について、どう思う?」
「えっ? はっ?」
真剣な望月に、「こいつは何を言ってるんだ」「どう答えるのが正解なんだ」と言わんばかりに混乱する少年。この様子ではコイツは器士じゃないし、このナイフが器械ということもなさそうだ、と望月は安心してナイフに触れた。が、冷静に考えれば器械には直接念力で干渉できないはずなので、問いかけるまでもなくグルカナイフが器械ということはありえなかった。
そうして、同じようなノリで、その場に居合わせた不良たち全員をカツアゲしていく。しかし銃を持っていたのは先ほど奪い取った三人だけで、他はちゃちなナイフを数本程度しか所持していなかった。
「チッ、シケてんなーお前らよォー」
トラックの荷台に銃やナイフをまとめて載せながら、不機嫌になって舌打ちする望月。お守り代わりの小振りな肥後守まで取り上げられた少年が、理不尽に憤るような顔をしているが、望月が肩から下げるカラシニコフを恐れて何も言えない。
「取り敢えず、今日はこれで勘弁してやるわ。とっとと失せな」
「……ンだとテメェ、舐めんなよコラァ!」
傲岸な態度でシッシッと手を振る望月に、流石に耐えかねたかモヒカン男が顔を真っ赤にして怒鳴る。だが、ただ激昂しただけではなかったようだ。望月が注意を引かれた隙に、前歯の欠けた青年が背後へと回り込み殴りかかってこようとする。
が、望月を相手にするには、少しばかり戦術が稚拙すぎた。
望月は念力で前歯の欠けた青年の動きを止め、振り返りざまに青年の顔面の真横に向けてカラシニコフをフルオートでぶっ放す。
ダッパッパッバン! と耳を聾する炸裂音が住宅街に響き渡った。強烈な反動、銃のブレをソロモンで制御していなければ、手元が狂って青年の顔に着弾していたかも知れない。幸い経験のある望月が注意を払って発砲したおかげで、青年の額に風穴が開くことはなかった。
それでも自分に向けて自動小銃を連射される経験は、前歯の欠けた青年には強烈すぎたらしい。そのまま泡を吹いてひっくり返ってしまう。「あ、あひっ」と声にならない悲鳴とともに股間がじわっと湿り、湯気が立ち昇った。
「すまん、よく聞こえなかった。なんだって?」
引き金に指をかけたまま、わざとらしく耳に手を当てて聞き返す望月。あまりに堂に入った構えに、モヒカン男は顔を青褪めさせてふるふると首を振った。
「な、なんでもありません」
「よろしい。ならその腰抜け連れてとっとと消えな」
失禁した青年をクイッと顎でしゃくって望月。銃声ですっかり恐れをなした不良たちは、おっかなびっくり小牧の私物をトラックの荷台に返し、バイクや自転車に飛び乗って蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「テ、テメェ、覚えてろよ~!」
腰が抜けて動けないのか、仲間に抱えてもらいながらバイクの後ろに乗った青年が、震え声で叫んでくる。
ぴくりと眉をひそめた望月がおもむろにカラシニコフを構えると、「うわ~!」と情けない悲鳴が響いてきた。バイクのエンジンが一際高く唸りを上げ、青年たちは全速力で角を曲がり、そのまま見えなくなる。
「……終わりましたか?」
辺りが静寂に包まれたところで、ガチャリと玄関の扉を開けて小牧が出てきた。おっかない空気を察して隠れていたらしい。賢明な判断だ。
「うん、もうどっか行ったよ」
「なんか話を聞いてたら、望月さんの方が悪者みたいで笑っちゃいそうでした」
「俺は元から不良さ」
うそぶく望月に、小牧は可笑しそうにクスクスと笑う。
「それにしても凄いですね、そのマシンガン」
「AK47ってヤツだな。多分中国かアジアのコピー品だと思うけど。……しまったな、何処で手に入れたのか訊くの忘れてたぞ」
ぺしっと額を叩いて望月。自衛隊や警察で制式採用されているものなら兎も角、本来カラシニコフは日本で簡単に手に入るようなものではない。入手経路をきちんと問いただしておくべきだった。
「まあ、時既に遅し、か……」
「でも良かったです、怪我とかなくっ、て……!?」
そこまで言ってから、小牧はようやくトラックの荷台で荒らされた私物――とりわけ露わにされた下着類に気がついたようだ。
「――っ!?」
ボッ! と顔を紅潮させて言葉にならない悲鳴を上げる小牧。望月の顔と、荷台に放置されたパンツとを交互に見やる。「あわわわ!」とそのあまりの慌てっぷりに、望月は思わず吹き出してしまった。
「みっ見ないでください!」
バッと荷台の前に立ちはだかり、小牧は望月の視線を遮る。「ごめんごめん」と謝りながら、望月は後ろを向いた。背後からガサゴソと、急いで荷物を段ボールに仕舞い直す音がする。
「……小牧ちゃんって、可愛いのはくんだね」
「なっ! なっ!?」
ちらりと後ろを見ると、望月のセクハラじみたコメントに口をパクパクとさせて絶句する小牧が居た。
「――なななっ何見てるんですかぁ!」
顔をこれ以上ないほど真っ赤にした小牧にぽかぽかと背中を叩かれ、望月は声を上げて笑った。
†††
改めて荷物を梱包し直した後、望月たちは小牧宅に別れを告げて出発した。
車内では、行きと同じように洋楽を流していたが、小牧は顔を赤らめてそっぽを向いたきり口を利いてくれなくなってしまった。
「ごめんってー小牧ちゃん」
「もう知りません!」
望月が謝っても、横目でチラ見するだけで、再びプイと窓の外を向いてしまう。あまり怒っていないのは明らかだったが、苦笑混じりに謝る望月にも、これといった誠意は見られない。先ほどからしばらく、二人はこの遊びを続けていた。
「ごめんごめん。機嫌直してよ」
「イヤです!」
「どうしたら許してくれるの?」
「うーん……じゃあ、一個だけお願い聞いてくれたら許してあげます」
「お願い? いいよ。何でも聞いてあげる」
「えっ、何でもですか!」
ビンッと髪を逆立てる小牧。
「何でも……えっと、じゃあ……うーんと……」
そして悩みだす。望月は微笑ましげにそれを見守った。正直、『何でも』とは言ったが、現状でできることなどたかが知れている。逆に小牧が――仮にそれが無理難題だったとしても――どんなお願いをしてくるのか、望月には興味があった。
助手席でうんうんと唸りながら、小牧の熟考は続く。横目でそれを見ながら、口の端に笑みを浮かべ、国道を目指して、織尾の街を突っ切るようにトラックを走らせる望月。
が、不意にその表情が硬くなった。
「んっと、えっと……そうだ! じゃあ望月さん、お願いは――望月さん?」
何か思いついたらしい小牧だったがしかし、厳しい表情でハンドルを握る望月を見て訝るように首を傾げ――
車外。
バルルンバルルンと響く甲高い排気音に、顔を引きつらせる。
望月はバックミラーを見やった。
後方、鏡に映り込む派手に改造された単車とスクーターの群れ。
ぞろぞろと蛇行しながら、トラックを追跡している。そしてその中には、先ほど望月が追い返した不良たちの姿もあった。
単車にペイントされた――炎を噴き上げる髑髏のマーク。
【暴朧剄騎】。
「クソッ、アイツら仲間を呼びやがったか!」
毒づいた望月はアクセルを踏み込み、一気にトラックを加速させる。
ブロロロ、と唸りを上げるエンジン。望月の噴き上げる緊張感に満ちた空気に、小牧が助手席で息を呑んだ。
にわかに速度を上げたトラックを追いかけ、ボルケイノの単車もまた加速する。煽り立てるようなクラクション、ちらりとバックミラーを確認した望月は、二人乗りした不良たちがその手に自動小銃を構えていることに気付いた。
それも一人や二人ではない。見える範囲で、四、五人は――
「嘘だろ」
目を見開く望月を嘲笑うように。
トラックに向けられた銃口が、一斉に火を噴いた。
次回、ハリウッド映画の如きカーチェイス




