01.出会い
「それでね、わー! てしたら、びゃー! ってくるやつ、明日やろうかなって!」
静まり返った部屋に、星月の声だけが響く。正面のモニターには、カメラが捉えた自身の姿と、見慣れた背景のみが映っている。隣の画面には視聴者からのコメントが絶え間なく流れ続けていた。
[どういうことwww]
[楽しそうでなにより]
[反響の話だろ。わからんの?]
小さく首を動かし、流れ続けているコメント欄を見つめる。
「あ! ルンルンさん、みーつけた!! りりのものー!」
花が咲いたような笑みを浮かべ、パクっと空気を食べるように唇を動かした。
[あざとすぎだろ]
[あげてないけど]
[可愛いは正義]
コメントがものすごい速さで更新されていく。さっとカメラの前に近づき、顎を小さく引いてから口をすぼめた。
「うーん。黒い雲さん、いるなー? ふーしちゃうぞー!」
ふーっと息を吹きかけ、いたずらに笑ってみせる。
[やめろwww]
[黒い雲さんってなに?]
[急接近助かる]
えへへと微笑みながら、モニターに映る時計に視線を走らせた。
「はてなさん困っちゃうね! りり、明日わー! しに行かなきゃだから、バイバイだね!」
流れるコメントの反応に満足そうな笑みを浮かべ、パタパタと無邪気に手を振った。慣れた手つきで、【配信停止】にカーソルを合わせ、クリックをした。
[いつもながら、急すぎるwww]
[りり様……]
[今日はわかりやすかったな]
星月は、しばらくコメント欄を見つめていた。一度瞬きをしてから、静かに立ち上がる。冷蔵庫からペットボトルを取り出し、こくこくと飲み干した。静かな部屋で、独り言を漏らす。
「どこで、わーしたらいいかな」
弾む足取りで、廊下を進む。窓から吹き抜けた春風が、頬に当たる髪を撫でるように流れた。乱れた髪を気にすることもなく、トントンと、軽い足音を重ねていく。
「おっきい箱さん、ないなー。かくれんぼしてるのかなー?」
目当てのものを探しながら、歩を進める。
『あらあら。時間はたっぷりあるわ。気長に探しましょう?』
廊下の奥に重たそうなドアが見えた。
『あ! あっちにキラキラがあるよ! たのしーかも!』
星月は髪をふわふわ揺らしながら駆ける。
『うーうー! 張り紙です! 準備中のため、使用禁止です!』
目を輝かせながら、ドアに手をかける。
『あらあら。りりは、悪い子ね。うふふ』
『行ってみようよ! キラキラあったもん!』
『うーうー! だめです!禁止さん、ありました!』
迷わず重たい防音扉を押し開けた。扉の向こうは、差し込む強い光の中に、無数の埃がキラキラと舞っている。ふと、足元を見ると、濃く短い影が床に張り付いていた。
「おっきい箱さん、ここにいたんだね……!」
光を捕まえようと、腕を前に出す。
『うーうー! 発見です! あっちに白い鳥さん、見てください!』
視線を移動させ、歩き始める。
「みーつけたっ! 白い鳥さん、捕まえちゃうぞー!」
目の前にあるものに向かって、そーっと手を伸ばした。
「やめろ。それは、初日ガイダンスの資料だ。お前が触っていいものではない」
動かしていた腕がピタッと止まる。声の持ち主を探し出し、視線を上げた。
「……むー」
講堂の照明が、声の主と重なって見える。目を細め、顔を覗き見た。
「睨んでも無駄だ。何故入ってきた。入り口に使用禁止と書いていただろう」
星月は姿勢を正し、男子学生の前に立ちあがった。そして、学生の頭に合わせて腕を上げる。
「僅差……だね!」
背中で両手をキュッと結び、わざとらしく小首を傾げ、口角を引き上げた。
「……僅差でもないだろう。見た感じ二十センチ程の差だ」
わずかな沈黙。首を正面に戻し、大きく瞬きを一度挟んだ。
『理論的です! エリート君、認定します!』
「エリート君、白い鳥さん、パタパタしたいって!」
無造作に置かれた資料を指さし、学生を見る。
「.……資料が、なんだって? それと、白瀬だ。エリートではない」
白瀬は指先で目頭を押さえた。わずかに顔をしかめ、胡散臭そうな視線を投げかける。
「パタパターって、遊びたいんだって!」
一瞬の沈黙の後、ため息をつく。
「資料は、動かない。紙だからだ。意識は無いし、足もない。あと、資料に触るな」
そーっと腕を伸ばしていた手を再度つかまれる。
『あらあら。ばれてしまいましたわね』
再度つかまれた手をゆっくり引き戻す。悪びれた様子はなく、楽しげに口角を跳ね上げた。
「話を戻すが、今は立ち入り禁止だ。早く出ていけ」
講堂のライトを潤んだ瞳で反射させ、じーっと白瀬を覗き込んだ。
「そんな顔をしてもだめなものはだめだ。例外は、認めない。」
つま先が当たるほど距離を詰め、白瀬の視界を奪うように顔を近づけた。白瀬の頬が急激に赤く染まる。
『赤いトマトさんです! 完熟です! 美味しいと思います!』
「エリート君。真っ赤なトマトさんみたいになってる! パクパクするぞー!」
白瀬の頬をつまむようにして、食べるふりをした。
「.……とりあえず、準備の邪魔だから出て行ってくれないか?」
ぐるりと周囲を見渡すと、大きなモニターに釘付けになった。
「ぴかぴかさん、おっきいなー! りり、ちっちゃいぴかぴかさん、持ってるんだ!」
白瀬は頭を抱えている。そして、独り言のように囁いた。
「声が、届いていないだと? この距離で? もしかして聴力が弱いのか?いや、そんな素振りは……」
星月は、吸い寄せられるようにそちらへ身を乗り出した。
「お、おい! そっちには行くな!」
白瀬が、星月に手を伸ばす。
「……?」
身体をゆらゆらとさせながら、不思議そうに白瀬を見上げた。
「そっちは、今設営中なんだ。危ないからここにいろ。それか、早く出ていけ」
白瀬は有無を言わせぬ強い視線で、足元の床をピシッと指さした。
『もう、無さそうですわね。』
足元を指す白瀬には目もくれず、視線を彷徨わせる。やがて、講堂の出口をぴたりと捉えた。すると、ふいにドアが開き、ふわっと髪が揺れる。
「あっち、風さんが、りりを呼んでる! いかなきゃ!」
白瀬はポカンと口を開け、立ちすくんでいた。ドアを抜け、廊下を走り、外に出る。空を見上げると、雲一つない青空が広がっている。ぱぁーっと口を開き、手を広げる。
「パタパタできると、思ったんだけどなー!」
広げていた両手をだらんと下げ、ふと何かに気付いたように、ハッと体を震わせる。
「あ……わーするの、忘れてた!!!」
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