第4話 豹と鷹と、もう1匹?
「──というわけで、王子殿下と鉢合わせて、そのように言われました」
翌日、屋根と食事付きの宿舎での生活に感動しながら、今日の仕事をしていた。
庭掃除、豹の排泄物の掃除、餌やり、ときたところで王妃陛下に呼び出された。
豹の世話はどうかと訊かれたので、ありのままを喋った。
匂いを気にしていること。
ブラシが合わなくて、勝手に削ったこと。
第一王子の来訪のこと。
なぜか、王妃と同じテーブルにつき、お菓子をいただきながら。
王妃様が最初に言っていたお菓子付きは、こういうことだったらしい。
気まずいが、いただけるものはもらう主義である。
遠慮なくチョコレートを口にして、久々の甘さを味わう。
あ〜、王妃付き侍女、最高の仕事かもしれないわぁ。
生家に比べたら、全部いい、最高。
隣では、王妃付きの本物の侍女のアンナさんがお茶を淹れてくれている。
私も一応、王妃付きだし、こういうこともできるようになった方がいいのかな。
「そう、そんなことを言っていたの」
王妃様は優雅にお茶を飲みながら、儚げに呟いた。
絵になるとは、このことを言うんだなぁと呑気なことを思いながら、私もお茶を頂いた。
「ねえ、ナイラ。あなたはどう思う?」
「何がでございましょうか」
「王子の訴えよ」
なんで、私に訊くんですか。
嫌そうな顔をなんとか引っ込めて、淡々と答えた。
「人のものを欲しがってもしょうがないです」
「あら、冷淡」
王妃様はなぜか嬉しげに声を弾ませた。
その様子を見て、私の思っていることを言わせたい雰囲気を感じ取った。
さすがは、王妃陛下だった。
この方の下で働く喜びと、この方の前では洗いざらい吐き出さなきゃいけない威光のようなものが同時に見えて、私は少しだけ身震いした。
やっぱり、ここで働くことにしたのは、幸運だったのかもね。
「…思っていることを申してもよろしいのですか」
「ええ、そう言っているわ」
「でしたら、王子殿下の我が儘には付き合えません」
「そう」
「…ですが、同じ屋根の下で暮らす歳の近い者にだけ与えられて、自分だけ何もないというのは、捻くれるに値するとも思います」
「それは、あなたの経験談かしら?」
「私はとうの昔にそのようなものすら捨ててしまったので、王子殿下はまだ希望があると思いますよ」
そう言ってから、もう一粒チョコレートを口にした。
むしろ、今は私だけお菓子を与えられている。
こういうのは、その時はもらえなくても、そのうち返ってくるのかしらね。
「そうね、いいわ。隣国に打診してみるわ」
「…よろしいのですか?」
「ええ。男児だって動物、欲しくなるわよね」
そこだろうかと思いながら、王妃様が決定したのなら、私の言うことはもうない。
「まあ、この国に優秀な調教師はいないだろうし」
ん?
「もし、王子のために王城に大型動物がやってきても、あなたが世話してくれるのだものね。ねえ、ナイラ?」
あ。
……………………………………………………そう、なるのか。
そうなるわ、だって私は王城のペット世話係なんだもの。
今まで仕事の項目にすらなかった『王城』のペット世話係だ。
あの王子の動物も、面倒を見るのか…。
これは、自分の手で面倒なことを増やしたかもしれん。
あああ、と頭を抱えそうになった時、王妃様が可愛らしい少女のように言った。
「じゃあ、せっかくだし、庭に出てあの子たちに会いに行きましょうか」
───ちなみに、王妃陛下はすぐに隣国の国王である王妃パパに手紙を送ったそうだ。
『気が利かなくてすまん!希望の獣かはわからんが、調教済みの動物の中からすぐに送る!』と素早い対応を見せてくれたとか。
私たちは王妃陛下の一言で、豹のいる奥庭にやってきた。
王妃様は、王女殿下を抱えながら用意された椅子に座った。
これは美人に育ちそうな子だと思うような、宝石みたいな王女だった。
たしかに、これは王子の言うように王族はキラキラかもしれない。
「ナイラ、この子の豹を連れてきてくれる?」
「かしこまりました」
そう返事をしたものの、果たして奴がすんなり言うことを聞くかどうか。
そう思いながら、庭の真ん中で日向ぼっこしている豹に近づいた。
「あなたの主人が遊びに来たわよ。あっちに行きましょう」
そう手招きをしたが、全然無視された。
「なーに、機嫌悪いの?」
豹は顔を上げて、顎下を見せてくる。
あー、はいはい。
しっかりそこを毛にそって撫でてやると、グルルと鳴いた。
いくら経っても気が済まないようで、豹の体勢が変わらないから、面倒くさくなって、わしゃわしゃと乱暴に撫でまくった。
たった1日のブラッシングで、もふもふだけは最上級になっているのが悔しいやら、仕事の達成感に嬉しいやら。
顎も、頬も、頭も、ついでに前足もわしゃわしゃしていると、私の顎を目がけて頭を擦り寄せてきた。
ぐりぐりされて、半分頭突きのようなもので、くすぐったい。
後ろにふらつきそうになったら、やっと私の横に来て、自ら支えてくれた。
私がゆっくり歩き出すと、豹もピッタリついてくる。
ようやく王妃様の前まで来て、はあと肩の力が抜けた。
「本当によく懐いているわねえ、すごいわナイラ」
「たぶん、見下されているだけかと思います」
「ふふふっ、そうなの?」
王妃様は可笑しそうに笑い、王妃に日傘を差しているアンナさんも肩を震わせた。
王妃様は、王女様を抱いたまま豹の方に傾けた。
「ほら、あなたの友達よ」
王妃様の優しい声に、豹は鼻をピクリとさせて、耳を動かした。
豹は何かを確かめるように、じっと固まって王女を見つめている。
ああ、そういえば、王妃様の周りからは香水の匂いがしないわね。
獣に慣れている人だ、それはそうか。
私もただ豹を見ていたけれど、誰も何も言わず、動かなかった。
どれくらいそうしていたか、風が吹いて、青草の匂いがした時、豹の方が一歩だけ腕の中の王女に近づいた。
ゆっくりと、でも確実に王女の顔を覗き込んで、その頬に自分の鼻をくっつけたのだった。
隣国の獣を贈る儀式ってこんな感じなのかもと、妙に神聖さを感じながら、見守った。
豹はあらかた満足したのか、ふてぶてしくどぷんと王女殿下の腹の上に顎を乗せた。
頬肉が持ち上がり、王女と密着している。
その王女殿下はというと、不思議そうに見つめ返しているだけで何もしない。
豪胆というか、行儀がいいというか。
豹の鼻息がかかるたびに、にこーっと笑っている、かわいい。
「お互い大丈夫みたいね」
王妃陛下は鷹揚に頷くと、王女と豹のパートナー同士の交流を済ませた。
王女の抱っこは乳母に代わり、豹はそのまま王女のそばを離れなかった。
「王女殿下、全く泣かないなんてすごいですね」
思わずそう言うと、アンナさんと目が合って、うんうんと目が頷いていた。
「隣国の子は、みんなこんな感じなのよ。この子も、私の子ねえ」
そう言っている王妃陛下は、どこか嬉しそうにしていた。
「私も、マイルズを呼ぼうかしらね」
王妃様は笛を取り出すと、はじめてお会いした時のように鷹を呼んだ。
バサバサッと大きな音を立てて飛んできた鷹は、どうしてかやっぱり私に向かって降りてくる。
そして、そのまま背中をくちばしでど突かれた。
加減されていたけど、痛いって。
……私、動物に好かれるんじゃなくて、舐められやすいだけとか?
「あら、マイルズ。浮気者ね。ナイラの方がいいなんて」
「うぐぐ、重い重い、寄りかからないで」
自分より大きい体でぐいぐい来られると、困る。
豹といい、鷹といい、どうしてこうも体を預けてくるのか。
鷹のマイルズは首をブルブルと振ったあと、私の肩に顔をくっつけてきた。
というか、のせてきた。
だから、重いって。
「あらあら、ナイラに気に入られたいみたいね」
「…そうなんでしょうか」
「ナイラ、豹の世話のあとでいいから、この子の水浴びを頼んでもいいかしら」
「かしこまりました。この庭で水浴びさせてもいいですか?」
「ええ、もちろんよ。お願いね」
仕事追加だけれど、それ自体は悪くない。
ついでに豹も体を洗わせてくれないかな。
2匹まとめてやったら、怒られるかな。
その前に本人たちから、突くなり、制服を引っ張られるなり、抗議されそう。
……別々にやるか。
マイルズの退く気配がまるでないので、仕方なく私も頬擦りを返した。
端正な顔立ちと言っていいのか、かっこいい顔をしている。
その鷹が甘えてくるのは、悪い気はしない。
鷹に構っていると、脇腹を豹に小突かれた。
「えぇ?」
振り返ると、豹もいつの間にか私にくっついている。
何かが気に食わないのか、ガウと低い声がした。
またもや、豹と鷹のサンドイッチが完成した。
結局、これか。
両端からぎゅうぎゅうされると、暑いって。
「ナイラ、やっぱりすごいわねえ」
「ええ、こんなに懐かれているのですね。びっくりです」
王妃様だけではなく、とうとうアンナさんにも言われて、なんて返事をしていいものかと迷っているうちに、もみくちゃにされた。
「あなたの主人はあっち、マイルズ殿の主人はあっちでしょ…!?」
そう声を上げても、全く離れない。
自分を構えと、次々に主張してくる。
言葉が通じないというのに、早くしろと言われているのがわかる。
もう〜〜〜、私の腕は2本しかないからっ!
左手で豹を、右手で鷹のいいところ触ってやるので精一杯だ。
王妃様とアンナさんと乳母と護衛騎士に微笑まれながら、私はひたすらに手を動かしたのだった。
後日、速やかに隣国から、第一王子殿下のために贈呈された大きい動物がやってきた。
王妃様と側妃様と、エルバート殿下の立ち会いの元、その動物が檻から庭に出るところを見守った。
私もペット世話係として、その場に控えさせてもらった。
ちなみに動物と対面する直前に、王子から謝罪をもらった。
「かみのけ、ひっぱって、あといろいろごめんなさい。ははうえに、おこられた…」
あれま、謝れるなんて随分いい子じゃない。
やっぱり、従姉のニコルよりよっぽどいい子だ。
頭を撫でくりまわしたくなった、しないけど。
ものすごくしょんぼりしていたので、次はしないでくださいねと言って許した。
その時、はじめて王子の笑顔が見られたのだが、それはキラキラしていた。
いつも笑えていたらいいのにね、とお節介なことを思った。
さて、待望の自分だけの動物を、目を輝かせながら出迎えた王子だったが、その姿を見た途端、早くも泣きそうになっていた。
「なんでぇ…」
王子のか細い声が聞こえて、私のせいじゃないけど顔を覆いたくなった。
王妃様はニコニコしているし、側妃様は笑いそうになるのを誤魔化していた。
檻から出てきた私の身長よりも大きい動物は、レッサーパンダだった。
レッサーパンダだ。
かわいいかわいいレッサーパンダ。
どう見ても愛くるしいレッサーパンダが、そこにはいた。
何とも言えない、というか誰も何も言えない空気だけが漂った。
レッサーパンダは警戒しながら、ゆっくり出てきたが、王子からの歓迎ムードが消えていた。
「…どうして、ぼくだけ、かっこいいどうぶつじゃないのっ!!!」
あちゃ〜、とその場にいた使用人一同は頭を抱えたかったことだろう。
レッサーパンダは悪くない。
王子もまあ悪くない。
誰も悪くないんだ、ごめんな王子…。
目を潤ませながら、王子は可哀想なくらい弱々しく呟いた。
「オオカミとか、ライオンとか、かっこいいの、…かっこいいのがよかったの」
男の子ね〜、と王妃様と側妃様が2人で顔を見合わせて笑っていた。
この状況で笑顔でいられるのは、お2人だけです…。
私は働きすぎというわけでもないのに、胃が痛いです。
王妃様の目配せが飛んできて、うっかり盛大にため息を吐きそうになりながら、王子殿下のそばに行った。
「殿下、レッサーパンダですよ」
「…ぼくは、かっこいいのがいい」
「レッサーパンダは木登りが得意なので、豹とお揃いです」
「……」
「あと、牙と手の爪が鋭くてかっこいいです」
「…………」
「それから、見た目に反して気性が荒いそうです。えーと、暴れん坊ってことです」
「……あとは?」
「雑食なので、何でも食べます。お肉も食べるかっこいいところがありますよ」
そこまで言うと、ようやく顔を上げてうるうるの目で私を見てきた。
「かっこいい…?」
「動物は大抵生きる力が強いので、みんなかっこいいです」
私がそう言うと、王子殿下はもう一度レッサーパンダの方を見た。
「それに、これからかっこいいところを殿下が見つけてあげたらいいと思いますよ」
もう一押しすると、長い間があったあと、うんと頷いた。
「…わかった」
少しだけ不貞腐れたままの王子だが、頑張った方だろう。
レッサーパンダ、頼むから王子殿下と仲良くしてよね。
「さあ、名前をつけてあげてください。隣国では、パートナーである主人が名前をつけるのだそうですよ」
「じゃあ、『ライオン』!」
無邪気な王子の声に、堪らずに何人か吹き出した。
王妃様と側妃様は揃って、扇で顔を隠した。
あのお2人、仲良いだろ…。
レッサーパンダの怒りを買わないことを祈ろう…。
「こいつ、ナイラとおんなじ、ちゃいろだな!」
王子殿下がレッサーパンダを勢いよく指差したものだから、レッサーパンダは両足で立ち上がった。
有名な威嚇ポーズで、両腕を上げているが、見ているだけなら随分と可愛いらしい。
うーん、これは可愛いと言わざるを得ない。
「な、なんだ、やるのか…!」
王子まで両腕を上げて対抗するので、ほんわかした空気が流れた。
王子殿下とレッサーパンダ、実は似たもの同士なんじゃない…?
王城よりもさらに上の空を鷹のマイルズが、祝福するように旋回している。
今日はこの立ち会いのために、奥庭の豹にはまだ会いに行っていないから、これからきっと気が済むまでガウガウ鳴かれるんだろう。
ついでに、撫でろと要求されるはずだ。
めいっぱい撫でまくって、もふもふを味わってやろう。
ああ、レッサーパンダも撫でたら、もふもふなのかしらね?
そして、近いうちに王子にレッサーパンダが言うことを聞かないと泣きつかれるんだろう。
頑張って顰めっ面を作らずに、私が対応するんだろう。
王子殿下より先にレッサーパンダに懐かれたら、絶対に大変だ…!
そのことを想像して、私は笑うしかなかった。
なんだかんだいって、のどかな奥庭には行きたいし、豹のふてぶてしさが、ほんの少しだけ恋しいんだから。
あーあ、本当に面倒くさいなあ。
了
お読みくださりありがとうございました!もふもふ!




