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北方への旅立ち

 

 一連の騒動のあと、アリシアとヴォルフは一旦メセナに戻り、ギルドに張り出された依頼をこなしながら、北方への旅の準備を整えていった。

 魔道具や、食料、防寒具の購入をはじめ、武器のメンテナンスも行い、皇城とも連絡を取って、二人は北部への出立の日を決める。二人が初めてメセナのギルドに来た日から、約ひと月が経っていた。

 今、アリシアとヴォルフは、ギルド長の執務室でザカリーと向かい合っている。


「こちらが北部に宛てた紹介状です」


「ああ。いろいろ世話になった。礼を言う」


 丁寧な所作で紹介状を差し出したザカリーから、ヴォルフは鷹揚にそれを受け取ると、アリシアと共に踵を返す。

 その背に向かって、ザカリーは続けた。


「これは私の独り言ですが……我々は陛下のおかげで、こうして日々恙無く過ごす事が出来ています。過去のこの国の惨状を知っているからこそ、陛下の功績に感謝の念が絶えません。病気療養の知らせに心を痛めておりましたが、こうしてここで会えたこと、嬉しく思いますよ。どうかお幸せに。そしてこの先も道中お気をつけて」


 ギルド長をチラリと振り返ったヴォルフは、しかし、何も答えずに部屋を出た。

 ここにいるのは、元皇帝ではなく一介の冒険者であると既に伝えてある。だから、これはザカリーの言うように、答える必要のない彼の独り言だった。


「慕われてるね、ヴォルフ」


 扉を閉じたアリシアが、ヴォルフを見上げて微笑んだ。最初は無表情がデフォだった彼女が、ヴォルフの前では自然と表情豊かになる。そのことに、ヴォルフもまた、薄く微笑んで彼女に応えた。


「そうか……そうだったんだな」


 ヴォルフがずっと戦い続けてきたのは、自分の身近な人達を守る為だけで、帝国民の為というわけでは決してなかった。時には残虐で、非道な手段も取ってきた。恐怖だろうが、なんだろうが、徹底的に敵を排除し、反逆や侵略戦争の芽を摘み、アマリア達の安全を確保出来れば良かったのだ。

 国民の感謝の言葉など受け取る資格はないと、そう思ってきた。

 だが今は、ザカリーの言葉を、素直に嬉しいと思う。

 アリシアは、そんなヴォルフに手を伸ばし、ぞの手を握る。


「ヴォルフは、ちゃんと皇帝だったよ」


「ああ。どうやらそうだったらしい」


「もう、私の半身だから、返さないけどね」


「俺が望んだんだ。返されたら困るな」


 そう言って、ヴォルフはアリシアの唇に軽く口吻を落とすと、二人は手を繋いで階段を降り、ギルドを後にした。




 数日後、アリシアとヴォルフは、ノルドの帝国軍駐留基地の鍛錬場にいた。北部に向かう前に、フェルナンとの約束を果たすためだ。


「さて、約束の手合わせだな」


 フェルナンが自身の愛剣を手に、アリシアと対峙する。

 アリシアが手にしているのも、いつもの双剣だ。


「そうだね。悪いけど本気でいかせてもらう。なにせヴォルフがかかってるからね」


 無表情に言い放ったそれは、どこまで本気なのかフェルナンにはわからないが、警戒心がビリビリと刺激される一言だ。

 それにヴォルフが呆れたように口を挟んだ。


「それ、まだ続いてたのか? ていうか、お前が本気になったら、フェルナンが死ぬからやめてくれ」


「大丈夫。ちゃんとハンデはつけるから。私は結界と身体強化以外の魔法は使わないよ。それでどう?」


 ハンデと言われていい気はしないが、攻撃魔法抜きの勝負というなら望むところだ。魔法勝負だと確かに不利だが、剣術ならばフェルナンの得意分野だ。


「純粋な剣術勝負ってことか? いいぜ」


 フェルナンが獰猛に口角を上げ、自身に結界魔法をかける。アリシアに対しての警戒と剣術への自信が、身体強化でなく、結界魔法の選択をしたらしい。


「遠慮なくってことだね?」


 アリシアは、結界と身体強化の同時行使だ。額に巻いたバンダナの下では、紫色の聖石が輝いていることだろう。

 北部の死神とS級冒険者の覇気が立ち昇り、ヴォルフを圧倒する。


(アリシアと初めて会った時を思い出すな。あのときはずいぶんと気分が高揚したものだが……)


 おそらく、今フェルナンも似たような気分だろう。

 ヴォルフは二人から離れて、見物にまわる。

 充分な距離を取ったところで、アリシアとフェルナンの剣が交わった。

 そして、そう時間はかからず勝負は決まる。

 予想通りの結果に、ヴォルフは笑った。




「……驚いた。俺もまだまだ精進しないといけないらしい」


 フェルナンが痺れの残る肩を回しながら、言った。

 ヴォルフもそれを見ながら、肩を竦める。


「偶然だな。俺も先の戦争で、そう感じたぞ? 今は直接鍛錬できる機会も増えたからな。アリシアを越えるのが、当面の目標だ。ま、そんな先のことじゃないと思うぞ?」


「どこを目指してるんだよ、お前達夫婦は」


 ジトリとヴォルフとアリシアを見ながら、フェルナンはため息をついた。

 アリシアは、首を傾げてそれに答える。


「……夫婦じゃないけど。S級パーティーの名に恥じない、大陸最強冒険者かな」


 それを聞いたヴォルフが、アリシアの頭に軽いゲンコツを落とす。夫婦と半身のどこに差があるというのだろう。


「お前……もう、夫婦でいいだろ? これから北部を抜けて、大陸の東側に向かう予定だ。強くなければ危険が伴う。帝国外に行けば、名も無いただの冒険者だからな」


 そう、皇帝でも女王でもない。ただの冒険者だ。フェルナンは二人の強さは充分理解できたが、一般人とはややズレたところにいる二人が心配でもあった。


「……北部は、寒さだけじゃない。強力な魔獣が多いし、その魔獣と戦ってきた戦闘民族達の間で、少ない資源を巡っての争いが絶えないという。小国が多いせいで帝国に攻め入ってくることはないが、余所者には警戒心が強い。隣のゼンダーンは、その中でも比較的大き目の国ではあるが、帝国の十分の一以下だ。それでも……」


「充分脅威になるから、フェルナンにここを任せてあるし、いざという時のための体制も整えてある、だろ? アリシアはわかってるさ。それでも行くというなら、俺が共に行くのは当然だろ?」


 ヴォルフの言葉に、アリシアはああそうか!と思いついた。


「フェルナン、私達が帝国への質にとられることは無いよ」


「ああ、俺は間もなく死ぬ予定だしな」


 アリシアの言葉に、ヴォルフも同意する。自分達の身柄が、帝国を脅す手段に使われることはない、と。


「阿呆、そこは心配してないわ。俺が気にしているのは、アリシアちゃんの方だ」


 二人の誤解をフェルナンは否定した。

 どうやらアリシアの身を案じてくれているらしいフェルナンに、彼女は安心させるように微笑んでみせた。


「ありがとう、フェルナン。でも、レーヴェルランドまでも、なかなか行き着かないと思う。北部は冒険者ギルドはあるものの、北方ギルドとして独立していて別組織だ。中部や南部と違って、ほとんど交流も無ければ情報のやり取りもない。私達はメセナのギルドからの紹介状を持って、北部ギルドに登録することになるけど、紹介状のパーティー情報はランクと依頼達成率だけにしてもらった」


「なるほど、依頼達成率、ね」


 依頼成功件数としなかったのは、最近結成されたパーティーであることを悟らせないためだろう。


「そう。だから、そう侮られることもないとは思うよ。18の小娘でもね」


 そういうことでしょ?とアリシアはフェルナンを覗き込む。

 そんな彼女に、フェルナンはあからさまに大きなため息をつくと、首を横に振った。駄目だ。彼女はわかっていない。


「アリシアちゃんは、自分の容姿にもっと危機感を持った方がいい。最近は特にヤバい。ヴォルフ、ちゃんと手綱握っとけ」


 アリシアには全く自覚が無いらしい。特に最近ヴォルフと共にいるアリシアは、艷やかな色気も伴って、男の目を惹きつけている。


「あ〜、そっちか。そうだな。気をつける」


 荒れた北部地方で、無駄に綺麗な女はそれだけで様々なトラブルの元だ。


「え? 何? 何を気をつけるの?」


 本当にわかっていないアリシアに、ヴォルフもウンザリと頷いた。ヴォルフがアリシアに惹かれるのは、彼女自身の素質であり、美しさはおまけみたいなものだが、本人もあまり気にしていないせいで、周囲の視線の意味を理解できていない。

 まあ、追々言って聞かせるかと、ヴォルフは切り替える。


「道すがらゆっくり説明してやる。さあ、そろそろ行くぞ。

 フェルナン、いろいろ助かった。元気でな」


 ヴォルフはあっさりとフェルナンに声を掛けると、アリシアを促して鍛錬場を後にする。


「お前もな、ヴォルフ。気をつけて行け」


 その声に、ヴォルフが後ろ手に手を振った。

 また、会うことはあるだろうか?

 だが、これが最後とも思えず、まあいいか、とフェルナンは思う。

 悪友とその片割れの姿が視界から消えるまで、フェルナンはじっと二人を見送った。


 数日後、元皇帝ヴォルフガインの訃報が、皇城から発表された。多くの帝国民が、彼の死を悼んで冥福を祈り、皇城には多くの献花が寄せられたという。





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