レーヴェルランドの不思議と決着
宵のうちを過ぎた頃か……
アリシアが浅い微睡みの中にいると、優しく頭を撫でていくヴォルフの手に誘われて、ゆっくりと覚醒する。
艷やかな黒髪の端正な顔立ちに、ひときわ目立つ紅玉の瞳が、じっとアリシアを見つめていた。
「無理をさせたか?」
ヴォルフが小さく苦笑して、やや心配げにアリシアに問う。アリシアを見つめる紅瞳はいつも優しげで、この色はとても好きだ。
アリシアも微笑み返して、腕を上げヴォルフの左胸に指を当てた。
「ううん……大丈夫。それよりも、これ」
アリシアの指先、ヴォルフのちょうど心臓の位置に、紫色のスミレの花が浮かんでいた。
ヴォルフもそれに頷いて、アリシアの指を握り込むように上から手を重ねる。
「ああ。魔力の巡りが変わった感覚だな……どういうことだ?」
「そうだね。私も驚いているけど……ダンデリオン。この名前に覚えはある?」
突然の予期しないアリシアの質問に、ヴォルフは戸惑いつつも記憶を探る。
「……母方の曹祖父の名だ。当然俺は、直接会ったことはないがな」
この曽祖父について、ヴォルフはほとんど知らない。曽祖父の母親は早逝したと伝えられていることと、彼の魔力量が非常に多かったことくらいだ。
「そうだったんだ。ヴォルフの曽祖父か……
聖石を持つ女王が、男児を産むのは珍しいんだ。私は63代目だけど、これまでで3人だけ……一番最近では第59代女王が男の子を産んでね。かの女王は婚姻はせず、男児はその相手の男が育てると引き取ったらしい。その男児の名が、ダンデリオンだよ」
つまり、アリシアの4代前の女王が産んだ男児が、ヴォルフの母方の曽祖父にあたるらしい。
その曽祖父が当主であった辺境伯家は、12年前から15年前までの争乱で一族の殆どが命を落とし、もう辺境伯家は帝国に存在しない。ダンデリオンの血を引く生き残りは、今やヴォルフとアマリア、ヴォルフの従兄弟であり皇帝の側近だったクラウスだけだ。
女王達は男児を産みにくいらしいが、ベルハルト王国の王子達は、女王だったハーミリアが聖石を無くした後に王妃となり孕んだ子供なので、男児に恵まれたのだろう。
レオンハルトだけでなく、ヴォルフも実はレーヴェルランドの女王と関わりがある生まれだったということには驚いたが、それとこのスミレの花の痣のようなものがどう関係するというのか?
「…………」
考えても答えが出るはずも無く、ヴォルフは視線で先を促す。
「花の痣が身体に現れるのは、レーヴェルランドの女王の血を引く男と、女王が交わった時だけだ。だから、ヴォルフと私がこういう関係になって、魔力が混じり合った結果ってこと」
「魔力が混じる?」
「うん。こんな風に心臓の位置にはっきりと痣になって浮かんでくるなんて、ヴォルフの魔力量も相当多いんだと思う。それに……」
その後をアリシアはなんとなく言い淀む。花の痣は首や肩や腹部など様々なところに現れるが、心臓の位置に痣が現れるのは、男の最上級の愛情を伴う行為の証。
アリシアはそれに幸福感を感じるものの、正直に告げることを躊躇っていると
「……なんだ?」
と、ヴォルフが続きを促す。
アリシアは小さく笑って、指先でヴォルフの痣をなぞる。
「……紫色のスミレは私の花なんだ」
ヴォルフは軽く目を見開く。そして、もう一度胸に浮かぶ痣に視線を向けると、ふわりと笑った。
「へえ、いいな。お前のモノになったみたいだ」
ヴォルフのその台詞と表情を見たアリシアの顔が、カッと熱くなり赤く染まる。恥ずかしくなったアリシアは、慌てて話題を逸らそうと口を開いた。
「それよりも、ヴォルフ。魔法だいぶ使いやすくなったはずだよ。無詠唱とはいかないけど、短縮詠唱で二重三重行使もいけると思う」
「は?」
虚を突かれたように口を開けて、ヴォルフはアリシアを見た。
「これはそういうモノだから」
アリシアの言うことはよくわからないが……
先程から感じている魔力の巡りの違和感に、ヴォルフは首を傾げながら「結界」「点灯」と軽く呟き同時発動させる。可視結界が二人を覆い、魔法の光が浮かび周囲が明るくなった。どちらも問題なく発動し、魔力器官への負荷も感じない。胸の痣が少し熱を持った気もするが些細なものだ。
なんとなく理解しつつも、ふと気になったのはセフィロスのことだ。
「そうか……なあ、あのセフィロスという男は何者なんだ? この世界でお前と唯一の同類で、同じ宿命を持つ者って言っていたな」
「あの人は、この世界にあるもう一つの大陸の、神の祝福を持つ者。多分私の聖石の代わりが、あのオッド・アイ。何があって、どういう理由でこの大陸に来たのかは分からないけれど、おそらく私と同じ立場にいた人だと思う」
「そうか」
この世界には二つの大陸があり、それぞれの神が大陸に住む生物を見守っているというのが通説だ。
なるほど、唯一の同類とはそういうことかとヴォルフは理解する。全く想像もしていなかった話だが。
「あの人の存在に、聖石が反応するから、意識すればなんとなく位置がわかる。多分それはセフィロスを聖石が警戒しているからだと思うけど、相手にとっても一緒だと思う」
「警戒、ね」
アリシアとセフィロスが意識すれば、互いの位置関係がわかるというのは面白くない。唯一の同類というのも、ヴォルフの神経を逆なでする。
そんなヴォルフの気持ちをアリシアは理解していないようだが、不穏な気配は感じたのか言葉を続ける。
「でも今は、ヴォルフのこともなんとなくわかるよ。ヴォルフもきっと。私達には結びつきが出来たから」
その台詞に、ヴォルフの気分は上昇した。我ながら単純だと思うが、アリシアに対する独占欲とか執着に起因する感情の起伏は、どうにもコントロール出来ない。
「つくづく不思議だな……だが、悪くない。お前にも俺のものだって言う印をつけたいが」
レーヴェルランドのアレコレは、ヴォルフにとって不可思議なことばかりだが、どうやら自身にもその血は流れているようだ。それに、アリシアと結ばれたことで得た力で、彼女を守るために更に強くなり、セフィロスに届く可能性も見えてきた。
あとは、アリシアにヴォルフの妻だと主張する証をつけたいところだが……と、ヴォルフはもう一度アリシアに覆い被さる。
「え?」
菫色の瞳を瞬かせ、ヴォルフを見上げるアリシアに口づけを落とすと、耳元に唇を寄せて囁く。
「消えないうちに、何度でもこうしてつければいいか」
「ちょっと……」
慌てたアリシアを優しく宥めながら、ヴォルフは自身の欲求にそのまま身を任せた。
翌朝早目に宿を出て、二人は帝国軍の駐留基地に向かった。
フェルナンが、ヴォルフの指示で基地の屋内鍛錬場に関係者を招集したのだ。
冒険者の姿で訪れたヴォルフ達は、フェルナンの執務室へと案内される。
「おう、来た来た。まあ、座れ」
「ああ」
入室すると、フェルナンは朗らかな声で応接スペースにあるソファーセットに二人を促した。相変わらず元皇帝に自由な感じだが、フェルナンは昔からこういう男だ。公の場ではちゃんと臣下としての態度が取れるので、ヴォルフは、友として傍にいてくれたフェルナンを有り難く思っている。
ヴォルフとアリシアが並んで座ったのを見て、フェルナンも執務机から立ち上がると、二人の向かいにまわりこんで腰掛けた。
「待たせたか?」
既に全ての準備が整っているらしい様子に、ヴォルフは尋ねる。
「いや、いい頃合いだ。昨晩、アリシアちゃんの妹達がディング達を連れてきてくれて、お前達が旧鉱山に行ったって言うからさ。心配してたんだが、そっちは無事に終わったんだろ?」
正確には、アリシアとセフィロスが、だが、ヴォルフはそれには触れず、フェルナンに頷いた。セフィロスのことは、フェルナンに伝える必要はない。
「ああ。こっちはどうだ?」
「指示通り、領軍はノルドの近くまで下げてあるぞ。昨日俺が領主邸に出向いて、ヘンリーと一緒に長男と次男から話は聞いた。予想通り、次男はクロだ。ディング達と一緒に更迭してある。あと、メセナのディングの本邸に住んでいる長女のところには、確認の為に人をやっているが、間もなく戻るだろう」
「助かった。礼を言う。さて、じゃあ、決着をつけるか」
「そうだな。旧メッシーナの禍根はお前達が絶ってくれたから、後は帝国の不穏分子を始末すれば終わりだ。これでお前達も安心して新婚生活を送れるだろ? あ、アリシアちゃんココ、髪を下ろしたほうがいいよ」
フェルナンが、自分の首の後ろをトントンと指先で軽く叩いて、アリシアに知らせてやる。先程ソファーへと移動した時に、彼女の襟元に見え隠れする鬱血痕に気が付いたのだ。
アリシアは何のことかと首を傾げたが、すぐにハッとして首の後ろを押さえると、真っ赤になってヴォルフを睨み、立ち上がった。
「ヴォルフ! 私は妹達のところに行ってくる」
アリシアは1つに結んでいた髪を下ろし、フェルナンの視線から逃げるように踵を返すと、扉に向かって足早に歩いていく。
その後ろ姿に、
「そうか。よろしく伝えてくれ」
と、ヴォルフが声を掛ける。
返事もせずにバタンと大きな音を立てて扉を閉めたアリシアを、ヴォルフは、愛おしいものを見る優しげな眼差しで見送った。
「フェルナン、アイツをあんまりからかってやるな」
そう言って、フェルナンにやんわり釘を刺すヴォルフの表情は、幸せそうだ。
こんな顔も出来たのか、とフェルナンは驚きつつも安堵する。
これまでのヴォルフの人生は、孤独で過酷なものだったから。
「へいへい。悪かったな。ま、なんにせよ、そっちはおめでとう」
「ああ……それじゃこっちも、行くぞ」
フェルナンに答えてから向き直ったヴォルフは、指から魔道具を外し元皇帝の顔になる。
そして、かつて血濡れ皇帝と呼ばれた冷酷な表情をしたヴォルフガインが、フェルナンを促し立ち上がった。
「かしこまりました。上皇陛下」
フェルナンも切り替えて、臣下の顔になる。
扉を出た二人に、帝国軍人達は事情を察し、畏れながら姿勢を正し敬礼した。
その日、サッシーリャ領主ヘンリーの長女の婿ディングは、旧メッシーナ暗部組織と結託し帝国への反逆を企てた罪と、禁止魔道具の開発と密輸の罪で処刑された。又、彼に従っていた傭兵達と、サッシーリャ家の次男は北部地域での強制労働の命が下された。長女は尋問の結果夫の犯行を一切知らなかったため、修道院送りとなる。
病から回復中である領主ヘンリーとその長男は、ディングと次男の被害者であることが判明し、その権限はしばらくの間、帝国軍の司令官であるフェルナンに移譲され、彼のもとで立て直しを行っていくことになった。領主が健康を取り戻し、長男の教育が済めば、再びサッシーリャ領主とその嫡男の立場で、自治に復帰する予定だ。
帝国の新女皇と王配から、新米冒険者ながらS級パーティーである「紫紅」に依頼された一連の調査とその後始末は、こうして依頼完了となった。
報酬として莫大な金額が支払われ、初めての指名依頼は成功達成と記録されることになる。
そして、「紫紅」の詳細は伏せられたままにも関わらず、美男美女夫婦の凄腕冒険者パーティーとしてメセナのギルドで評判だった彼らだが、帝国国外へと活動拠点を移すことになったことで、やがてその噂話も消えていくのである。
あと1話で、3章が終わりです。
次章は終章となり、年明け1月22日7:00から、最終話まで連日更新予定です。




