【最終話】死を諦めたわけではないけれど、どうせこれが最後なのには変わりない
「ん……?」
「どうなさいました?」
「アンナ、今日はここに子供たちを近づけないように、ってメイドたちに知らせは」
「勿論、出しております!」
そうよね。気のせいよね、そう思いたかったけれど、聞こえてくる声はどうやっても現実らしい。
「おとーさまー!」
「おかーさまー!」
「ずるい! お姉さまとお兄さま、抜け駆けしないで!」
ばたばたと走ってくる足音は、段々大きくなってくる。勿論声も。
さっきルーカスが出て行ったところだけれど、子供たちの足音の聞こえてくる方向からすると、ルーカスが出て行って別の方向から来ているのね……あの子たち。あぁそうだわ、あの子達の部屋の方から……って、メイドは色んな意味で何をしているのよ!!
そもそも城の廊下を走るな、ってあれほど言ったのに……。
「姫様、御子様たちが……」
「……ねぇアンナ、わたくし先月女王になったんだから、姫様っていうのは……」
「呼び慣れてますし、えへへ」
「そうじゃなくて」
悪気の無い笑顔、ってきっとこういうことを言うんでしょうね。
アンナだから良いけど、他のメイドだったら怒鳴りつけているところよ。……アンナにだけは甘い、って何度も皆に言われているのは知っているわ。
でも、仕方ないじゃない?
アンナが、この世界に戻って来た私の世話を、嫌がることなくしてくれ続けた、唯一のメイドなんだから。
そんなアンナは、今やメイド長として城のメイドたちの管理をしてくれている。
色んなタイプのメイドを見てきたけれど、人間のように色々なタイプがいるんだ、っていうのは理解できたわ。
それに、私を散々罵ってくれていたあのメイド長だった女は、どうにかして城の使用人に戻ろうとしていたようで、お母さまがとんでもなく怒っていたのは未だに記憶にあるくらい。
ちなみに、足音はどんどん大きくなってきていた。
「……アンナ、子供たちが入ってきたら捕まえて頂戴ね」
「かしこまりました!」
にっこりと笑って腕まくりをするような仕草をしているアンナを見て、私もつられて笑ってしまう。
……思えば、色々あった。
私自身は、入れ替わりがあったとはいえ自分のことを人間だとばかり思っていた。
愛されないのは、私が可愛くないから。
ロザリアばかりが愛されて当然で、家族の中の異物である私は、どこまでいっても半端者。ただの、家のための道具でしかないと、そう思っていた。
ところが、そうではなかった。
私は、本来の私の居場所を奪われていた。
……まぁ、それに気付かないように細工をしていたのはロザリアと、あのクソみたいな妖精だったけれど……入れ替わった環境に馴染みすぎていたリネーアも、あれはあれで微妙な性格だった、というか。
考えれば考えるほど、よくもまぁ99回もやり直していたと思うわ、私。
「おかーさま!」
「聞いて、お兄さまとお姉さまがひどい!!」
「違うわ、この子が!」
「はいお子様方つーかまーえた!!」
「「「わぁ!!」」」
アンナの手によってひょいと捕獲されてしまった子供たち三人は、じたばたと暴れている。
「女王執務室にほいほい来ちゃダメだ、ってお伝えしましたよ!?特に今日は陛下はお忙しいんですから!」
「でも!」
「お母さまにお話したくて!」
「お兄さまたちひどいの!」
わちゃわちゃとしている私の子はね、とっても可愛らしいの。
でも、今日だけは入室禁止だって言っておいたのに……この子達は……。
「お、やっぱり来たかー」
私が頭を抱えているところに、ガチャリとドアを開いて入ってきたのは、ルーカスだった。
「……ん?」
この人、今『やっぱり』とか……言わなかった……?
「ルーカス、ひとつ聞いてもいいかしら」
「ん?」
「やっぱり、ってなぁに?」
「…………」
私の怒りが通じたらしく、ぶわっと冷や汗をながしながら、ルーカスは視線をあちこちにさ迷わせている。
なるほどね、犯人はコイツか……。
「ルーカス、わたくし今日、とーっても大事な会議があるから、今日だけは女王執務室に子供たちを入れないでね、ってお願いしたわよねぇ……?」
「……」
「ねぇわたくしの大好きなルーカス、わたくしと目、合わせていただけないかしらぁ?」
「お母さまこわっ……」
「え、今日来ちゃ駄目だったの?」
「そうでございますよ」
「お父さまが良いって言った!」
「へぇ……」
「待て!これには訳があってだな!」
「……どんな理由があるっていうの、おバカ!!」
私とルーカスが喧嘩……にならないような喧嘩をしていると、子供たちは何やら目をきらきらと輝かせている。
「……皆、どうしたの」
「お母さまがそうやって怒るの、お父さまにだけだ、っておばあちゃまが言ってた!」
お母さま!?
何だろう、お母さまが、とーっても良い笑顔でこの子達にあれこれ話している様子が目に浮かぶというか……どこまで話したのよ!!やめて……って、これは後でお母さまがいる離宮に行くとして。
「……まぁ、お父さまはお母さまにとって、とっても特別だから」
「何で?」
……さようなら、わたくしの資料作りタイム。
ちょっとだけ遠い目になってしまったけれど、アンナには『離してあげなさい』と視線で合図をしてから、子供たちの前に歩いていく。
まだまだ小さいから、好奇心旺盛なのはとーっても良く分かるわ。
「お父さまはね、お母さまがどこにいても見つけてくれるの」
「?」
「かくれんぼのお話?」
「違うわ」
三人それぞれの頭を撫でてやってから、立ち上がってルーカスに視線をやる。
さっきまでは申し訳なさそうな顔をしていた彼は、私が子供たちに話をしにいく時にはいつも通りの顔になっていた。
「……お母さまとお父さまが、結婚する前の話だ。お母さまはすごく、すごーく遠いところに連れ去られてしまっていた。それを、一番最初に気付いて、見つけたのがお父さまなんだ」
「わぁ……」
「すっごーい!」
そう、入れ替わりに気付いたのはルーカスが一番最初。
大馬鹿者の長老たちが気のせいだ、とかほざいたから捜索が遅くなってしまっただけなんだもの。お母さまも……まぁ、ううん。あの人は最初錯乱した、って話していたし、気持ちは分かるけどね。
「あなた達は、どんな人と素敵な出会いをするのかしらね」
「えー、お父さまたちみたいなのが良い!」
「私も!」
「私もー!」
きゃっきゃっと楽しそうにはしゃいでいる子供たちにもう一度微笑みかけ、また視線を合わせるようにしゃがんだ。
そして。
――がし。
「え」
「ん?」
「あえ」
私にしては、とっても器用に子供たちの頭を、両手を広げてそれぞれ掴んで、三人纏めて球体の中に閉じ込めた。
「あー!!」
「お母さま、出して!!」
「やーだー!」
「そもそもあなたたち、今お勉強の時間でしょう?お部屋に戻りなさい!」
そして、ぱちん、と指を鳴らせば子供たちはそれぞれの部屋へと転移されて行った。
……全くもう……お勉強第一だというのに。唆した第一人者見つけたら、タダじゃおかないわ。
ふっと球体が消えると、途端に部屋は静かになる。
「ルーカス……」
「……いやほら、その……家族の語らいを、だな」
「夕飯が終わったらしっかり聞くし、語らうし、時間はいくらでも作るわよ!全く、ここ最近のわたくしの公務の修羅場っぷりを知っているでしょう!?」
「知っては、いる」
「じゃあ……」
「最近あまりにも修羅場が凄いから、子供たちが寂しそうにしてたから、つい……」
それを言われると……弱いけれど、それはそれ、これはこれ!
「……ねぇ、ルーカス。あのね、わたくし……」
「うん」
「この仕事が終わったら、お休みをもらう予定なのよ」
「待て」
「色々お母さまにお願いをしていてね」
「聞いてない!」
「あなた、子供たちに対してはお口がとーっても軽いから」
にこ、と笑いつつも少しだけ私はルーカスに対して凄んでおこうと思って、じとりと睨みつけることも忘れない。
「うぐ」
「大体、貴方のせいなんだから」
「何が」
気を利かせて、アンナがすっと部屋を出ていくのが見えた。
……いつもごめんね、ありがとう。そう、心の中で付け加えてから、私はルーカスの頬に手を伸ばした。
「貴方が、『最後に思いっきり生きてみろ』って言ったんじゃないの。もうお忘れ?」
「……それは」
「だから、貴方が責任しっかり取ってちょうだい。人の幸せアレルギーも克服させたんだから、責任はとっても重いわよ?」
言いながら、きっと私は自然と微笑んでいたことだろう。
この人に付き合っているうちに、あれよあれよと色々な話が進んで行ったのだから。
「そりゃ、お前に一生付き合うつもりでいるからな。責任はきちんと果たさせて頂きます」
そう言って、ルーカスは私の手を取って、恭しく、芝居ががった様子で手の甲に口付けた。
「ええそうね、楽しみ。今も、……これからも」
この人やお母さま……ダイアナ様は、振り払っても振り払っても、私の手を掴みにかかってきた。
きっと、それくらいでなければ私の『死ぬ、何がなんでもこれで終わりにしてやる』だなんて考えをここまで変えることなんて、出来なかったはず。
感謝をしている一方で、恨んでいることも、事実よ。だって、私は本当に、心の底から早く終わらせたかったんだから。
でも駄目ね。
可愛い子ども達がいて、アンナがいてくれて、お母さまも……未だにファリエル様たちも、私のことを気にかけてくれている。
人間界にいるから、ファリエル様の時間の進みはとっても早いけれど……それでも私のことを大切にしてくれている。
まるで、人間界のお母さまだわ。
「ルクレツィア、何考えてる?」
「ん?」
するり、と頬を撫でられ、ルーカスの顔が近付いてきたかと思えば、そのままちゅ、とこめかみにキスをされた。
「ちょっと、ここ、執務室なんですけど」
「俺以外のこと、考えないでほしかったんでね。我が愛しき妻」
「……ほんと、貴方もお母さまも、わたくしのことが大好きなんだから」
笑って、次は私から彼に口付ける。
頬じゃなくて、そのまま背伸びをしてから唇同士を重ねれば、何度も何度も角度を変えながらキスを楽しむかのようにされてしまう。
これも、すっかり慣れてしまったけれど……うん。ルーカスだから、良いわ。許してあげる。
きっと、もう逃げることなんて考えられないくらいに、私は愛され続ける。
今度こそ本当の『死』を迎えるために。
私の物語を読んでくれた皆さま、早々の死を迎えられなくてごめんなさいね。
恨むなら、私のことを溺愛してやまない私の夫と、子供たち、それからお母さま。恨んでちょうだいな。
またいつか、どこかで会えることをほんの少しだけ祈っているわ。
それでは皆さま、ごきげんよう。




