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無形の戦線

「しかしあれが私達の敵ですか……また随分巨大な敵ですね。八束さんより大きな女性なんて初めて見たかもです」

「いやいやいやいや! 流せない! 流せないから! 随分心配したのに何でこんな所に居るんだよ!」

 人間がトランクに居るかもなんて発想は余程治安が悪いか、そういう映画の見過ぎだ。停車しているから危険はなかったとかそういう問題じゃない。春は何が問題なのかそこまで理解しているようには見えず、何なら遠目に騒ぎを見つめているような他人事感もある。

「何でって、あのまま戻ると扉の音で景夜様を起こしてしまうかなと思いました。ブースターは継続使用しなければ夜が明ける頃には副作用で身体操作に著しい支障を来すと知っていたので、せめて邪魔にならないように隠れたのです。そうしたら予期せずして相手の顔を見てしまいました。いやはや、文化祭で見た顔ですね。はい」

「なんでちょっとテンション低いのよ」

「これも副作用です。反応速度と筋力の向上、痛覚の鈍化、五感の広域化。全部反対にしてください。説明が面倒なので概ねそれが副作用という認識で大丈夫です」

 薬で無理やり自分を超人化していたという事だろう。その言い方だとかつては副作用が起きる前に上書きしていたようだ。実際問題上書き出来ていたかというと、単なる重ね掛けであり使えば使うほど副作用は重くなっていったのだろう。そう考えると、春が殲滅屋をやめて詠奈に乗った理由としても筋が通る。ようは仕事が大変すぎたのだ。

 交代制なのは療養期間みたいな話もあったが、もしかしなくても副作用をやり過ごす期間も含まれていたのではないか。

「……えっと、運転出来るか?」

「今は確実に事故るのでダメです。幸い朝になって見通しもよく、ドローンも使えるでしょう。この近辺は…………ああ、はい。そう。警察沢山居て、私の死体の山も目立つので手出しは出来ないと思います」

 ダウナーな春もそれはそれでまた愛い一面を見たようだが、単に副作用でこうなっているだけの状態を楽観視は出来ない。言葉に脈絡はなかったが、要するに詠奈からの救助があるはずだからおとなしくしてればいいという意味だろう。春は車に戻って眠ろうとしたが、またも運転席に座ろうとしたので俺と梧で協力して後部座席に移動させた。

「私……もう大丈夫よね? 狙われてる感じしなかったけど」

「……俺からは何も言えないな。内通者の炙り出しなんかじゃなくてあの人には別の目的があるように見えるけど、俺の傍に居るのがお前で内通者が確定したからどうでもよくなったって考え方もある。お前だけって断定も出来ないからそっちは薄いけど……どうしても嫌なら止めはしないっていうか止められない。お望みなら詠奈が来たら俺から話を繋ぐよ」

「……よく考えてみる。今まで詠奈から卒業した人って居るの?」

「俺の知る限りは居ない。詠奈は別に誰も拘束してないからな。人生を買って言いなりにしてるだけ。メイド服を着てるのは単なるアイツの趣味でガチガチの教育なんかしてない。お金も自分の価値の範囲なら自由に使えるし、生活において詠奈の事を考えなきゃいけない事以外に気にする事はない。まあ命令には何があっても従わなきゃいけないけど、それだけだ。誰も進んでそういう事をしないだけで、法律の制約も受けない。お前も春の話を聞いたと思うけど、みんなあんな感じ……でもないか。でもとにかく、詠奈に買われた方が幸せな生活が出来てる子ばっかりだ。下働きの子だって事情を知ってる限りそんな人ばっかりだ。幸せな瞬間を無理やり破壊されたなんて聞いたことがない」

「それは、そう言わされてるだけかもよ」

「言わされてるだけなら一刻も早く人生を買い戻すだろ。試用期間がどうとか、買ってから何か月はやめられないみたいな基準はないんだ。雇用じゃない、人生を買われてるんだぞ」

 梧は例外から生まれた存在だ。本当はあの場所で死んで、彼らみたいに同じ顔をした他人になる予定だった。ほんの気まぐれで生き残っただけ。生き証人なんて存在はおらず、判断は自分自身に委ねるしかない。

「俺もそうだ。聞かれる限り何度でも答えるけど、詠奈と出会って幸せになれた。わざわざ元のレールに戻ろうなんて気は更々起きない。お前だけが現状、唯一の例外なんだ。買われた訳じゃないけど、事情をちょっとだけ知ってるせいで抜け出す事も出来ないでいる」

「十郎は違うの?」

「あいつは部分的に買われてるだけで、まあ雇用とか契約の概念とそう変わんないと思う。傭兵みたいなもんだ。執事としての立ち振る舞いなんか求められてないだろ」

「………………そう」

「逆に聞くけど、何をそんなに抜け出したいんだ? 詠奈に関する事をしなきゃ自由なのに」

「アンタには分からないでしょうけど! 誰かに人生を縛られるって、たとえ自由でもなんか嫌なの! 私は私だけの物でしょ?」

「あー…………」

 少し答えに窮するようになったのは、彼女を落ち着かせる方法が見当たらないからではない。この問答はそもそもお互いに理解し合えないと分かっている状態で続いている所がミソで、俺にはどうしようもないのだ。梧は自分の意思に共感してほしいのだと思う。でもどれだけ力説されても共感までは出来ない。


 俺の人生は、俺だけの物?


 そういう感覚が養える程、人生は思い通りではなかった。自分が選択した行為である事は殆どなく、いつまでも何か巨大な流れに流されているようで。でも俺はそれが悪いとも思えなかった。最初は善し悪しを知らぬが故、詠奈に買われてからはそれが最善であった故。

 気持ちはわかっても、自分の気持ちに正直になれというならこれ以上はない。

「……まあ、そろそろ助けが来るだろ。後悔しないような選択をしてくれ。噂をすれば……ほら、ドローンが近づいてきた」




















  その後、やってきた彩夏さんに三人共々回収され、俺たちは無事に屋敷へと帰還した。春は薬の副作用が抜けきらないまま眠ってしまったので医務室へと運び込まれた。梧は別室に連れていかれてしまい、残る俺は執務室へと通された。

「景夜!」

「……詠奈!」

 理由も建前も道理も要らない。一夜の間離れ離れになっていた好きな人が、無事な姿のままで居てくれた。それ以上嬉しい事はない、それ以上求めるモノはない。互いに体を抱きしめて、生きた体温を確かめ合う。

「……よかった。無事で居てくれて。ごめんなさい、薄情な女で」

「お前が一番危ないんだから気にしないでくれよ。俺は大丈夫……春が強くて、心強かったから何とかなった」

 髪の毛が床につかないように少し持ち上げる。彼女の髪は本当に長くて、柔らかくて、いい匂いがする。だからこそその手入れも繊細でなければならない。地面で引きずられるなんてあってはならないのだ。

「―――気になるから、髪縛ってもいいか?」

「ええ、好きにして頂戴。本当は寝室で心行くまで君との再会を楽しみたい所だけど、状況が状況だからそういう訳にもいかないの。申し訳ないけど、すぐにでも皆をここに呼ぶわ。今後の動きについて話し合わないと」

「学校はいいのか?」

「そんな場合ではないでしょう…………後で報告するつもりだったけど、少し考えれば分かる事だから今言うわね。あのバイトに参加した学生は全員死亡。そこまではいいけど、昨日の今日だから代わりの人が用意出来なかったわ。用意できないようにされたと言った方が正しいかしら」

「…………それって」







「私はまた、君との約束を果たせないのね。平和な学生生活は……もう…………」

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