第十五話《第三遺跡『ディンク』》
チーム部屋では特筆すべき出来事も起こらず、皆がダラダラと任務前らしからぬ雰囲気で過ごして数時間。
弛緩し切った空気を引き締めたのは、飛行船内部に響く連絡だった。
リュネルの持つ通信石が、光ることなく、連絡を告げる。
「寝将騎士各団、及びスーパルト連邦国軍に告ぐ。あと数分で、暗黒大陸に着陸します。総員、準備を行ってください」
窓のない部屋なので外の様子はわからないが、そろそろ目的地の暗黒大陸に着くのだそうだ。
連絡を受けた【ラノ】のメンバーも、先程までのだらけた雰囲気は見えず、各々魔道具や服装のチェック等をしていた。
アルテネを離陸してから数時間。
ようやく、大規模任務、遺跡調査が始まろうとしていた。
☪︎*。꙳
「魔導射撃!用意!」
一段と大きな声の持ち主が、風魔導師に魔導の準備の命令を下す。
掛け声を機に、風魔導師は一斉にロネアを魔道具に込め、魔導の行使の準備にかかる。
魔導師は、寝将騎士と違い熾したロネアをそのまま魔導には持ち得ない。
出来ないのだ。何故なら魔導師とは、言わば寝将騎士のなり損ないだからだ。
寝将騎士は自らの熾したロネアをそのまま魔導に変換し、エネルギーを放出する。
例えばプリス。光属性の彼女の得意とする魔導は回復魔導の〔再生〕。
プリス自身が体内でロネアを練り、魔導へと変換させ、傷を癒す魔導だ。
一方魔導師は。
ロネアを熾すまでは同じ。彼らは体内でロネアを熾し、それを魔道具を経由して魔導へと変換させる。
なり損ない、と言ったのはこの点で寝将騎士よりも劣っているからである。
道具を使うなんて無粋だ!道具を使わないと魔導を行使できないなんておかしい!
そんなことでなり損ない、と言っているのではない。
根本的に、彼らは寝将騎士になり得る人間よりも体内のロネアの潜在量が少なかったり、ロネアを魔導に変換するのに時間がかかったりするのだ。
一般人と比べたら遥かにロネアの扱いは長けているだろう。
ただ、魔道具を経由しないと、実践的な魔導の行使は行えない、と、それだけだ。
......以上のことを踏まえて気づくことがあるかもしれない。
風魔導師達が頭に脂汗を滲ませながらロネアを熾し、魔道具に込める光景を見ながらリュネルは少々罪悪感に苛まれていた。
自らの右腕を見る。
魔石がはめ込まれたガントレット。リュネル専用の魔道具だ。
リュネルの熾すロネアに反応し、魔導を行使できるよう、デザインされている。
何を隠そうリュネルも魔道具を使って魔導を行使しているのだ。
寝将騎士なのに。魔導師達と、なんらやっていることは変わらないのに。
それなのに何故寝将騎士になれたかと言うと、リュネルの持つ特殊属性のおかげだった。
試験中、突然目覚めた自分の固有属性、しかもそれが稀に見る特殊属性だなんて、びっくらぽんだった。
稀有な存在として寝将騎士になったものの、こうして必死になって魔導を行使する魔導師達の姿を見ていると、自分がここに立っているのが申し訳ない気持ちが半分、ここに立っているのだから頑張らないといけない、という自分を奮起させる気持ちが半分、二つの感情が入り交じった、何とも言えない気持ちでその光景を見ていた。
「一斉射撃!〔旋風〕!!」
指揮官の指揮の元、魔導師達が一斉に魔導を行使する。
リュネルの立っている地面、暗黒大陸が地表から大きく揺れる。
今も視界いっぱいに広がる薄黒い霧のようなもの。
暗黒大陸特有の、瘴気をはらうべくして、風属性の基本魔導、〔旋風〕が一斉に行使され、辺りには青々とした大地と、鬱陶しかった空気が嘘みたいに澄んだ風が吹くのだった。
暗黒大陸などと言う呼び名は、誰かが勝手に単なる恐怖感情からつけたのではないか?
確かに黒い瘴気を目の当たりにした時は、リュネルも少し身を引いた。
空気が汚い、とかいう次元ではなく、大気に色がついているのだ。黒く。
しかしそれがはらわれた今、目の前に広がる景色はアルテネに住んでいたらなかなかお目にかけない風景だった。
少し、昔のことを思い出す。
彼女との初の邂逅も、こんなに澄んだ場所だった。
いや、そう感じただけかもしれない。彼女と話して、彼女と接しているだけで、心が洗われて、空気が浄化されて、全てが眩しく見えた。
「ちょっとリュネルー!早く行くよー!」
広がる自然にぼーっと目を向けていたせいで、名前を呼ばれる声に気づくのが少々遅れた。スーが大分先で大振りに手を振っている。
「おー、今行くよー」
通りにくい声を出来るだけ大きく、向こうに届くように張り上げ、リュネルも歩き始める。
元気そうで何よりだった。
この壮観な風景のせいで少し緩んだ気持ちをぐっと引き締め、遺跡へと歩を進める。
☪︎*。꙳
歩くこと数分。
初め見た時こそ感動を禁じえなかったこの風景が一切変わらないことに、歩く度に苛立ちが募りながらも何とか遺跡前に到着した。
此度の遺跡調査任務の対象。
現在確認されている遺跡の中で、最も小規模な遺跡。
第三遺跡『ディンク』。
古代の文献に書かれていたその名の意味は、ぶっちゃけ分からない。
アルテネ含め、現存する言語で『ディンク』に相当する単語が無いのだ。
造語ととるか、何かの単語の派生なのかは、未だ討論が続いている。
「団長は各団員の備品、体調の確認を行ってください」
淡々と魔石が光を伴わず、業務連絡を告げる。
団長にしか業務連絡は来ないので、団長は団員に連絡事項を伝えなくてはならない。
ただ、一足遅く遺跡前に着いたリュネルは、【ラノ】のメンバーとはぐれてしまったのだ。
いつもなら、大柄でいかついシンを目印にすぐ見つけられるのだが、今回はスーパルトとの共同任務ということで、シンに似た体型の筋骨隆々の男達があちこちにいるせいで、直ぐに見つけることが叶わなかった。
仕方なく、プリスに通信石で連絡を試みる。
ロネアを込めると直ぐに、通信石が黄色い光を灯す。
プリスのロネアは光属性なので、黄色に光る。通信が繋がった印だった。
「あー、プリスか。その、皆どこにいるんだ?」
きまり悪そうに、尋ねる。
『んーゴメンなさいが聞こえないわねぇー。リュネル、貴方が皆とはぐれるのは何回目?いつもぼーっとしてダラダラ歩くからみんなに迷惑かけてるの分かってるの?』
一番怒らなさそうなプリスに通信を繋げたのだが、作戦は失敗したようだ。 スーは口うるさくキンキン声で怒鳴ってくるし、シンはああ見えて時間や決まりのルーズさには厳しい。
レノはそもそも掛けてもすぐスーかシンに代わってしまうので意味が無い。
「いやその、でも今は任務中だし場所を」
『でもじゃないの』
一際強く明らかに怒気の篭った口調で、言葉を遮られてしまい、何も言えなくなる。
実際リュネルは普段からぼーっとしているので【ラノ】全体で動く時、一人だけはぐれがちなのだ。レノでさえ皆について行くというのに。
というか、分かっているなら連れて行ってくれればいい。
いつもさっきみたいに遠くから声を掛けるだけで、いざはぐれたり足並みがズレたりするとみんなして怒るのだ。
などとひねくれて開き直ってみるも、悪いのはどう考えてもリュネルなのでここは素直に謝っておく。
「......ごめんなさい」
「あらぁ、リュネル、ちゃんとごめんなさい言えたの?ねぇ今度またはぐれたら首切るからね?」
謝罪の言葉を述べるやいなや、後ろからスーの声がした。
煽り口調で話してはいるものの、目は全然笑っていなくて、なんなら普通に怒っていた。
振り返ると【ラノ】のメンバーが揃っており、プリスが通信石を持っていた。
「おいリュネル、本当に次は無いからな」
「りゅねる、こども」
腕を組んで珍しく怒っているシンと、何故かドヤ顔のレノ。
「いや、ほんと気をつけるよ、悪かった」
と、再度謝ると周りが一部始終を見ていたらしく、クスクスと嘲笑う声が聞こえてくる。
顔が熱くなる。今鏡を見たら真っ赤に違いなかった。
辱めを受けながらも矢継ぎ早にニヤつく団員の体調管理と備品の点検を済ませ、直ぐにそこを立ち去るのだった。
☪︎*。꙳
部隊は依然として遺跡前にいた。
出発前に、色々と確認することがあるのだそうだ。
こちらとしては早く始めて欲しい。
リュネルが遺跡に早く入りたいのももちろんだが、それ以上に興奮したスーとレノを抑えるのが、そろそろ限界だ、というのが一番の理由だった。
二人とも早く暴れたくてうずうずしている。
入ってすぐ大暴れされても困るのだが、ここで命令も聞かずに暴走してしまうよりよっぽどマシだった。
「まず、今回の調査任務の目的だが、周知の通り遺跡内部、最奥での高濃度のロネアの反応が確認された。よってこれを第一目標に設定し、次点に遺跡全体の構造把握、並びに解析だ。」
指揮官を務める魔導師の女性が話す内容は、リュネル含め全体が知っている事だった。
遺跡調査任務。未開、未知、未見という三拍子揃ったこの場所での調査対象はまず遺跡最深部。ロネアの高出力反応の原因解明。そして遺跡全体の調査だ。
と言っても今回研究者や解析の出来るものは同行していないので、情報をインプットもしくは持ち帰ったり模写したりなどするので、中々の長期間ここに滞在する事になる、言わば大規模任務。
ここまではリュネル達の知っている事だったので、右から左に流していたが、次の指揮官の言葉に、全員が耳を疑うことになる。
「また、今回は未知の場での任務ということで、団ごとに複数の班を組んでもらう。調査なども基本的に、班単位で行動するよう勤めるように。」
「えっ」
プリスに動けないようガッチリ体を固められていたスーが、思わず声を漏らす。
それもそのはず。
リュネル達全員で考案した作戦は、結局どの団、どのパーティよりも一番乗りに最深部に到着する、というあまりに脳筋な作戦だったのだ。
ただそれは、行動するのが団事だという条件下なら達成しうることだった。
今の説明を聞いた上で改めて作戦を考えてみると、どう考えても無理がでる。
班を決められるからにはしっかり命令には従わないといけないし、命令違反をした場合にはそれこそ調査なんて続行できない。
「えぇ、どう、すんの」
スーが力なく、誰にともなく問いかけるが、答えを返すものはいなかった。
普通に、この可能性を考えなかったのがいけなかった。
なんかレノが強引に守るとか言うからいい感じになって即決したけど、確かにもっと練るべきだった。
「どうしましょうか、リュネル」
プリスが苦笑いで聞いてくる。
ここでリーダーらしくズバッと突飛な案を出して窮地を切り抜けたいところだが。
正直全く思い浮かばない。だって無理だろ、これ。
少なくとも寝将騎士団の数的にも二団を一班にして行動させるだろう。
となると今回任務に参加している寝将騎士団は全部で八つなので、単純計算で四班か。
スーパルト陣営は恐らくアルテネ陣営ほど人数もいないので彼らは彼らで勝手に行動するだろうから、実質半は五つ。
そこに【ラノ】が組み込まれる形、か。
まず思いつくのはもう【ラノ】だけ、という条件を捨てて班で一番乗りする作戦。
ただせっかく考えた陣形やリュネルが実は夜通し考えてきた各メンバーの魔導の使い方、......。
あれ、いつそんなの考えたんだっけか。...まぁいいか。
どちらにせよリュネルらの考えた作戦を実行するタイミングはなくなった。
形は当初のものとは違えど、一番乗り、に固執するなら無くはない、と言ったところか。
ただもう一つ問題なのが班の分け方だ。
大方ランダムに分けられるのだろうが、馬の合わない団は当然ながら存在する。例えばフォートの団。団長がアレなので、それが従える団員の性格や為人もある程度は見えてくる。
まず俺たちとは合わない。スーやレノ、シンの脳筋な戦闘スタイルや、魔道具を使うリュネルを、少なくとも良いようには思わないだろう。
その他にもあまり気の合わない団長や気難しい団など、あまり共に行動したくない団は中々に多い。
「では班分けを発表する。」
運命の分かれ道。
順々に班が振り分けられる。
「【レガ】、そして【バロ】。二つの団は、三班だ。リーダーはそちらに任せる。」
一番嫌だったフォートは三班になった。
ただ油断はできない。他にも嫌な団は沢山......
「以上三班がアルテネ大公国側の振り分けだ。スーパルト連邦国の、ドナーロ殿は、どうされますか?」
指揮官の女性が聞きずらそうにドナーロに訊ねる。
見るとドナーロは以前王宮で会った時と同じ鎧を見に纏い、剣を携え立っていた。
「あぁ、こちらは自由に動かせていただきたい。なに、そちらの邪魔はしませんよ」
ニコッと、ドナーロが胡散臭い笑みを浮かべるも、指揮官の女性は顔色一つ変えずに「そうですか、分かりました」と返した。
そして、指揮官の女性は咳払いを間に挟み、全体に向き直り、高らかに宣言する。
「では、アルテネ大公国各三班、スーパルト連邦国軍、以上の四部隊で遺跡調」
「ちょちょ、ちょっと待ってください!」
宣言するも、途中で横槍を入れられる。
指揮官の女性の顔ははっきりと苛立ちが見て取れた。
さらに遮ったのは、何を隠そうスーだった。
でも彼女が言っていなかったらリュネルが同じことを言っていただろう。
だって。
「あたし達、呼ばれてないんですけど!」
注文した料理が届いてないようなテンションで、スーは指揮官の女性に物申す。
そうだ、何故か班分けの際、【ラノ】の名前は『ラ』の文字さえ呼ばれなかった。
何ならもう一つ呼ばれていない団だってあるはずだ。
だって今回参加しているのは全部で八団のはずで、
「あぁ、すまない。今回参加している団は七団でな。奇数のため人数的に一団余るのだ。なので、戦力的にも余裕のある【ラノ】を一個小隊として数えようと思っていたのだが、説明するのを忘れていた。すまない、」
はは、と笑う指揮官の女性は、悪びれる素振りを見せない。
なんでへらへらしてんの?
なるほど、いつもリュネルは皆とはぐれた時あまり申し訳ないと思っていなかった。むしろ何で言ってくれないのだと開き直っていた。ヘラヘラもしていたかもしれない。
そういうやつを見るとイライラすることを、身をもって知った。
目の前の指揮官を殴りたい。
というか、参加しているのた団、全部で七団だったのか。配られた書類にきちんと目を通していればわかっていたはずだが、生憎リュネルはきちんとは読んでいなかった。......まぁそれは置いといてだな!
と、イライラを込めて指揮官を睨んでいると。
「やったぁ!」
スーが突然飛び上がって喜び始めた。
シンにレノにハイタッチ、リュネルにハイタッチ、躊躇せずプリスにまで。
驚きと戸惑いで反応が鈍り、目をぱちくりさせている皆を見て、スーも自分とのテンションの違いにようやく気づく。
「え、皆なんで喜ばないの。だってあたし達だけなら一番乗り作戦出来るんだよ?」
だって、の部分からやや声を落として、話すスー。
そこで、あ、と気づく。
皆同時に理解したらしく、顔を見合わせる。
「おぉ、ほんとだな!」「なるほど、たしかに」
わー、とハイタッチやら拍手やらお祭り騒ぎとは行かずとも少しばかりはしゃぎ出す五人。
ただ今どんな状況かは、知っての通り。
はっ、と気づいた時には周りから厳しい視線。
凍てつく眼差しを全方位から浴びせられ、縮こまる五人。
☪︎*。꙳
何はともあれ遺跡調査は始まる。
入口に立つ【ラノ】の五人。各々戦闘準備は万全。
一番乗りのため、敢えて先頭に来るよう、お願いしたのだ。
ただ、先程うるさくしたことが祟って、お願いする際少し渋い顔をされたのは内緒。
皆を見渡す。
と、それぞれが他の人を見合っていた。
緊張しているのか、心配しているのか、考えていることは分からずとも、今からは皆が一丸となって行動しなければならない。
自然と拳を前に突き出す。
それに合わせてリュネルの拳に皆も同じようにして合わせる。
「ほんとリュネル、こーゆーの好きね」
スーが意地悪く笑う。が、あまり気にならなかった。気分が高調しているからだろうか。
「みんなも嫌いじゃないだろ?」
不敵に笑い、カッコつけてみる。
今度は誰のツッコミもなく、自然と皆が前を向く。
「では、遺跡調査任務を開始する!」
先程の説明の時前にいた、指揮官の女性の声が後ろから響いてくる。
オペレーション【ラノ】、始動。




