密かな逗留
「はあ。やっと着いた……」
「ねむい……」
海牛との戦闘を経て泥まみれのあなたたち。再びニカブを被ったワラビとジュリアが、疲れ切った声でぼやいた。
マデリの町。ジザン海岸の起点にして終点、クシャーノ半島最西の町である。
町外れに国営の農場がある為か大きな町である。その規模は都市と言っても差し支えないだろう。
しかし、規模の割には寂しい街だ。あなたたちが歩く大通りは、風が吹き抜けるくらいにヒトが疎らであり、また、その少ない人々からも活気が感じられない。みな疲れたような足取りで、大通りの端を目立たぬようにして歩いている。
時刻は落猿の時。普通の街ならば、帰宅を急ぐヒト、あるいは一日の疲れを酒で癒やすヒトで賑わい始めるはずだ。国営の農場に従事するヒトが住むなら尚更である。
「……あっ」
「どした? ……やばっ、マジでいやがった」
「早く隠れよう。どうか見つかりませんように」
大通りの向こうに、黒い制服を着た男二人が練り歩いている姿を見つけたため、あなたたちは脇道に入って身を隠した。
程なくしてあなたが大通りを覗くと、男二人は姿を消していた。幸い男二人も脇道に逸れたよう。
あなたたちが息を吐く。もしも目を付けられたら面倒なことになっていただろう。
「ねえ、あれ“官憲”って言ったっけ?」
ワラビの確認にあなたが頷いた。
官憲。この国における警官を指すが、その実態は他国と比較して厳しく、そして横暴である。
ルガルパンダは一人の指導者が国政を掌握する国、つまり独裁国家だ。国家への誹謗および非難を法律が禁じており、そのような国の手先となる官憲は、国を非難する人物を取り締まる権限を持っている。
警官なのだから当たり前と思われるかもしれない。だが、この裁量が官憲次第なのが問題なのであり、つまりこの国の官憲は、少しでも疑わしいと思えばたとえ無実のヒトでも遠慮なく取り調べる。
尋問は執拗にして苛烈、手を上げることなど当たり前と聞く。そして逆らうことは絶対に許されない。逆らった時点で官憲は、その者を国家に仇なす叛逆人と決めつけ、より凄惨な私刑を加える。
権力を履き違え、蛮行を正義と都合よく置き換える。そのような横暴が罷り通るのがルガルパンダという国であり、だから人々は目立たぬよう端を歩いている。この実態をあなたたちは入国前に聞いている。
「ふう。運が良かったな」
「うん。昔テオ君が司直こわい、って言ってた気持ちが少し分かったよ」
あなたたちは国外者、つまり官憲にとっては不審者だ。見つかれば高い確率で不当な尋問を受けただろう。
そしてあなたたちが大通りを避けて探す。
ワラビとジュリアはほぼ寝てない状態でこの町に着いた。今日の宿を探さなければ。
運良くあなたたちは、直ぐに通りから少し外れた所に建つ小さな宿屋を見つけた。ニカブを脱いだワラビが、
「ごめんください」
扉を開いて尋ねる。
「一泊したいんですけど、泊まれますか?」
「……あんたら、何者だ?」
「何者?」
「与太者には見えないが。……ま、うちは信用できないヒトを泊めないことにしてる。他をあたれ」
「えっ。そんな」
宿の主人が扉を閉め、あなたたちはけんもほろろに断られた。
あなたたちは海牛との戦闘を経て泥まみれだ。汚らしくて仕方がない。だが主人は、そんなあなたたちを見て避けた訳ではなく、今の怪訝な表情と物言いから、あなたたちの素性を警戒して断ったように見えた。
あなたたちは怪しい者ではないが、それが証明できても通用しないのがこの国の法だ。もしあなたたちを泊め、その行為を官憲が嗅ぎ付ければ、主人は官憲から尋問を受けるだろう。
「こりゃ参ったな。この調子じゃ宿が見つかるか怪しいぞ」
「えー。どろんこだしオフロ入りたい。ねえキミ、どうしよう?」
ジュリアの言うとおり参った。あなたが腕を組む。
他をあたっても、今みたいに断られるだろう。この町で宿を見つけるのは困難である。
調査が甘かったか、などとあなたが反省する。最悪、この国から引き返すことも検討するべきか。あなたたちが困っていると、
「ねえあんたら、泊まれる所を探してるのかい?」
そんな様子を見つけた一人のおばさんが、あなたたちに声をかけた。
「おばさん。泊まれる宿屋しってるの?」
「宿は知らないけど、困ってるならウチに来るかい? 風呂もあるしさ」
「えっ、ホント? いいの?」
恰幅の良いおばさんの渡りに船な提案に、あなたたちが驚く。
願ってもない、と泥まみれの二人が感激している。けれどもあなたは、裏があるかも、などと警戒するが、
「でも、ちゃんと宿賃は頂くよ? あんたら、いくら出す?」
おばさんが前払いで得るべきものを主張したため、あなたが警戒を解く。
あなたが懐から銀の延べ板を宿代として取り出す。
「おっ、こんなに貰えるのかい? 声をかけてみるもんだねぇ」
きらめく銀の板に、おばさんが満足した。
「じゃ、ウチに案内するよ。私の後に付いといで」
あなたたちがおばさんの先導で路地裏を進む。
アドベと呼ばれる、泥のレンガにて構築された家々。その隙間を縫うように狭く入り組んだ道を行く。
おかげで官憲に見つからず、あなたたちは一軒の民家の前に着いた。やはりアドベ造りの小さな家である。
「さあ中に入りな。狭い所だけど」
招かれた家の中は、おばさんが言うとおり狭い部屋だった。
ワンルームの生活感あふれる部屋。雑多なものが散らかっており、正直ヒトを招く部屋ではない。
しかし文句はない。屋根があって官憲の目から逃れられるなら充分である。それにおばさんは、官憲に捕まるリスクを冒してまで招いた。この好意にあなたが感謝の意を示す。
家の中にヒトはおらず、
「独りで暮らしてるんですか?」
ジュリアがおばさんに尋ねると、
「亭主は病気で倒れ、息子は違う町に住んでるからねえ」
「……すみません、訊いちゃって」
「いいんだよ」
おばさんは優しい笑みを浮かべ、訊いたジュリアを労った。
「でもあんたら、顔に似合わず物騒なモン持ってるね。何者だい?」
「戦士です」
「戦士?」
「証拠の札もありますよ。見せる?」
「いや、見たって分かんないからいいけど。するとなにか? 戦士ってことは、よその国から来たってことかい?」
「あ、そっか。この国戦士会ないんだ。……はい、ハルシエシスから来ました」
「戦士がわざわざこの国に何の用だい?」
「東に行くから、通りたいだけなんだけど」
「……ふうん、戦士か。わたしゃ初めて見たよ」
ワラビの回答に、おばさんが顎に手をあてて関心する。
この国に戦士会の店はない。昔はあったらしいが、今の指導者が退去させたと聞く。
ただ、戦士会は魔王の時代からある組織だ。戦士自体はこの国においても常識として知られている。
「戦士ってことは、あんたら戦えるんだよね?」
おばさんが当然のことをあなたたちに訊き、これにワラビが、
「もちろん。任せてください」
と、答えると、
「じゃあ、こっから東に“ブルーマン”って町があるんだけど、そこに息子が住んでるんだ。そこまでの護衛を頼めるかい?」
「護衛……。ねえキミ、ブルーマンって確か次の町だよね?」
ワラビの問いにあなたが頷き、あなたたちがおばさんの護衛依頼を承諾する。
ブルーマンはここから二日ほど東に行った所の町だ。あなたたちが次に通過する予定の町である。
「よし。じゃあよろしく頼むよ。にしても盾もってるあんたはともかくさ、こんな子が戦士なんてねえ」
「戦士に見えない?」
「全然見えないね。可愛い顔してるくせに」
「え、やだもー、おばさんったら」
「なに照れてるんだい。おばさんはよしとくれよ、私は“アクラ”って言うんだ。それじゃあ風呂沸かしてくるよ。沸いたら呼んでやるから、それまでゆっくりしてな」
「うん。ありがとう」
こうしてあなたたちは汚れを落とし、今日の寝床を得ることができた。
***
ルガルパンダという国は苦しい立場に置かれている。
国土は大陸から突き出た程度のクシャーノ半島を占めるだけであり、人口もそれに準じている。バルキダッカ大陸に群立する他の国々に見劣りした。
そもそもこの国は、弱い立場からバルキダッカ大陸最大の国家にして隣国・ユディーシティラに進貢していた。と言ってもこれ自体は良い。貢ぐ代わりにユディーシティラからも恩賜を授かり、また、ユディーシティラからの干渉もなかったのだから。
ルガルパンダとユディーシティラ、この二国は上下関係こそあれど、両者満足する形の外交を築いていた。この関係が崩れたのが、ユディーシティラ内で政変が起きたことによる。
ラマイヤ家の末裔にして自らを神託者と名乗る男、エヌー。この男が台頭してから変容した。
エヌーは従前の関係を続けたくば、まずナンナ教を国教として定める事、そして農地改革を実施する事、と強国の立場を利用してルガルパンダに迫った。
ナンナ教を国教として定める。これはこの国がバルキダッカ大陸の一部なのもあり、やぶさかではなかった。農地改革。こちらの突き付けられた条件こそが国内を大きく割った。
農地改革とは、地主に土地を譲渡もしくは売却させ、土地を手放させる政策である。ルガルパンダはこの強要を、エヌー配下の蝿の衆徒が土地を買い叩く為の布石と予見した。
これを呑めば植民地ではないか。また、満足する恩賜も授かれなくなり、そして今の指導者が元首に就いたことにより、この国はユディーシティラと袂を別つ。
とは言ってもこれは過去の話。今の両国は少なくとも緊張状態にない。
エヌーは傲慢な要求をした、とルガルパンダに謝罪し、その上で新たな外交を結びたい、と申し出た。これに何を今更などと不満を抱いたルガルパンダであったが、立場の弱さから首を縦に振らざるを得なかった。
こうして両国は関係を修復した。しかしエヌーの無理な要求が元でこの国は割れ、その挙句が独裁国家の誕生と、それに対抗する抵抗勢力である。エヌーはこうなることを見越してルガルパンダに迫ったのではないか、と囁かれており、これが事実とすればエヌーこそが難民を生み出した原因と言える。
現在この国は軍備拡充に力を注いでいる。エヌーは信用ならない、と面従腹背し、蠅の衆徒に対抗する軍事力を蓄えるため、民に重税を課している。
「ほら、買って来てやったよ」
「ありがとうアクラおばさん。じゃこれ、お代の嘴ね」
「あいよ。しかしあんたたち見かけによらず強いんだねぇ。この嘴の鳥って相当危ないんだろ?」
「えへへ。私たち戦士だから」
翌日。アクラというおばさんの家の中で、ワラビが感心するアクラに照れながら答えた。
あなたたちは、ワラビが討伐したマンゴーシュから採った「鋭利な嘴」をアクラに渡した。
引き換えにあなたたちは数日分の食糧を手に入れた。これで次の町へ旅立つのに困らないだろう。
あなたは昨日、アクラに銀の延べ板を宿賃として渡した。そして今、マンゴーシュの嘴を食糧代として払った。
その他にも入国時、調査官に金の延べ板を渡している。これはこの国の通貨が当てにならないためである。
通貨は存在するが、この国の指導者が貨幣を過剰に刷ったことが原因で価値が暴落している。貨幣で買おうとしても受け取ってもらえない事がザラらしい。
よって物々交換が主流となっている。前にワラビが「お金がないようなもの」と言ってマンゴーシュを倒したのはこれに所以する。
「アクラさん、もういっこ甘えちゃっていいかな?」
ジュリアがアクラに頼みごとをする。
「なんだい? 何でも言っておくれ」
「ありがと。この街に武器屋とかあれば見に行きたいんだけど、付き合ってくれる?」
「外に出たいのかい? じゃあなるべく目立たないようにね。あんた綺麗な顔してるから」
外では官憲がたむろしている。下手に外出するのは危なく、だからあなたたちはこの家に留まり、アクラに買い込みを任せていた。
アクラがブルーマンに行く為の準備も要る。あなたたちはこの家にもう二泊してから次の町に出発した。




