寂しい海岸
夜が明け、東の山々から朝日が漏れる。
黎虎の時を過ぎ、興兎の時にはまだ早い時刻。紫色の帳が、空に輝く星を東から徐々に褪せさせる。
今日は風が強い。時化る波が水際を白い泡で埋め尽くし、浜の砂が奔るように吹きすさぶ。
「やあああぁっ!」
「くらえっ!」
ワラビが敵を縦に斬り、ジュリアが引金を絞って敵を貫いた。
「ジュリア! あと何匹!?」
「三匹だ!」
「三匹ね! ジュリア、キミ! 一匹ずつ倒そう!」
あなたたちがそれぞれ、ずんぐりとした甲殻質の胴体を持つ、脚を持たない一つ目の生物に立ち向かう。
『キクロプス』。神話に登場する一つ目の巨人に因んだモンスターである。
肥満児のような体型をしており、脚を備えていない。代わりに発達した腕を持ち、地面を掻くようにして移動する。
表皮は甲殻で覆われ、頭部には一対の触角と一つの大きな複眼を持つ。言うなれば果実の種に腕と眼を付けたような外見をしている。
剣と盾を構えるあなたに、キクロプスが腕を回して前進した。
砂を叩くように漕ぐ様は、まさに泳法で言うバタフライ。堅果の如き体が砂飛沫と共に激しく躍る。
横に避ける事は不可能だ。この生物は意外にも機敏で、長くて太い左右の腕が、脚がなくとも前進および旋回を可能としている。この事をあなたは先から戦って分かっている。
そして接近したキクロプスが頭を突き出す。この頭突きをあなたが盾で受け、重い衝撃に押されるが、足を根のように踏ん張って耐える。
すかさず握る剣で、キクロプスの腕一つを根元から叩き斬った。これによってキクロプスが無力化する。
「うわあっ!」
しかしジュリアには少々相性の悪い敵であった。
頭突きを喰らったジュリアが倒れる。遠距離であれば矢を装填し、一つ目を狙う余裕があるが、接近されると彼女の鎖分銅では、敵が甲殻を鎧う為に太刀打ちが難しい。
仰向けに倒れたジュリアの右足を、キクロプスが掴まんとするが、これを阻止すべくあなたが、盾を構えてキクロプスの側面にぶちかます。
あなたとキクロプスが倒れ込み、上を取ったあなたが、剣を突き刺してキクロプスの単眼を貫く。
単眼から液がプシュッ、と噴き上がる。
「ジュリア、大丈夫?」
「わりぃ、大丈夫だ」
大事なかったジュリアが、ワラビの手を借りて立ち上がった。
ジュリアが服に付いた砂を払う。ワラビは己が受け持ったキクロプスを既に斬っている。
「ダメだなあたし、こんなのも倒せないなんて。昨日から役に立ってない」
「なに言ってんの。ちゃんと一匹倒してるじゃない」
「まあそうだけどさ、……アンタ、助かったよ。ありがと」
戦闘が終わり、あなたたちが一息吐いた。
それから二人が、倒したキクロプスの群れを眺めて所見を述べる。
「話には聞いてたけど、ほんとにこんな生きモンいるんだな」
「他の所じゃ見ないもんね」
このキクロプスという生物、ジザン海岸付近にのみ生息する。
一つ目で脚がなく、発達した腕で移動する。虫とも違う異形のモンスターに、二人が目を疑っているのである。
あなたたちは今日初めて遭遇した。しかし、既視感がない訳ではなく、あなたたちはこのような形をした微小な生物を知っており、
「見れば見るほど“ミジンコ”みたいだよね」
そのずんぐりとした体型にワラビが言った。
「なあアンタ。このミジンコみたいな生きモン、この先のプランテーションで使われてる肥料が原因って聞くけど本当なんかな?」
ジュリアがあなたに訊き、そうなのだろう、などとあなたが返答した。
ジザン海岸を東に進むと「マデリ」という名の町に着く。このマデリの町外れには、国が経営する大規模な農園が存在する。
ここで使われている肥料および農薬が過激な物らしい。これの排処理が原因で、微小な存在のミジンコが変異し、キクロプスが生まれたのでは、と言われている。
昨日のヒドラも同様。ヒドラもこの付近でしか確認されていない。この海岸ではあるとき、生物が大発生したと思えば、翌年には全てが消えて死の海と化す、とも聞く。
「…………」
「どしたのジュリア?」
「いや、今まであたしらさ、頭が三つあるイヌだったり、ライオンの体を持つワシとかと戦ってきたじゃん? あのミジンコ見てると、あいつらもこうやって生まれてきたのかな、って思ってさ」
「うーん。でも、このミジンコはおっきくなっただけだからねぇ。頭が三つとか、別の生物かけ合わせるとか、そーいった作為的なものは感じられなくない?」
「確かにな」
狂った化物に厖翼の禽獣。かつて戦った異形の生物を二人が顧みた。
あの二体だけはモンスターという分類に括れない。ワラビが述べるとおり、ヒトの手による作為が感じられるからである。
かの時代に魔王の尖兵として働き、そしてあなたたちの前に現れたあれらは、一体どのようにして生まれたのか。偶然だけはないだろう。
また、ハレーシャンの街に現れ、あなたが死の淵を彷徨う羽目になった邪眼の石竜。あれは姿こそ大きなトカゲだったが、作為という意味なら最も悪質である。
「あーあ」
ワラビが海の方へ向き、膝を折ってしゃがみ込んだ。
それから、カニもヒトデもいない浜の砂を、手に取ってサラサラとこぼし、白い波が寄せては引く浜辺を望んで、
「寂しいトコだよね、ここ。いい海岸なのに、もったいない」
人ひとりいない海と浜を惜しむように嘆いた。
延々と伸びる砂洲。本来であれば絶好の漁場となり、休日になれば海水浴客で賑わうはずだろう。
奇怪なモンスターが出没し、漁も営めない海にヒトなどいない。この海岸は異常だ、と皆が認識しており、「汚染海岸」とまで非難されているが、今のこの国に是正という措置は望めない。
先にも述べたが、今のこの国は一人の指導者が政治を牛耳っている。指導者、いや、独裁者が、この海岸を寂しいものにしている。
「ねえジュリア、そういえば寝れた?」
「いや、全然」
「だよね。……ふぁ」
ジュリアが目をこすり、ワラビがあくびをした。
二人だが、寝ようとしていたところを、キクロプスが現れた為にあなたが起こしていた。
あなたたちは休む際、あなたが寝るときはワラビとジュリアが、二人が寝るときはあなたが番をしている。あなたは先に休んだため目が冴えているが、二人は寝てないに等しかった。
休むべきであろう。だが、
「でも、こんなのが襲って来るんじゃおちおち休めないな」
「そうだね。あと少しだし、マデリまで頑張ろう」
あなたたちが野営用具を片付ける。
トラブルがなければ、あと半日ほどでマデリに着く。あなたたちは強行することにした。
そして日が昇り、強い日射しが今日も降り注ぐ。
依然として風は強い。潮風に吹かれて舞う砂が、あなたたちに度々目を覆わせる。
砂洲は終わりを迎え、突き出た岩や枯れたような草が浜の所々に望める。砂洲が途切れれば町までもう少し、とあなたたちは聞いている。
「眠い……」
「早く休みたいよぉ……」
ろくに寝てないジュリアとワラビが、疲れた足取りでぼんやりと進む。
あと少し。その思いだけを糧に二人が、眠気を辛抱しながら歩く。だが、
「えっ。なにこれ? ねえ、なんか聞こえない?」
「……歌?」
歌のような声が海の方から聞こえ、これにあなたたちが振り向いた。
「誰かいるの?」
「おーい」
美しき歌声の主を二人が探す。
幻聴ではない。あなたも聞こえている。故に、海の方へ歩く二人をあなたが呼び止めた。
あなたは思い出した。美しき歌声でヒトを誘き寄せ、そしてヒトを海に引き摺り込む狡猾なモンスターが存在することを。
以前バースデイ島で脚の治療をしていた際、医者から南の海にはそんな存在がいることを聞いた。あの時の話が、まさかここで役に立とうとは、などとあなたが感じ入った。
あの上半身がヒトの姿で、下半身が魚の「人魚」を想像するかもしれない。だが違い、荒々しくヒトを喰らう恐ろしき巨獣である。
二人が波打ち際で足を止める。すると、
「……ええっ!?」
「うわあっ!」
泥の中から突如として現れた海獣に、二人が仰天した。
あなたたちの前に、万鈞たる大海牛が現れた。




