sandy
ジザン海岸。クシャーノ半島から更に西へ突き出た、東西に伸びる海岸線の名称である。
この海岸は砂洲であり、まさに西から東へと伸びる砂浜ではあるが、西の尖端には巨人が海に向かって杭を刺したような円柱型の岩場が存在する。
岩場には橋が架けられ、この橋がウシル大陸と接続している。あなたたちはこの橋を渡って国境を越え、いま地峡あるいは回廊と言うべき海岸線を東に向かっている。
その道中。長刀を構えるワラビが、
「やあああぁっ!」
立ち塞がる敵を、一閃を以て切り伏せた。
「ねえキミ! 大丈夫!?」
ワラビが駆け寄る。あなたたちはモンスターの群れと遭遇し、今ワラビが最後の一体を斬ったのだが、あなたは油断を突かれてダメージを喰ってしまった。
右脚が痛み、痺れる。幸いにも大事はないが、この痛みと痺れがあなたを跪かせる。
あなたを刺した触手。ワラビが斬ったことにより、ピチピチと砂の上でのたくるように蠢いている。
『ヒドラ』。あの九つの首を持つと言う、神話のヘビの名を冠するモンスターである。
実際にヘビの頭を持っているわけではない。細長い棒状の軟体生物で、一方に無数の触手を生やす、気味の悪い見た目の生物である。
この生物は触手を使って獲物を捕食する。と言っても力は弱く、タコやイカのように獲物を拘束する力はないのだが、その触手から毒を送り込む。
この毒がヒトを痺れさせる。主に海中を漂うこの生物だが、稀に波の力を借りて陸に侵出することがあり、あなたたちは運悪くも行く先をこの生物の群れに阻まれたため、止む無く相手をしていた。
「――“泥命”。ごめんなアンタ。あたしの武器じゃ、ああいうモンスター相手にできなくて」
ジュリアが罪滅ぼしに解毒魔法を唱えた。
ジュリアは戦いに参加しなかった。と言うより、あなたとワラビが参加させなかった。
これは彼女の得物に起因する。鎖分銅と弩、つまり打撃と射撃を武器とする彼女は、ヒドラのような生物とは相性が悪い。
彼女は「点」で攻撃する。急所を見極めて狙い撃つのが彼女だ。しかしヒドラにはその急所がなく、「線」や「面」で攻めて制圧するしかないため、あなたとワラビは彼女を後方に控えさせていた。
魔法があなたの脚から痛みと痺れを幾分か引かせる。が、抜け切るまで暫くの時間が要るだろう。
「なあワラビ、このヒトの毒が抜けるまで休もう」
「そだね。ちょっと早いけど“おゆはん”にもする?」
ジュリアがあなたに肩を貸し、ワラビがあなたの荷を抱えた。
仲間と言うのはこういった時にありがたい、などとあなたが感じ、あなたたちがヒドラの死骸から離れた所まで移動する。
そして腰を下ろし、あなたが空を見上げる。時刻は落猿の時を過ぎ、もう少し経てば日が傾くだろう。
明るいうちに進んでおきたかったが仕方がない。砂に尻をつけたあなたが海水で右脚を洗う。
「なんて言うか、風情あるとこだよな、ここ」
「そうだね」
白波が押し寄せては引く、蒼い海を眺めながら二人が言った。
砂洲は沿岸ではしばしば見られる地形であるが、一つの岩に向かって確と伸びる砂洲は珍しい。
この海岸にヒトは見当たらない。ニカブを外している二人が過去に訪れたある島に想いを馳せる。
「バースデイ島を思い出すね」
「ああ。よかったなあの島は、食べ物もうまかったし。そういえばセルマちゃん元気かな」
「ふふっ、ジュリアあの子に嫌われてたじゃない。未練がましい」
「うるせえ。ありゃテオがいたからだ。テオめ、あんないたいけな子をたぶらかしやがって。あいつさえいなければあたしが独り占めできたのに」
「ジュリア”ろりこん”だもんね」
「ああ。子供はめっちゃ好きだ。否定はしねえ」
ふん、とジュリアが鼻を膨らませてワラビの蔑称を認めた。
二人は忘れている。あの島でドラゴンと戦ったことを。脚を潰され、散々な目に遭った事をあなたが思い出す。
いま思い出しても身震いがする。あのドラゴンの耳をつんざく叫びに、刃物の如く銀色に光る眼。あの時はよくも挑んで勝てた、などとあなたが思い返していると、
「あっ、あれって」
「“マンゴーシュ”だ。まずいのが現れたな」
上空から飛来し、着地した二羽の白い鳥に、あなたたちが警戒した。
『マンゴーシュ』。ツルと呼ばれる種の鳥に似た、大型の海鳥である。
決して刺激するな、と警戒されているモンスターでもある。その理由は、嘴がとても危険なのだ。
鋭利に尖った嘴は正に剣。獲物である魚はもちろんのこと、船の帆布やロープも容易く切断し、だから一地方における短剣の名で呼ばれている。
この鳥はヒトを恐れず、危害を加えようものならその嘴を以て攻撃する。迂闊に刺激して大怪我を負ったヒトは数知れない。
「よかった。あたしらに気付いてないみたいだ」
ジュリアが息を吐く。二羽の海鳥は、あなたたちが倒したヒドラの死骸を啄んでいた。
腹を膨らませ、雛の分まで蓄えたら巣へ帰るだろう。けれど、ワラビが声を潜め、
「でもあの鳥の嘴って、けっこー貴重だったよね?」
危険と促される海鳥の討伐を呼びかける。
「ワラビ、やる気か?」
「倒した方がよくない? 今の私たち、お金ないようなもんだし」
「……あっ。おいワラビ」
ジュリアの返事も待たずにワラビが、二羽の海鳥に向かって一気に飛び出した。
長刀を抜いたワラビ。気取られぬよう姿勢を低くし、足音を立てず静かに駆ける。
獲物を見つけたネコのように速く、しなやかに。対する二羽の海鳥は啄むのに夢中で、後ろから迫るワラビに気付かずにいる。そして、
「“鏖殺剣”!」
不意を突き、ワラビの一閃が一羽を一撃で屠る。
「あいつ。無茶しやがって」
ジュリアが弩を構えて援護に向かった。
だが、その必要もなかった。残る一羽と切り結ぶワラビが、ジュリアが駆け付ける前に斬って倒した。




