threaten back
「いよいよだね、ルガルパンダ」
「ああ。気を引き締めていかないとな」
金馬の時。白く霞んだ空の中天では、薄雲に覆われた太陽が丸い輪郭を映し出している。
些か蒸す暑い陽気の真っ昼間。ニカブと呼ばれる被り物にて顔を隠したワラビとジュリアが、国境を目前にして言った。
ルガルパンダ。バルキダッカ大陸の西に突き出た形をした、「クシャーノ半島」を占める国である。
この国では、国政を牛耳る指導者と、それに逆らう抵抗勢力が、長きに亘って紛争を繰り広げている。
紛争は泥沼化し、未だ終結の兆しが見えずにいる。ニャンフンルルにいた難民がハルシエシスに逃げ込んだ理由は、この争いが一因でもある。
「貴様ら。帰国者には見えんな」
まずは入国審査を通らなければ。国境を跨ごうとするあなたたちに、ルガルパンダの調査官が立ちはだかった。
軍服を着た調査官が威圧するように訊き、この調査官にあなたが、自分たちは戦士である旨を伝える。
「戦士だと? 戦士が我が国に何の用だ?」
あなたたちが目指す場所は遥か東のヒルダガル。したがってこの国を通過する旨をあなたが話す。
話を聞いた調査官は、「ということは旅行者か。分かった」と得心し、あなたの言い分を一度は承知した。
それから、調査官が口角を上げ、
「しかしだな、今ハルシエシスから強制送還された帰国者が相次いでいる事は知っているだろう。我が国では現在入国規制を敷いている。貴様らをただで通す訳にはいかん」
と、何かを要求するように広げた手を差し出した。
これを受けてあなたが、純金の延べ板を調査官に渡す。
「ククッ、話が早いな。よし、通っていい」
納得した調査官があなたたちの通過を許した。
こうして国境を跨いだあなたたち。調査官の、
「ハハッ、ボロ儲けだ。これだからやめられない」
愉快な笑い声が後ろから聞こえた。
「ちぇ、あいつぜってえ着服する気だ。ムカつくなぁ」
しばらく歩いてジュリアが、高い賄賂を渡したことに口を尖らせた。
その通りでとても高い出費だ。あれ一つでしばらくは食うに困らない。けれどワラビが、
「でも、お金だけで済んだんだから良かったんじゃない?」
と、親友を抑え、
「まあそうだな。元々聞いてたし」
ジュリアも渋々と諦める。
「あーでも、……もうっ! ムカつく!」
あなたたちはルガルパンダへの入国にあたり、この国の内情を予め調べていた。
内紛が起きていることもあり、この国の情勢は不安定である。民の暮らしに物価や常識、近付いてはいけない区域等を、今まで以上に知っておく必要があり、それでニャンフンルルの難民街に残っていた、今はもう送還されてしまった難民から、調査官に金を渡せば入国できることを聞いていた。
だからあなたは戸惑うことなく袖の下を送れたのである。ちなみに、今は行方知れずのザイオニア王・シュナイドから授かった証明書を使うこともできたかもしれないが、ルガルパンダとザイオニアに国交はなく、下手な騒ぎは避けたかった。
しかし国境の警備がこんな事で良いのだろうか。却って裏があるのでは、などとあなたが怪しんでしまう。
「まあまあ。ジュリアなんてすっぽんぽんに脱がされると思ってたもん」
「おい。なんであたしだけなんだよ」
「ジュリア綺麗じゃない。今までもさ、けっこう男に絡まれてるし」
「バカ言え。おまえに比べればあたしなんぞ、それこそスッポンポンのスッポンだよ」
「なにそれ」
自己評価の低いジュリアが溜め息を吐き、ワラビもジュリアの変な譬えに溜め息を吐いた。
そして、あなたたちが東へ行く。海に挟まれた細長い岩の道を、あなたたちが踏み締める。
けぶる空では太陽が、海と道を焦がすように照らし、歩くあなたたちの先では僅かに陽炎が立ち昇っている。
「ワラビ、ちゃんと顔を隠しとけよ。おまえ“あっつい”とか言ってニカブ迂闊に脱ぎそうだからな」
「脱ぐわけないじゃない。お姉ちゃんみたいなこと言って。ジュリアお姉ちゃんの影響受けすぎじゃない?」
「バカ。心配してんだよ。おまえみたいなあたしよりずっといい女のツラ、ケダモノどもに見せる訳いかねえだろ」
「ツラって。褒めてんだかけなしてんだか」
「ちっちゃいわりに胸もあるしよ」
「チビって言った」
「チビとは言ってねえよ。姐さんからおまえを頼まれてんだ、口を酸っぱくしてでも言ってやるからな」
鼻息を荒くするジュリアになじられ、ワラビが頬を膨らませてブーたれた。
ルガルパンダは情勢に伴い、治安もすこぶる悪い。窃盗に強盗、恐喝は当たり前と聞く。
強姦もよくあることらしい。だから二人はニカブを被り、顔を隠していた。
もっとも、二人は戦士だ。余程のことがない限り撃退できるだろう。
「この国も一応ムーダイトの一部だったんだよね?」
かつて姫君ゼノビアが護りたいと誓い、剣士ヒートラによって滅ぼされた国ムーダイト。
勇者の血を引くワラビが在りし日を尋ね、これに魔道士の意思を継ぐジュリアが答える。
「ああ。確かこの大陸の全部がムーダイトだったはずだ」
「今は物騒みたいだけど、ご先祖様のときはどんな所だったんだろ?」
「さあな。まあでも、今よりはマシだったのかもしれないな。姫君の父親のオルバヌスってさ、剣士に殺されたヒトで有名だけど、人々には案外慕われていた、なんて聞くし」
「割と憎めないハナシ聞くもんね。“もっこ”担いで庶民と一緒に工事したりとか、人々の前で突然カツラとって笑わせたりとか」
「ははっ、カツラ言うと思った。国と国民の事を第一に考えるヒトだったのかもな。強引なのと野心が強かったのは事実みたいだけど」
「政略結婚も家や国のためにするもんだもんね。私は絶対やだけど」
再度述べるが、ルガルパンダは治安が悪い。
わざわざ危険を冒す必要なんてないだろう。けれどこの国は、元ムーダイトと呼ばれる地の一部にあたり、あなたたちはこの訳あってルガルパンダに入国した。
かつての宗教国家ムーダイトは、姫君ゼノビアが生まれ育った国である。その跡を探れば、魔王もしくは終末について、何らかの手掛かりを得られるかもしれない。
ひょっとしたら勇者たちの足跡も見つかるかもしれない。ちなみにワラビは、政略結婚を迫られた自身の境遇と重ねてか、姫君に肩入れしている節が以前からある。
そして、岩の道が終わり、砂と岩が半々の磯辺をあなたたちが歩く。
ヤシの樹やソテツの樹が所々に立っており、空では相変わらず丸い日が焼けている。
「あー、あっつ……」
「我慢しろ」
暑さに参るワラビをジュリアが窘めたとき、
「おい、お前ら」
「止まれ。検問だ検問」
後ろから剣呑な声が聞こえ、あなたたちは呼び止められた。
振り返るあなたたち。すると、いかにもタチの悪そうな男二人が、威圧するようなガニ股歩きで近付いて来ている。
つい先まであなたたちはこの男二人を見なかった。岩か樹に身を隠していたのだろうか。
「お前ら裏切りモンじゃねえな? なんだ? 旅行者か?」
男の一人がペシペシと、手にする棍棒で掌を叩きながらあなたたちを詰問した。
裏切者。この意味が分からずに、
「裏切者? なに、裏切者って?」
ワラビが訊き返す。すると、
「おう。ハルシエシスを追い出されたマヌケどもの事よ」
「わりぃ奴らだろ、母国を裏切りやがってよ? 俺らそんな売国ヤローが許せなくてよ、皆を代表して制裁かましてんのよ」
男二人が黄ばんだ歯を見せて言った。
「麻薬を流行らせた、って話じゃねえか」
「恥を知れってんだよな。どのツラ下げて帰って来てんだか。こりゃールガルパンダの国民として許しちゃおけねえよな。へへっ」
どうやらこの男二人は、帰国した難民に刑を科すべく、この国境付近まで赴いているようだ。
母国から逃げた裏切者、という名目を掲げている。しかし男二人に、愛国心など欠片も感じられなかった。
皆を代表して、なんて法螺だろう。要は難癖をつけて弱者をいたぶりたいだけのようである。あなたが怒りを通り越して呆れ、ジュリアとワラビも、
「は? お前らわざわざ難民のヒトらを虐めにここまで来てんの? とんだゲス野郎だな」
「バッカじゃないの。麻薬はやらせたの違うヤツだし」
その下種な性分を蔑む。
「おいおい、なに余裕ぶっこいてんだ? 俺ら旅行者にも甘くはねえぞ?」
「へへっ、バカだなおまえら、こんな国を旅行しようなんてよ。とりあえず授業料として金目のもん出しな」
「それと被りモン脱げ。見れるツラしてたらしゃぶらせてやる」
男二人が、ニヤけた面を浮かべてあなたたちを強請った。
一人は相変わらず棍棒を弄び、そしてもう一人が、腰に携える剣に手を掛けてあなたたちを脅そうとするが、
「うおっ!?」
抜くよりも早くワラビが短刀を払い、剣の柄を叩く。
剣を落とした男。拾うよりも、ワラビが抜いた短刀の速さに目を瞬かせている。
「こっ、こいつ! ……うがっ!」
「キミ」
「アンタ」
もう一人が棍棒を振り上げたが、下ろす前にあなたが盾を押し付けて倒す。
離れた棍棒が砂に刺さり、あなたが倒した男を組み伏せる。そして、剣を落とした男には、矢を番えたジュリアがクロスボウを突きつける。
「おい、あたしら戦士なんだ」
「こっちはね、君らよりずっとおっかないモンスターと戦ってるの。切り刻んでやるよ?」
「このっ、胸クソ悪いハナシしやがって。ただでさえ無駄な金払わされてムカついてんだ、ブッ殺してやるよこんにゃろう」
ジュリアが眉根を上げ、矢の尖端を男の額に押し付けた。
押し付けられ、後ずさる男。こうして男二人が尻尾を巻いて逃げる。
足をもつれさせ、転ぶ男一人を後目に、
「入国した途端にあんなのと遭うなんて」
「先が思いやられるな」
ワラビとジュリアが得物を収めながらぼやいた。
あなたたちは戦士だ。あんなゴロツキより遥かに危険なモンスターと渡り合っている。したがって程度の低い脅しに屈するあなたたちではなかった。
気を取り直してしばらく歩き、
「あっ、ねえ見てみて」
「ああ。あれが“サーラの樹”か。すっげえ樹だな」
遥か東に立つ、雲をも貫く壮大な樹を二人が見つけた。
『サーラの樹』。バルキダッカ大陸最大の象徴にして、ナンナ教の神体である。
あの樹の上には神がおわすと聞く。ナンナ教の信者は毎朝、あの樹に礼拝してから一日を始めるそうだ。
「いい目印ができたね」
「そうだな。あの樹に向かって行こう」




