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トライ・ステップ! -this story is game fantasy-  作者: 豚煮真珠
QUEST12. 歩む果ては何処へ
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蝿の王

 聖地・シェラザード。かつての宗教国家・ムーダイトが首府と定めた地であり、現在はバルキダッカ大陸最大の都、いや、聖域(アジール)である。

 ユディーシティラ、ピマ、アージュナ、ナックラー、サハンディヴァ。このバルキダッカ大陸に群立する五つの国は、ナンナ神を至上の神と(あが)める宗教、ナンナ教を基とした盟約を結んでいた。

 各国の意思は概ね統一されている。ナンナ神を唯一と敬い、ナンナの教えを広めること。この至上主義は、五年前にある男が「同じ神を崇めるのに国境など無用」と宣言したことにより、一つの意志へと融合しようとしている。

 つまり、先の五国は、ナンナ教を国教とした一つの国に生まれ変わろうとしている。政教一致型の国家樹立、それはまさしくムーダイトの再来――。


「おはようございます、“(きょう)()”様」

「きょうふさまー」


 (あふ)れんばかりの朝日が降り注ぐ石畳の道で、冠を(かぶ)った老人が、声を掛けた母親とその子供に優しく手を振った。


「ほっほ。子供はいつ見てもよいものだ」


 老人が歩きながら挨拶した子供を(おも)い、(しわ)くちゃな笑みを浮かべる。

 側に仕える神父が恭しく首を縦に振る。老人の名はエヌーと言い、自らをナンナ神より託宣を受けた預言者、と自称している。

 そして、かつてのムーダイト、(すなわ)ちバルキダッカ大陸を治めたナルシャマーム家の傍流・ラマイヤ家の末裔(まつえい)にして、ナンナ神を奉る宗教団体「(はえ)(しゅう)()」の宗主であり、先の五国を統べる最高権力者である。


 この老人が神に身を(ささ)げたきっかけは、少年時代まで遡る。

 彼は貧しい家庭に生を受け、その上に親を流行(はや)り病で亡くした。ラマイヤ家の血を引くと言ったが、その栄光など剣士によって()うの昔に滅ぼされており、貧しい上に親まで亡くした彼は、神など祈っても腹は膨れない、神など祈っても親は帰って来ない、と神を信じていなかった。

 彼を引き取る者もおらず、ただ生きる(ため)だけに彼は糧を探した。食べれる物はないか。そう毎日ゴミを漁り、たまに裕福な家庭が目に留まれば、なぜ自分だけが惨めな思いをしなければ、と神を恨んでもいた。

 神を蔑んでいた。しかしそんな天涯孤独の彼に、心洗われる転機が訪れる。いつも通り腹を空かせていたある日、なんと神が、天より降りて来たのだ。


 万人を()きつけるこの上なき容姿、安らぎを与える微笑(ほほえ)み、何よりも、天使が(ごと)き羽を生やす神の姿に、彼は息を()むしかなかった。

 戸惑う彼を、神は優しく抱擁した。そして腹の虫を鳴らした彼に、神は「食べなさい」と、懐から食べ物を差し出した。

 人心地着いたところで彼が神に訴える。「この世は不公平じゃないか」と。すると神は告げた。「貴方(あなた)が公平にすればいいのです」と。

 神のお告げに彼は涙し、心に誓った。行いを改め、ナンナ教の信者として彼は生まれ変わった。


 親が熱心な信者だった縁もあり、彼の入信は受け入れられた。

 しかし彼は現実を知る。当時のナンナ教はあまりにも腐敗しており、神の名の下に貧しい信者から搾取し、罪なき弱者を私怨で異端者と決めつけては処刑する。(とし)を経る毎に彼は、指導者の横暴な実態に気付き、激しい怒りを抱いた。

 寄進が足りなければ信者を奴隷として売り、聖なる神殿に女性信者を呼び込んでは性交に及ぶ有り様であった。在りし日に見た神に背く行為、彼は指導者たちを糾弾した。

 だが失敗、彼は破門される。そして処刑を宣告されるが、彼はどうにか逃げ延びる。

 彼は潜伏した。幼きころ培った家無き暮らしの経験を生かし、追及の手から逃れながら、指導者たちの専横を彼は貧しい信者に説いて回った。


 すべては薄汚いハエの如き自分を、慈しんだ神のために。

 己だけが目の当たりにした神の姿、これが彼の糧となった。清廉にして潔癖な彼は、あの日抱かれた神の温もりを頼りに、五年、十年、二十年と、粘り強く真の布教を続けた。

 やがて彼に感化され、彼の元には貧しい信者を始めとした様々な者が集まる。

 彼がラマイヤ家の末裔であった事も幸いした。そうして彼を長としたナンナ教一派、蝿の衆徒が結成された。

 そして年月が経過し、蝿の衆徒の(たゆ)まぬ広報により、当時の指導者たちに(かげ)りが現れ始める。

 不満があちこちで噴出し、腐敗に(あらが)う信者への抑えが効かなくなっていた。これに対する処断も徐々に苛烈なものになり、この指導者たちの焦りを知った彼は、満を持して自身を慕う信徒たちに、神の名を(かた)る畜生に天罰を下せ、と命じた。

 数年に及んだ闘争の末、彼の率いる蝿の衆徒がナンナ教の中枢を掌握する。そして新たな指導者の座に就いた彼は、神を汚したかつての指導者を、血族含めて(ことごと)く処分した。


「教父様」


 側近を連れて歩くエヌーの前に、黒衣の男が現れ、恭しく(かしず)いた。


「おお、モート君。いま帰って来たのかね?」

「はい。ただいま布教より戻りました」


 黒衣の男、モートが面を上げた。

 忠実にして勤勉、分け隔てなく愛と平等を説くこの若者を、エヌーは殊のほか可愛がっている。

 エヌーは一時期、この若者を自分の後継者として育てるべきか、と考えていた頃がある。


「モート君。その首と左手、一体どうした?」


 モートの首と左手には包帯が巻かれていた。

 シスイが斬り、ジュリアが撃ったものだが、この老人が知る由もない。したがってどうしたのか、とエヌーが問う。

 だがモートは、その虫も殺さぬような顔を綻ばせ、

「いえ、大した傷ではありません」

「そうか。ならいいが、万一ということもある。医者に診てもらうか?」

「大丈夫です。もうほぼ完治しておりますから。気にしてくださり、ありがとうございます」

 エヌーの気遣いを断った。


「モート君、君の話をさっそく聴きたいのだが、これから会議がある。悪いが後ほど聞かせてくれ」

「ハッ」


 (ひざまず)くモートが再び(こうべ)を垂れ、それを確認したエヌーが、側近を連れてこの場を去る。

 程なくしてモートが立ち上がり、エヌー達を見送る。しかし、

「……ぐっ」

 ぶり返す首の痛みと、消えぬ左手の痛みが、モートに(うめ)き声を上げさせる。


(くそっ。僕としたことが……)


 彼は女など、己の欲を満たす為の道具と()()していた。

 その女にしてやられた。もうこの傷が消える事はないだろう。今の彼は屈辱に(まみ)れ、(じく)()たる思いに駆られていた。

 だからエヌーの前では痛みを我慢した。この恥を(さら)す訳にはいかない。そもそも彼は女に限らず、他人など押し並べて道具、いや、下僕と見做している。そこへ、

「どうしたモート。死相が見えているぞ」

 腹の出た、中年の肌が濃い男が、脂汗を()くモートをからかうようにして呼んだ。


「……これは、“ドミトリィ”様。お久しぶりです」

「おいおい、俺とお前の仲じゃあないか。いくら久々だからって“様”はねえだろ?」

「いやいや、“七芒星(しちぼうせい)”の一人である貴方(あなた)を敬うのは当然です」

「フッ、相変わらずネコを被りおって。腹の底じゃ俺が憎いんだろう? ああ?」


 中年の男が、光る金歯を見せながら、モートの横っ面を軽く(たた)いた。

 公衆の面前で男を叩いた。血気盛んな男なら殴り合いになるだろう。けれどモートは、少し目を(とが)らせただけで手打ちとした。

 落ち着かんと息を()くモートに、それをニヤニヤと見下す中年の男。モートと、このドミトリィと名乗る男は、腹の底では互いに蔑み合っているが、表では利害の一致から協力する、悪い意味でのビジネスライクな間柄である。

 ドミトリィが金歯を見せながら()く。


「で、どうだ? 首尾よく運んだか?」

「はい。ドミトリィ様の言いつけに従い、ニャンフンルルに住む難民を強制送還させました」

「ほう、相変わらず仕事は出来るじゃないか。難しいと思ったんだがな」

「何を言っているのですか、ドミトリィ様の方こそ裏から手を回していたのでしょう。マオウの草を基に、麻薬を広めた後に唆した程度で、あんなに軍人が乗って来るとは思いもしませんでしたよ」

「ハハハッ、何を言ってやがる。そもそもハルシエシスって国ではよ、難民の保護を決定したとき地元民からの相当な反発が起きたんだ。お前も難民の惨めな暮らしを目にしてるだろう? ありゃ地元民の排斥運動の結果よ」

「またまた。ニャンフンルルでドミトリィ様の手の者を見かけましたよ。地元民のふりをさせ、(あお)らせていたのではないのですか?」

「ハハハ、()(ざと)いじゃないか。そもそも難民なんてものはな、どこ行っても嫌われるもんよ。あいつら初めこそ下手に出るが、そのうち金だ権利だと固まってわめき始めるからな。だから俺はきっかけを作ってやったに過ぎねえ、手を回さなくてもいずれ追い出されただろうよ」

「……フッ、哀れな」


 モートとドミトリィが、声を抑えて(びん)(しょう)した。


「ルガルパンダとは既に話をつけてある。数日もすれば大忙しになるぞ」

「陰ながらお手伝いします」

「なんだ、お前は呼んでないが」

「呼んでいるように聞こえましたが」

「ウハハっ、()えて呼んだように言ったんだよマヌケが。……まあいい、手伝わせてやろう。あの(じじい)の跡を継げなくなった以上、お前は金が欲しいだろうからなぁ」

「…………」

「報われんなぁ、あれだけゴマ擦ったのに。ま、お前が裏でこそこそと働いてきた悪事への天罰だな。ナンナ神はちゃんと見てるぜ、なあ?」


 ドミトリィが、不承ながらも己に従うモートを見てほくそ笑んだ。


お読み頂きましてありがとうございます。この章はR15となります。


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