たゆたう運命
「本当に、もぬけの殻だ……」
「ヒトがいねえ……」
瞳に映る貧相な街。そこには以前、ヒトが確かに住んでいた。
しかし今は、生活の臭いが消え、寂しいほどに閑散としている。この光景を目の当たりにしたワラビとジュリアが愕然として言った。
ニャンフンルルに帰還したあなたたちに衝撃の報せが届いた。それは四日前、この街に駐留している軍と難民との間に大きな衝突が発生し、難民が追い出されたという報せである。
「そんな。私たちが南に行ってる間に」
「ここのヒト達、本当に帰されちまったのかよ……」
報せを聞いても俄かには信じられなかった。だからあなたたちは難民街に向かい、ワラビとジュリアが唖然としているのである。
無人と化した街。いや、無人というには大げさで、ぽつりぽつりとは居る。けれどこのヒト達もいずれは追い出される運命だ。
軍は難民に退去命令を下した。直ちにこの国から去れ、と言い渡しており、これに従わぬ者は近日中に排除する、との噂をあなたたちは聞いていた。
「ねえ、戦士会の店で詳しい話を聴きましょう」
「そうだ姐さん。アンタ、ワラビ、おじさんから何が起きたのか聴きに行こう」
シスイの提案にジュリアが同意し、あなたたちはParadise Lostに向かった。
***
「あっ、お姉様」
「お前たちか」
そして病院の一室。ベッドに臥せるエザナーンと、付き添うライフとポミオがあなたたちを認めた。
Paradise Lostだが休業となっていた。エザナーンが怪我したのである。
あなたたちはエザナーンが入院した旨を聞き、この病室に訪れている。
「おじさん、そのケガどうしたんだよ!?」
「なに、ちょっと鉄砲で撃たれてな」
「撃たれただって!? 全然ちょっとじゃねえだろ!」
「おいルーキー、騒ぐな。病院は静かにするもんだぞ。……いてて」
エザナーンが体を起こしてジュリアを窘めた。
そして右胸を押さえるエザナーン。右肩から胸にかけて包帯が巻かれている。
胸を撃たれた模様。幸いにも弾は心臓や肺などに至らなかったようで、ジュリアを窘める程には元気そうである。
「ねえポミオ君」
「あ、はい、なんですかワラビさん」
「誰におじさん撃たれたの?」
「ワラビさん、軍が難民のヒト達を追い出しにかかった事は聞いてますよね?」
「うん」
「エザナーンさん、止めに入ったんすよ。で、“邪魔だ”つって軍の奴らが威嚇射撃したら、運悪くそれが当たっちゃいまして」
話すポミオに、エザナーンが「カッコわりいなぁ」と苦笑した。
しかし、軍人の前に立つなんて中々できることではない。あなたたちが自嘲するエザナーンを労る。
あなたたちが南に発ってから何が起きたのか。あなたが傍にいたライフに説明を求める。
確かに駐留軍と難民の間には確執があった。だが、追放は酷ではないだろうか。難民は危険を冒してこの国に来たのである。
「難民のヒトらが追い出された訳っすか? うーん……」
「俺が代わりに話そう。お前たち、以前うちの店に注射器が届けられたことは覚えてるな?」
少年ゆえに説明できないライフに代わってエザナーンが訊いた。
あなたたちが頷く。それを確認したエザナーンが、
「あれは俺が内密に処分したが、既に軍の野郎どもは気付いてたようでな。それにお前たちとこいつらで」
こいつら、と少年二人を目で指し、
「ヤク中をうちの店に運んだだろう? 麻薬の原材料であるマオウは難民が持ち込んだ物、……つまりだ、軍の野郎どもは蔓延するヤクを見て、裏で難民が麻薬を作っていると断定し、それで追い出しにかかったんだ」
難民が急に追い出された訳をあなたたちが理解した。
「この街に元々住んでいるモンもデモばかり起こす難民にイラついてたからなぁ。庇う奴もいなかった訳だ」
難民が増えれば街が乗っ取られてしまう。そんな地元民が抱く感情をエザナーンが述べた。
しかし、軍の独断ではないのか。ハルシエシスは難民の保護を政策としている。
いくら目障りであろうとも、法で定められている以上従わなければならないはずだ。その旨をシスイが、
「ハルシエシスは国策として難民を保護している。軍がそんな勝手なことをやっていいの?」
面識のほとんどないエザナーンに尋ねるが、
「俺もそう思ったのだがな、……昨日の事だ。政府も軍を後押しして難民の保護を止めると発表した」
「それでは、もう」
「ああ、もう覆らねえ。万に一つの可能性も失っちまった」
悔いた表情をしてエザナーンが言った。
「俺のダチも追い出されちまったんですよ」
「助けてやりたかったけど、どうしようもなかったっす。……情けねえ」
ライフとポミオが俯きながら吐露した。
マオウは難民が持ち込んで栽培している物だ。難民が来なければ麻薬の蔓延もなかっただろう。
火のない所に煙は立たない。元々の原因は難民側にある。しかし、麻薬を作り、流行らせたのはあの外道だ。
湿っぽい空気になったため気が引けたが、あなたが外道を見つけられなかった旨を報告する。
メンネフェルとマグネスの墓にはいなかった。やはり奴はニャンフンルルに居たのだろうか。
「そうか。すまない、俺たちも手を尽くしたんだが見つけられなかった」
エザナーンが詫びた。
奴は一体どこへ逃げたのか。西か。それとも東のバルキダッカ大陸に戻ったか。
***
「……難民のヒトたち、かわいそうだね」
「命からがら逃げてきたってのにな」
病院を出てワラビとジュリアが下を向きながら言った。
外道の足取りだが、一つだけ有力な情報をエザナーンから得られた。それは、あなたたちが発った次の日、血を吸い取られたような軍人の怪死体が発見されたのである。
聴けば死後二日経った死体であるとの話だった。二日と言えば、ちょうどあなたたちが奴と戦った日と一致する。
血を奪うところを見ていないエザナーンは、奴と無関係と見ていたが、そんな真似をするのは奴しかいない。やはり奴は、ニャンフンルルに潜伏していたのだ。
もう逃げてしまっただろうが。しかしなぜ軍人なのか。血を得るなら女子供を狙った方が良さそうなものだが。
「なんだよ。みんなあいつの所為じゃないか。あいつが、麻薬なんか作らなければ」
ジュリアが奴に怒りを露わにした。
あの外道が麻薬を作らなければ、難民は追放されなかっただろう。難民の居場所を壊した真の原因は間違いなく奴だ。
奴は神に仕える身で、虫も殺さぬ顔をしながら、ワラビを玩具にしようと企て、この街を滅茶苦茶にした。
やり場のない怒りを抱くあなたたち。だが、このあなたたちを慰める存在が現れる。
「あっ!」
あなたたちが振り向くと、そこには娼婦・ローザが立っていた。
荷を下ろして駆け寄るローザ。あなたたちを非難した弟と妹を置いて。
彼女も難民である。これから橋を渡り、帰りたくもない故郷に帰るのだろう。
「よかった。お礼もできないまま、さよならしなきゃいけないかと思ってた……」
ローザがあなたたちに深く頭を下げた。
「助けてくれてありがとう。それとこの前は本当にひどいこと言ってごめん」
「え、そんな」
「ローザさん、あたしら気にしてないですから、頭を上げてください」
慌てるワラビとジュリアに促され、ローザが頭を上げる。
すると、小さな顔に据わるパッチリとした目、筋の通った鼻に紅色の唇。どれを取ってもよく整っていた。
また、顔に以前見た痩せこけた跡がない。実に血色良く、食欲を取り戻したのか。
息を呑むあなたたち。健やかになった彼女は驚くほどに綺麗だった。
「あの子たちから聞いたよ。アタシの見舞いに来てくれたんだってね」
「あ、うん」
後ろの弟と妹を目で指すローザに、ワラビが呆けた返事をした。
続けてローザが、
「あの子らもあなたたちに酷いこと言ったんだってね。……ごめん、許して」
弟と妹の非礼を詫びるべく再び頭を垂れる。
かつて彼女はワラビとジュリアを口汚く罵った。しかし、今の彼女からは、透き通った慎ましさが窺える。
荒れた彼女はもうどこにもいなかった。そんな彼女にワラビとジュリアが、気を遣わないで、と微笑む。
「ローザさん、あたしらホント気にしてないですから」
「でも、本当によかったね。元気になったみたいで」
「うん。すっごく調子いいよ。これもあなたたちが助けてくれたおかげ。本当にありがとう」
そしてローザがあなたたちを見つめ、満足そうに目を閉じた。
この仕草にあなたたちが見惚れる。シンシアや女王に劣らない美しさである。
間もなくして目を開けたローザが、そんなあなたたちを見て、自分に何かおかしい所があるのか、と尋ねる。
「なに? ハトがマメ食ったような顔して。アタシの顔に何か付いてる?」
「……あ、いえ」
「綺麗なヒトだな、って」
「うそっ! やだもー! あなたたちの方がずっとキレイじゃない!」
嬉しがったローザ。綺麗で素直な女性がそこにいた。
「ローザさんもやっぱり、あっちの国に戻るんですか?」
「……うん」
「……すみません、大したこと言えないんですが、負けないでください」
「うん。あなたたちに助けたもらった命だもの、絶対に大切にする。もうクスリやらないし、男にも騙されない。あの子たちのためにも頑張るよ」
ローザが眩しい笑顔を向けてあなたたちに言った。
そして振り返り、弟と妹の元へ戻ろうとするが、
「二人とも、本当にごめん。あのときはあなたたちが羨ましかったの。だから、運命のヒトに出会うまで大切にして」
と、別れ際ワラビとジュリアに向かって告げた。
「それじゃありがとう。アタシ負けないから、またいつか会おう!」
ローザが手を振り、あなたたちの元を去る。
弟と妹の元へ走るローザ。その後ろ姿にジュリアが、
「綺麗なヒトだよな」
と呟き、
「うん」
「同意」
ワラビとシスイが頷いた。
「あのヒト、もう一生分の不幸を背負ったんだ。これからはどうか幸せになって欲しいよ」
彼女たち三人を待ち受ける運命は、間違いなく過酷なものである。
生きられるだろうか。彼女の苦しみを知ったジュリアが、せめて、と願うように言った。




