理想の
靄のかかったけぶる青さの空が、水平線を白く翳めていた。
うっすらとした日射しが照る、暑くはない陽気の下、様々な船が蒼い海を行き交っている。あなたたちはニャンフンルルの波止場に立っていた。
ちょうどあなたたちがエムブラと別れた所にあたる。そこでシスイが、
「ジュリア、キミ。今までありがとう。また会いましょう」
と、別れを告げた。
「ワラビ」
「…………」
「手紙はこまめに出すのよ、サボらないで。それじゃあ、息災でいなさい」
そしてシスイが、いつもの眠たそうな半眼で、妹にも別れを告げた。
これに対して妹は何も言わない。それから振り返ったシスイ。視線の先には船が泊まっている。
シスイが、船に乗り込もうとしている。
「ワラビ」
「……ねえジュリア、代わりに言って」
「断る。あたしが言ったって聞かないし、第一おまえが言わなきゃならないことだろ。……ほら」
ジュリアが突き放すことで言えない親友を励ました。
「……お姉ちゃん!」
意を決して大声で呼んだワラビの声に、シスイが振り向いた。
妹を見つめるシスイ。この姉にワラビが、思いの丈をぶちまける。
「なんで行っちゃうのよ! 一緒に来てよ!」
「…………」
「私たち姉妹でしょ! これからも助けてよ! 私、カッコばっか付けてるヘンジンのお姉ちゃんに来て欲しいの!」
妹の願いに、姉は無言であった。
静かな波の音が響き、磯の匂いが微かに香る。これを見兼ねたジュリアが、
「姐さん、ワラビがこう言ってんです、一緒に行きましょう」
と、強情なシスイのために助け舟を出した。
そもそもこの経緯だが、今朝になってシスイは突然あなたたちに別れを告げた。
妹を頼む。こんな事をシスイは前から言っていたため、あなたとジュリアは予感していた。が、この別れにあなたたちは全く納得していなかった。
彼女は強い。研ぎ澄ませた戦いの勘は歴戦の戦士に並び、また、その身の軽さは風に乗って揺蕩う落葉のようだ。
流石は勇者の子孫でありワラビの姉である。それにハンターとして培った知識は得難いものであり、彼女はピラミッドでの幻覚を軽く看破している。
何よりもジュリアが懐いている。彼女とジュリアの連携は、短い間ながらも抜群に息の合ったものとして完成している。妹のワラビは言うまでもなく、その存在は大きな助けとなるだろう。
まだまだ彼女にはいて欲しかった。だからあなたとジュリアは反対し、留まるように言った。
しかし、あなたとジュリアでは彼女の意志を変えられなかった。だから妹のワラビに託し、そして、姉妹ゆえに遠慮していた姉への想いをワラビが吐いて今に至る。
「……それは、できない」
シスイがジュリアに言ったが、その俯きながら告げた様子は明らかに逡巡していた。
脈はあると見ていいだろう。すかさず食い下がるジュリア。
「なんでさ? 一緒に行きましょうよ」
「…………」
「姐さんワラビ大好きじゃないですか。ワラビの前じゃ表に出さないけど、実はワラビが可愛くてかわいくて仕方がないんですよね?」
「…………」
「素直になりましょうよ、我慢する必要なんてありませんって。一緒に行きましょう、姐さん」
「……ジュリア、貴方、言うようになった。ちょっと憎たらしい」
「そりゃどーも。へへ」
シスイの嫌味にジュリアが笑った。
そう、シスイは妹を愛している。難民街でワラビに抱き付いた麻薬中毒者に対し、凄まじい怨みを込めて暴行を加えたことは記憶に新しい。
何故そんなにも妹を愛しながら、妹と離れる道を選ぶのか。
「でも、できない。私はこの子にとって、理想の姉でなければならないの」
「理想の、姉?」
「ジュリア、貴方、“A”兄さんを知ってる?」
「“A”兄さん? え、もしかして、“マッスルマン”の?」
「そう。“なまたまご”先生が生み出した、私が最も尊敬し、心の師と仰ぐお方。私はワラビにとってのあの方であろう、と心に決めてるの」
「確かにあの兄弟が一緒にいることないですね」
「分かったでしょ? べたべたするばかりが姉妹ではない。だから私は、この子と一緒にいれないの」
「ははっ、姐さんらしいや」
己のポリシーを貫くために、シスイは迷いながらも断った。
ジュリアが「しょうがないか」と諦める。あなたも諦めるのだが、一方でジュリアとシスイの話は理解できずにいる。
シスイが、改めて妹に向く。
「でもワラビ、覚えておいて。貴方が助けを呼べば、私はいつでも駆け付ける」
「…………」
「本当に困ったときは念じなさい。この私が、どれだけ遠く離れていても、必ず貴方を護ってみせる」
「お姉ちゃん」
「脱ぐことだって厭わない。貴方の為なら、私はこの身などいつでも捨ててやる」
「お姉ちゃんいつも脱いでたじゃない」
「またこの子は。……ふっ」
「ふふっ」
妹と姉が笑い合った。
「じゃ、ジュリア、キミ。また逢う日まで」
「実家には手紙で伝えときますよ。変わったヒトが訪問しに来るって」
「それは余計。……ワラビ、元気でいなさい」
「うん。お姉ちゃんもね」
こうしてあなたたちはシスイと別れた。
あなたたちはシスイの行き先を聞いている。ひとまずミネルバに行ってジュリアの実家に赴き、妹が世話になった、と礼をしに行くそうだ。
だからジュリアが実家に手紙を出すと言った。それからは、先祖である勇者の像に会うか考えているそうだ。
対するあなたたちは東を目指す。遥か東、かつて魔王が本拠と定めた都、ヒルダガルへ。その為にはバルキダッカ大陸に渡らなければならず、あなたたちは東に向かって歩き始めた。




