assalt door
ダレックノル大学。ミネルバ南の小国、フォーセリンに建つ名門大学の名である。
医学、経済学、教育学など、様々な分野で著名な人物を輩出している。西方では知らぬ者の方が珍しく、その大学の助教授と、あなたたちが奴と間違えた黒い装いの男・マルコは告げた。
マルコが、かける丸眼鏡を、クイッと直してから、
「僕はこの国の英雄、軍師マグネスについて論文を書き起こそうとしているんだ。それでマグネスの足跡を調べたくてここまで来たのだけど、墓の中に入るには一人じゃ心細くてね」
「なか? 中に入る入口があるんですか?」
ピラミッド内部を探索するにあたって護衛を頼みたい。そう申し出ようとするのだろうマルコにジュリアが訊いた。
うん、と頷いたマルコが、入口について答える。
「このピラミッドの南には、放棄された発掘現場が残されているんだ」
「へえ。知らなかった。発掘が進んでないとは聞いてたけど」
「……ああ、勘違いしないでくれ。僕も一応男で、学者の端くれだ。昨日ここのヒト達に断って独りで潜ってはいる。けど、中で奇妙なことが起きたんだ」
「奇妙、って言うと?」
「うん。嘘に聞こえるかもしれないけど、通路を閉ざしていた扉に脅されたんだ」
「扉に脅されたぁ?」
「ああ、“霊廟を侵す愚か者よ、直ちに引き返せ”って言われて。それだけならまだしも、その声を聞いた途端、いるはずのないヒトが見えたりとか、コウモリのような鳴き声が耳の中で木霊し始めたりしたんだ」
「ヒトが見えた? その声を聞くまでは、何でもなかったんですよね?」
「もちろんさ。幻覚って言えばいいのかな? とてもその場にいられなくなったから、昨日は逃げ出した次第なんだ」
扉に咎められ、それから幻覚に襲われた。マルコが引き返した旨を説明した。
不可思議な現象。常人なら諦めるところだろう。だが、彼はあなたたち四人に熱心な目を向け、
「ここのヒト達も忠告していたんだ、地下は危ないから絶対に行くなって。でもせっかくここまで来たんだ、何かしらの成果を残さなくては、旅費をカンパしてくれたヒトたちに顔向けできなくてね。で、ニャンフンルルに戻って戦士を雇おうかと考えていたんだけど、そこへ戦士の君たちが現れたから、君たちに護衛を頼みたいんだ」
そんな体験をしたにも係わらず護衛を依頼した。
扉が脅す。これを聞いたワラビが、
「ねえ。もしかしたら、その扉ってゴーストなんじゃ」
と、己の見解を述べる。
「ゴーストだって?」
「うん教授さん。ゴーストって物に乗り移るの。もっとも、扉に憑りつくゴーストって聞いたことないけど」
「なるほど。初めて見たなぁ、ゴーストって話には聞いていたけど」
「もしゴーストなら火で炙れば消えるよ。強い光に弱いから。でも、幻覚ってのは分からないなぁ。ゴーストって変な音は出すけど、幻を見せるなんて聞いたことないし……」
幻覚については説明できず、ワラビが顎に手をあてて首を傾げた。
ワラビはあなたよりもゴースト退治に熟知している。そのワラビが分からずにいる。
しかしあなたが、別の視点から疑いを抱く。幻覚は心身が極度に衰弱している者、あるいは薬物に汚染された者に起こる病である。
つい先日あなたは、そのような者を見てきている。あなたが今一度、目の前の男を確かめる。
「うん? 僕の顔に何か付いてる?」
マルコが右頬を触りながらあなたに訊いた。
普通の男だ。そうあなたは判断した。ローザのように痩せていたりとか、難民街で遭った男のように挙動不審ということはない。
ひとまず疑うのをやめ、あなたが傍にいたシスイに目を向ける。ハンターの彼女なら、マルコが遭遇した異変について分かるだろうか。
だが、彼女は傍にいなくて、
「奇遇。私たちも軍師マグネスについて研究している。力になれると思う。護衛、喜んで引き受ける」
「本当かい!? ああ、僕はなんてツイているんだ」
前に進み出ていた彼女は、マルコと固い握手を交わしていた。
「ちょっとお姉ちゃん、なに勝手に決めてるのよ! 教授さん、このヒト戦士じゃない! 泥棒よ、墓荒らしよ!」
勝手な姉に納得できないワラビが、喜ぶマルコに抗議した。
泥棒、墓荒らし。研究者とは対なる邪な存在と聞き、マルコが戸惑う。
「は、墓荒らしだって? 戦士じゃないのかい?」
「……ワラビ、話がこじれること言わないで」
「ホントのことじゃん」
「かわいくない。……マルコ殿、この三人は戦士だけど、私は忍者」
「えっ、ニンジャ?」
「そう」
「あ、姐さん、今それ言ったら話が余計こじれちゃうって。……ええっと、マルコさん」
「あ、ああ」
「あたしら三人はニンジャ、じゃなくて戦士なんだけど、このちょっと変わった姉さんは、遺跡なんかを巡っているトレジャーハンターなんだ」
「なので申し訳ないけれど、もし地下で価値ある物を見つけた場合、物によっては私が頂くけど問題ない?」
「ええっ?」
ジュリアによって身を明かされたシスイの条件に、マルコが驚きながら迷った。
この迷うマルコにシスイが畳みかける。交渉は、相手にメリットがなければ成立しない。
「ただし、今なら大奮発。護衛料は不要。どう?」
「只、か……。うーん、護衛代が要らないなら、資金に随分余裕ができるな……」
「お得。是非」
「お姉ちゃん! だからなんで勝手に決めてるのよ!」
「うるさい」
姉が妹の両目をトン、と叩き、悩むマルコを見つめた。
痛がるワラビに、秤にかけるマルコ。彼が比べる重さの対象は文化財喪失と護衛無料だ。
それにしても、発掘が進んでいないと聞いていたとは言え、ピラミッド内部がここまで解明されていない事実をあなたが意外に思う。
しかし内部はいわゆる聖域だ。地元民が近付けさせなかった事もあるだろう。そして今は、怪しげな何かが発掘を妨げている事実をあなたは知る。
程なくしてマルコが、意を決した表情をし、
「……分かった。みなさん、護衛をよろしくお願いします」
「成立。ではマルコ殿、この探索には少し準備が必要。明日のこの時刻にまた落ち合える?」
「承知しました。ではみなさん、明日また会いましょう」
あなたたちはマルコと約束を取り付けて別れた。
「ふふっ」
笑ったジュリアにあなたが訊く。
「真面目なアンタが姐さんに乗るなんて意外だな、って思ってさ」
「ねえキミ、なーんか楽しそうにしてない?」
ワラビがじとりとした目であなたを見つめた。
ともあれ、名門大学助教授が加わった。中に入るそれなりの名目を手に入れた。
シスイのやろうとしていることは紛れもない墓荒らしである。だが、発掘の進んでいない遺跡の探検だ。だから未知なる冒険を好むあなたは異を唱えなかった。
***
そして翌日。
「君たちは歴史に興味ある? 僕は昔、勇者に憧れてたんだ」
マグネスの墓下に進入したあなたたち。音がよく響く地下通路にてマルコが訊いた。
「ま、“ごっこ”遊びじゃいつもやられてたけどね。でも、それがきっかけなんだよね、学者になろうと思ったのは。勇者ってすごいよね、あの時代にたった身一つで魔王を倒すという偉業を成し遂げて。心無いヒトは歴史のピエロだとか、政を知らない愚人だとか評するけど、世のためヒトの為にひたすら身をなげうった勇者を、僕は素直に尊敬しているんだ」
カンデラを掲げるマルコが、目をキラキラと輝かせて語った。
彼は勇者たちの英雄譚に夢中だった模様。暗誦できるまで聴いたのだろう。
続けて話を弾ますマルコ。勇者の末裔であるワラビとシスイは、特に自らの祖先を明かすことなく、いつもの素振りで話に耳を傾けている。
「それと勇者って言えばさ、恋人だった姫君ゼノビアは知ってる?」
「……痴愚女神」
「はははっ、確かにすごいおしゃべりなヒトだったようで、友人の魔道士は辟易していたらしいね。でも、誰もが振り返るほど美しく、しかも槍を持たせたら男顔負けの強さで、弓も上手くて。僕子供の頃は、本気で姫君に恋してたんだよね」
「ふふっ、ずっと昔のヒトに恋してたの?」
「ああ。おかしいかな?」
くすりと笑ったワラビにマルコが頷いた。
姫君ゼノビアは、今シスイがぼそりと言った「痴愚女神」とも呼ばれている。
ともかくよく喋ったらしい。そのうるささに友人の魔道士がげんなりした話は有名だ。
「姫君もマルコさんみたいなヒトに出会えればよかったのに」
「時は戻らないよ。でもどうして?」
「あのヒトかわいそうじゃん。剣士と望まない結婚させられた挙句、若くて死んじゃうし」
「そうだね、可哀そうだ。姫君の最も不幸なことは、権力に憑りつかれたオルバヌスを父に持ってしまった事だね。……っと」
「どうしたの?」
「みなさん、気を付けて。もう少し進んだら、僕が脅された扉の前に着きます」
マルコが険しい顔をして警戒を告げた。
程なくしてあなたたちが件の扉の前に着く。扉は石で出来ており、墓に相応しき重厚さを感じさせる。
風化によってゴツゴツと角ばった扉の表面を、あなたたちが凝視していると――。
――引き返せ――
「えっ?」
「ほんとだ。扉が、喋った」
ワラビとジュリアが驚いた。扉から低く気味の悪い声が確かに聞こえた。
あなたたちが目を見張る。石製の扉に、悪魔のような鋭き眼と、大きく避けた口が浮かび上がる。
そして、扉が口を開く。憎しみの籠もったような声が通路に響く。
「仲間を連れて来おって。懲りぬ小僧め」
「…………」
その憎しみはマルコに向けられており、これに対してマルコは何も言えなかった。
代わってシスイが答える。ストールに隠れた顎をしゃくり、扉に浮かぶ悪魔の面を見下して。
「貴方、何者なの?」
「ハッ。小娘、我がその問いに答えると思うてか?」
「……亡霊風情が」
「さあ、墓を侵す愚か者どもよ、報いを受けるがよい」
扉が宣言した。あなたたちを呪う、と。
意識を集中するあなたたち。マルコの言が正しければ、これよりあなたたちは幻覚を見ることとなる。
異変が起きたら、あなたを殿に、ひとまず退くつもりでいる。だが、
「みんな、大丈夫? 変なの見てない?」
「ああ、問題ない。ワラビ、おまえは?」
「うん、大丈夫」
ワラビとジュリアが無事なことを確認した。暫く待っても、あなたたちは幻覚を見なかった。
「き、効かぬ、のか」
「ふん、幻覚と聞いてやはり。――油断大敵」
「ぬおっ」
扉が驚く。シスイが油の入った玉を扉に投げつけた。
そして、松明に火を点け、扉の前にかざす。ゴーストが光に弱いのは前述したとおり。炙れば油が燃え、扉に憑りつく者は消えるだろう。
狼狽する扉。煌々と照らす光を直に受け、存在が抹消されようとしている。
「うおおおっ、き、消える!? や、やめろ、やめてくれ!」
「私たちを害そうとしておいて何を今更。耳を貸す訳などない」
「た、たのむぅ!」
「ダメ。現世は貴方のいていい場所ではない。死者は死者らしく、隠り世へ逝きなさい」
「ぬおおおおっ!」
シスイが躊躇なく燃やし、こうして扉に浮かんだ悪魔の面は消え去った。
扉のゴーストが消え、顎に手をあてたマルコが以前見た幻覚を振り返る。
「僕が見たものは結局何だったんだ?」
「それは」
悩むマルコのために、シスイがぐるりと辺りを見渡し、
「これ」
隅に生えていたある物を摘み、それをマルコに見せた。
その物は、広がる笠を付けた、真っ白なキノコ。
「キノコ……?」
「そう、これが幻を見せていた原因。このキノコは“シロサイギョウ”と言って、これが放つ胞子がヒトに幻覚を見せるの」
「そうだったのか。……ダメだな、学者のくせにこんなことも知らないなんて」
「仕方ない。あの扉の所為と勘違いする。でも、学者なら覚えておくといいと思う。遺跡などではこういう存在にも出くわすから」
シスイがキノコを放り捨てた。
ハンターのシスイは、この幻覚を見せるキノコについて知っており、この胞子を防ぐための薬を調合した。
あなたたちとマルコは予め、薬を呑んで探索に臨んでいる。昨日シスイが「準備が必要」と言って一日待った理由は、この薬を作るためであった。
※サイギョウダケというキノコはございますが、このキノコは架空の物です。




