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heat haze

「ク、クソォッ!」


 炎を浴びたことにより、蒼い鱗を(よろ)う上半身を晒したモートが初めて焦っていた。

 モートは追い付けずにいる。突如として現れた、般若の面を被る忍者の俊敏な動きに。


「…………」

「クッ!」


 無言の忍者が後ろへ高く跳躍、そして宙返りしながら放つ「(しゅ)()(けん)」が、モートの唯一晒す弱点の頭部を狙った。

 この十字型の投擲(とうてき)武器を、モートが腕で庇うようにして防ぐ。軽やかに着地する忍者に、

「ふぇー。すっげ、あのヒト何もんだ」

 ジュリアがただ感嘆した。


「ぐっ、左手さえ使えれば。……くそぉっ!」


 矢が刺さった左手を一瞥(いちべつ)し、モートが口を大きく開けた。

 口内では光が明滅している。日が沈んだ所為もあるが、その散る火花と走る(ほん)(りゅう)は、先に放った光よりも激しく迸っていた。

 ドラゴンの咆哮(ほうこう)。モート最大の電撃が、いま放たれようとしている。しかし、

「“()(そく)(まん)(みょう)”」

「……ぐっ! ぐほっ、ゴホッ、ゴホッ!」

 失敗した。忍者が口内に小さな玉を投げつけ、モートを咳き込ませてから、

「今よ」

「任せてくれ!」

 畳みかけるようにジュリアが、モートに接近して錘を叩きつけた。


「うわあっ! い、痛い、いたい!」


 側頭部を錘で撃たれ、倒れ込んだモートが痛がっている。

 初めて痛打を与えた。追い打ちを掛けるように、

「こいつ! さっきはよくもやってくれたな!」

 熱くなったジュリアが更に錘を当てるが、一発ぶつけたところで忍者がジュリアの肩に手を置く。

 そして首を振る忍者。確かに頭を除けば硬質の鱗だ。大したダメージを与えられないだろう。


 大人しく下がるジュリアを後目に、あなたは今のコンビネーションに違和感を覚えていた。

 ジュリアと忍者。初めて組むはずなのに、今の連携はあまりにもぴったり噛み合っていた。

 彼女はもしかして。そう疑念を抱くあなたに、ジュリアが、

「なあアンタ。あのヒト、なんかおかしいんだ。なんて言うか、初めてなのに息が合う、って言うか、まるでワラビと一緒に戦ってるみたい」

 似たようなことを考えていた。


「ぐっ、はぁ、はぁ……。この僕に、よくも恥をかかせたな!」


 モートが右のこめかみを押さえて立ち上がる。

 こめかみから血を垂らす彼は忍者を睨んでいた。彼女が現れた所為で、圧勝の予定が狂わされたから。

 それどころか無様な醜態まで晒した。これは、神に選ばれたと自称する彼にとって、自尊心が大きく損なわれたアクシデントであり、

「君さえいなければ! 君が僕の完璧に傷を付けた! (あがな)え!」

 屈辱を晴らすべく、怒りを露わに襲い掛かるが、

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」

 聞こえてしまったあなたがびっくりする。忍者が恐ろしい恨み事を呟き、モートを迎え撃つ。


「……よくも、妹を」


 モートが右腕を振りかぶり、鋭い爪で切り刻まんとするが、これを忍者が難なくかわす。

 そして忍者が手裏剣を払うように投げる。防いだモートに忍者が、苦無を両手に握って飛びかかった。

 まずは右手で突くが、退(しりぞく)くモートの顔には届かない。ならば、と左手で払うが、これはモートが右腕で防ぐ。

 一旦下がる忍者。苦無は暗器であり、ワラビが持つ短刀よりもリーチが短い。


「……ふふっ」

「……?」


 モートが笑みを浮かべ、これに忍者が訝った。

 奴の眼は誘っているよう。この誘いに乗るか反るか忍者が迷う。

 暫しの黙考。しかし忍者は()えて乗った。この誘いを破れば奴の自信を挫ける、と考え。

 無謀ではない。私なら敵が何を(たくら)んでも看破できる、という自信が忍者にはあった。


「だめえっ、“お姉ちゃん”!」


 後方のワラビの制止は届かず――。


――“導く教えが失われ、兄弟(けいてい)(かき)(せめ)ぐ”

  “()(てん)流転と小罪犯し、見上げ夢想す逆転の因果”

  “精液を(いたずら)に消費す。嗤う結晶(しい)(ぎゃく)せまほしと願いて”

  “無情に()つる光、待ち望みき。(ゼロ)に戻らば我は再起す”――


「――“破壊衝動(カタストロフ)”!」

「……あっ!」

「うわあっ!」


 突如鳴り響いた破裂音。放たれた衝撃波に忍者が吹き飛ばされ、後ろにいたあなたとジュリアも喰らった。

 あなたは身構えたことにより耐えた。が、ジュリアは尻もちをついている。

 仰向けに倒れた忍者。起き上がろうと上体を起こすが、強い衝撃を全身に喰らったことで立てず、

「ははっ、やはり僕は神に愛されていた! 終わりだぁ!」

 モートが忍者を切り刻まんと右腕を振り上げるが、

「なにっ!?」

「……キミ」

 この爪牙にあなたが立ち塞がり、盾で防いだ。


「くっ、邪魔だ! 時代も分からぬ愚かな君が、どうして僕の邪魔をする!?」


 ()けようと爪で突くモートだが、これも防いだあなたが不退の覚悟で臨む。

 そして、やられっぱなしではいられない。あなたが利き手に持つ剣でモートの顔を突きにかかり、これにモートが下がった。

 (たい)()したあなたとモート。だが、立ち上がった忍者があなたの肩に手を置き、

「こいつは、私に()らせて」

 肩で息をしながらも、あなたに()で闘志を伝える。


「――“神通力(ウルブヘジン)”。頼む、あたし、あんたに賭けるよ」

「ありがとう」


 忍者の背に両手をあてたジュリアが、力と気力を上げる魔法、神通力(ウルブヘジン)を唱えた。

 賭けられた忍者が駆ける。この背にあなたが、ジュリアに矢を番えるよう指示し、あなたも盾を構える。

 いざというとき、忍者を助けるため。


「このメス! もう一度喰らわせてやる!」


 モートが先の衝撃を放つ魔法、破壊衝動(カタストロフ)の呪文を詠み始めた。

 まずい、とあなたが察する。この魔法も知らぬあなただが、先に喰らった衝撃から、前方広範囲に衝撃波を放つ魔法ということをあなたは察知していた。

 つまり、奴の魔法は大きく離れない限り防ぎようがない。あなたが庇うべく前へと駆けるが、

「させない。休息万命」

「ぐふっ! げほっ、げほっ……」

「私には同じ技は二度と通用しない」

 忍者が小さな球を払うように投げつけ、またモートを咳き込ませた。


「クソ、クソォッ! この僕を、コケにしてぇっ!」


 苛立つモートが右手を振り上げた。

 苦無を逆手に握り、迎え撃つ忍者。だが、あなたが目を疑う。忍者は先までの機敏さを忘れたように、何ら動かなかったから。

 直立不動。どうしたと言うのか。あなたが前へ向かう。

 しかし、走るあなたの想いも(むな)しく、モートがその爪牙で忍者の体を切り刻んだ、――のだが、

「やった! ……えっ!? これは、服!?」

 モートのみならずあなたとジュリアも仰天した。モートが振るった爪には、忍者の服だけがまとわりついていた。

 地に落ちる般若の面。本体は、としきりに忍者を探すモートの、

「“空蝉(うつせみ)(ゆめ)(うつつ)”。死になさい」

「えっ? うわ、わああっ!」

 影よりぬうっ、と現れた下着姿の忍者が、モートの首筋をスパっと切り裂いた。


「うあああっ、首が、血がっ!」


 モートが首を押さえて動転している。

 今の一撃によって決着はついた。首は人体の急所であり、何よりもモートが戦意を失っている。

 激しく取り乱したモートが、爪に絡んだ忍者の服を振り払い、

「僕が、この僕が負けたのか! ……クッ!」

 あなたたちに背を向け、()う這うの体で逃げ始めた。


「逃がすか! くたばれっ!」


 逃がすわけにはいかない。モートは麻薬を製造した悪人だ。裁かれるべき男である。

 娼婦の彼女も害し、ジュリアが弩を構え、悪人の後ろ頭を狙うが、

「……えっ?」

 ストンと、尻もちをついた。


「ダメだ、力が入んない……」


 天啓(リャナンシー)、そして神通力(ウルブヘジン)を唱えたジュリアは限界を迎えていた。

 よくも今まで立っていたものである。ならば忍者は、とあなたが振り向くが、

「……さすがに、この格好で追いかける気は」

 顔を赤らめ、胸と股を押さえていた。

 忍者の素顔は、ワラビと似ていると言われれば似ており、似ていないと言われれば似ていない。

 白い肌等、要所要所で相似点は見つかる。けれど顔は小さく背は高め、ワラビに比べると明らかに大人である。

 また、垂れ気味の目がどこか陰を帯びている。ワラビを陽とすると、彼女は陰である。 


「…………」


 そして服を着た忍者。面こそ被らなかったが、黒いストールを首に巻き、口元を隠した。

 口元を隠し、己の装いを良しとした忍者。(こだわ)りなのか。そんなことを思ったあなたをよそに、忍者がワラビの元へ歩み寄る。

 うずくまるワラビが、目の前でしゃがみこんだ忍者の顔を見て、

「お姉ちゃん!」

 と言い、飛び込むように忍者に抱き付いた。


「アンタ、お姉ちゃんだってよ。やっぱこのヒト」


 ワラビの頭を撫でる忍者を後目に、ジュリアとあなたが顔を見合わせる。

 勘付いてはいたが、この忍者こそがワラビの姉だろう。あなたとジュリアはワラビから姉の存在を聞いている。

 その姉に、いま妹は甘えていた。だが、ここでワラビが今の状況に気付き、――バッ、と忍者から急いで離れ、

「お姉ちゃん!? どどど、どうしてここにいるのよ!? それに何よその金髪!」

「久しぶりね」

 正気のワラビとは対面もそこそこに、金髪の忍者があなたとジュリアに振り向く。


「改めて初めまして。私、この子の姉で“シスイ”と言います」


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