復讐代行
「き、君! ちょっとこれを見たまえ!」
地下牢獄の探索から十日ほどが経過し、一枚のチラシを持ったハワードが、慌ててあなたの元に駆け寄った。
今は勤務中。ボナの入口に立つあなたがハワードの持つチラシを見る。すると、
「この子、私が採用を断った、君たちの仲間の小さな子だよな?」
チラシにはワラビの似顔絵、及びワラビの特徴が、事細かに書かれていた。
「このチラシが街の至る所に貼られていたんだ。こんな物が貼られるなんてただ事じゃないぞ。君、あの子はいったい何をしたんだ?」
ある意味、衝撃的な単語が書かれていた。チラシには「出禁」。そうワラビを指して書かれていた。
これはあなたも知らぬこと。親友なら何か知っているかも、などとあなたが店に入ってジュリアを呼ぶ。
間もなくしてやって来たバニーガール姿のジュリアが、
「あー……。あいつ、昨日やりすぎちゃったからなぁ」
と、苦笑しながら言った。
「知っているのか。この子は一体なにをしたのだね?」
「それがさ、社長……」
どうやら昨日、ワラビが「ギルガメシュ」というカジノで大勝したらしい。
ギルガメシュとは、この街で最も大きなカジノである。連日満員御礼の、この街を代表するカジノだが、ハワード曰くここ数年客を楽しませるようなことを一切しないセコい店とのこと。
しかし、勝っただけなら別に驚くこともない。では何故ワラビが出禁にされたのか。その理由はただの勝ちでなく、ギルガメシュの店主が「もうやめてくれ」と嘆いたほどの、超弩級の勝利である為、とのことだった。
この経緯は司直の女刑事ラズィーヤが、ワラビの目の良さに関心を寄せたことによる。この街に赴任した当初彼女は、ギルガメシュに遊びに行き、散々にスッたらしい。
さすがの彼女もギャンブルで負けて大騒ぎはできず、もやもやを抱えたところでワラビと出会った。そして彼女は、ワラビの目の良さに気付いた。
ラズィーヤはギルガメシュへの復讐、ワラビは7を揃えられなかったスロットマシンの攻略で意気投合した。二人はギルガメシュへ赴き、ひたすらスロットマシンを打った。それはもう余念なく、スロットマシンという機械の研究に情熱と執念を注いだらしい。
そして、研究と実践の果て、遂に7を揃えられるようになったワラビが昨日決行した。初めこそ「お、小さな子が勝ってるな」程度で大して気にするヒトもいなかったのだが、徐々に積み上がるコインの山に、一人、また一人と立ち止まっては、ワラビがコインを吐き出させる様に喫驚した。
小さな子が信じられぬくらいにコインを出している。それを見た観客はいつしか歓声を上げた。さらにワラビは7を揃え、しばらくして店主が現れたが時すでに遅し。ワラビの周りにはまさしくコインの城が出来上がり、それを見た店主はへなへなと足を崩した。
しかし、やめないワラビ。衆人の注目と声援を受け、次々と7を揃えまくる。そんな容赦のないワラビのそばでコインの城を築いていたラズィーヤは、嘆く店主を見て高笑いしたそうだ。
「な、なんたることを」
他人事ではないハワードが青ざめた。
しかし、この話にはオチがあった。抗議する店主に、ラズィーヤは司直の徽章を見せ付けた。
彼女としては徽章を見せれば黙ると思ったのだろう。ところが、店主は司直の詰所に駆け込み、直接窮状を訴えた。
ワラビは不正な手段を用いていない。れっきとスロットマシンを攻略した。けれど、それも遊戯を提供する場があってこそ成り立つ話だ。ましてや店の骨子を揺るがすほどの額となれば、カジノ側の言い分も立つだろう。
それに、いくら渋くてセコい店であろうとも、ギルガメシュは許可を得て賭博を開いている。そしてその収益の一部はザイオニアの税でもあるため、国直属の警察機構である司直はギルガメシュを庇った。
何にせよ、やり過ぎなのだ。程ほどならばこうはならなかっただろう。駆け込まれて現れたソロンは、ワラビが稼いだ途方もないコインの山を、全て店に返還することで示談して店主と合意を得た。この処置に不服のワラビとラズィーヤ、観客たちから怒涛の不満が上がったが、これをソロンは「司直の裁定に逆らう気か」と撥ね退けた。
「ジュリア君、きみはその場にいたのかね?」
「あたしは目立つのイヤだから途中から他人の振りしてたけど、でも仲間ってバレてるだろうなぁ」
「うーん、これはまずい。あの子が君たちの仲間と知れれば、ウチがギルガメシュのオーナーから何か言われかねん。あそこのオーナー、ケツの穴ちいさいしなぁ」
腕を組むハワード。ボナは中堅である。最大手のギルガメシュに睨まれればやりづらくなるだろう。
少し考えさせてくれ、とハワードが店の奥へ行き、そして、この日の勤務終了と同時、ハワードはあなたとジュリアとテオに退職を命じた。
しかし、あなたたちとの別れは本意ではないよう。ハワードは「もうしばらくは宿をただで使ってもいい」と、惜しむように告げた。
***
こうして数日後、あなたたちがハレーシャンを発つ日を迎えた。
ワラビは一躍有名人になっていた。ギルガメシュを潰しかけた死神として。しかし、セコい経営ばかりするギルガメシュにはみな腹に据えるものがあったらしく、ワラビは街の人々から「よくやってくれた」と褒められていた。
この数日の間にあなたたちは、ソロンから貰った御礼を元に装備を買い換えた。あなたは「モリオン」と呼ばれるアーモンドの種を半分に割ったような形の鉄兜を被り、鉄板を加工して作られたミトンを手にはめていた。
ワラビはオヒョウの木の繊維を使った「アットゥシ」と呼ばれる着物を着ている。ジュリアは軽くて値段も手頃な布製の鎧を身に着けていた。
テオには頭巾に鉄板を縫いつけた「鉢金頭巾」を買い与えた。ちなみに、この装備品を調えた元手は地下牢獄の金である。あなたは二人に金の出所については教えず、ソロンから受け取った旨だけを伝えた。
「ワラビちゃん、どうしても行くのかい?」
「うん、ごめんねおばさん。短い間だったけどありがとう」
「う……。ハレーシャンにまた来る事があったら、必ずウチに寄るんだよ。待ってるからね」
「うん。じゃ、おじさんも、さよなら」
「ああ」
ワラビが別れを告げたこの夫婦は、あなたたちがステーキを頼んだ食堂を営む夫婦である。
恰幅の良い婦人はワラビとの別れに泣いていた。この夫婦には子がなく、そこへワラビが「雇って」と来たものだから、ワラビはこの婦人に大層可愛がられた。「ウチの子にならないか」とまで言われたらしい。
また、ハワードとの別れは既に済ませた。ジュリアが退職したことで、ハワードは新たな看板娘を急遽雇ったが、「大分妥協した」と言っていた。
最近ジュリア目当てでボナの客足が伸びていたことからも、ハワードはジュリアとの別れを甚く惜しんでいた。
さて、目指すは王都レヴァルツィア。だが、その前にあなたたちはこれから司直の詰所へ向かう。
ソロンとラズィーヤに別れを告げなければ。特に二人はラズィーヤと親子の盃を交わした間柄である。
「あっ、霧」
ワラビが真っ白に染まる周りを見て言った。
濃霧が、辺りを包んだ。その時だった。
「う……」
「お、おいどうした! しっかりしろ!」
先ほどまで泣いていた婦人が、ふらりとよろけ、そして倒れた。
突然妻が仰向けに倒れ、夫である食堂の店主が動揺する。だが、間もなくして、
「うっ、なんだ、体が……」
食堂の店主も跪き、力を失くしたように伏せる。
「おじさん、おばさん!」
ワラビが駆け寄るが、そのワラビまでもが、
「あぅ、なに、これ……」
夫婦の元に辿り着く前に倒れる。
何事か。あなたがジュリアに振り向けば、ジュリアも苦しんでいて、
「寒い……。どうしたんだよ、あたしの、カラダ……」
自らを抱き締めるようにして蹲っており、間を置かずして倒れた。
これは二人と夫婦だけではなかった。あなたが周りを見渡せば、誰もが気を失っている。
そして、あなたにも伝播する。強烈な悪寒が体を走り、瞬時にしてあなたが力を失う。
耐え難い脱力感があなたを襲い、あなたが膝を突く。
「師匠!」
四つん這いに冷や汗を流すあなたをテオが心配した。
あなたが朦朧とする意識の中、力を振り絞って顔を上げると、四足で歩く獣の影が濃い霧に浮かんでいる。
そして、異形の怪物が姿を現す。四つ足で歩くその生物は、逆立つ濃緑の鱗を全身に備え、冠に似る鶏冠を乗せた頭では、二つの大きな眼がギョロギョロと動いていた。
その眼は印象強かった。黄土色の強膜に、細長い縦の黒い瞳孔が浮かび、その眼が左右同期せず別々にあちこちを見ている様が、名伏し難い邪悪さを抱かせる。
――邪眼の石竜。倒れる人々など素知らぬ振りで、舌をヘビのように出し入れしながら、大通りをひたひたと闊歩していた。




