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八日前-4

遅くなって申し訳ありませんでした。

しかも今回短いです。

あの後は特に関わる事柄もなく、オレはロイターとローズブルフより先に寮に帰されることになった。『残り一週間の大仕事に取り掛かるのなら早いに越したことはないだろう』とのお達しだった。


しかし、

「…さて」

盛大に啖呵を切ったはいいが、肝心のアイデアが浮かばない。

ロイターが本気を出すなら間違いなく様々な種類の対策術式が必要だ。本気のアイツは勝つためなら自分の命以外なら何でも使う。最悪の場合強度を無視して会場を粉々に壊し、粉塵を巻き上げてでも勝利を狙うだろう。

加えて、ローズブルフがどの程度までやる気か分からないのも不安の種だ。学院で唯一の魔法使い。本来時間と人数が必要な『神話の再現』さえ、単独で、短時間でやってしまうロイターとは別ベクトルの化け物だ。本気を出したら会場どころか学院だって消し飛びかねない。


正味の話、構造物を壊さないだけなら簡単だ。伝わるであろう衝撃を正方向に反射するような術式を組んで、起動条件を誘発型に設定してやれば良いだけだ。

じゃあその衝撃は何処に行くか。当然上にいる人間にダイレクトに伝わるし、威力によっては観客にも襲い掛かる。大怪我は間違いないし、最悪の場合死人が出る。

だから衝撃を吸収するか軽減するかの術式を組む必要があるのだが、どんな風に吸収する必要があるのか、どの程度まで軽減すれば良いのか、どういったタイミングで発動する術式であるべきなのか、どのくらい効率的に魔力を使えるのか…と、考え出すとキリが無い。

「…これじゃ魔力が足りないな。なら戦ってるときに出る衝撃を吸収して電気に変換して魔力に…いやそれだと軽減術式で効率が落ちるから…いっそ機材が耐えられる限界までしか軽減しない方向で…過剰な余波は観客席に行かないように…」

だから必要になるだろうモノと、何処に行けば入手可能か、取り寄せが必要かなどを思い付く限りリストアップし白紙に纏める。まだ会場の詳細な施工図も参加者の名表も分かっていないから、基本的なものしか書いていないが、それでもかなりの量になっている。これに追加で在校生の参加者の情報が追加されれば恐ろしいことになりそうだ。


というか何故こんなことを一週間前に任せるのか分からない。こういうのはもっと前もって準備すべきもののはずだ。もしかしなくてもバカなのか?

「いやまぁ学院側にも事情があるんだろうけど…」

思わず愚痴が溢れてしまうが、これくらいは許してくれるだろう。

だが問題は、思考が脇道に逸れたことでオレの集中力が切れてしまったことだ。そのタイミングを見計らってか、急に腹の虫が鳴き出す。時計を見れば時刻は既に20時前。遅めに昼食を摂ったから普段よりも腹が減らず、気付けばもう夜になっていたようだ。

「…食堂と風呂、まだ開いてるよな?」

オレの記憶が間違っていなければ、寮の食堂と大浴場は22時までやっていたはずだ。『はず』と確証が持てないのはその時間に利用したことがないからだ。普段は今の一時間前にはどっちも終わらせているか風呂は部屋に備え付けられているシャワーを使えば良いし、最終手段として研究室のシャワーと農学部から貰った食材を自前のガスコンロと深めのフライパンを使って作るという手段もあるが、今日は何となく大きな湯船でのんびりしたい気分だし、食材もないので自炊も不可能だ。


「…気分転換しろって事かな」

椅子から立ち上がり大きく伸びをすると凝り固まっていた体からミシッとかポキッとかいう軽快な音を奏でる。二時間程度動かないだけでここまで体が凝り固まっていたのか。少し驚きだ。

もう一度大きく伸びをした後、適当に着替えを見繕って風呂の準備を始めた。





オレ達最高学年とその一つ下の学年を専攻生と呼ぶのだが、専攻生として学院に残るのは学院に入学するよりもかなりハードルが高い。成績の最低基準が設けられ、更にそこから各学部全体の上位20人までしか在学を許されない。特例として何かしらの形で『実績』を残している場合は在校を許されるが、そんなのはオレの知る限りでは魔法使いのローズブルフと魔眼持ちのメリッサくらいだ。

逆接。専攻生っていうのは本当の意味でエリートなのだ。別にそれをかさに着て御高く留まろうとは思わないけど、専攻生になって本当によかったと思えることが多々ある。


その一つが風呂だ。

学院の寮には風呂が四つ、男女それぞれに分けると八つあるのだが、初等部用、中等部用、高等部用、そして専攻生用と分類されている。

この専攻生用の風呂が最高なのだ。

何と言っても眺めがいい。

暗闇に包まれる大海を背景に『海上の都』『眠らぬ蒼光の灯火』と例えられるイスティールの中心街を一望する、海抜高度200mに浮かぶ天空露天風呂。脱衣室と露天風呂は空間接続の魔術で行き来できるようにしてあり、脱衣室も学生証と指紋検査及び虹彩検査までして、どこぞの馬鹿がやらかしてからは転移魔術対策まで追加された徹底のセキュリティ。

金の使い所がおかしいのは我が学院の特徴でオレも常々改善すべきだと言っているが、この風呂だけは別だ。

「あぁぁぁぁぁ…」

湯船に浸かり開口一番に言葉が漏れだしてしまうほどの極楽感。凝り固まった体もお湯の温かさに包まれて解されていき、全身の毛細血管が広がって血が巡り出してじわぁんとした感覚が身体中に広がる。

ロイターではないが、ここに酒とツマミでもあれば風流だろう。流石に教育機関にそんなものを備えてあるわけが無いから、妄言以上にはなりそうにもない。


湯船の縁から少し身を乗り出して外を見ると、夜空の星々を塗り潰す圧倒的光量を放つイスティールの中心『行政区画』が目に写る。

イスティールの『行政区画』は同盟の本局や経済団体連合の本部と、世界の名だたる庁が集まり、そこに作られた建造物や都市施設はあらゆる面で洗練され、同時にどこまでも機能的だ。


その中心に直下立つライトアップされた天を衝くほど高い白亜の塔。会社や組織はおろか、窓も扉も一つもない、ただただのっぺりとした毛のほどの隙間のない円柱状の塔が空に向かってどこまでも伸びている。


塔の名前は『ウカ・ウガ』。旧聖約書創世記に登場する『混乱バベルの塔』と対を為す『統一の塔』と名付けられた塔で、役割もそれに準ずるものとなっている。詰まる所『全人類種の言語統一』だ。

細かな原理はよく知らないのでかい摘まんで説明すると、あの塔の内部にはあらゆる言語が納められているそうだ。魔術と魔法と電波で世界中に流すことで全ての人たちの話す言葉が寸分違わず伝わるようになったそうだ。

「平和の象徴、ねぇ…」

かつて神は人の傲りの象徴だった塔を破壊し言葉を乱したが、今は人の安寧の象徴である塔によって一定の平和が保たれていると思うと神は一体何を思い塔を破壊したのか…いや、旧聖約書の書き手は一体何を思ってそんな文を綴ったのかという疑問の方が正しいだろう。

「…て、リラックスタイムにまでこんなことで悩んでどうするんだよ」

余計な横道に逸れた思考を戻す様にオレは水面に顔を沈めた。

考えても栓無き事なのは分かっているけど、その栓無き事に意味を求めてしまうのかオレの性分で、オレはそれと一生付き合って生きていかなければいけない。胡散臭いとは思うけど、これだけあれこれ考えてればボケで死ぬことは無さそうだ。





それから暫く、オレは頭を空っぽにしてただただ遠くを眺め続けていた。

イスティールの明かりのせいで澄んだ夜空には本来あるはずの星がほとんど窺えない。これはこれで十二分に美しいけど、もしここに星空が広がっていればどれ程美しい光景だっただろうか、とか、そういえばまだ夕飯を食べてないなとか、そんなとりとめの無いどうでもいい考えが浮かんでは消える。


「お?珍しい奴がいるじゃん」

唐突に後ろから声を掛けられ振り返ると、そこには初等生の身長しかないちんちくりんの子供がいた。

「…誰だよセキュリティが完璧とか言った奴。初等部のガキンチョが入って───────」


バシィィィンという大きな音が風呂場をつんざく。


「痛いんだけど?」

頬に押し付けられた拳を見ながらモゴモゴと抗議する。

「こうされる理由は分かってるでしょ?何か言うことあるんじゃないっすかセンパイ」

「えー…」

「ぁん?」

「分かった分かった、悪かったよ」

今度は右手を打ち込まれそうだったので適当に謝る。

「…全く。センパイにしちゃ質の悪い冗談だぜ。メリッサがおかしいって言ってた訳はこれか」

そう言いながらちんちくりんはオレの隣に座った。オレの背が高いのもあるのだが本当に小さいな…。

「メリッサまでオレの事おかしいって言ってたのか?」

「アイツ結構お兄ちゃんっ子だかんなぁ。仮にあれが無くたってセンパイの事は察せると思うよ。あぁ、憎たらしい」

「ハッハッハ、妬くな妬くな。アイツにとってはお前がナンバーワンなんだからよ」

思い出すのは昼間のノロケ耐久での話の内容だ。聞いてるこっちが胸焼けしそうだったし、

「流石に弟分と妹分の情事云々なんざ聴きたくなかったよ…」

「…忘れてくださいお義兄様」

「合法オネショタとは流石のオレもドン引きだよ」

「うがぁぁぁぁぁぁ!?」

オレの言葉がとどめになったようで、ちんちくりんは悶えながら風呂に顔を打ち付けた。


このちんちくりんが長々と存在だけ示唆されていたメリッサの彼氏で一つ下の弟分『フリスト・パツィエンツァ』。歳は19だが身長は10歳の平均身長程度しかない。真っ黒な髪に真っ黒な目、幼いながらも陽気な顔立ちで親しみやすそうな雰囲気を纏っているが、実際の性格はその真逆に位置し、気に食わなかったり自分より強そうだと思った相手に噛み付くという狂犬みたいな奴だ。特に身長の事を触れられると先程みたいに殴りかかってくる。

こいつとの出会いは例にもよって当時の時点で学院最強かつ王族のロイターに噛み付いた時である。因みにオレは審判兼ストッパー役でその試合を見ていたが、ロイターの洗礼じゅうりんを受けるフリストには同情と応急手当しか出来なかった。


「で、お前もずいぶんと遅かったけど、何かしてたの?」

「ああ、ちょっと野暮用って奴っすよ」

「何だまた再試か」

「あはは~…」

どうやら図星だったようでフリストは情けない顔をしながら笑う。彼も一応専攻生で決して頭が悪いわけではないのだが、ある科目だけ致命的に駄目なのだ。


「そもそもよ、魔術使えねぇのに魔工技師目指すってどうよ?物作りが好きなら他の技術職もあったろ?」

そう、フリストは魔術が使えない…厳密に言えば『魔力がほぼ無い』のだ。

依然話題に出たオレの体質『白血』。魔力が多すぎて生命維持に支障を来す体質とはある意味真逆、こいつは魔力が少なすぎるお陰で各種身体能力が異常なまでに活性化されている『黒血ブラック』と呼ばれる体質を保有している。同時に黒血は高い耐魔力を有していて自分に向けられた魔術的干渉を無害化してしまう体質でもある。

ただし魔力が少なすぎるため自分で魔術を行使することが出来ないのが黒血の欠点だ。

なのに選んだ専攻は『魔工技師』。魔道具や魔道機械など『魔力をエネルギーとして稼働する道具』を作る技師を育成する専攻だ。『こいつの進路選択のときにもっとしっかり忠告しておいた方が良かったかな』等とほんの僅かに自責の念が心に生まれる。


「ま、まあまあ良いじゃないっすか。センパイが色々教えてくれたお掛けで、ちゃんと合格点貰えたし、進級だって出来たんスから」

「オレとしちゃ再試取らせてる時点で面目丸潰れなんだけどな…」

「うわっ相変わらずプライドたっけぇ…」

「プライドじゃなくて責任感だよ」

図星から当たらずも遠からずの言葉に少しムカついたので、フロストの頭を軽く殴ってやった。

弁明すると、オレはプライドが高い訳ではなくコイツに教えた事柄に誇りを持っているからだ。

オレがフロストに教えたのは『魔術の才能の無い人にも使うことの出来る魔術』。魔術に求められる才能は『魔力量』と『適性』の二つ。魔力多いだけの馬鹿でも才能だけあるヘタレでも『魔術師』としては失格、術式は決して発動してくれはしない。

そして魔道具は前者…オレのような魔力ばかりが多い馬鹿でもある程度の段階まで魔術が使えるように補助演算を行ってくれる道具だ。


では魔力が無いものは適性があっても使えないのか?

当然、その通りだ。発動するための原動力が無いのだから、どれ程の適性があっても発動するはずがない。


だからオレは別のアプローチを考え、フロストに提案したのだ。


そのお掛けでコイツは晴れて専攻生となれた次第だ。惜しむらくばコイツは魔力量だけじゃなく適性の方も殆どスカンピンだったと言うことと、つい最近から魔術が使えるようになったばかりの関係で唯一適性のあった樹印もまだ中等部程度の理解度しかないことだ。そりゃ再試になっても仕方がないかもしれない。同情はしないが。


「そう言えばセンパイは地元に戻って牧師になるんスよね?」

「結構何度もそうだと言ってる気がするんだけど…」

呆れながらフロストを見ると、フロストはオレ以上に呆れた、それを通り越して冷たい目でオレを見ていた。

「…何だよ?」

「いや、何かスッゲェ勿体無いなぁって思って。

センパイなら同盟軍でも、技術者でも、研究者でも何にでもなれるってのに、何で一番合ってなさそうな牧師になるんだろうなぁって」

「…どいつもこいつも随分とオレの事を過大評価してるけどな、オレはそんな上等な人間じゃねぇっての。重たい期待でオレを押し潰して縮めてやろうとでも考えてんのか?」

「でもセンパイ、何時だったか『憧れだけじゃ飯食っていけねぇぞ』って自分で言ったじゃないっすか。センパイは憧れだけで牧師になってたりしませんよね」

「するわけねぇだろ。

前にも言ったろ?夢見つかるまでの場繋ぎさ」

「暢気だなぁ…」


ほっとけよ。大きなお世話だ。

そう言おうとはしたもののそれはお互い様なので、そのままグッと言葉を飲み込んで、もう一度、今度は特に理由もなくフロストの頭を軽く小突いた。

漸く出てきました彼氏君。

一発キャラ?ハハッ馬鹿言っちゃいけねぇ。


次回の投稿は恐らく二週間後になると思われます。

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