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八日前-3

未だ物語に登場していないメリッサの彼氏さんを呼び出し食い倒れたメリッサを預けてから、オレとロイターは学院に戻り校長室に向かっていた。既に呼び出し時刻の十八時より数分前。本来ならもっと早くつきたかったのだけれど、諸事情でこんなギリギリの時間になってしまったのだ。

その『諸事情』というのが、

「全く。毎度毎度思うが、お前の発作はどうしてこうも空気が読めないんだろうな!!」

「畜生何も言い返せねぇ!!」

オレの喘息が原因だったりする。こういう日に限って発作止めを持ち歩くのを忘れてるのだ。

喘息出た後すぐ走るのも馬鹿らしい事だが、最近の喘息止めは素晴らしい。服用して二分位で走れるようにまで回復するのだから。


「それにしても相変わらず遠いな」

校長室があるのは校舎の最上階だ。エレベーターも無いことはないのだけど、残念ながら健康な学生には開放されておらず、学院の定義上オレは『健康』なので使わせてもらえない。その辺どうにかならないものだろうか理事会さん。


「アルド、無駄口いってる暇があったら走れ」

「走ってる走ってる。廊下は走るなって標語が銀河の外に飛び立つレベルで走ってる」

「口を動かせるだけ全力じゃないだろ」

「お前も他人の事言えないだろ…あ、だからって本気で走らないでくれよ?」

「それは…フリか?」

ロイターが何故かとても愉しそうな顔をしたので、

「…またあれが欲しいのか?」

オレも笑顔で応答してあげると、一転して顔を青くしたロイターは首を横にブンブンと振った。


五年前女子更衣室を覗いてたのがバレて全力で逃げた時の二次損害をオレは忘れはしない。土と光と風の複合属性魔術で身体能力を強化して全力で走ったコイツの後には、ペンペン草の代わりにソニックブームと竜巻とそれに巻き込まれ空を舞う残骸が残り、女子更衣室があった棟は大破し建て替え工事をする嵌めになった。

そしてオレは巻き込まれて空を飛んだ後、ロイターを拘束して私刑を執行。その時を境に『ロイターの外付け安全装置』と呼ばれるようになったのだが、特に大したことした覚えはない。ただ当時精一杯の錬金術と樹印を駆使して作った『聖銀糸の荒縄』で縛り上げてからどれだけ殴っても怪我しない痛みだけが残る『絶対半殺しグローブ』で殴りまくっただけだ。

因みにロイターはその日を境にMに目覚めたらしい。理由を聞けば『アレに比べれば万事一切マッサージに等しい』とか言っていた。抑止力が生まれたのはとても喜ばしいが、叶うものならそんな逆境備えないで貰いたいというのが友人としての本音だ。


「アレから随分経つが、いやはや俺も業(なり)を潜めたものだ…」

「沁々言ってんじゃねぇよ。そして業を潜めたんじゃなくてお前が加害者から被害者になることが多くなっただけだろ」

「無理矢理スるのもサレるのも、犯罪にならないのは二次元だけだぞアルド」

「十五歳から酒が飲めるようになってからそのまま流されるようにベッドインして、そこから救難の使い魔をオレに飛ばしたのは誰だったかね」

「おいやめろ。アレは今もトラウマなんだ…」

青い顔が更に青くなった気がしたが、変態の申し子と言えど流石にアレは堪えたらしい。


『アレ』の詳細については、良い子の皆のため、これから聖職者となる自分の立場のため、そして何より腎虚寸前まで複数人に搾られた上その主犯に無理矢理婚姻を結ばされそうになって心に深い傷を負ったロイターの為に伏せさせていただきたい。

だが敢えてどれ程酷かったかを言うのなら、彼は二週間の間漫画ゲームも含めて女性の顔を見ることができなくなり、その後変態性が悪化したとでも言えば良いだろうか。後今でも一人で十人以上の女性集団と対面することはできないし、たまに夢で見て幼児退行したりする程度には重症だ。


「そういえばトラウマの語源ってお前の母国の夢って意味だったな。なるほど逆レは男の夢か」

ふと思い出した事を皮肉の意味も込めて投げ掛けてみると、

「やめてくださいお願いします」

と、ロイターは『もしかしたらこのまま死ぬんじゃないか』というレベルで青ざめた。

「なら一生禁酒だ。オレが助けに行けるのも後一週間だけなんだから」

「…ビールは?」

コイツどれだけ酒好き何だよ。こうなりたいとは思えないが、ここまで来ると呆れを通り越して尊敬してしまうよ。

「ノンアルなら良いぞ」

「やったぜ」

オレの妥協にロイターは何故か誇らしげなガッツポーズをした。





そんなアホ臭いやり取りをしている間に最上階まで登り、オレ達は漸く目的地の校長室に着いた。

ノックをするとすぐに返事が返ってきた。

「入りなさい」

「失礼します」

軽く息を整えてからオレとロイターは室内に入った。

同盟立の名に相応しい、悪く言うと過多な装飾品と調度品にコーディネートしてある室内。ここに来るのが数回目のオレにとっては『こんなものに金を注ぎ込むならもっと別のものに使えばいいのに』と思えて仕方無い金持ち気質な趣だ。

だが実用的な家具、例えば来賓用のソファやテーブル、大きなデスクは実務的でありながら洗練されたデザインをしている。有り体に言えばこの部屋に似つかわしくないモノだ。

そんなチグハグな部屋のソファに腰掛ける人物が二人。

一人は白髪混ざりの茶髪の厳つい顔をした壮年の男性。もう一人は『清楚』という言葉がそのまま形を取った凛とした面持ちの黒髪の女。


「…ふむ。君が時間ギリギリに来るのは珍しいなラングマン」

「発作が出たので一旦寮に戻ってました。申し訳ございません校長」

「時間には間に合ってるから構わんが、体は大事にしなさい」

「お気遣い痛み入ります」

壮年の男性…校長の労りの言葉に頭を下げる。

「あのー、俺は…?」

「来ただけ殊勝だなケーニッヒ。何時もはラングマンかドースブルフが引っ張って来なければ逃げるだろう?」

「ウグ…ッ」

校長の言葉にロイターは言葉を詰まらせるが、事実だからフォローはしない。同じく連行役であるドースブルフ…男性の対面に座る女も大きくため息を溢した。


レオンティエン・ファン・ドースブルフ。これが女のフルネームだ。魔術学部総合魔術学科魔法専攻唯一の所属学生。信仰が失せたせいで選ぶ人がいなくなったオレの所とは全く違う意味、才能を持つ者がいないために所属する学生がいない専攻に所属する偉才の持ち主だ。


魔法を説明する前に一つ例え話をすることにしよう。冷水と熱湯を混ぜるとぬるま湯になるが、混ぜたものをそっくりそのまま元素の一つ一つに至るまでしっかり分けることは通常の手段では不可能だ。

そこでまず水を容器に分けてから片方を火にかけて熱湯に、片方を氷につけて冷水に戻すのが魔術だが、この熱源となるものは自力でどうにかしなければならないという制約がある。

対して魔法はその制約が無い。熱湯を作るならコンロ、冷水にするなら冷蔵庫と第三の何かの力を借りることが出来るのだ。


つまり『魔術』は自身の魔力と術式演算能力のみで現実を変える『力』を行使する必要があるのに対し、『魔法』は『第三存在』に代償を支払うことでその力を一時的に発現することが出来るのだ。なお『第三存在』というのは様々である。神や悪魔や精霊、この世の法則という記録さえ残っている。

そして当然の話だが、そんなどう考えたって上位存在の力を借りるわけだから、その力は魔術とは比べ物にならない程に強力だ。魔術がライターなら魔法はC4だ。

…ついでに言えばそれを上回る『核弾頭』と例えることが出来る力もあるんだけど、今はどうでもいいのでスルーしよう。


話を戻してドースブルフだが、彼女は学生で唯一の魔法使いではあるけど、生まれ自体は本当に普通の女の子だ。確かに北の国の自営業を営む夫婦の子供で、彼女曰く『たまたまそういう才能があったからって理由で両親が借金してまで入学させてくれた』という涙ぐましい理由でこの学院に通っている。

彼女自身も最初は親の助けをするために経営学部に進みたかったらしいけど、『経営学は選択科目で勉強できるし、魔法使いの方が補助とか補償金とか出るからお金に困らないし、親にも楽させてあげられるから』と言って今の専攻を選んでいる。

借金は在学中に自分で返し、今は奨学金と特別手当とバイトで学費と生活費を賄っている。勤勉で親思いの本当にいい奴だ。是非とも爪の垢を煎じてどこぞの放蕩皇子に飲ませたいものだ。


因みに見た目もそれなりにいいのでモテるらしいが『好きな人がいるから』と断ってるそうだ。それが誰かは大体予想がつくけど、彼女が自分で言うまで黙っておこう。


「まあいい。二人とも、適当に座りなさい」

校長の促しにオレとロイターはソファに腰掛けた。スマートなデザインからは想像もできないほど馬鹿みたいに柔らかく座り心地抜群の低反発素材のソファだ。一体幾らしたのだろうか、買えるのなら何時か欲しいななど顔に出ない程度に考えながら校長の方に向き直った。

「さて、漸く三人集まってくれたから、ここに来てもらった理由を話そうじゃないか」

それを皮切りに、校長は厳つい顔に似合う厳格な声で話し始めた。


「本題から入るが、ケーニッヒとローズブルフの二人には卒業式後の『宴(フィナーレ)』に出てもらう」

「え?」

「…」

校長の一言にロイターはすっとんきょうな声を上げ、ローズブルフは大方予想していたのか項垂れた。

宴(フィナーレ)とは毎年卒業式の後に催される学院の最高学年の代表者と在学生によるエキシビジョンマッチ…とは名ばかりの大乱闘だ。最高学年の代表者は毎年魔導騎士専攻の首席と他の戦闘系の専攻から総合的に一番優れた…有り体に言えば一番強い者の二人が選ばれ、在学生からはあらゆる学部から代表者一人ずつ、合計10人が集められる。

一見袋叩きに見えるが、このエキシビジョンマッチの特徴は『大乱闘』であること。


つまり、在学生同士が味方であるとは限らないのだ。


この特色のせいで毎年仲の良い先輩後輩が結託してとんでもないことになったり、魔導騎士専攻の代表との一騎討ちを挑む複数人の在学生が闘っているのを傍観して後から卒業生が叩きのめしたり、たまにとんでもない実力を持った馬鹿が有象無象を数秒の内に勝負を決めてしまったりと、とにかく大混戦で収集がつかなくなるのだ。数年前は代表者に納得できない他の学生が乱入して三日三晩終わらぬ大惨事にまで発展した。

それでも無くならない辺り、学院の理事会も先生方も馬鹿というか祭り好きと言うべきなのか…。


「こ、校長、俺が出ても良いのか?」

ここでロイターが震え声で尋ねた。

こいつは六年前在学生の代表者に選ばれたとき無双して以来出場禁止処分にされていたのだ。強いというのも考え物だ。

が、

「良いも何も今年の魔導騎士専攻の首席はお前だろう?こちらとしても苦肉の策だが、今年はローズブルフもいるし、下級生達も粒揃いだ。下手すればお前でも手こずる学生も居るやも知れんぞ?」

言葉で強気なものの校長は頭を抱えて呻くように告げる。『ロイターと闘わせる』というのは下級生の心に消えないトラウマを刻んでしまう恐れもあるから、本当に苦肉の策なのだろう。

そんな校長の心労を知ってか知らずか、

「…ふむ。ならば俺も、全力でやらないと礼儀知らずだな。校長、くれぐれも本気を出した『程度』で壊れるような会場を作ってくれるなよ?」

と、何故か無駄に偉そうに言い放った。実際偉いから間違ってはいないのだけれど、ロイターが言うのは何故か腹立たしかった。


だが、そうなるとここで疑問が生まれる。

卒業生代表がロイターとローズブルフだとすると、オレを呼んだ意味が分からない。代表であることを伝えるだけならオレが来る必要なんて無いはずだ。まさか、ロイターが逃げないようにするための監視役兼保護者役か?


「自分が呼ばれた理由、まだ分かってないの?」

考えがネガティブな方向に迎え出したところでローズブルフが声を掛けてきた。

「分かるほど上等な頭じゃないんだよ」

オレは馬鹿にされた気がして少しトゲを含んだ口調で言い返すと、

「…貴方って、昔から自分のことになると天然が入るわよね?」

何故か更に馬鹿にされた。

「皆が皆お前ほど頭の回転が速いと思うなよ。お前がデフォルトならこの世の半分は名探偵だ」

思わずいつもの調子で噛みついてしまったが、そもそも今の会話から何を分かれと言うのだ。今出てきた情報なんて『ロイターとローズブルフが卒業生代表であること』と『在学生が強いからロイターが本気を出す』のと『会場を丈夫に作る必要があり、施工費が大変なことになること』だ。


…ん?待て?


「…あの、校長」

「言いたいことは分かるぞ?『エキシビジョンマッチの会場はどうなってるんだ?』だろ?」

「…ま、まさか」

こめかみ辺りから冷や汗が垂れる。そして同時に胸中に嫌な予感が込み上げる。

「アルド・ラングマン。『笑う城壁』と呼ばれる程の防護魔術を誇る君に…」

そこで校長は一端口を紡ぐ。

頭のなかで謎の警鐘が鳴り響き、異様に喉が渇く。生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる…。





「『宴』の会場の補強を、君に一任する」


「…」


幾ばくかの間を開けて、オレは息を吸い込み、


「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…」


吸い込んだ息を全部吐き出した。あれだけ溜めてたものだから『会場を整地から基礎から全部一任する』とか言われるかと思えば、補強だけで済んだのだ。感覚麻痺なのは重々承知だけど、一週間で『会場設営までやってね(意訳)』何て言われた日には相手が例え校長、いや例え理事長、いや例え牧師様の親友だったとしても『絶対半殺しグローブ』で顔面を殴っていたかもしれない。

いや、間違いなくした。

何より有り難いのは『一任』ということは何も一人で全部やれってことではなく、誰かしらの助力を借りることが出来るのだ。代表に選ばれているロイターとローズブルフは抜きにしたとしても、あと数人のツテはある。やはり友情は質だよ弟者。


「その様子を見るに、受けてくれるようだな」

「…」

数秒考える。初めから答えも決まってる様なものだが、何となく理由を探す事を探せないか探してみたりしたのだ。

本音を言えば面倒臭い。そう、面倒なのだ。それは本当にオレのする必要の在るのかと思ったのが最初に思い浮かんだ理由。

でもそれ以上も無いのだ。面倒以上の理由がない。はっきり言っていい加減な理由だ。いい加減なモノほど自分の価値を下げるものはない。

じゃあ他の理由はないだろうか。丁度今日喘息が出た訳だし、病院に行くから無理です、とか、寮の荷造りが大変で手が離せない、とか。

…いや、病院は昨日行って薬を貰ってきたばかりだ。逆に次の日に行ったらどんな不摂生をやらかしたと医者に怒られそうだし、荷造りも絶対に時間かかると見越してしっかり二週間前から取り掛かり殆ど済ませてある。


結論。詰んでるから諦めよう。

そう一人で納得して、オレは考えるのをやめた。


「まあ出席日数も足りてますし時間も持て余してたので良い機会です。その様子だと物理的な強度には問題ないんですよね?」

「勿論。設計を任せた特殊建設物専攻は『理論上至近距離で太陽風受けても耐えれます』と胸を張っていた」

思わず『どうしてそこまでした』か『どうやってそこまでした』か突っ込みに迷う心強い返事に言葉を失いそうになってしまったが、一端頭の端へ追いやって簡単に何が必要かを考える。

「じゃ、じゃあオレがするべきことは魔術的な防護処理と乱入防止の誘発型術式…後は適当に細々したモノをって感じでしょうか?」

「その辺も君に一任する。資料の方は明日学生課を通じて渡そう。存分に腕を奮ってくれたまえ」

完全にお任せか。やり易い反面、ある程度の目標地点が分かっていないせいでどの程度までやって良いのか分からない。

それともこれはオレに対しての挑戦なのだろうか。いや、もしそうじゃないとしても、任された仕事をやって、それが期待に添えなかった時は何とも言えないし、寧ろそれで『いやいや、あいつらが暴れたんだから仕方ないよ』とかフォローされた日には居たたまれない何てレベルじゃない。ただでさえない僅かしかないプライドが木っ端微塵だ。

プライドは人を傲慢にすると人は言うが、自分にプライドの無い奴ほど薄っぺらい輩は居ない。そんな人間にオレは成り下がるつもりなんて毛頭無い。


オレは自分の中で結論を導き出し、

「任せてください。絶対に残念な思いはさせません」

自信を持って宣言した。


これがオレのこの学院でやる最後の大一番。オレの『宴』だ。

アルド・ラングマンの受難、はっじまーるよー!

何で続いた小説第三話、読んでいただきありがとうございます。

毎週更新って結構難しいものですね。毎日更新してる人は一体どんな発想力なのでしょうか。でもここで隔週とか妥協すると間違いなく更新が止まるので踏ん張っていきたいと思います。


アルドの貞操が危険で危ない第四話は11/23(月)の予定です。


※11/23追記

踏ん張れませんでした。

次回の更新は今週中です。

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