村へ③
「そろそろよぉ。クリスちゃん、大丈夫?お尻痛い?」
「いえ、大丈夫です」
キアラと別れてからまた馬を走らせて、やっとテンの村にたどり着いた。アランの言っていたことを考えると、戦いになるまであと半日~1日くらいだろうか。
「嵐の前の静けさ、って感じねぇ」
一見するといつもと何も変わりのないテンの村が見えてきて少しホッとしてしまいそうになる。でもよく見てみれば、村のまわりにいつもいるはずの鳥や虫や小動物の気配が全く無かった。
夕飯時だと言うのに、村のどの家からも煙もなく臭いもしない。人も全く外に出てきておらず、あたりは無音だ。
一刻の猶予もない。村のまわりに置いてある魔石に手を触れた。
「展開」
ブワッと風が舞うが、辺りにはまた静寂が戻る。良かった、長く使われた跡もないからちょっと心配だったんだ。
「……なるほど、ミスティが言っていたのはこれのことだったのねぇ…さぁさぁ、クリスちゃんのお手並み拝見。何か考えはあるのかしらぁ?」
「…まずは村の人たちと会います。戦力の確認をしなきゃ」
「あら、良かった。一人で結界はってどうにかするって言い出したらまたミスティの声で怒鳴るところだったわよぉ?」
ムウファの父さん…村長は、珍しく驚きの表情を露にしていた。
「クリスティーナ?!」
「ただいま戻りました!」
あんまり驚かれてしまったので少し気まずくて、元気よく挨拶をしてみる。
「何をっ…なぜ戻ってきた?!」
「村長。そんなことより、皆を村長の家に集めてください」
「っ…分かっていて戻ったか!」
やっぱり村長は気づいている。それどころか、村長の声に気づいた狩人のおっちゃん逹が次々と部屋から出てくるのを見るに、おそらくこの人たちだけで話し合っていたんだろう。
「おぉクリス!!お前さん、こんなところで何をしてるんだ?!」
「ムウファを追いかけて王都に行ったんじゃないのか?」
「ははーん…さてはおぬし、フラレたな?」
「なんじゃ!都会の女にムウファを取られて傷心で帰ってきたか!」
このじじい共……
「ちょっと!皆ふざけてる場合じゃないんだよ!もうすぐ魔獸の群れがここへ来るんだ!」
「ふん…やっぱりか」
「空気がおかしいもんなぁ。それしか無いよなぁ」
「朝から鳥肌が治まらんと思ったわい」
思わず叫んだ私の声にも、おっちゃん達にカケラも動揺は見られない。この人達のこの肝っ玉の据わりようは何なんだよ!
「どれ程でここへ来るか分かるか?クリスティーナ」
村長はため息を吐いて、私に聞いた。
「あと半日ほどでおそらくこの村にぶち当たるって」
「…それで戻ってきたか…お前がここにいるのにあの馬鹿息子は何をして…」
「ムウファはトラヴァンス砦で戦ってます。だからたぶんこっちには間に合わないと思う…」
そう言うと村長は右手で頭を抑え、「馬鹿息子め…!」とか言っている。まぁ、今ここに頼りになる息子が居ないのは心細いのだろう。
「それより、何で逃げなかったんですか?!トレンタの町まで行ければ…」
「老人や子供を抱えて、か?」
「そりゃ無理じゃなあ。うちのばあさんはここに骨を埋めるつもりじゃて」
「うちは子供が産まれたばっかりでな。動かせねぇよ」
「馬車も人数分はないだろう!それでは皆人に譲ってばかりで埒があかんわ!」
おっちゃん達はハッハッハと笑っているが、本当に笑い事じゃないよ。生きるか死ぬかの話なのに…まったく。こういう人達だから、絶対に一緒に居たかったんだ。
「あと半日も無いのか」
村長は噛み締めるようにそう言う。
「はい。だから、女性と子供たちを、村長の家の地下の物置部屋に避難させたいんです」
「地下の…あんなところ、すぐにでも崩れるぞ」
「…たぶん大丈夫。皆の魔法を合わせて、あとわたしの魔石があれば」
「…?」
腑に落ちない顔をした村長とおっちゃん達を説得して、とにかく村中のみんなを村長の家に集めてもらい、結界を張る。
村の人たちは皆、口数はいつもより少なかったけれど、もう覚悟を決めたような顔をしていた。ムウファのお母さんであり村長の奥さんであるエイヴァおばさんが、村長から説明を聞いているのが見えた。
もう、私の魔石の事を隠しておくつもりもなかった。文字通りこちらも総力戦だ。
王子、ごめんね。
村長の家の地下は、物置部屋にしては広い。昔はここでムウファと遊んでいて、物を壊して村長に怒られたこともあったな、と不意に思い出した。
村は全員合わせても100人くらい。女性と子供だけならさらにその半数以下だ。部屋の家具などを全て出せば、何とかここに入って貰えるだろう。
部屋の四隅に、何かの為にと貯めた中でも大きめの魔石を置く。
「…展開」
「…前にも同じことをしていたな。…王都に出たのは、それのせいか?」
後ろから見ていた村長が、独り言のように呟いた。
「風と土の魔法を使いました。これで中に入っている人達の声も、臭いも、魔力も外に漏れることは無いはずです」
私の魔力は大地に溶ける。この部屋の違和感は私の魔力が包み込んで土に流して紛れさせ、魔獣の意識を絶対にここには向けない。部屋の脆さは中に入るみんなにそれぞれ魔法で補強してもらおう。
それでも不安は残るけれど、これが私に今できる精一杯。
「継続できるのか?」
「石が擦りきれるまでは、半永久的に」
村長が息を飲むのが分かった。私の魔力の量を知っていたら、当たり前の反応なんだろう。そうして村長は何度か結界に攻撃をしかけたり、魔法を打ち込んだりと試しては考え込んだ。
「…わかった。今はこれ以上に安全な場所も無さそうだな」
「でしょ?皆には、ここから絶対に出ないことを約束させてください」
「ふぅ…む、不思議なもんじゃ」
「風が臭いや声を飛ばすのか…」
「魔力も遮断できるなら、本当に魔獸にも気付かれないかもしれんな」
「万が一向こうが攻撃をしてきても、魔法なら無効にできるし、物理攻撃も何回かなら耐えられるはずだよ」
「…クリスティーナ、お前意外とすごかったんだな?」
ぐしゃぐしゃと私の頭をかき混ぜて来るのは、うちの二軒隣にすんでいるバトラーさんだ。奥さんが最近双子を出産したそうだ。魔力が無かった私に対して、なんにも態度が変わらなかった、いつも優しく頭を撫でてくれた可愛い奥さまを思い出した。
「でも…確証はないけど、これでもすげぇでっかい威力の物理攻撃を受けたらたぶん耐えられないと思うんだ。だから、おっちゃんたちにはこの部屋の前にいて欲しい」
おっちゃん達は狩人だ。気配を消すこともできるし身のこなしも軽い。
万が一のときは、この部屋を守り魔獸の目を眩ましてもらわなきゃならない。ここは最後の砦だ。一番頼りになるおっちゃん達に全て任せるしかない。
「なんだ、そんなことか。そりゃ当然だな」
「ただ待ってるだけなんて性に合わねぇな~」
「わしゃまだまだイケるぞ!」
「魔法での攻撃が無いなら、どれだけ楽になることかのぅ」
まったく、少しは不安そうにしてくれ。こっちまで笑えてきてしまう。もしかして、こんなことは大したこと無いんじゃないかって。
おっちゃん逹には、それぞれ別の機能をもつ魔石を数個渡した。魔力を弾くもの、風の壁を作るもの、ただ魔力を補給するもの。小さいものしか渡せなかったけれど、どれでもいい、なんでもいいから、これから訪れるかもしれない彼らの窮地を一瞬でも救えることを願った。
「お前さん、魔石をいったいいくつ持っとるんだ?!うちは魔石の豊富な村だが、こんな使い方は見たこともないわ!」
「これ、もう魔力入っとるようじゃのぅ…」
「え…これ使えんのか?」
戸惑っているようだけど、おっちゃん達ならすぐにうまく使いこなせるようになる。狩人は命がかかるといつもよりもっと鋭くなるって知ってるんだからな。
「村長にも、これ」
村長に近づき、魔石を数個差し出した。なのに彼は微動だにせず私の魔石をただ見つめるだけだ。
「……これを受け取ったら、お前は皆と共に地下にいるか?」
「なっ…なら、あげませんよ?!」
「…訂正しよう。受け取っても受け取らなくても同じだ。地下にいなさい」
「わたしは!一緒に戦うために戻っ」
「足手まといだ」
「っ…」
いつもより一層冷たい村長の声に、足が震える。
「特異な体質だからと傲ったか?お前の力量はまだまだ、見ていれば分かる。その程度で人を守ろうなどとよく言えたものだ。クリスティーナ、お前は地下だ。それだけは約束してもらう」
ルドルフ王子のことを始めて打ち明けた時と遜色のない村長の怒気、いつになく饒舌な様子に正直泣きそうになったけれど、ここで負けるわけにはいかないと思った。
「だっ…」
「そっ、そうだぞ!クリスてめぇ、急に来て何を言ってやがる!」
「ガキの頃から弱っちかった奴が生意気だぞ!」
「クリス、お願い!今だけは私たちと一緒に居ましょう!」
反論しようとした私に後ろから追い討ちがかかる。振り向くとそこには、村の男の子や女の子達がいた。私やムウファと同じ世代で、中には昔、私に水をかけてきたりしていた奴らもいる。
「な、なんだよお前ら…」
気圧された私に、彼らは呆れたように続けた。
「ったく、ムウファが一緒なら心配ねぇなって思ってたのにお前…一人で何してんだよ」
「一人ぼっちが好きな変な子なのは、今も変わんないのね~」
「いいから、お前は地下で待っとけ!ムウファもすぐ来るだろ」
昔彼らは、私を遠巻きに見ているだけで、積極的に声をかけてくることなんて、それこそたまに悪戯のようなことをされるときだけだった。輪の中には入れないのだろうと思っていた。なのに今は皆、言葉とは裏腹に、私のことを心配してくれている…そんな顔をしてこちらを見ていた。
そしてこの時の私は唐突に気付く。
そうか、私は顧みてもらえなかったんじゃない。こういう顔をしていた彼らに気が付かなかっただけだ。力をつけることばかり考えて、ムウファだけを頼りにして。
まわりを見ていなかったのは私の方だったんじゃないか。
そして今…回想を見ている『私』は、それは私がクリスであるための、ゲームの強制力であったのか…ただ私がバカなだけだったのか、判断できないなぁと思ったのだった。
クリスは決して不幸なキャラクターなんかじゃなかった。それを改めて知ることができた私は、とても幸せだ。
「まわりを見ろ。お前を心配する人の顔を。そんな人たちを裏切るな、クリスティーナ」
耳元でそう呟いた村長の声に、涙が零れそうになった。
でも、そんな私たちを遮ったのは、またしてもカリンさんだ。
「ふふ…クリスちゃんもミスティも、幸福者ねぇ…。でもね村長さん?クリスちゃんにはまだやることがある。そうよねぇ?」
村長や皆が怪訝な顔をしてカリンさんを見る。
「…貴女はクリスを連れてきてくれたひと?」
「ミスティおばさんの知り合いか?」
カリンさんは、服の中から1つのカードを取り出した。
「自己紹介が遅れてしまってごめんなさいねぇ。私はミスティの幼馴染みよ」
「っ…Aランクの冒険者カードか?」
「ええ。だから村長さん?クリスちゃんには私がついている。彼女のことは地下にいるのと変わらないくらい安全に守ると約束するわぁ」
ミスティの娘は私の娘ですからねぇと、カリンさんが村長に説明するのを、私は横から呆然と見ていた。
カリンさん…そんな高ランクの冒険者だったんですか…?!
皆も、Aなんていう高いランクの冒険者を見るのは初めてなんだろう、顔を赤くして見つめている。特に女の子たちは、キラキラした憧れの瞳でカリンさんを見ていた。
ビックリしすぎて瞬きを忘れていた私と目があったカリンさんは、とびきり魅力的なウィンクをくれる。「はうっ」とか私のまわりから聞こえてきたけど、しかもそれは村の男の子のなかの誰かの声だったけど…聞かなかったふりをした。
後から説明してくれたカリンさんの話だと、興行の関係で冒険者カードを持っていたカリンさんは武道派の冒険者ではない。変わりに少し未来を視たり、精神系の魔法が得意なんだそうだ。「私の一族はみんな、これを呪術と呼んでいたわよぉ」と言っていたので、まぁ…ようは魔法だよね?
それでたくさんの国を渡り歩く間に、カリンさん達の芸人一座はたくさんの死線を経験して…色々あって、今はランクが上がっているらしい。
「私の力はそんなに強くないの。貴方たち全員を守ることはできない…でも、クリスちゃんだけは、必ず守るとミスティに約束しているのよぉ」
私を片腕で抱き締めて、村のためにも出来るだけのことはするわと、村長にそう後押ししてくれたカリンさんに、村長は本当に渋々…渋っ々了承をしてくれた。
了承の言葉に安堵した私は、カリンさんとうちの母さんの話は、ここを生きて切り抜けて、いつか絶対聞き出してやるんだと誓うのだった。
ブクマが少しずつ増えていて、本当に有難い限りです。拙く穴だらけな物語ですが、もう少しだけお付き合いいただければ幸いです。