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小さい頃のキオクで唯一、覚えていることがある。
無口なおじいちゃんにコーヒーを入れてあげたこと。
それはインスタントのものだったけれど、椅子のそばに両手でカップを持っていくと
おじいちゃんはゆっくりとカップを受け取り、静かに口をつけ
「うまい」と顔をほころばせた。
それから、家族や友人にコーヒーを。しまいには、今日会うだけの人にもコーヒーを入れるようになった。まあ、それが今の私の仕事でもある。
「美味しい」
「ナツが入れてくれるコーヒーは美味しいね」
そう言ってくれるのは何より嬉しかった。
仕事をしていて、お金のためだとか仕事だからとか、逆にそう割り切れる人が私は羨ましい。
アルバイトだけど、今の仕事が天職だと感じている。
だけど、最近なぜだか家に帰ると一人、物足りなさを感じていた。
※※※
時計はもう夜の8時を回っていた。
今日はもうくたくたになっていて、帰ってごはんを作って食べるという発想も気力もない。
さすがにコンビニのお弁当は食べ飽きては来ているのだけど、自然と選択肢は限られていた。
明日は休みだし。
いつもの行きつけの、ではなく遠回りをして別のコンビニに行こうと思う。
家には最短の道のりを左へ。
――もしも、誰かと一緒に居るなら遅く帰ってもご飯を作ったりするのだろうか?
そんなことを考えながら、暗い路地に靴の音が響き渡る。
この辺りは商店街になっており、比較的明るいのだけど、ほとんどが店じまいを終えていた。
ふと、白いラックに並んでいたチラシに足を止める。
『忙しくて恋愛どころじゃない。だけど、休日ぐらいは極上の恋愛に身をゆだねてみませんか?』
思わずチラシを手に取った。
白とパステルカラーで彩られ可愛らしく見える。
「なにこれ?」
普段なら、こんな怪しげな臭いのするものには見向きもしないのだけど、なんとなく惹かれる。
裏面をみると『株式会社ヒカリコミュケート』の文字。
普通の会社なのだろうか?
営業日は土日祝日と書かれている。
「ふーん」
とりあえず、チラシを鞄に放り込み目的のコンビニへ向かった。




