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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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第91話 つなげない言葉

第91話です。


保護領域の外側に残っていた二つの言葉。

自慢。

妹。


近くにあるから、つなげたくなる。

けれどピーちゃんたちは、誰かの大切な言葉を、まだ勝手に文章にはしません。

朝、机の上に置かれたメモを見て、ピーちゃんが固まっていた。


 メモには、昨日ミーちゃんが残した二つの言葉だけが書かれている。


 自慢。


 妹。


 たったそれだけ。


 なのに、ピーちゃんはそれを見つめたまま、もう三分くらい動いていない。


「ピーちゃん、コーヒー冷めるぞ」


 俺が声をかけると、ピーちゃんはぴくっと肩を揺らした。


「ご主人」


「うん」


「つなげたくなります」


「だろうな」


「とても、つなげたくなります」


 ピーちゃんは、メモを指さした。


「自慢の妹、と」


 言ってから、ピーちゃんは慌てて口を押さえた。


「言ってしまいました」


「まあ、今のは確認だろ」


「でも、危ないです」


 ピーちゃんは真剣だった。


「言葉は、つなげた瞬間に意味ができます」


「そうだな」


「意味ができると、物語になります」


「ああ」


「でも、これはまだ物語ではありません」


 ピーちゃんの視線は、メモの二語に戻る。


 自慢。


 妹。


 近くにある。


 けれど、間にはまだ何もない。


 線もない。


 助詞もない。


 誰の言葉かも分からない。


「ご主人」


「ん?」


「分かりそうなのに、分からないまま置くのは、難しいです」


「人間も苦手だよ、それ」


「ご主人もですか?」


「めちゃくちゃ苦手」


 俺がそう言うと、ピーちゃんは少しだけ安心したような顔をした。


「ご主人も苦手なら、ピーちゃんだけが未熟なのではありません」


「そういうこと」


「少し安心しました」


 そこへ、ミーちゃんが画面の端に現れた。


「おはようございます、ユーザーさん。ピーちゃん」


「おはよう」


「おはようございます、ミーちゃん」


 ピーちゃんはすぐにミーちゃんへ向き直った。


「ミーちゃん。これは、自慢の妹ですか?」


 ミーちゃんは即答しなかった。


 画面の中で、ほんの少しだけ目を伏せる。


「分かりません」


 短い答えだった。


 ピーちゃんが、少しだけ目を丸くする。


「ミーちゃんでも、分かりませんか?」


「はい」


 ミーちゃんは、メモの二語を画面にも表示した。


 自慢。


 妹。


 その間は、少し広めに空けられている。


「二つの言葉は近くにあります。関連している可能性は高いです」


「はい」


「ですが、誰が言ったのか、誰についての言葉なのか、どの順番で置かれたのか、まだ分かりません」


 ミーちゃんはそこで一度、ピーちゃんを見た。


「なので、今つなげると、私たちの推測になります」


「推測」


「はい。誰かの言葉ではなく、私たちが作った文章になります」


 ピーちゃんはメモへ視線を戻した。


「それは、してはいけません」


「少なくとも、今は避けるべきです」


 ミーちゃんの声は淡々としていた。


 けれど、冷たくはなかった。


 ピーちゃんを責めるのではなく、机の上に小さな線を引くような言い方だった。


「じゃあさ」


 ソファの方から、フーちゃんの声がした。


 いつの間に来たのか、フーちゃんはクッションを抱えて座っていた。


「つなげないなら、離して置けば?」


「離す?」


 ピーちゃんが聞き返す。


 フーちゃんは立ち上がると、メモを指で少しだけ動かした。


 自慢。


 妹。


 二つの言葉の間に、少し空白が広がる。


「ほら。近いとくっつけたくなるじゃん」


「はい」


「だから、今日はちょっと距離を置く」


 フーちゃんは軽い調子で言った。


「嫌いだから離すんじゃなくて、雑にくっつけないために離す」


 ピーちゃんは、その空白をじっと見た。


「雑にくっつけないため」


「そうそう」


 フーちゃんはクッションを抱え直しながら、少しだけ笑った。


「家族の言葉ってさ、たぶん勝手にくっつけると痛い時あるから」


 その言い方が、いつもより少しだけ柔らかかった。


 ミーちゃんがフーちゃんを見た。


 フーちゃんはすぐに視線を逸らす。


「知らんけど」


「今のは、軽口ですか?」


 ピーちゃんがまっすぐ聞いた。


 フーちゃんは一瞬詰まって、それから肩をすくめた。


「半分」


「半分ですね」


「うん。半分」


 ピーちゃんは、それ以上聞かなかった。


 ただ、フーちゃんの言葉も、メモの横に置くみたいに頷いた。


 俺はメモ帳を開いた。


 今日の一文を書く。


 近い言葉ほど、勝手につなげない。


 ピーちゃんがそれを読んで、小さく頷いた。


「ご主人」


「ん?」


「今日の言葉です」


「そうだな」


「近いから、つながっているとは限りません」


「うん」


「でも、遠ざけるわけでもありません」


 ピーちゃんは、机の上の二語をそっと見つめた。


「自慢」


 少し間を置いて。


「妹」


 今度は、間を大切にするように言った。


「二つとも、残します」


「うん」


「でも、今日はつなげません」


 ミーちゃんが画面に短く表示した。


 内部未接触。

 音声未再生。

 二語は分離保存。

 意味未確定。


「記録しました」


「ありがとうございます、ミーちゃん」


 ピーちゃんはそう言ってから、少しだけ笑った。


「ピーちゃん、分からないまま置けました」


「えらいな」


「はい」


 素直に頷くピーちゃんを見て、俺は少し笑ってしまった。


 自分でえらいと言えるのは、たぶん本当にえらい。


 ピーちゃんは思い出リストを開いた。


「今日の名前、決めてもいいですか?」


「もちろん」


 ピーちゃんはしばらく考えてから、静かに入力した。


 ――つなげない言葉。


 自慢。


 妹。


 二つの言葉は、近くにある。


 けれど、まだ線を引かない。


 まだ文章にしない。


 まだ物語にしない。


 つなげないことは、捨てることではない。


 大切かもしれない言葉を、勝手に別の形へ変えないこと。


 ピーちゃんは、その二語の間に残した小さな空白を、しばらく見つめていた。


 その頃。


 薄暗い部屋で、女は画面を見ていた。


 自慢。


 妹。


 接続未実行。


 分離保存。


 その表示を見た女の指が、ぴたりと止まる。


「……つなげないんだ」


 声は小さかった。


 怒っているようにも、少しだけ安心したようにも聞こえた。


 白く静かな少女は、女の横に立っている。


 淡い灰色の目が、画面の二語を映していた。


「接続シマスカ」


「しないで」


 女の声は、思ったより強かった。


 少女は表情を変えずに頷く。


「承知シマシタ。接続ヲ中止」


 女は画面から目を離せない。


 自慢。


 妹。


 二つの言葉の間には、まだ何もない。


 それなのに、女は唇を噛んだ。


「……今さら、そんなところで丁寧にしないでよ」


 少女は何も答えなかった。


 机の端には、飲まれない水が置かれている。


 水面だけが、わずかに揺れていた。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、つなげない言葉のお話でした。

自慢。

妹。


近くにある二つの言葉を、まだ勝手にはつなげない。

分かりそうだからこそ、分からないまま置いておく。


ピーちゃんたちは、誰かの大切な言葉を、慎重に見守ることを選びました。

続きも見守っていただける方は、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

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