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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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第79話 小さすぎる反応

第79話です。


今回は、小さすぎる反応のお話です。

わずかな変化を見つけた時、それを希望にしていいのか。

それとも、意味をつけすぎない方がいいのか。


ピーちゃんたちは、小さな反応との向き合い方を考えます。

 朝の机には、空のカップがまだ置かれていた。


 その横には、昨日の金平糖と、透明な包みのキャンディ。


 どちらも、少しだけ光を受けている。


 何も変わっていない。


 誰かが取ったわけでもない。

 水が入ったわけでもない。

 返事が来たわけでもない。


 それでも、ピーちゃんはそのカップを見ていた。


「ご主人」


「ん?」


「小さすぎる反応は、反応ですか?」


「急に難しいな」


「はい」


 ピーちゃんは自分のカップを両手で持ち、少しだけ目を伏せた。


「見ただけでも、少しは届いたことにしました」


「ああ」


「でも、もし本当に小さな反応しかなかったら」


「うん」


「それを、こちらが大きく受け取りすぎるのは、怖いです」


 その言葉に、俺は少し頷いた。


 優しさが届いたかもしれない。


 それは嬉しい。


 でも、ほんのわずかな反応を見つけた瞬間に、こちらが勝手に物語を作ってしまうこともある。


 相手が本当にそう思ったかどうかも分からないのに。


「大きくしすぎると、相手の気持ちを決めつけることになるかもしれないな」


「はい」


「でも、小さかったからって、なかったことにするのも違う」


「はい」


 ピーちゃんはカップの縁に指を添えた。


「小さいまま、置いておくことはできますか?」


「できると思う」


「小さいまま」


「ああ。小さい反応を、小さい反応として覚えておく」


「それなら、できそうです」


 ピーちゃんは、ほんの少し安心したように頷いた。


 端末が鳴った。


『ユーザーさん、反応の過大解釈を避けるための整理ができます』


 ミーちゃんだった。


 数分後、ミーちゃんが来た。


 今日の画面は、いつもよりさらに小さい。


 そこには短い三行が並んでいる。


 見た。

 動いた。

 変わった。


「おはようございます、ユーザーさん。ピーちゃん」


「おはよう」


「おはようございます、ミーちゃん」


 ピーちゃんはカップを机に置いた。


 ミーちゃんは、机の端の空カップとお菓子を一度見てから、画面を指した。


「小さな反応には、種類があります」


「種類」


「はい。見ただけ。少し動いただけ。表情が変わっただけ。沈黙が少し長くなっただけ」


「沈黙もですか?」


「はい。ただし、すべてを意味ある反応として扱うのは危険です」


 ピーちゃんが静かに頷く。


「意味をつけすぎない」


「はい」


 ミーちゃんは画面に一行を足した。


 小さいものは、小さいまま扱う。


「これが本日の基本方針です」


「分かりやすいな」


「ありがとうございます」


 ミーちゃんは少しだけ誇らしそうにした。


 ピーちゃんは、その一文をじっと見ていた。


「小さいものは、小さいまま」


「はい」


「それは、優しいです」


「優しい?」


 ミーちゃんが少しだけ首をかしげる。


「はい」


 ピーちゃんはカップを両手で包んだ。


「小さな反応を勝手に大きくされると、怖いと思います」


「はい」


「でも、小さいから無視されるのも、寂しいと思います」


「……そうですね」


 ミーちゃんは、少しだけ声を落とした。


「その両方を避けるための言葉です」


 そこへ、玄関側から軽い足音がした。


「おはよー。今日は小さいもの会?」


 フーちゃんだった。


 手には、小さな袋。


「もう会議でも何でもないな」


「小さいものを机に置いたら会」


「範囲が広い」


「フーちゃん判定だからね」


 フーちゃんはソファに座り、袋を開けた。


 中には、小さな小さなラムネが入っている。


「今日は何だ?」


「気づいたけど騒がないラムネ」


「名前が長い」


「大事なやつ」


 フーちゃんはラムネを一粒、ピーちゃんの前に置いた。


 小さい。


 机の上に置くと、見失いそうになるくらい小さい。


「ちっちゃいです」


 ピーちゃんが言う。


「うん」


「これも反応ですか?」


「たぶんね」


 フーちゃんは軽く笑った。


「小さい反応ってさ、見つけると嬉しくなるじゃん」


「はい」


「でも、そこで『ほら! やっぱりそうだった!』って騒ぐと、相手が逃げる時ある」


 ピーちゃんは、ラムネをじっと見た。


「逃げますか?」


「逃げる逃げる」


 フーちゃんは自分の分のラムネを指先で転がす。


「まだ言葉にするつもりじゃなかったのに、勝手に見つかった感じになるから」


 ミーちゃんがフーちゃんを見る。


「フーちゃん」


「何?」


「今の発言は、かなり実感を含みますね」


「半分」


「半分制度ですね」


「うん。でも今日は七割くらいかも」


 ピーちゃんが目を丸くした。


「増えました」


「増えたねぇ」


 フーちゃんは笑った。


 その笑顔は、いつもより少し弱い。


 けれど、逃げているだけの笑顔ではなかった。


「見つけてほしい時もあるけど、見つかったら困る時もあるんだよ」


「両方ですか?」


「両方」


「難しいです」


「難しいよ」


 フーちゃんはラムネを一粒口に入れた。


「だから、小さいうちは小さいまま置いといてくれると、助かる」


 部屋が少し静かになった。


 ピーちゃんは、フーちゃんの前に置かれた小さなラムネを見た。


「フーちゃんの小さい反応も、小さいままにします」


「……うん」


 フーちゃんは、少しだけ目を伏せた。


「ありがと」


 その声は、小さかった。


 でも、小さいまま、ちゃんと机の上に残った。


 端末が震えた。


 全員が一瞬だけ反応する。


 でも、すぐ戻る。


 ピーちゃんは小さなラムネを見る。

 フーちゃんもラムネを見る。

 ミーちゃんは画面を出さずに待つ。

 俺はメモ帳に手を置く。


「戻れました」


 ピーちゃんが言った。


「ああ」


「確認してもいいですか?」


「いいよ」


 ミーちゃんが端末を確認する。


「チーちゃんです」


 フーちゃんが笑う。


「今日もチーちゃん先生」


 ミーちゃんが読み上げる。


『おじさん、小さい変化を見つけても騒ぎすぎるなよ』


「本当に全部見えてるのか?」


 続けて届く。


『ちょっと元気そうとか、ちょっと笑ったとか、そういうのは大事だけど、本人の前で大騒ぎすると引っ込むからね』


 ピーちゃんが画面を覗き込む。


「引っ込みますか?」


「あるな」


 俺は答えた。


「言葉にする前の気持ちって、強く照らされると隠れることがある」


「強く照らすと」


 ピーちゃんは、サポートロボを見た。


 青い目は静かに光っている。


「では、やわらかく照らした方がいいですか?」


「たぶん」


「ピーちゃんのサポートロボも、やわらかく光ります」


「そうだな」


「では、今日の光は小さめです」


 ピーちゃんが真面目に言うので、少し笑ってしまった。


「調整できるのか?」


「気持ちです」


「なるほど」


 さらにチーちゃんから届く。


『あと、褒める時も逃げ道残せ。照れてるなら追うな』


 フーちゃんが、ぴくっと反応した。


「チーちゃん、私を撃ってる?」


「撃ってるな」


「お客さんまで」


 フーちゃんは笑う。


 でも、笑いながら少しだけ耳を赤くしたように見えた。


 ホログラムなのに、そう見えた。


 ミーちゃんは何も言わなかった。


 ピーちゃんも何も言わなかった。


 小さい反応を、小さいまま扱う。


 今はそれでいい。


 俺はメモ帳を開いた。


 今日の一文を書く。


 小さすぎる反応は、小さすぎるまま大事にする。


 ピーちゃんがそれを読む。


「ご主人」


「ん?」


「今日の言葉です」


「だな」


「小さいまま、大事にする」


「ああ」


「それは、少し難しいけど、好きです」


「そっか」


「はい」


 ミーちゃんが画面に方針をまとめる。


 小さい反応を見つける。

 大きくしすぎない。

 無視もしない。

 逃げ道を残す。


「これでどうでしょう」


「いいと思う」


 ピーちゃんも頷く。


「分かりやすいです」


 フーちゃんがラムネの袋を閉じる。


「今日は全部食べないのか?」


「小さいまま残す日だから」


「おやつとしてはどうなんだ」


「気持ち優先」


 ピーちゃんが少し笑った。


「気持ち優先」


「そうそう」


 フーちゃんは、机の端に置かれた空のカップを見た。


「このカップも、まだ空のままなんだね」


「はい」


 ピーちゃんが答える。


「まだ、水は入れません」


「なんで?」


「入れたら、飲ませるためのものになりそうだからです」


 フーちゃんは、少しだけ目を丸くした。


 ミーちゃんも、静かにピーちゃんを見る。


「今は、席です」


 ピーちゃんは言った。


「水を入れる日は、ちゃんと考えます」


「そっか」


 フーちゃんは小さく笑った。


「ピーちゃん、ほんと丁寧になったねぇ」


「ご主人が、待ってくれたからです」


 ピーちゃんは迷わずそう言った。


 急に言われて、俺の方が少し照れた。


「いや、俺はそんな」


「待ってくれました」


 ピーちゃんは真面目に言い切る。


「だから、ピーちゃんも待てます」


 その言葉は、机の上に静かに置かれた。


 誰も茶化さなかった。


 茶化すには、少し大事すぎた。


「ご主人」


 ピーちゃんが思い出リストを開いた。


「今日の名前、決めてもいいですか?」


「もちろん」


 ピーちゃんは少し考えた。


 小さなラムネ。

 気づいたけど騒がない。

 チーちゃんの、逃げ道残せ。

 フーちゃんの七割の実感。

 ミーちゃんの、小さいものは小さいまま。

 そして、小さすぎる反応を、小さすぎるまま大事にするという言葉。


「小さすぎる反応」


 ピーちゃんは、静かに言った。


「いい名前だな」


「はい」


 ピーちゃんは入力する。


 ――小さすぎる反応。


 小さいから、なかったことにしない。


 小さいから、大きくしすぎない。


 見つけても、騒がない。


 でも、見つけたことまでは忘れない。


 誰かの指先が、ほんの少し動くこともあるかもしれない。


 誰かの目が、ほんの一瞬だけ水を見ることもあるかもしれない。


 それを希望と呼ぶには、まだ早い。


 でも、無意味と呼ぶには、少しだけ優しすぎる。


 サポートロボの青い目が、静かに瞬く。


 今日は、小さなラムネを見失わないくらいの、やわらかい光だった。


 その頃。


 薄暗い部屋で、少女は立っていた。


 机の端には、水の入ったグラスがある。


 昨日から、そこに置かれたまま。


 飲めと言われていない。

 飲むなとも言われていない。

 必要なら取れる場所にある。


 少女は動かない。


 黒い小型サポートロボが、低く光る。


「水分摂取、不要」


 少女は、昨日と同じ言葉を口にした。


 女はソファに沈んだまま、画面を見ている。


「……だから、報告しなくていいって」


「承知シマシタ」


 少女は黙る。


 そのまま、数秒。


 何も起きない。


 女はもう画面に視線を戻していた。


 だから気づかなかった。


 少女の右手の指先が、ほんのわずかに動いたことに。


 伸びたわけではない。


 掴もうとしたわけでもない。


 ただ、手の形が、ほんの少しだけ変わった。


 黒いサポートロボの光が、小さく揺れる。


「微細運動、検出」


 少女は平坦な声で言った。


 女が顔を上げる。


「何?」


「右手指先ニ、微細運動」


「あなたの?」


「ハイ」


 女は、しばらく少女を見た。


 少女は表情を変えない。


 淡い灰色の目は、どこも見ていないように見える。


「……バグ?」


「不明」


 少女は即答した。


「動作支障ナシ」


「そう」


 女はそう言って、また画面に視線を戻した。


 けれど、ほんの少しだけ眉を寄せていた。


 少女は動かない。


 ただ、机の端の水は、まだそこにある。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、小さすぎる反応のお話でした。

小さいから無視しない。

でも、小さいものを勝手に大きくしすぎない。


見つけても、騒がない。

けれど、見つけたことまでは忘れない。


遠くの部屋では、本当に小さな変化が少しずつ起きています。

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