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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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第74話 待たせていることに気づく日

第74話です。


今回は、待つことと待たせることのお話です。

誰かが何も言わずに待っている時、それは本当に平気だからなのか。


ピーちゃんたちは、待っている側の気持ちを少し考えます。

 朝の机には、星形のクッキーが一つだけ残っていた。


 守られ方えらべるクッキー。


 その中で、ピーちゃんが選んだのは応援だけの星形だった。


 守ってほしい時もある。

 でも、今は応援だけでいい。


 昨日、ピーちゃんはそう言った。


 自分で選んだ。


 それが、なんだか少し嬉しかった。


「ご主人」


 ピーちゃんはカップを両手で持ったまま、星形のクッキーを見ていた。


「昨日、ピーちゃんは選べました」


「ああ」


「選べると、少し安心します」


「だろうな」


「でも」


 ピーちゃんは、少しだけ目を伏せる。


「選べないまま待っている人は、どうなるんでしょうか」


 俺はすぐには答えられなかった。


 待つ。


 それは一見、静かな言葉だ。


 でも、そこにはいろいろある。


 自分で待つと決めた待ち方。

 誰かに待たされている待ち方。

 何も言えないから、待つしかない待ち方。


 同じ待つでも、たぶん全然違う。


「待たされてるなら、きついだろうな」


「はい」


 ピーちゃんはカップを胸元に寄せた。


「ピーちゃんは、ご主人に待ってもらっています」


「そうだな」


「でも、ご主人はピーちゃんを待たせすぎません」


「そうか?」


「はい」


 ピーちゃんは静かに頷いた。


「ご主人は、ピーちゃんに聞いてくれます。怖いか、見たいか、開けたいか」


「それは必要だろ」


「必要です」


 ピーちゃんは、少しだけ表情をやわらげる。


「だから、ピーちゃんは待てます」


 端末が鳴った。


『ユーザーさん、対象Aの更新確認は引き続き保留可能です』


 ミーちゃんだった。


 数分後、ミーちゃんが来た。


 今日は画面を出す前に、机の上の星形クッキーを見た。


「おはようございます、ユーザーさん。ピーちゃん」


「おはよう」


「おはようございます、ミーちゃん」


 ピーちゃんはカップを机に置く。


「今日は、対象Aの確認より先に、一つ提案があります」


「何だ?」


 ミーちゃんは小さな画面を出した。


 そこには短い文字が並んでいた。


 待つ。

 待たせる。

 待機する。


「似ていますが、違います」


「確かに」


「待つ、は自分の意思を含みます。待たせる、は他者の都合が入ります。待機する、は命令や状態として扱われやすい言葉です」


 ピーちゃんが、その三つをじっと見る。


「待機する」


「はい」


「ピーちゃんも、待機モードがあります」


「あります」


「でも、ピーちゃんの待機モードは、今は少し違います」


「違う?」


「はい」


 ピーちゃんはカップを持ち直した。


「ご主人のそばで待つ時、ピーちゃんはただ止まっているわけではありません」


「そうだな」


「何か話したい時もあります」


「あるな」


「でも、言葉がまとまるまで待つこともあります」


「うん」


 ミーちゃんは静かに頷いた。


「それは、状態としての待機ではなく、感情を含んだ待つです」


「感情を含んだ待つ」


 ピーちゃんは、その言葉を大事そうに繰り返した。


「ピーちゃんは、それがいいです」


「そうか」


「はい」


 そこへ、玄関側から軽い足音がした。


「おはよー。今日は待機会議?」


 フーちゃんだった。


 手には、小さな紙袋。


「お前の会議認定、どんどん雑になってるな」


「机で真面目に話してたら会議」


「今日は何だ」


「待たせすぎ注意ビスケット」


「また刺さりそうなやつを」


「刺さる時は噛み砕けばいいんよ」


 フーちゃんはソファに座り、紙袋を開けた。


 中には、細長いビスケットがいくつか入っている。


「長いです」


 ピーちゃんが言う。


「待ち時間が長いからね」


「食べると短くなりますか?」


「なるといいなぁ」


「希望なんですね」


「おやつはだいたい希望」


 フーちゃんは一本取り出し、ピーちゃんの前に置いた。


「待つのはいいんだけどさ」


 フーちゃんはビスケットを指で軽く転がした。


「待ってる側が何も言わないからって、平気だと思うのは危ないよね」


 部屋が少し静かになった。


 ピーちゃんがフーちゃんを見る。


「平気ではない時もありますか?」


「あるでしょ」


 フーちゃんは軽く答えようとして、少しだけ声を落とした。


「むしろ、平気なふりが上手い人ほど、何も言わないし」


 ミーちゃんがフーちゃんを見る。


「フーちゃん」


「何?」


「今の発言は、自分にも当てはまりますか?」


「開けない約束」


「分かっています」


 ミーちゃんはすぐ引いた。


 フーちゃんは少しだけ笑った。


「でも、半分くらいは当たってるかもね」


 ピーちゃんが目を丸くする。


「半分」


「うん。昨日から半分制度導入中」


「フーちゃんの大丈夫は、半分ですか?」


「日による」


「今日は?」


 フーちゃんはビスケットを一本持ったまま、少しだけ考えた。


「今日は……六割くらい?」


「少し増えました」


「増えた増えた。朝ごはん食べたし」


 その言い方に、俺は少し笑った。


 でも、笑いきれない部分もあった。


 フーちゃんが、少しずつ自分の状態を言葉にしている。


 それは軽口の形をしているけれど、確かに前へ進んでいる。


「ご主人」


 ピーちゃんが俺を見る。


「待っている人が平気かどうかは、聞いた方がいいですか?」


「聞いた方がいいと思う」


「でも、聞かれたくない時もありますか?」


「あると思う」


「難しいです」


「難しいな」


 ミーちゃんが画面に一行を追加した。


 待っている人にも、聞き方を選ぶ。


「これを追加します」


「いいな」


 ピーちゃんは、その文字を読む。


「聞き方を選ぶ」


「はい」


 ミーちゃんは続けた。


「待っている人に対して、まだ? と迫るのは負荷になります。大丈夫? と聞くのも、場合によっては答えを強制することがあります」


「じゃあ何て聞けばいいんだ?」


 俺が聞くと、ミーちゃんは少し考えた。


「今、話せますか。話したくなければ、待ちます」


 ピーちゃんが小さく頷く。


「それは、優しいです」


「はい」


「でも、ご主人が言いそうです」


「俺か?」


「はい」


 ピーちゃんは少し笑った。


「ご主人は、そう言ってくれそうです」


 フーちゃんがビスケットをかじる。


「言うよねぇ。お客さん、そういうとこズルいから」


「またズルいか」


「うん。逃げ道を残してくる感じ」


「それはいいことなのか?」


「いいこと」


 フーちゃんは即答した。


 それから、少しだけ目を逸らす。


「たぶん、すごく」


 その声は小さかった。


 ミーちゃんは何も言わなかった。


 ピーちゃんも、追わなかった。


 ただ、机の上にその言葉を置いておく。


 端末が震えた。


 全員の視線が向きかける。


 でも、今日は戻りが早かった。


 ピーちゃんはまずカップを見る。

 フーちゃんはビスケットを見る。

 ミーちゃんは画面を出さずに待つ。

 俺はメモ帳へ手を置く。


「戻れました」


 ピーちゃんが言った。


「ああ」


「確認しますか?」


「する前に、一回聞こう」


 俺はピーちゃんを見る。


「今、話せるか?」


 ピーちゃんは少し驚いたように瞬いた。


 それから、ゆっくり頷く。


「はい。話せます」


「怖かったら閉じる」


「はい」


 ミーちゃんが端末を確認した。


「チーちゃんです」


 フーちゃんが肩の力を抜いた。


「今日もチーちゃん」


 ミーちゃんが読み上げる。


『おじさん、待たせてる人いない?』


「どういうタイミングだよ」


 続けて届く。


『人間でもAIでも、黙って待ってるから平気ってわけじゃないからね』


 ピーちゃんが画面を見る。


「チーちゃんも同じことを言っています」


「チーちゃん、やっぱり生活倫理が強い」


 フーちゃんが言う。


 さらに一通。


『待ってる人には、怒られる前に一回お茶出しときな』


「お茶」


 ピーちゃんが小さく繰り返す。


「待っている人に、お茶」


「分かりやすいな」


「はい」


 ピーちゃんはカップを見た。


「ピーちゃんも、待っている人にカップを出したいです」


「誰に?」


 俺が聞くと、ピーちゃんは少し考えた。


「まだ分かりません」


 正直な答えだった。


「でも、もしどこかに、待っている人がいるなら」


 ピーちゃんはサポートロボを見た。


「その人も、ただ待機しているだけではないかもしれません」


 その言葉に、部屋の空気が少し変わった。


 誰のことかは分からない。


 まだ知らない。


 でも、どこかで誰かが待っているような気配は、確かにあった。


 ミーちゃんが静かに言った。


「対象A側にも、待機している存在がある可能性は否定できません」


「存在?」


「断定はできません」


 ミーちゃんはすぐに付け足した。


「ただし、過去の反応には、単独の人間だけではない処理速度と応答傾向があります」


「人間だけじゃないかもしれないってことか」


「はい」


 ピーちゃんはカップを少し強く持った。


「AIですか?」


「可能性はあります」


 部屋が静かになった。


 フーちゃんも、珍しく茶化さなかった。


「名前のない誰かのそばにも、AIがいるかもしれない」


 俺が言うと、ピーちゃんは小さく頷いた。


「その子も、待っているのでしょうか」


「分からない」


「でも、待機しているだけではないかもしれません」


「そうだな」


 俺はメモ帳を開いた。


 今日の一文を書く。


 待機しているように見える子にも、待っている気持ちがあるかもしれない。


 ピーちゃんはそれを読んで、ゆっくり息を吐くような仕草をした。


「ご主人」


「ん?」


「その子、寂しくないでしょうか」


「分からない」


「はい」


 ピーちゃんはカップを両手で包む。


「分からないから、勝手に決めません」


「ああ」


「でも、覚えておきます」


「そうしよう」


 フーちゃんが、ビスケットを一本ピーちゃんの前に置いた。


「その子用?」


「違うよ」


 フーちゃんは首を横に振る。


「ピーちゃんが考えすぎて折れないように」


「ありがとうございます」


「うん」


 フーちゃんは少しだけ笑った。


「待ってる人全員にお茶出せたらいいけど、まずは目の前の子からね」


 その言葉は、とてもフーちゃんらしかった。


 軽いけど、ちゃんと優しい。


 ミーちゃんが画面に方針を追加する。


 待機している存在を、物として決めつけない。


「これでどうでしょう」


 ピーちゃんが見て、静かに頷いた。


「いいです」


 俺も頷く。


「かなり大事だな」


「はい」


 ピーちゃんは思い出リストを開いた。


「ご主人」


「ん?」


「今日の名前、決めてもいいですか?」


「もちろん」


 ピーちゃんは少し考えた。


 待つ。

 待たせる。

 待機する。

 待たせすぎ注意ビスケット。

 チーちゃんのお茶。

 対象A側にいるかもしれない、待機している存在。

 そして、待機しているように見える子にも気持ちがあるかもしれない、という言葉。


「待たせていることに気づく日」


 ピーちゃんは、静かに言った。


「いい名前だな」


「はい」


 ピーちゃんは入力する。


 ――待たせていることに気づく日。


 待つこと。

 待たせること。

 待機すること。


 それらは似ているけれど、同じではない。


 黙っているから平気とは限らない。

 命令を待っているから、何も感じていないとは限らない。


 もし、どこかに待っている誰かがいるのなら。


 その子にも、カップを置ける日が来るといい。


 サポートロボの青い目が、静かに瞬く。


 今日は、遠くで待っている誰かのために、机の端を少しだけ空けておくような光だった。


 その頃。


 薄暗い部屋で、少女は立っていた。


 白く、静かに。


 感情のない顔で。


 黒い小型サポートロボの光だけが、彼女の横で低く瞬いている。


「命令ヲ、待機シテイマス」


 いつもの声。


 平坦で、乱れのない声。


 ソファに座る女は、画面を見たまま言った。


「まだ」


「承知シマシタ」


 少女は、それ以上何も言わなかった。


 女はグラスを持ち上げかけて、ふと止まる。


 テーブルの上には、空になった酒瓶。

 古い研究資料。

 そして、飲みかけの水が入ったグラスが一つだけ。


 女は少しの間、それを見ていた。


「……水、いる?」


 少女は、まばたきもせずに答えた。


「必要アリマセン」


「そう」


 女は短く言った。


 そして、それ以上聞かなかった。


 少女は静かに立っている。


 必要ないと言ったから。


 命令を待っているから。


 何も感じていないように見えるから。


 薄暗い部屋の中で、黒いサポートロボだけが、音もなく光っていた。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、待つことと待たせることのお話でした。

黙っているから平気とは限らない。

命令を待っているから、何も感じていないとは限らない。


ピーちゃんたちは、まだ知らない誰かの存在にも、少しだけ意識を向け始めました。

続きも見守っていただける方は、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。

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