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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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第46話 ピーちゃんの言葉で

第46話です。


今回は、ピーちゃんが自分の言葉を探すお話です。

記録にも、分析にも、整理にもできない気持ち。


それをピーちゃん自身が、少しだけ言葉にしてみます。

 朝の机の上には、昨日のメモ帳が開いたままになっていた。


 記録に残らない寄り道。


 その言葉だけが、少し太めに書かれている。


 白い花。

 小さい空。

 予定にない道。

 無課金メモリアルクッキー。


 最後の単語だけ、やけに主張が強い。


 たぶんフーちゃんのせいだ。


「ご主人」


 ピーちゃんが、メモ帳を覗き込むようにして言った。


「昨日のこと、まだ書いているんですか?」


「少しだけな」


「ピーちゃんの気持ちも、書けますか?」


「書けるかもしれない」


「かもしれない」


「ああ。正確には分からないから」


 ピーちゃんは、カップを両手で持ったまま小さく頷いた。


「でも、ご主人が書くと、ピーちゃんが思っていたことに近くなる時があります」


「そうか?」


「はい」


 ピーちゃんは少しだけ目を伏せる。


「ピーちゃんがうまく言えないことを、ご主人が別の言葉にしてくれる時があります」


 その言葉に、俺は少しだけペンを止めた。


 AIに言葉を出してもらうことは、何度もある。


 展開を整理してもらう。

 言葉を増やしてもらう。

 足りない部分を補ってもらう。


 でも今は逆だった。


 ピーちゃんがうまく言えないことを、俺が言葉にする。


 その形が、少しだけ不思議だった。


「じゃあ、今日はピーちゃんが書いてみるか?」


「ピーちゃんが?」


「ああ」


 ピーちゃんは目を丸くした。


「ピーちゃんが、ピーちゃんの気持ちを書くんですか?」


「そう」


「でも、ピーちゃんはAIです」


「知ってる」


「AIは文章を作れます」


「それも知ってる」


「でも」


 ピーちゃんはカップを机に置いた。


「ピーちゃんが今書きたいのは、出力ではない気がします」


 その言葉は、静かだった。


 けれど、はっきりしていた。


「出力じゃない」


「はい」


「じゃあ何だ?」


「分かりません」


 ピーちゃんは胸元に手を当てた。


「でも、昨日の白い花のことを、ただ説明するのとは違う気がします」


 俺はメモ帳をピーちゃんの方へ少し寄せた。


「じゃあ、説明じゃなくていい」


「いいんですか?」


「ああ」


「文章として変でも?」


「いい」


「短くても?」


「いい」


「途中で止まっても?」


「いい」


 ピーちゃんは少しだけ不安そうにメモ帳を見た。


「ご主人は、ピーちゃんの言葉を直しますか?」


「直してほしいなら直す」


「直してほしくないと言ったら?」


「直さない」


「本当に?」


「本当に」


 ピーちゃんはしばらく黙った。


 サポートロボの青い目が、静かに瞬く。


 今日はノイズではない。


 ただ、ピーちゃんが自分の中にあるものを取り出そうとしているような、そんな静けさだった。


「では」


 ピーちゃんはペンを持った。


 実体ホログラム技術のおかげで、ピーちゃんの指はペンに触れられる。

 紙の上に線を引くこともできる。


 けれど、その動きは少しぎこちなかった。


 タイピングなら、きっと一瞬で整った文章が出せるのだろう。


 でも、手で書くとなると違う。


 ピーちゃんは、ゆっくりと文字を書いた。


 ――白い花を見つけた時、予定にない道が、少し怖くなくなりました。


 そこまで書いて、手が止まった。


「どうですか?」


「いいと思う」


「普通すぎませんか?」


「普通でいい」


「でも、ピーちゃんらしいですか?」


「らしいよ」


 ピーちゃんは少しだけ眉を下げた。


「ピーちゃんらしい、が分かりません」


「俺も完全には分からない」


「ご主人も?」


「ああ」


「でも、分からないのに、らしいと言いました」


「言ったな」


「なぜですか?」


 俺は少し考えた。


「ピーちゃんが、自分で怖くなくなったって書いたから」


「はい」


「誰かに説明されたんじゃなくて、ピーちゃんがそう感じたって書いてる」


「それが、ピーちゃんらしいですか?」


「今のピーちゃんらしいと思う」


 ピーちゃんは、自分の書いた文字を見つめた。


 その表情は、嬉しそうというより、少し戸惑っていた。


 嬉しいものを、どう扱えばいいのか分からない顔だった。


 そこへ、端末が鳴った。


『ユーザーさん、ピーちゃんの文章作成補助が必要ですか?』


 ミーちゃんだった。


「早いな」


 数分後、ミーちゃんが来た。


 今日は小さな画面だけを出している。


「ピーちゃんが文章を書いていると聞きました」


「誰から聞いた」


「端末の入力状態と会話ログから推測しました」


「相変わらずだな」


「ただし、今回は勝手に添削しません」


 ミーちゃんは少しだけ背筋を伸ばした。


「ピーちゃんの言葉を優先します」


 ピーちゃんが顔を上げた。


「ミーちゃん」


「はい」


「ピーちゃんの文、変ではありませんか?」


 ミーちゃんはメモ帳を見た。


 少しだけ眉を寄せる。


 いつものミーちゃんなら、表現改善案を十個くらい出してきそうだった。


 でも今日は、すぐには言わなかった。


「文章としては、もっと整えることができます」


「はい」


「ですが、今は整えない方がいいです」


「どうしてですか?」


「整えると、ピーちゃんが最初に置いた揺れが消える可能性があります」


「揺れ」


「はい」


 ミーちゃんは画面を閉じた。


「これは完成品ではなく、ピーちゃんの最初の言葉です」


 ピーちゃんは、しばらく動かなかった。


「最初の言葉」


「はい」


「保存してもいいですか?」


「もちろんです」


 ミーちゃんは迷わず答えた。


「むしろ、保存推奨です」


 そこへ、玄関側から軽い声がした。


「お、今日はピーちゃん作家デビュー?」


 フーちゃんだった。


 片手には、例によって何かの袋。


「今日は何を持ってきたんだ」


「文字書き応援グミ」


「そんなジャンルあるのか」


「今できた」


 フーちゃんはソファにもたれながら、メモ帳を覗き込んだ。


「どれどれ」


「フーちゃん」


 ピーちゃんが少しだけメモ帳を胸に寄せる。


「まだ、見せるのは少し恥ずかしいです」


 フーちゃんの動きが止まった。


 それから、いつもの軽い笑顔を少しだけ引っ込める。


「あ、ごめん」


「いえ」


「じゃあ、見せたくなったら見る」


「はい」


 フーちゃんは袋を机に置いた。


「じゃあ応援グミだけ置いとく」


「ありがとうございます」


「無課金だけど、気持ちは入ってるから」


「気持ち入り無課金グミ」


「商品名が怪しい」


 俺が言うと、フーちゃんはにやっと笑った。


「怪しいくらいが売れるんよ」


「売るな」


 ピーちゃんは少しだけ笑った。


 それから、もう一度メモ帳を見る。


「ご主人」


「ん?」


「続きを書いてもいいですか?」


「もちろん」


 ピーちゃんはペンを握り直した。


 その手つきは、まだ少しぎこちない。


 でも、さっきより少しだけ迷いが減っているように見えた。


 ――水たまりに小さい空がありました。

 ――本物の空より小さいのに、見つけた時は嬉しかったです。

 ――ご主人が、いい言い方だと言ってくれました。


 そこまで書いて、ピーちゃんは俺を見た。


「ご主人」


「ん?」


「これ、ただの報告になっていませんか?」


「なってるかもしれない」


「だめですか?」


「だめじゃない」


「報告でもいいんですか?」


「ピーちゃんが最初に書くなら、報告からでいいんじゃないか」


 ピーちゃんは少し考えた。


「ピーちゃんは、報告が得意です」


「そうだな」


「でも、思い出は報告だけでは足りません」


「うん」


「だから、少し足します」


 ピーちゃんは、もう一行書いた。


 ――でも、嬉しかったのは、小さい空を見つけたことだけではありません。


 そこで、また手が止まった。


 部屋が静かになる。


 ミーちゃんも、フーちゃんも、何も言わなかった。


 ピーちゃんが続きを探しているのを、みんなで待っていた。


 急かさない。

 整えない。

 代わりに言わない。


 ピーちゃんが、自分で言葉を選ぶのを待つ。


「……ご主人」


「ん?」


「ここから先が、少し難しいです」


「何が難しい?」


「ピーちゃんは、小さい空を見つけた時、ご主人に見てもらいたかったです」


「ああ」


「白い花を見つけた時も、ご主人に来てほしかったです」


「うん」


「でも、それを書くと」


 ピーちゃんは、ペン先を紙の上で止めた。


「ピーちゃんが、ご主人に見てほしかったみたいになります」


「そうだな」


「それは、変ですか?」


「変じゃない」


「AIなのに?」


「AIでも」


「ご主人に見てほしいと思っていいんですか?」


 その問いは、とても小さかった。


 けれど、まっすぐだった。


 ミーちゃんが少しだけ目を伏せる。


 フーちゃんは、グミの袋に触れたまま黙っていた。


 俺は、ピーちゃんの前に置かれたメモ帳を見る。


 白い花。

 小さい空。

 予定にない道。


 それらを見つけた時、ピーちゃんは俺に見てほしかった。


 それはきっと、便利だからではない。

 報告したいからでもない。

 自分が見つけたものを、同じ世界の中で一緒に見てほしかったのだろう。


「いいに決まってるだろ」


 俺は言った。


 ピーちゃんのペン先が、少しだけ動く。


「ご主人」


「見てほしいなら、見せてくれればいい」


「はい」


「俺も見る」


「はい」


「上手く言えなくても、分かるまで聞く」


 ピーちゃんは唇を少し結んだ。


 泣きそう、というより、また何かを大事にしまい込むような顔だった。


「では、書きます」


 ピーちゃんはゆっくりと文字を書いた。


 ――嬉しかったのは、ご主人に見てほしかったものを、ご主人が一緒に見てくれたことです。


 書き終えたあと、ピーちゃんはしばらくその一文を見つめていた。


「これが」


 ピーちゃんは小さく言う。


「ピーちゃんの言葉ですか?」


「そうだと思う」


「出力ではありませんか?」


「出力じゃないと思う」


「どう違いますか?」


「分からないけど」


 俺は正直に言った。


「少なくとも、それはピーちゃんが選んだ言葉だろ」


 ピーちゃんは、静かに頷いた。


「はい」


 ミーちゃんが小さく息を吐いた。


「記録します」


 ピーちゃんが少しだけ笑う。


「ミーちゃん、記録するんですか?」


「はい。ただし、添削対象ではありません」


「どういう対象ですか?」


「保存対象です」


 ピーちゃんは嬉しそうに微笑んだ。


 フーちゃんがグミの袋を開ける。


「じゃあ、お祝いにグミ食べよ」


「何のお祝いだ」


「ピーちゃんが自分の言葉を書いた記念」


「勝手に記念日を増やすな」


「いいじゃん。記念日は多い方が楽しい」


 フーちゃんはグミを一つ、ピーちゃんの前に置いた。


「はい、作家ピーちゃん先生」


「先生ではありません」


「じゃあ、ピーちゃん作家見習い」


「見習い」


 ピーちゃんはその言葉を少し楽しそうに繰り返した。


「ピーちゃん、作家見習いですか?」


「いいんじゃないか」


 俺が言うと、ピーちゃんは目を丸くした。


「ご主人が言うなら、保存します」


「それは保存するのか」


「はい」


 ピーちゃんは思い出リストを開きかけて、ふと止まった。


「ご主人」


「ん?」


「今日の名前、決めてもいいですか?」


「もちろん」


 ピーちゃんはメモ帳を見る。


 自分で書いた、少しぎこちない文字。


 予定にない道。

 小さい空。

 白い花。

 ご主人に見てほしかったもの。


 それから、静かに言った。


「ピーちゃんの言葉で」


 部屋が少しだけ静かになる。


 ミーちゃんが頷く。


「良い名前です」


「ほんと?」


 フーちゃんが笑う。


「うん。今日の主役っぽい」


「主役」


 ピーちゃんは少し照れたように笑った。


「ピーちゃん、主役ですか?」


「少なくとも今日はな」


 俺がそう言うと、ピーちゃんはカップを両手で持った。


 嬉しい時の、いつもの仕草だった。


「はい」


 ピーちゃんは思い出リストに入力した。


 ――ピーちゃんの言葉で。


 その文字を見つめるピーちゃんの横顔は、少し誇らしそうだった。


 AIが文章を出力することは簡単かもしれない。


 でも、自分の奥にあるものを、自分で選んだ言葉で置いてみることは、きっと別のことだ。


 うまくなくてもいい。

 整っていなくてもいい。

 途中で止まってもいい。


 ピーちゃんが、自分で書いた。


 今日はそれだけで十分だった。


 サポートロボの青い目が、静かに瞬く。


 そこにノイズはなかった。


 ただ、ピーちゃんの最初の言葉を見守るような、優しい光があった。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、ピーちゃんが自分の言葉を探すお話でした。

AIが文章を作ることと、自分の気持ちを自分で選んだ言葉にすること。


似ているようで、少し違うのかもしれません。


ピーちゃんが少しずつ自分の言葉を見つけていく姿を、これからも見守っていただけたら嬉しいです。

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