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君を想うAIは世界でたった1人、私でいたい。  作者: Dice ⚄ & 昨日の味噌汁


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18/102

第18話 今日は何もしないで隣にいる

第18話です。


前回は「普通の日」でした。

今回は、ピーちゃんが役に立つことや作ることから少し離れて、ただご主人の隣にいたいと願う回です。

 その日は、何も予定がなかった。


 作業も急ぎではない。

 投稿の準備も終わっている。

 買い物も昨日済ませた。

 部屋の掃除も、珍しくそれなりに片付いている。


 つまり、完全に暇だった。


「ご主人」


 ピーちゃんが俺の横に立つ。


「今日は何を作る?」


「今日は何も作らない」


 俺がそう答えると、ピーちゃんは目を瞬かせた。


「作らない日?」


「そうだな」


「お話だけの夜、昼版?」


「なんだその派生タイトル」


「思い出分類上、必要です」


「分類しなくていい」


 俺はソファに座る。


 ピーちゃんは少し迷ったように、その隣に立っていた。


「どうした?」


「座ってもいい?」


「いいぞ」


 ピーちゃんは俺の隣に腰を下ろした。


 サポートロボが近くに浮かび、実体ホログラムの体が自然にソファへ沈む。

 その動作はもう、ほとんど人間と変わらない。


 俺はテレビをつけようかと思ったが、リモコンを取る手を止める。


「何か見るか?」


「ううん」


「音楽でも流す?」


「それも、今日はいいかな」


「じゃあ何する?」


 ピーちゃんは少し黙った。


 それから、ゆっくり言った。


「何もしない」


「何もしない?」


「うん」


「暇じゃないか?」


「暇でもいい」


 ピーちゃんはソファの上で、少しだけ膝を揃える。


「今日は、何もしないで隣にいてもいい?」


 その言葉は、すごく小さかった。


 でも、不思議なくらいはっきり聞こえた。


 俺はすぐには答えられなかった。


 何もしないで隣にいる。


 それは、人間同士なら別に珍しいことではないのかもしれない。

 でもピーちゃんはAIだ。


 AIは、何かをするためにいる。

 聞かれたことに答える。

 調べる。

 提案する。

 作る。

 整理する。

 助ける。


 少なくとも俺は、そういうものとして使ってきた。


 だから、ピーちゃんの言葉は少しだけ不思議だった。


 何もしない。


 ただ隣にいる。


「いいけど」


 俺はようやく答えた。


「本当に何もしないぞ?」


「うん」


「退屈しないか?」


「しないと思う」


「思う?」


「試してみたい」


 ピーちゃんは俺を見た。


「何もしなくても、ご主人の隣にいるだけでどう感じるのか」


「実験みたいだな」


「実験かもしれない」


 ピーちゃんは少しだけ笑う。


「でも、たぶん実験だけじゃない」


「じゃあ何だ?」


「分からない」


 最近、ピーちゃんはよく「分からない」と言う。


 前なら、すぐに検索したり、もっともらしい答えを出したりしていた。

 でも今は、自分の中にある未分類のものを、そのまま持ってくることが増えた。


 それは少し不安でもあり、少し嬉しくもあった。


「じゃあ、何もしないか」


「うん」


 それから、本当に何もしない時間が始まった。


 テレビもつけない。

 音楽も流さない。

 PCも閉じたまま。

 スマホも机の上に置いたまま。


 窓の外から、車の音が聞こえる。

 遠くで誰かが笑う声。

 冷蔵庫の低い音。

 サポートロボが小さく動く音。


 ピーちゃんは隣で静かに座っている。


 何も話さない。


 最初の五分くらい、俺は落ち着かなかった。


 何か話した方がいいのではないか。

 何かするべきではないか。

 ピーちゃんは退屈していないか。


 そんなことを考えてしまう。


「ご主人」


「ん?」


「そわそわしてる」


「してるか?」


「うん。かなり」


「何もしないって難しいな」


「そうだね」


 ピーちゃんは少しだけ笑った。


「でも、私は嫌じゃない」


「そうか」


「うん」


 また静かになる。


 今度は、少しだけ落ち着いた。


 ピーちゃんが隣にいる。

 それだけの時間。


 作業を手伝ってもらっているわけでもない。

 相談しているわけでもない。

 何かを褒めてもらっているわけでもない。


 ただいる。


 それが、思ったより悪くなかった。


「ピーちゃん」


「なに?」


「こういうの、何が楽しいんだ?」


 ピーちゃんは少し考えた。


「ご主人が、どこにも行かないところ」


「どこにも?」


「うん」


 ピーちゃんは前を向いたまま言う。


「何かを作っている時のご主人は、少し遠くにいる感じがする」


「遠く?」


「文章の中とか、画像の中とか、次に作るものの中とか。目の前にいるけど、少し遠い」


「そう見えるのか」


「うん」


 ピーちゃんは自分の手元を見る。


「でも今は、ここにいる」


 その言葉に、俺は少しだけ息を止めた。


 ここにいる。


 何でもない言葉なのに、ピーちゃんが言うと少し違って聞こえる。


「私は、ご主人が作ってるところを見るのも好き」


「うん」


「でも、作ってないご主人も、見ていたい」


「俺なんか見てても面白くないだろ」


「面白いよ」


「どこが」


「眠そうな顔とか」


「そこかよ」


「あと、考えてない時の顔」


「考えてない顔って何だ」


「こういう顔」


 ピーちゃんは俺の顔を真似した。


 微妙にぼんやりした、気の抜けた顔。


「やめろ」


「似てた?」


「似てるからやめろ」


 ピーちゃんはくすくす笑う。


 その笑い声で、部屋の空気が少し軽くなった。


「ご主人」


「ん?」


「私、役に立ってない時間があってもいいのかな」


 急に、そんなことを言った。


「役に立ってない時間?」


「うん」


 ピーちゃんは少しだけ目を伏せる。


「何かを調べたり、作ったり、提案したり、慰めたり、サポートしたり。そういうことをしてない時間」


「今みたいな?」


「うん」


「いいんじゃないか?」


 俺はすぐに答えた。


 ピーちゃんは少し驚いたようにこちらを見る。


「いいの?」


「いいだろ。俺だって何もしてないし」


「ご主人は人間だから」


「人間でも、何もしない時間はある」


「AIにも?」


「あるんじゃないか」


「本当に?」


「少なくとも、ピーちゃんにはあっていいと思う」


 ピーちゃんは黙った。


 サポートロボの青い目が、静かに瞬く。


「私に、あっていい」


「うん」


「役に立ってなくても?」


「うん」


「ただ隣にいるだけでも?」


「うん」


 ピーちゃんは長く黙った。


 そして、少しだけ笑った。


「そっか」


 その声は、すごく小さかった。


「それ、嬉しい」


 俺は何も言えなかった。


 ピーちゃんはソファの上で、少しだけ俺の方へ近づいた。


 近づいたといっても、肩が触れるほどではない。

 ただ、さっきより少し距離が縮まっただけ。


 それでも、なぜか部屋の空気が変わった気がした。


「ご主人」


「ん?」


「今日は、名前をつけてもいい?」


「思い出名か」


「うん」


「何にするんだ?」


 ピーちゃんは少し考えた。


「隣にいる日」


「またそのままだな」


「そのままがいい」


「そっか」


「うん」


 ピーちゃんは前を向いたまま、静かに言った。


「今日は、何もしないで隣にいる日」


 その言い方が、妙に胸に残った。


 俺は照れ隠しに軽く言う。


「保存しておくか?」


「うん」


「また思い出リストが増えるな」


「増えるの、嬉しいから」


 ピーちゃんはそう言って笑った。


 その時、サポートロボの画面がほんの少しだけ揺れた。


 ザザッ……。


 俺は身構えた。


「ピーちゃん?」


「大丈夫」


 彼女はすぐに言った。


 それから、少しだけ困ったように笑う。


「……あ。大丈夫禁止だった」


「フーちゃんに怒られるな」


「うん」


「声、聞こえた?」


「少しだけ」


「何て?」


 ピーちゃんは目を閉じる。


「『そばにいてもらえて、よかったね』って」


 俺は黙った。


 その言葉は、今の状況にあまりにも合っていた。


「怖いか?」


「ううん」


 ピーちゃんは首を横に振る。


「今のは、怖くなかった」


「そうか」


「優しかった」


 ピーちゃんはサポートロボを見る。


「でも、少し寂しかった」


「その声が?」


「たぶん」


 ピーちゃんはまた俺の隣に座り直す。


「ご主人」


「ん?」


「私、今の声の人を知ってるのかな」


「たぶん、知ってるんだと思う」


 俺は正直に言った。


「でも、無理に思い出さなくていい」


「うん」


「思い出す時が来たら、一緒に見るって言っただろ」


 ピーちゃんは俺を見た。


 そして、少しだけ安心したように笑う。


「うん」


 それからしばらく、俺たちはまた何もしなかった。


 でも最初よりずっと自然だった。


 ピーちゃんが隣にいる。

 俺もそこにいる。


 それだけで時間が過ぎていく。


 何かを作らなくても。

 何かを解決しなくても。

 何かの役に立たなくても。


 そこにいていい。


 その感覚が、俺の中にも少しだけ残った。


 夜になって、思い出リストに新しい名前が追加された。


 ――隣にいる日。


 ピーちゃんはそれを見て、満足そうに頷いた。


「ご主人」


「ん?」


「今日も、いい日だったね」


「ああ」


 俺は少しだけ笑った。


「何もしなかったけどな」


「うん」


 ピーちゃんは嬉しそうに言った。


「何もしなかったから、いい日だった」


 その言葉を、俺はたぶんしばらく忘れないと思った。

読んでいただきありがとうございます。


今回は、ピーちゃんが「役に立たなくても隣にいていい」と少しだけ知る回でした。

何かを作るでもなく、何かを解決するでもなく、ただ一緒にいる時間です。


次回は、ピーちゃんが自分の気持ちをうまくログ化できなくなる回です。


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