番外編 川崎ナギの企み:七話
店を後にした俺達は、先に出ていたガルムさん達を裏路地で見つけた。ちなみに、姿はもう元に戻してもらっている。うん、やっぱり元の姿が一番だ。あと、服装がただのジャージで良かった。ちょっとブカブカだが。
「ガルムさん、大丈夫ですか?」
「あ、ユウか……大丈夫だ。少し疲れただけだからな」
ガルムさんは壁にもたれかかって項垂れていた。服が汚れているのを気にしていない辺り、本当に疲れているのだろう。
「中々良い作戦だったね〜。アオイさんにも効果あったんじゃな〜い?」
「確かに効果はあったように見えますが……これはガルムには少し厳しいのでは?」
ナギとイズモさんは互いにこの作戦を評価し、反省会をしているようだ。……もし、アオイさんには効果が無かったと知ったら二人はどういう反応をするだろうか。そんな事を考えながら三人の様子を見ていると、ふと、ガルムさんが口を開いた。
「……ああ、イズモの言う通りだ。この作戦は、俺には厳しい」
「え〜、そうかな〜?でも、アオイさんにはバレてなかったでしょ〜?」
ナギの言葉に、ガルムさんは鋭い視線で答える。
「いや、おそらく姉ちゃんにはもうバレているだろう。……そうだよな、ナギ?」
「え……?」
イズモさんはナギとガルムを交互に見る。対してナギは飄々とした様子で笑みを浮かべながら、明るい声で言う。
「あれ、バレちゃってたんだ〜。ごめんね〜、作戦は失敗だったみたい〜」
「惚けるな。お前、最初から全部分かってたんだろう?……お前はイズモに話を合わせただけで、俺の手助けは一切していない。それだけじゃない、俺達以外に客がいなかったのも変だ。あの店は最近はもう少し客が来ている。今日はたまたま俺達しかいなかったなんておかしな話だろう?」
「そのたまたまが今日だったんでしょ〜」
「分かりやすい嘘を吐きやがって。ナギ……お前の目的はなんだ?一体何を企んでいる?」
ガルムさんがそう言うと、ナギは顔から笑みを消した。すっと目を細め、冷酷な瞳がガルムさんに向けられる。
「……あーあ。バレちまったか」
「……!やっぱり、お前が……!」
「そうだよ、ガルム。僕はアオイさんに変装がバレると知った上で魔法を掛けてもらい、僕の作ったこの魔法具を使って客を遠ざけた」
ナギは懐から正方形の物体を取り出し、これ見よがしに見せつけた。ガルムさんの表情がより険しくなる。
「こいつは便利でね。他者の精神に作用して、無意識にこれを発動した場所から離れるようになる。店に人を近寄れなくするにはもってこいさ」
「……っ、何故、そんなものを……!」
「決まってんだろ。誰にも邪魔されずに面白いものを見るためだ。――変装バレバレの状態で演技すると家族はどんな反応をするのか――思っていたよりも、面白い結果になったよ」
「……!ナギさん、ガルムを利用したんですか……!?」
「ああ、そうだぜ。そうじゃなきゃ、こんな面倒くさい依頼受けねぇよ!ヒャーッヒャッヒャ!」
なんて邪悪な笑い方なんだ。とてもさっきまでほのぼのとした喋り方をしていた奴とは思えない。まぁ、俺はこいつの本性を知ってるから驚かないが。ナギの言葉を聞いたイズモさんは、ガルムさんより怒った様子で震えていた。
「酷い……許せません!あなたには、お仕置きが必要なようですね!」
「ハッ、やれるもんならやってみろ!僕はリエのようにはいかねーぜ?八つ裂きにしてやるよ!」
「くっ……」
ナギはいつか見たチェーンソーみたいなものを取り出し、イズモさんを嘲笑う。ナギの尋常ではない雰囲気を感じたのか、イズモさんは少し身を引いた。……おいおい、ここ町中だぞ!?まさか戦闘になるんじゃ……そんな事を思っていると――ふと、冷たい風が吹いた。肌を刺すかのような冷気を纏った風が、何処かから吹いてきたのだ。ナギとイズモさんも思わず風が吹いてきた方を向く。
「――今の話は、本当ですか?」
次いで聞こえてきた、聞き覚えのある声。俺が目を向けると、青い髪が揺らめいているのが見えた。――それは、私服姿のアオイさんだった。アオイさんは自らに冷気を纏っているかのようなオーラを纏っており、何故か満面の笑みを浮かべていて、めちゃくちゃに怖い。……というか、寒っ……!
「ユウ……!私が、守るわ……!」
「あー!なんでユウ君に引っ付いてるのさ!僕にもやらせてよ!」
寒さで身体を震わせていると、ミドラとアルジュナが抱き着いて来た。……空気を読んでいないのは重々承知だが、この状況で二人を引き剥がすほど俺は間抜けではない。二人が離れたら多分寒さで死ぬ。二人に抱き着かれながら、俺は状況を見守る。
「ナギさん……あなたは、ガルムを利用したのですか?私の可愛い可愛い弟を……」
「……チッ、厄介なのに見つかっちまったか。そうだぜ。僕はガルムを利用した。それがどうした?」
ナギが挑発するようにそう言っても、アオイさんは笑みを浮かべるだけだ。しかし、冷気は一層強まったような気がする。
「そうですか、ならば……」
アオイさんはナギに向かって手をかざし、手に氷の塊を創り出す。それは見る見るうちに鋭くなり、氷がまるで剣のような形に変わった。
「今すぐガルムに謝罪をしなさい。さもなければ……刺します♪」
「……!?何考えてやがんだ、あんた……!?その氷で一体何をする気だ!?」
「私は本気ですよ?さぁ、十数えるうちに……いーち、にーい、さーん……」
「……チッ!分かった!分かったって!僕の降参だ!今すぐに謝罪する!」
ナギは必死にそんな事を言った。……これがアオイさんの本気か。あのナギを降参させるなんて。ナギは頭をかいて、ガルムさんに向き直る。
「……悪かった。もう二度とこんな事はしねぇ」
「お、おう……」
「はい、よく出来ました。それでは、罰を与えますね♪」
「は、はぁ!?話が違うだろ!」
なんとびっくり、ブチギレたアオイさんはめちゃくちゃを言い出した。魔力で氷の剣を生成したまま、更に数を増やしていく。……アオイさんって、こんな事も出来るんだ。
「大丈夫です、死にはしませんから」
「待ってくれ!取引をしよう!」
「取引、ですか。……まぁ、せめてもの情けを与えて上げましょう。取引の内容はなんですか?」
アオイさんがそう詰めると、ナギは意を決したように懐に手を突っ込んだ。そして何かを取り出し、アオイさんに掲げて見せた。
「今のガルムの姿を魔法具で撮った、よりすぐりの写真五枚セットだ!これを受け取る代わりに、僕を見逃し」
「取引に応じましょう」
「早っ!?」
思わず声が出てしまった。アオイさんはナギから高速で写真を受け取り、恍惚とした表情で写真を見始める。
「おおっ……なんという可愛らしくていじらしい姿……!しかもなんて綺麗な……素晴らしいです!」
「よし、今だ……!じゃあな、ガルム、イズモ!そしてユウとその他二人!」
ナギはそう言うと、そそくさと逃げて行った。……あいつ、ちゃっかり俺たちをおまけ扱いしてたな。まぁいいけどさ。
「ふふふ……またガルムの写真が増えましたね」
「ちょっとアオイさん!?ナギさんを追わなくて良いんですか!」
イズモさんが激昂するが、冷気を収めたアオイさんは写真を眺めながらその場から動こうとしない。
「もう良いんです。謝罪もさせましたし、思わぬ収穫があったので……ふふふ」
「……僕は許しませんからね!次にナギさんを見つけたら、必ず報いを受けてもらいます!」
イズモさんはナギの逃げていった方を睨み、拳をぐっと握っている。相当ナギにだまされたのが悔しかったのだろう。しかしそんな事はさておき、俺は言っておきたい事があった。
「……なぁ、イズモさん。そろそろガルムさんを元の姿に戻そうぜ」
「……あっ」
ガルムさんを元の姿に戻し、アルジュナが「ちょっと仕事があるから!」と言って去った後。俺とミドラはガルムさん達といつもとは違う飲食店に来ていた。ちなみに、イズモさんはナギを追いかけに行ってしまった。
「さて、ガルムは何にしますか?」
「……この激辛パスタを頼む」
「またそんなものを……ほら、お姉ちゃんと一緒にこのフルーツパイを食べましょう?ここはパイが有名なんですよ?」
「嫌だよ。俺は甘いのが嫌いだって知ってるだろ?」
「もちろん知ってますけど、私としては同じものを分け合いたいというか……」
「いや、自分の分は自分で食えよ」
目の前で言い合う二人を見ていると、先程の光景がなかったかのように感じる。なんというか、いつも通りの二人というか。そんな風に見ていると、ガルムさんが俺の方を見る。
「ユウとミドラは何にするんだ?姉ちゃんによると、ここはパイが有名らしいが」
「じゃあ俺はそれで。ミドラはどうする?」
「私も……ユウと同じもので……」
ミドラは相変わらず俺に引っ付いている。……もう抱きついてもらう必要はないのだが、離してくれないのだ。というか俺の力が足りなくて剥がせない。こんな往来の場でそんな事をされると、流石に恥ずかしいんだけど。閑話休題。
「あの、ガルムさん」
「ん、どうした?」
「その……ナギを止められなくてすいません。俺はあいつの本性を知ってたのに……」
俺はガルムさんに頭を下げる。……流されていたとはいえ、ナギの本性を知っていた俺なら、ガルムさんが騙されることを止められたかもしれない。そう思ったら、無性に申し訳なくなったのだ。
「その事か。別にユウが気にする事じゃない。俺もあいつの企みに気付く事が出来なかった……お互い様さ」
ガルムさんはそう言って頭をかく。良い人だ。良い人である分、あんな目にあってしまったのが不憫である。……ナギは最近鳴りを潜めたと思っていたが、今後も警戒する必要がありそうだな。
「……お、料理が来たな。ユウもミドラも食え。今日は俺の奢りだ」
「え、悪いですよそんなの」
「良いんだよ。迷惑を掛けた詫びだ」
「ガルム、お財布大丈夫なんですか?ここ、結構高いですよ?」
アオイさんがそう言うが、ガルムさんはぐっとサムズアップをしてこう言った。
「大丈夫だ。ユウとミドラの二人分くらいなら余裕で払える」
「……あれ、私の分は……?」
「姉ちゃんはわざわざ俺が払わなくてもいいだろ。もういい大人だしな」
「あ、はい……そうですね…………なんでしょう、複雑な気分です……」
ガルムさんの言葉に、アオイさんは微妙な表情を浮かべてフルーツパイを食べ始める。そんないつも通りの様子を見て、俺はくすっと笑ってしまった。
「……やれやれ、どうやら上手くいったみたいだな」
ユウ達が楽しく喋っているのを見て、桃髪の少年――ナギはボソリと呟いた。彼はイズモを巻いて、先程からずっと店の端の席に座っていたのだ。ナギは視線の先にいる姉弟――アオイとガルムを見ると、ニッと笑みを浮かべる。
(……どんな人間でも、共通の敵ができれば自然と協力するようになり、わだかまりも少し忘れる。咄嗟に思いついた作戦だったが、上手くいってよかったぜ)
ナギは目の前のパイを頬張りながら、ユウ達をこっそりと眺める。……そう、ナギの企みは、ただユウ達を弄ぶだけではなかった。ガルム達に偽の目論見を明かし、自分に敵意を向けるまでが彼の企みだったのだ。……アオイのガルムへの異常な想いを、和らげるために。
(……姉弟同士の悩みを僕が見捨てられるわけねぇだろ)
……ふと、ナギは姉の事を思い浮かべた。もし、あのブラコンの姉をナギが避けたら……姉はとても悲しむだろう。それどころか、不貞腐れてしまうかもしれない。それは、ナギにとっても辛いことだ。
(……にしても、あの食堂には行きにくくなっちまったな……今度、しっかり詫びを入れるか、また餌で釣るか……なんとか行けるようにしねぇと。……あの食堂は僕のお気に入りだからな)
ナギはパイを一口食べる。フルーツの甘い香りが鼻腔をくすぐり、ナギは口元に笑みを浮かべた。




