番外編 川崎ナギの企み:六話
食事が届き、アルジュナのちょっかいはどうにか収まった。ガルムさん達の元にも料理が来たらしく、アオイさんがガルムさん達と話をしている。……今日は俺達以外に客がいないしな。
「おー……これが、この世界の食事かぁ……美味しそうだね」
アルジュナは目の前のパンケーキを見て、目を輝かせている。その様子に、俺は仮想世界での出来事を思い出す。
「手づかみで食べるなよ?流石にアオイさんがびっくりするからな?」
「えー、じゃあどうやって食べるのさー」
「食器の使い方を教えてやるから、それで食べろ」
アルジュナにフォークとナイフの使い方を教え、目の前のパンケーキで実践させる。しかしアルジュナは上手く口に運べないのか、何度も皿に落としている。
「うーん、上手くいかないなぁ……」
「…………じれったいな」
ボソッとそう呟き、俺はアルジュナの手をガシッと掴む。アルジュナが目を見開いてこちらを見てきた。
「……ユウ君?」
「アオイさんが近くにいるんだからその名前で呼ぶな。……ほら、俺が手を動かしてやるから、その感覚を覚えてくれ」
「え、でも……これは流石に……」
アルジュナが少し顔を赤くしている。……どうしたんだこいつ。まさか……照れてるのか?まぁ、そんなわけないか。こいつ、いつもこんなことばっかやってくるし。――俺はアルジュナが持つナイフでパンケーキを切り分け、フォークでパンケーキを刺す。フォークを持たせた腕を動かし、口に運ぶ。……なんか二人羽織みたいだな。
「ほれ、口を開けろ。ここまでやったら食えるだろ?」
「ひゃ、ひゃい」
アルジュナはパンケーキを口に入れ、ゆっくりと咀嚼する。その際も、アルジュナの顔は真っ赤だった。
「美味いか?」
「お、美味しいです……」
味の感想を聞くと、何故か目を逸らされた。一体なんなんだろう。……おや、視線を感じるな。
「……じー……」
「ミドラ?なんで俺をじっと見てるんだ?」
「……ユウ、私にも……教えて欲しい……」
「ん?ミドラはちゃんと使えるだろ?俺が教える必要は……」
「教えて……欲しいの……」
「お、おう」
その後。何故かミドラにも二人羽織をすることになった。なんで?
二人への食器の使い方講座を終え、俺はガルムさん達の会話を聞くことにした。……なんか盗み聞きしているみたいに聞こえるな。実際は違うよ?
「へぇ、ガルフィさんも冒険者なんですか」
「……ああ、そうだ」
「僕達は彼女が依頼を受ける時に知り合ったんです。そうですよね、ナギさん?」
「そうだね〜、新人みたいだったから、イズモさんと二人でいろいろ教えてたんだ〜」
「そうなんですか。私も昔は冒険者だったんですが、新人の頃は苦労しましたよ。友達も出来ずに、アカギ兄さんと二人で依頼を受けていましたね……しまいには「氷の女王」なんて言われて遠ざけられる始末……」
アオイさんは暗い表情で自分の過去を語っている。……なんて切ない話だ。さっきまで普通の会話だったのに一気に気まずい雰囲気になったぞ。
「ぼ、僕はよくアオイさんに助けられてましたよ!魔物討伐の依頼が行き詰まった時、アオイさんが手を貸してくれて魔物を一掃してくれましたよね!」
「そして私の悪い噂が増えて、もっと人が寄りつかなくなりましたね」
イズモさんがフォローしているのに、この人自分で傷を増やしていったぞ。……今度、高いメニューでも頼もう。
「ううっ……気づけばこの年で独り身。所詮私は行き遅れの食堂の美人店員です……」
急に強かになったな。やっぱり高いメニューを頼む必要はないかもしれない。
「な、泣かないでくれ。姉ちゃん」
「え、姉ちゃん?」
アオイさんが泣き真似を止め、真っ先に食いついてきた。……ガルムさん、今とんでもないミスをしたな……身内に優しすぎるだろ。
「あっ……えっと、アオイさん」
「今、姉ちゃんって言いましたよね?私はガルフィさんの姉ではないですよ?」
「あー……私にも、上に姉ちゃんがいるんだ」
「そうなんですか。ガルフィさんのお姉さんなら、きっと綺麗で優しいんでしょうね……私みたいに」
「あ、ああ……綺麗な姉ちゃんだと……思う。アオイ、さん、みたいに……」
「……ふふっ、ありがとうございます」
……誤魔化せた、のか?でも、今のは完全に気付かれたと思ったのだが……どうやら、あの変装は本当に効力があるらしい。
「……ご馳走様。それじゃあ、私はこれで」
「ええ、また来てくださいね」
「え、ガルフィさん、もう食べ終わったんですか!?待ってください、僕達はまだ食べ終わってな……」
「それじゃあ、お代はここに置いておくね~」
「ナギさんまで!?ちょ、ちょっと待ってください!」
いつの間にかガルムさんは食事を終えて、足早に店を出ようとしていた。ちゃっかりナギもそれについていき、イズモさんは残っているパンケーキを必死に食べて、お代を置いてガルムさんの元へ。それをぼんやりと眺めていると、アオイさんがこちらに歩いてきた。
「ナオさん、さっきの……聞いてましたか……?」
「あ、はい……すみません」
「ふふっ、良いんですよ。こんな近くの席で話していたら聞こえて当然ですから」
アオイさんはそんな事を言いながら、クスリと微笑む。いつも通りの雰囲気に、俺は虚を突かれたような気分になる。さっきまでの卑屈な感じはしない。
「あの、落ち込む必要はないと思います。アオイさんは明るい人ですし、友達とかもすぐ出来ますよ」
「ありがとうございます。先程弟にも励まされたので、もう気にしていませんよ」
「あ、そうですか…………ん?弟?」
今この人、なんて言った?
「はい、弟ですよ、ユウさん。何故か女性の姿なのかは気になっていますが……ガルムにあんなに褒めてもらったので、私は今とてもご機嫌なんです」
「ちょ、ちょっと待ってください。今、ユウさんって……」
「え、違うんですか?それなら、ナオさんって呼びますけど」
「いや、その必要はないです!……アオイさん、まさか気づいていたんですか!?」
「はい、最初から気づいてましたよ」
え、マジで……?ガルムさんはともかく、なんで俺までバレてんの?この中で一番ヘマしてないのに。俺が目をぐるぐるとさせていると、アオイさんが自信満々にこう言った。
「ユウさん、私は魔法のエキスパートですよ?魔法での変装なら一目見ただけで分かります」
「じゃあ、俺が演技してた時のあの反応は……」
「面白そうなので、私も乗っかってみようと思いまして」
うぉぉぉぉ……めちゃくちゃ恥ずかしいじゃん!誤魔化せていると思ったらバレバレとか恥辱の極みだよ。穴に埋まって隠れたい。俺が頭を抱えていると、アオイさんが微笑みながら話を続ける。
「そんなに蹲らないでください。言いふらしたりはしませんから」
「……ありがとうございます。なぁアル、ごめんけど魔法解いてくれ」
「えー、やだ」
「…………」
今すぐに元の姿に戻りたくなったのだが、アルジュナに魔法を解いてもらえなかった。……もういいや、このままで行こう。話が進まない。
「あの、なんで気づいてたのに指摘しなかったんですか?ガルムさんって分かってたなら、アオイさんならもっと引っ付いたり撫でたりしますよね?」
「……ユウさんの中の私がどんな人間なのか非常に気になる所ですが……私にだって常識はあるんです」
あるのか……常識。てっきりないものだと思ってた。
「そうだったんですね。意外です」
「……どういう意味ですか、ユウさん?」
「すいません、なんでもないです」
怖い笑顔で見つめられたので、俺は素直に謝る。アオイさんはコホン、と咳払いをすると、俺の質問に答える。
「……あの時、ガルムは自分がガルムだと気づいてほしくなさそうでした。だから、私は指摘をしなかったんです。弟の隠し事を無理やり暴くのは姉のすることではありません」
「……なるほど」
つまり、アオイさんはガルムさんの思考を読み取ったのか。……弟離れをしてもらうためにあんな姿になったということは言わないでおこう。それにしても、珍しくアオイさんにしてはまともな思考だな。
「それに、ガルムが少し赤い顔でもじもじとしているのが、何とも良いもので……ああいえ、とても可愛らしくて……つい見ていたくなっちゃいました」
前言撤回。このブラコンお姉さんはもうだめかもしれない。頬を赤く染めて恍惚とした表情を浮かべているアオイさんは、いつものアオイさんだった。
「あ、ユウさん!今度こんな面白そうな事をする時は、私も誘ってくださいね!そしたらガルムを私好みに……ふふふふ」
怖い。改めて言わせてもらおう。――もう駄目だ、この人。
「アオイ……目が怖いわ……」
「ねぇ、ユウ君。僕は人付き合いはもうちょっと考えた方が良いと思うんだ」
この時ばかりは、二人の言う通りだと思った。




