第二十一話 魔物暴走
翌日。宿屋で軽く仮眠を取ってギルドに向かったわたし達は、受付嬢から信じがたい事実を聞いた。
「――魔物暴走が、起こるかもしれない……ですって?」
受付嬢は眉尻を下げ、悲壮感を漂わせて俯いた。
「……ギルドの調査員によると、近い内に各地で、突然変異した魔物による魔物暴走が起こるそうです。兆候のある魔物はどれも強力な魔物らしく……町の高レベル冒険者を集めても、止められるかどうか……」
――魔物暴走とは、何らかの理由で凶暴性が増した大量の魔物が、町や集落などの人が集まる場所に襲いかかる現象のことだ。魔物暴走では弱い魔物すらも厄介な相手になり、並の騎士団や冒険者では太刀打ちできなくなる。そのため、ギルドによっては高レベル冒険者の魔物暴走対処への参加を義務付けているギルドもある。閑話休題。
「……ちなみに、魔物暴走の規模は?」
「……非常に小規模ですが、グランドスネイクやマンティコア、ワイバーンなどの姿が確認されており……報告では、龍が現れたとも……」
「……!?龍、ですって……!?」
龍は滅多に姿を現さない、強力な魔物だ。その鱗は刃を防ぎ、龍の吐く炎は町を滅ぼすとも言われている。
「龍……ワダツミのデータベースには情報がない」
ワダツミは無表情にそんな事を言う。――彼女は昔、人によって造られたゴーレムだ。彼女を造った人も彼女も、ずっとあの遺跡にいたとワダツミは言っていたし、龍を知らないのも無理はない。わたしも本に書いてあるのを見たことがあるくらいだし。そんな事を考えていると、受付嬢が暗い表情のままこう言った。
「……近々、ギルドによる招集が掛けられると思います。シェリィ様、ワダツミ様、どうかお力添えをお願い致します」
「……ええ、もちろんよ」
「ラジャー」
ここにはまだ、コウがいる……わたしがしっかりしないといけない。
数日後――受付嬢の言葉通り、わたし達はギルドの招集を受けて、他の冒険者と共にギルドに集まった。
「――冒険者諸君、よく集まってくれた」
ギルドの中心に、金髪の女性が佇んでいる。女性は荘厳な鎧に身を包んでおり、鋭い目つきで周りの冒険者達に視線を向けていた。
「私はこの町の騎士団を率いる、アライブ・ランスだ。今回の魔物暴走を止めるため、皆の指揮を務めさせてもらう事になった。よろしく頼む」
「アライブ・ランス……」
聞いたことがある。この町には代々治安維持を担当している、ランス家という、王家から派遣された騎士の家系が住んでいると。そして目の前のアライブという女性は、若くして騎士団――治安維持のための集団のことだ――を率いる役目を担っている、ランス家のご令嬢だ。同業者が話しているのを聞いたことはあるが……まさか、本当に目にすることになるとは思わなかった。
「……随分と少ないな。この町の冒険者は、これで全てか?」
「……いえ、もう少し数がいたはずですが……」
アライブが隣にいる受付嬢に尋ねると、受付嬢は申し訳なさそうに眉をひそめる。アライブは「なるほどな」と呟くと、冒険者達の方へ向き直った。
「どうやら、町を守る気のない薄情者がいるようだ。しかし案ずるな。我が騎士団から腕の優れた者を連れてくる予定だ。ここにいる皆で、魔物暴走を止めるぞ!」
「「「おおおーっ!」」」
アライブが意志のこもった目でそう言うと、冒険者達は一斉に叫ぶ。そんな彼らを、わたしとワダツミは遠巻きに見ていた。
「……凄い人気」
「そりゃ、有名な騎士様だもの。人心掌握なんてお手の物でしょ」
わたしは皮肉めいた言葉でそう言った。わたしはああいった手合いの人間が嫌いなのだ。関わったらろくな事がない。リョウマが一つの例だ。
「……シェリィ、怖い顔」
「は?怖くなんかないでしょ?いつも通り、綺麗なシェリィさんよ?」
「ストレスがたまっているように見える。もう少し休んでいたほうが良い」
ワダツミにそう言われて、わたしは言葉を詰まらせた。……バレてたみたいね。ここ最近、まともに休めていないってこと。理由は言わずもがな……コウのことだ。あの日、コウが記憶を失ってから……彼はずっと申し訳なさそうにしていて、会話もどこかぎこちない。まるで、わたしを変えてくれたあのたくましいコウが、死んでしまったかのようだ。元に戻ったコウに会いたい。そして、あの時、コウを恐れた事を……謝りたい。そんな感情を抱えている内に、まともに休む事なんか出来なくなった。
「……大丈夫よ、ワダツミ。わたしはまだ動けるわ」
……でも、わたしはまだ倒れるわけにはいかない。絶対に、コウを元に戻す。そのためには、この町を魔物から守らないといけないのだ。
「でも、シェリィ……」
「ワダツミ。人手不足の今、わたしだけ休んでいるわけにはいかないのよ。わたしの言ってること、分かるわよね?」
「理解……できる」
「そう。なら、文句は無しよ。これは命令」
「……了解」
「そう……それでいいの」
押し黙ったワダツミを見て、わたしは微笑みながらそう言った。いつも無表情な彼女の顔が、どこか暗い顔をしているように見えた。
「――すまない、シェリィ・コモンズというのは君か?」
ワダツミを諭して、武器の手入れをしていた所――先程まで皆の中心にいたアライブが、わたしの目の前に来ていた。
「そうですけど、何か?」
わたしは少し警戒したように返事をする。アライブは気を悪くしてしまったと思ったのか、少しためらいがちに話す。
「……参加者のリストに、君の名前が書いてあってな。人員の確認のために、声を掛けたんだ」
「シェリィ・コモンズです。よろしくお願いします。それではわたし、まだ武器の手入れをしなければならないので、お引き取りを」
そう言って足早に去ろうとすると、アライブに引き留められた。
「いや、そういうわけにもいかない。実は、君には個人的に用があるのだ」
「……はぁ、わたしに?」
「――君は、コモンズ工房を聞いたことがあるか?」
神妙な様子のアライブの言葉に、わたしは目を見開いた。何故なら、そこは――
「わたしの、実家ですけど……」
コモンズ工房というのは、わたしの実家のことだ。実はわたしは辺境の村の出身で、親が工房を営んでいる。その工房は武器や道具など様々な物を作っており、それなりに売れている……と両親は言っていた。わたしの言葉を聞いたアライブは、途端に目を輝かせる。
「やはりか!コモンズという名を見た時、もしやと思ったが……君は、あのコモンズ名匠の一人娘なのだな!?」
「め、名匠……?」
「ああ、そうだ。実は、コモンズ工房の武具には世話になっていてな……あの素晴らしい造形美、切れ味、使いやすさ……私の騎士団でも、使わせてもらっている」
「そ、そうなんですね」
……驚いた。まさかこんな所に、実家の工房の客がいるなんて。しかも、名門騎士の家のご令嬢。それなりに売れているというのは、どうやら嘘ではなかったようだ。アライブは嬉々とした表情のまま、わたしの手を握ってこう言った。
「もしよければ、コモンズ名匠に伝えてくれないか。機会があれば、ぜひランス家で取引をしたい……と」
「……わかりました。機会があれば」
「ありがとう。……長々と話してしまってすまない。私はこのあたりで失礼する。まだ仕事があるのでな。また後で会おう、コモンズ嬢」
アライブはそう言って、颯爽と去っていった。……なんというか、嵐みたいな人だったわね……
「……割と、気さくな人なのね」
途端に静かになった空気の中、わたしはボソリと呟いた。




