第4話 とても不快で嫌らしい町
あの後、険しい道を抜けて街道に出た私たちは、ようやく小さな町に着いた。
けど……集落と比べて、雰囲気が暗い。
本当にこんなところで休めるのかって、心配になるけど……。
「……やっぱり、ベッドで寝たいなぁ」
やっとゆっくり休めるって期待の前では、多少の居心地の悪さは関係ない。
「あぁ、仕事中に悪い。俺たちは旅の者なんだけどさ、この町の宿の場所を教えてくれないか?」
「……宿だぁ? こんな小さな町にそんなもんないぞ?」
「ないって、まじか。……ならさ、一晩だけでも泊まれるところがあったら、知りたいんだけど、いいか?」
「あぁ……それなら、町長のとこに行けば泊めてくれんじゃないかな。ほら、あそこの屋根の色が一つだけ違う大きな家があんだろ? そこに行けばいい」
近くで畑仕事をしている人に、ゼンさんが宿があるか聞いてくれたけど、宿がないからって町長さんの家にお邪魔していいのかな。
見ず知らずの他人がいきなり現れて、一晩泊めてくれって言われたら、私なら……嫌だと思う。
「あ、あの……だ、大丈夫なの?」
「へぇ……まぁ、話好きな人のいい爺さんだから、喜んで泊めてくれるさ」
「そういうことなら早速、行かせてもらうわ」
「おぅ、そこの旅慣れてない綺麗な娘さんをちゃんと休ませてやれよ? ……あ、そうだ。一応確認なんだけどさ、これ、あんた等の女……じゃねぇよな?」
さっきから私の身体を上から下まで、なめまわすように見てくる。
なんだか、嫌な気持ちになったけど、途中で視界をさえぎるようにカーくんが前に出てきてくれた。
「……俺たちはそういう関係じゃねぇぞ?」
「ん? いやぁそうか……。そりゃそうだよな、見た目は綺麗でも、胸が平らで貧相じゃあ、恋仲にもなれやしねぇわな」
……胸が平らなのと、美人なのは別だと思う。
褒めてもらえたのは嬉しいけど、カーくんの背中越しに感じる視線はやっぱり、すごい気持ちが悪い。
「君、もしかして彼女に手を出そうとか、考えてないよね」
「……そ、そんなことしねぇよ。さぁ仕事だ仕事、早くしねぇと夜になっちまう。ほら、あんたらも暗くなる前に町長の家に行きな!」
そもそも、人のことを見た目だけで選ぶような人と一緒にいたくないし、今の人みたいな人と恋仲になるのは嫌。
「……シャルネ。大丈夫かい?」
「う、うん……ありがと」
「大丈夫ならいいけど、無理はするなよ?」
「え、ゼ、ゼンさん!?」
畑仕事に戻った男の人を無言で睨みつけていたゼンさんが、カーくんの背中の陰から出てきた私の手を握ると、足早に町長の家に向かって歩き出す。
「やっぱり……久しぶりのベッドはいいなぁ」
あの後、屋根の色が違う大きな家に向かうと、町長さんはすぐに私たちを笑顔で迎え入れてくれた。
空き部屋を一晩だけ貸してもらえることになって、私は部屋に入ってすぐ、ベッドの上に飛び乗ったけど……多少の硬さが気にならないくらいに、気持ちがいい。
「——ルネ。ったく、気持ちよさそうに寝てるな」
「ん? え……え?」
ベッドの上でゆっくりしている間に、いつの間にか寝てしまっていたみたいで、窓から見える景色が少しだけ暗い。
「あ、ご……ごめん、ね?」
「謝んなくていいって、慣れない旅で疲れてんだから当然だ」
「う、うん。……けど、起こしにきたってことは、何かあったの?」
「いや? 町長がもうすぐ夕飯だから一緒に飯を食いたいんだってさ……どうする?」
「あ、うん。それなら……私もいくね」
ベッドから起き上がって、ふと……町長さんの家に行くまでの道中を思い出す。
(なんか、嫌なところ……って気がする)
すごくやせ細って骨と皮だけみたいな人に、不健康そうなくらい痩せているのに、お腹だけ大きい妊婦さんもいて、見ていて辛かった。
それに、すれ違う男の人たちから嫌らしい視線を向けられた。
……それも、小さな男の子からまで、二人に心配させたくないから、気づいていないふりをしていたけど、苦しかった。
「……やっぱりやめるか?」
「だ、大丈夫」
「……無理はするんじゃねぇぞ?」
「うん、わ、私は大丈夫、ありがと」
ゼンさんと部屋を出た後も考えてしまう。
この町はまるで、女性を道具のように扱って住人を増やしているんじゃないかって、これが私の妄想だったら……いいけど。
でも、私の感じている不安が事実で、もしこれが、栄花の常識だったら……すごい嫌だ。
けど……これが、この町独自の習慣だったとしたら、今夜だけは我慢して休んで、朝になったらすぐに出ようって二人に相談しようかな。
「おぉ、よく来てくれました。慣れない旅でお疲れだとお連れの方から聞いておりましたので、夕飯をご一緒できないかと思ってましたよ」
食事が用意された部屋に入った瞬間、町長さんが笑顔で迎え入れてくれる。
けど……さっき、町の中のことを思い浮かべたせいか、まるで貼り付けられた表情みたいに感じて、少しだけ怖い。
「あ、あの……いえ、あの、せっかく……作ってもらった……ので」
「……はい?」
「町長さん、この子はひどい人見知りでね。初対面の相手だとうまく話せないんだ……気を悪くさせてしまったなら、俺が代わりに謝るよ」
「な、なるほど、そうなのですね。ささ、綺麗なお嬢様、是非私のとなりに座ってください」
やっぱり、町長さんの視線も気持ち悪い。
でも夕食に誘われたからには、言われた通りに隣に座らないと失礼……だよね。
そう思って、町長さんの隣の椅子に座ろうとした時だった。
「別に座るところくらい、どこでもいいだろ?」
ゼンさんがその椅子に座ると、隣の椅子を手で押して、私が座れるようにしてくれた。
「そ、そうですな。いやあ……それにしてもその美しさ。人見知りのお嬢様だとしても、慣れている方の前では、きっとよく笑うのでしょうな。それに、先ほどの言葉も言いたいことはわかったので大丈夫ですよ。……見た目だけでなく心までお美しいとは、感激いたしました」
「あ、ありがとう……ござい、ます」
「ささ、お嬢様のお口に合うかわかりませんが、冷める前に召し上がってください」
「あ、は、はい……いただき、ます」
乾燥して硬いパンに、野菜を入れて煮込んだだけのスープを、ゼンさんの真似をして食べるけど、お世辞にも美味しくない。
(……食べてる時くらい、落ち着かせてほしいな)
まるで商品を見定めるような、嫌らしい視線を向けてくるせいで、ご飯を食べることが嫌になりそう。
「食事の作法もしっかりとしておられるとは、もしかしてと思っておりましたが、やはり……良家のお嬢様ですか?」
「え……あ、あの——」
「違うぞ? こいつは俺と同じ村で生まれ育った幼馴染だよ。子供の頃は、目を離すとすぐ木に上ったり、川に飛び込んでびしょ濡れになるわ。おてんば娘だったんだぜ?」
身振り手振りで、ゼンさんが私の子供の頃の作り話をしてくれるけど、これだと……まるで、本当に幼馴染みたい。
(そんな、子供の時を二人で過ごしてみたかったかも)
自然と美味しくない料理も、ゼンさんの隣だと美味しく感じてくる。
「ほう……まさか村娘とは、見かけにはよらないものですな。いやぁ、そこまで元気な娘となると、さぞ良い男児が産まれるのでしょうな」
「……え?」
「良き男の元に嫁げば、生活にも困らないですからな。……これは、もしもの話ではあるのですが、この町は男が多く……女が極端に少ないもので……嫁を貰える家が少ないのですよ。良ければ、ここでお相手を探していただけませんかな」
「お、お相手って……私、まだ誰とも、付き合ったことも、ない……し」
私の言葉を聞いた瞬間、町長の目の色が変わった。
驚いて二人に視線を送るけど、カーくんは顔色を変えずに食事を続けていて、何を考えているのかよくわからない。
(……なんで、私を助けてくれないの?)
けど、ゼンさんだけは、笑顔で聞きながら、自分の太腿を強く握り締めて我慢しているのが見えて、気持ちが少しだけ落ち着いた。
(……私のために、怒らないように我慢してくれてるんだ)
その手を離したら、今にも暴れ出しそうな雰囲気で、でも……私の視線に気付いて、いつも以上に優しく笑ってくれて、息がちょっとだけしやすくなる。
「ということは生娘なのですなっ! これは素晴らしい。……あ、いえ、申し訳ありません。もし……この町で良き出会いがあり、関係を持ちたいと思うほどの相手がおりましたら、是非このまま夫婦として末永く暮らしてくだ……さ……」
「……どうしたんだ? 結構、辛そうだぞ?」
「お、おや……も、申し訳ない、急にお腹の調子が、大事な会話の席なのにし、失礼っ!」
町長さんが全身から汗を噴き出しながら立ち上がると、凄い速さで出て行ってしまう。
「カーティス。……おまえ、やったな?」
さっきとは違って、自然な笑みを浮かべたゼンさんが、何かを察したかのようにカーくんを見る。
「あまりにも不快だったから、魔法で彼のスープの中に、人間が腹を下す程度の微弱な毒をね。しばらくはトイレから出られないんじゃないかな?」
そう言いながら、カーくんは目を細めて魅力的に微笑む。
あぁ、良かった……カーくんも、怒ってくれていたんだ。
そう思うと安心して、私も少しだけ笑顔になるのだった。




