第18話 そして旅立ちへ
キューちゃんのところに戻ると、動物の皮で作られたバッグが三人分置かれていた。
(もしかして……今すぐ旅に出ろっていうことなのかな)
確かに、襲撃の後に旅に出るっていうのは、物語だとよくあること。
でも、こういうのって、大切な人を亡くしたりして、失意を胸に旅立つのが王道じゃないのかな。
「……なんでバッグを用意してんだ?」
「これはどういうことだい?」
「すみませんが、同時に話さないでくれませんか? あなたたちを呼び出した用向きは、そのバッグを見ればわかると思ったのですが……。もしや、シャルネ様から何も聞いていないのですか?」
キューちゃんが、事情を説明していないのかと言いたげな雰囲気で私を見る。
「あ、え、えぇっと……えへ?」
ゼンさんにはマチザワさんのこととかは話したけど、カーくんには言えてない。
(だって、あんなに沢山の奥さんがいる状況を見て、驚くなって言う方が無理があるんじゃないかな)
だから私は悪くないと思う。
でも……言い忘れていたのは事実だから、心の中でごめんなさいって謝っておこうかな。
「……言いたいことは色々とありますが、説明していないのは仕方ありませんね。では、私からお伝えします——」
キューちゃんの話を聞いている間、カーくんが
「なんでそんな大事なことを話さなかったんだ」
と言いたげな、冷ややかな目で見てくる。
思わずゼンさんの背中に隠れてしまったけど、心の中でちゃんと謝ったんだから、許してくれてもいいのに……。
「……つまり、今から俺たちに旅に出ろということでいいのかな?」
「そうなります。間者が送られて来た以上、この集落の場所も五大国の神々に知られてしまった可能性が高いので……ご理解いただけると助かります」
「助かるもなにも、拒否権なんて元から無いだろうが」
「えぇ、よくおわかりで」
静かにキューちゃんが頷いて、私の方に振り向く。
「——正直なところ、シャルネ様はまだ……戦闘に関しては経験を積めばなんとかなるとは思いますが、この世界の常識に関しては不安な面があります。ですので、万が一のことが起きる可能性も否定できません」
「まぁ……そりゃあ、なぁ?」
「ここで俺を見られても、困るから止めてほしいかな。シャルネの保護者は君だろう?」
「いつから俺が保護者になったんだよ」
「どう見ても……保護者だと思うけど?」
二人して、こいつどうする? とでも言いたげに見てくるけど、さすがに失礼な気がする。
私のほうがゼンさんの面倒を見てるし、部屋の掃除とか料理もちゃんとやってるんだから、保護者はこっちだと思う。
「——こほん。ということで、皆さんには申し訳ないのですが、私の方で旅に必要な準備は済ませておきました」
「……準備したっていうけど、キューちゃん。た、旅に出るにしても、こんなに小さいバッグで……大丈夫なの?」
「ご安心ください。このバッグには私の術で内容量を拡張していますので、無限……とまでは言えませんが、小さな家くらいなら入るだけのスペースはありますよ」
「へ、へぇ……?」
ゲームとかにある、なんでも道具が入るアイテムボックスみたいなものかな。
けど……一人じゃ使い切れないくらい、色んなものが入りそう。
「あ、でも! お土産とか入れるのにちょうど良いかも!」
「お土産ですか? 気持ちは嬉しいのですが、私は大丈夫ですよ。ただ……そうですね、生ものを入れてしまうと腐ってしまうので、気を付けてください」
生ものを入れるとダメってことは、缶詰めとか日持ちしそうなものを入れれば大丈夫だよね。
と思うけど、この世界にはそんな便利なものはない気がする。
(あったとしても、こういう世界だと……干し肉や乾パンくらいかな?)
でも……それだと、旅の道中で美味しいご飯に飢えてしまいそうで、嫌かもしれない。
「後は……そうですね。軽量化の術も施していますので、いくら物を入れても重さはたいして変わりませんので、ご安心ください」
「ということは、バッグの中には……色んなものが沢山入ってるの?」
「いえ、シャルネ様に大量の荷物を持たせるわけにはいきませんので、替えの衣類と水筒くらいしか入れてませんよ?」
キューちゃんから、バッグを受け取って私なりに考えてみる。
これから三人で旅に出るのに、私だけ……そんな特別扱いされてしまっていいのかなって。
(だって……これだと、ゼンさんとカーくんの荷物が多くなって大変そう)
そう思うと、気を使ってくれるのは嬉しいけど、ちゃんと口にして伝えた方がいい気がしてきた。
だから……
「キューちゃん。あの、特別扱いは……ちょっと、い、嫌かな」
「気持ちはわかりますが、ここで私がシャルネ様を特別扱いするのを止めてしまったら、集落の民の不興を買ってしまいます。できれば……ご理解いただけると……」
「……う、うん」
勇気を出して伝えてみたけど……申し訳なさそうに九本の尻尾を揺らすキューちゃんを見て、これ以上は何も言えなくなる。
だって……これ以上わがままを言うのは良くない、それに
(キューちゃんの顔を立ててあげるのも、必要だよね)
こういう時に男性を立ててあげるのが、気遣いのできる良い女だって以前、本で読んだことがあるから、実践するなら今だ。
でも……そうなると急な旅立ちを告げられたカーくんのことが、心配になってきた。
「え、えぇっと……カーくんは大丈夫、なの?」
「ん? 大丈夫って……どういうことかな?」
「あ、ほ……ほら! 奥さんたちやお子さんたちに……何も言わないで旅に出て、いいの?」
「あぁ……なるほど、旅に出ることに関しては予め伝えてあるから、いつ集落を出ても問題はないよ」
問題ないならいいけど、子供にはお父さんからの愛情も必要だと思うから……転生前の私みたいに、辛い思いをしないか心配になる。
でも……他所の家庭に、他人が口出しするわけにいかないし、カーくんには私の常識は伝わらないと思う。
「じゃ……じゃあ、ゼンさんはいいの?」
「何言ってんだ? 旅に出るなら早い方がいいだろ……まぁ、長々とグロウフェレスの下で訓練や勉強を続けるよりも、現地で学んだ方がいいと思うぞ?」
「じゃあ……うん、いいのかな?」
ゼンさんもそう言うなら、このまま旅に出ても大丈夫な気がする。
まだ不安な気持ちはあるけど、ここで私だけがくよくよと悩んでいても、何も変わらない。
「どうやら話はまとまったみたいですね」
「……う、うん」
「では……シャルネ様。いってらっしゃいませ……この残酷な世界をどうか、よろしくお願いいたします」
「で、できる限り……がんばってみるね」
キューちゃんに見送られて集落から出ると、後ろから鈴の鳴るような音がした。
「……あれ? 集落はどこ、なの?」
振り向くと、今まで集落があった場所が、大きく開けた平地になっていた。
まるで……おとぎ話にある狐に化かされたみたいで、しばらく何も言えずにその場に立ち尽くした。




