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箱庭幻想譚―救い無き箱庭で、少女は幸せを願う―  作者: 物部 妖狐
ようこそ、救い無き箱庭へ

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12/26

第12話 集落に滞在して一週間が経ちましたが、今日も平和です

 気がついたら、戦闘訓練を始めてから一週間が経っていた。

その間にあったことと言えば、ゼンさんの部屋を掃除したり、料理が下手な彼の代わりにご飯を作ってあげたりと、まるで……お嫁さんになったような生活をしてる気がする。


(……この生活にもだいぶ慣れてきたかも)


 他にはキューちゃんから、この世界の常識や文字を教えてもらっている。

はじめは覚えられるのか心配だったけど、思ったよりも覚えやすい。


『これは……実に素晴らしいですね。短時間でここまで文字を覚えられるとは思いませんでした』


 私の優秀さにキューちゃんが驚いていたけど、これはもう……前世で受けた教育のおかげだと思う。

それに戦闘訓練も順調に進んでいるみたいだし、この調子ならそろそろ旅に出ても大丈夫な気がする。


(キューちゃんから、後は実戦で能力の使い方を覚えた方がいいって言われたし、私って実は天才的な才能の持ち主なのかも!)


 後は旅に出てから、思いついたことを色々と試してみて、少しずつ工夫してみようかな。


「ん-……暇だなぁ」


 あと一か月ほどしたら、旅に出ることになるってキューちゃんに言われたけど……戦闘訓練や授業以外は、家事しかやることがない。

外に出ても周りは畑ばかりで、遊ぶような場所もないし……このままだと、心に苔が生えてしまいそう。


(ゼンさんが……そんなに暇なら、集落の人たちと仲良くして、早くここでの暮らしに慣れた方がいいんじゃないかって、この前言ってたけどさぁ)


 実際に試してみようと思って、この前外に出て話しかけようとしたら、私の姿を見て頭を下げたり、急にひざまずいたりするせいで、まともに会話が成立しないのはどうなんだろうって感じ。


(それにさ、初対面の相手と話せって難しいこと言われても無理じゃない?)


 相手と仲良くなるのは、私にはあまりにもハードルが高すぎる。

そんな器用なことができたら、そもそも前の人生はもっとまともだったと思うし、死ぬこともなかったはず。


(とはいえ、このまま家にいるのも飽きてきたし……あ、そうだ。ちょうどいい人がいるかも!)


 カーくんだったら、初対面じゃないし。

なにより、旅に出る仲間なんだから、たくさんお話して仲良くなりたい。


(それに……エッチなイケメンを見て目の保養もしたい!)


 そう思って家を飛び出すと、この前ゼンさんに教えてもらったカーくんの家へ向かって走り出す。


「——ということで、は……はな、しに来たんだけど、その、今って……暇?」

「暇? やることがあるから話すくらいなら構わないけどね。……まぁ、俺からしたら楽しいことが多いから、暇だって思ったことはないかな」


 洞窟の前でクワを手に、畑を耕しているカーくんに、暇があるのかなんて聞いている自分が、あまりにも滑稽に見える。

誰がどう見たって忙しそうなのに、何を聞いているんだろう。

人と話すのってやっぱり——難しい。


「た、楽しいことって……は、畑仕事が?」

「そうだね。魔界では作物が育つような土地は限られているから、つい夢中になってしまってね」

「そ、そう……なんだ?」

「君にはわからないと思うけど、自分で食べる物を育てられるのが嬉しいんだ。それにこうやって畑を耕しながら、土の状況を知り研究を繰り返すことで、魔界に帰るときが来たら、役に立つかもしれないからね」


 なんだか言い方にトゲがあるような気がする。

でもカーくんが楽しいって言ってるから、あんまり突っ込まない方がいいのかも。

それに……せっかく仲良くなりに来たのに、喧嘩したくないし。


「で、でも、役に立てるって……魔界でも、野菜ができるところがある……ん、だよ、ね?」

「あるにはあるね……けど、その限られた土地だけじゃ、今はもう足りないのさ。草食の種族が食に飢えて数が増えないと、肉食の種族が増えることができないからね」


 どうして畑仕事のことを聞いてるのに、こんな壮大な話になるんだろう。

ちょっと……いや、だいぶカーくんが何を言いたいのかがわからなくて、頭の中がこんがらがってしまいそう。


「この箱庭と魔界が繋がってしまったせいで、豊かな自然の恵みに触れた草食の種族が爆発的に増えてしまった。……ここまで言えば、君にもわかるんじゃないかな」


 なんか……よくわからないけど、すごい難しい話をしてる。

その言い方だと、魔界では野菜を食べて生きる魔族を、肉食の魔族が食べてるってことになる。

……いや、常識が違いすぎて頭が追いつかない。

それに、なんだか——嫌な予感がする。


(もしかして、人を食べたりとかしてないよね?)


 肉食の魔族がいるということは、この世界の人たちを食べているかも。

ふと……そんな考えが脳裏を過ぎったけど、できれば私の妄想で合って欲しい。


「あ、あの……カーくん。もしかしてだけど、人を食べたり……とか?」

「はじめは飢えから食べたことがあったらしいけど、個体によって味の差が大きすぎるらしいから、すぐに止めた……らしいね」

「そう……なんだ」

「ただまぁ、一部の種族は繁殖のために人間を苗床にしたり、体内に寄生して数を増やすのに使ってはいるね」


 ——聞きたくなかった。

こんな話を聞いた後で、いつかこの箱庭の世界が平和になっても、魔族が元の世界に戻れなかったら、人と本当に共生できるのかなんて全然わからない。

弱肉強食、自然の摂理と言われたらそれで終わりだけど、これではあんまりにも残酷だ。


「カ、カーくんは……どう、なの?」

「俺はどちらかというと、肉食の魔族だけど……最近は野菜を食べるようにしているかな。もちろん、必要があれば今でも食べるけどね」

「へぇ……」


 肉食なのに、野菜を食べるって大丈夫なのかな……。


「本来なら野菜はうまく消化できなかったんだけどね。グロウフェレスが作り出した人化の術のおかげで、問題なく食べられるから、君が心配しているようなことはないかな」

「……じんかのじゅつ?」

「元の世界に戻れず、この世界に残るかもしれない現実を受け入れた魔族が、人の姿になって共存を選ぶための魔法だよ」

「それって……も、もしかして、私も使ってたりする?」

「いや? 君は天神と魔神様の手でこの世界に合わせて作られたみたいだから、元からだね」


 作られたって、なんか……人工的な命って言われてるような気がして、ちょっと嫌だ。

けど……前にキューちゃんが教えてくれたから、私は知っている。

どうやら魔族からすると、自分たちは神によって作られた存在だから、この言い方はむしろ敬意を込めたものらしい。


(でも、それならどうしてキューちゃんに狐の耳や、尻尾が生えているのかな。他の魔族の人たちも人間とは、ちょっとだけ見た目が違うし——)


 やるなら完ぺきに人に化けた方がよくない? って思うんだけど……


「えっと……それなら、なんで尻尾とかを残してるの?」

「あえて残しているんだよ。人化の術は……魔族の魂に直接、印を刻むことで効果が出るんだけど、全てを人の形にしてしまうと、いずれ世代を重ねたあとに自分たちが魔族であったことを忘れてしまうかもしれないからね」

「……へぇ」

「自分たちが魔族であったという誇りを無くしたくないのさ」

「誇りとか、そういうのはちょっと、私には難しくて……わからないかも」


 私の頭に手を置いて、カーくんがおだやかな笑みを浮かべる。


「君はそれでいいんだ。シャルネはそう……天族でもないし、魔族でもないからね」

「あぁ、うん……えっと」

「難しく考えなくてもいい。ただ、そういうものなんだっていうのがわかれば、それでいいんだよ」

「え、えっと……ぜんぶ、わかってあげられなくって、ごめん……ね?」

「謝る必要もないさ……ただ、グロウフェレスは彼なりに魔神の僕として、主人の意に沿わない選択だとしても、魔族の最善を尽くそうと努力してくれている。それだけだよ」


 そんなやり取りをしているうちに、いつの間にか陽が傾いて、茜色に空が染まってきていた。


(……ゼンさんが、家に帰ってくるかもだから、そろそろ帰らないと)


 集落の外の見回りと狩りを終えて、お腹を空かせているだろうし、美味しいご飯も作ってあげたい。


「じゃ、じゃあ……わ、わたし、そろそろ帰るね?」

「ゼンが心配するだろうから、暗くなる前に早く帰った方がいい……けど、あぁ、でもそうだね。 手ぶらで返すのも気が引けるから、これを持って行きなよ」


 カーくんが木箱に入った野菜を持ってくる。


「こんなにたくさん、もらって……いいの?」

「もちろんさ、余らせて肥料にするよりは、君とゼンが食べた方がいいからね」

「じゃ……じゃあ、もらっていく、ね? カーくん、ありがと」


 お礼を言いながら木箱を受け取ると、前世で流行っていた歌を口ずさみながら、夕焼けを背に家に帰るのだった。


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