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異界戦国ダンクルス  作者: 蒼了一
ヤドックラディ激突編

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第171話 第七将軍の信条

「……まったく、なんて殺風景な眺めだ」


 トレフロイグ第七将軍、ティレル・タッシは自分のオウガの肩部装甲に立ち、地平の果てを見渡しながらぼそりと呟いた。

 吹きつける風は冷たく、砂と灰を混ぜたような匂いを運んでくる。地面はひび割れ、岩はむき出し、ところどころに生える低木は枯れ色をしている。どれも生きているというより、ただ「死に損なっている」ようだった。


 ここはトレフロイグとヤドックラディの国境地帯。

 この荒涼とした大地の先、わずか数百メートルの街道を越えれば、もう異国の領土だ。ティレルは風に目を細め、その向こうに広がる静寂を睨んだ。まるで大地そのものが、嵐の前の息を潜めているかのように。


 一週間前、彼は一千のオウガを率いてここへ駐留するよう命じられた。命令書には簡潔にこう記されている。


 ──不測の事態に備え、迅速に対処せよ。


 何を「不測」と呼ぶのか、司令部からの指示は無かった。だがティレルは理解していた。

 この世界では、戦争こそが最もありふれた「不測の事態」なのだ。


 それでも、彼は願っていた。

 どうか何事も起きず、この退屈な任務が徒労に終わるように。そうすればすぐにでも首都ロエルへ戻り、暖かな酒を口にできる。


 ──だが、その願いは昨日の朝、無惨に砕けた。


 報告によれば、ヤドックラディ軍はラバス平原で壊滅。国王バート・ゴーレイは首都ニスビーを捨て、逃亡したという。

 今ごろ、ニスビーにはヤマトの旗が翻っているだろう。勝利の凱歌が響くたび、ティレルの胸中には冷たい鉛が沈んでいった。


 もはや向こうにあるのは、友好国ではない。

 未知の新興国ヤマト──何を考えているのかも、どんな戦い方をするのかも分からない、異質な勢力。


「おい、ロエルから何か言ってきたか?」


 ティレルは背後の副官に声をかけた。返ってきたのは、渋い顔での首振りだった。


「昨日の朝から新しい伝令はありません。現状維持、国境監視を続けよとのことです」

「……ったく。たった一千で何が出来るってんだ」

「連絡員の話だと、ロエルは援軍を検討しているそうですが、到着時期は未定だとか」

「検討だと? のんきなもんだな。ヤマトの奴らが今日にでも攻めて来たらどうするつもりだ……」


 ティレルは舌打ちし、握った拳に力をこめた。

 本部の遅さに苛立つよりも、自分がこの場に置かれていることの重みが、じわりと胸を圧迫する。

 バート王がトレフロイグへ逃げ込んだ以上、ヤマトは黙ってはいない。だが、彼の率いる一千のオウガでは、国境線を防ぎきるのは到底不可能だ。


 風が一際強く吹き抜け、砂を巻き上げた。視界が白く霞んだそのとき、監視塔から悲鳴にも似た報告が響いた。


「将軍! 街道の向こうから軍勢が! 信じられない数です!」


 一瞬、世界が静止したように感じた。

 鼓動が重く鳴り、皮膚の下で血が熱く流れる。


「チッ……やはり来たか」


 ティレルは低く呟くと、胸の奥に潜む恐怖を押し殺し、冷徹な軍人の顔を取り戻した。


「全軍、臨戦態勢だ!」


 怒号が風を切り、オウガたちの装甲が一斉に唸りを上げる。

 砂塵の向こう、かすかに見え始めた旗の群れ。

 その影は、まるで地平から湧き上がる闇のようだった。


 *


 ニスビーを発ったヤマトの軍勢は二千。

 その数は国を攻め落とすには足りぬ。だが、国境にわずか一千を配したトレフロイグ駐留軍を圧倒するには、あまりに十分だった。


 進軍するオウガたちの軍装はまちまちで、勢力ごとに異なる紋章や装甲が混じり合っている。統一感はなく、遠目には烏合の衆にすら見える。

 しかし、いざ足並みをそろえて進む姿には、恐ろしいほどの秩序が宿っていた。

 轟く地鳴りのような足音が、砂丘の向こうから大地を揺らす。陽光を浴びた装甲の群れが金と黒にきらめき、視界の端まで広がる。


 彼らは数日前、ヤドックラディ軍を完膚なきまでに粉砕した。

 その戦勝の熱気が、いまなお軍全体を包みこんでいる。冷たい空気すら焼くような昂揚が、兵たちの動きから滲み出ていた。


 ──勝者の呼吸だ。

 国境の砦からそれを見つめるティレルは、喉の奥がかすかに鳴るのを感じた。自らの鼓動が、金属の装甲を通して響くように重たくなっていく。


「全軍、停止」


 先頭を進んでいた白いオウガが右手を掲げる。

 その動作ひとつで、地を揺らしていた二千の足音がぴたりと止んだ。

 風の音が戻り、砂の粒が鎧の隙間をかすめて鳴る。沈黙の中、ただ重い鉄の匂いだけが残った。


 その巨体の肩部に立つ人物──マルフレア・フォーセイン。

 深紅のマントを揺らし、自身のオウガ、フォーダンから軽やかに降り立つと、迷いのない足取りで国境線へと歩を進めた。

 その背後には二機の護衛。

 メシュードラ・レーヴェンのザンジェラ、そしてアウルバリ・ベルンのジーガン。どちらも戦場で千を屠ると言われる猛将の王鎧だ。


「私はヤマトのマルフレア・フォーセイン!」


 その声は澄んでいた。風を裂き、荒野に響く。

 その響きには、戦の血臭よりも理性の光があった。


「こちらの軍の責任者と話がしたい。お出ましいただけますか!」


 ──交渉……か。


 ティレルはわずかに眉を動かした。

 問答無用で突撃してこない。

 それだけで、胸の奥に絡みついていた緊張の糸がほんの少し緩む。だが油断はできない。交渉とは、刃の鞘を巧みに飾った戦争の一形態でもある。


 ティレルは静かにオウガを前進させ、相対した。

 地面に落ちた自身の影が、相手の影と重なり合う。砂塵が二人の間を通り抜け、光が鎧の継ぎ目を淡く照らす。


「私はトレフロイグ第七将軍、ティレル・タッシ。貴軍のこれ以上の進軍は、我が国への侵略行為と見なす。ヤマトは我々を敵とするおつもりか!」


 声を放ちながらも、ティレルの胸中にはわずかな動揺があった。

 ──本気で戦う気なのか? それとも。


 マルフレアは静かに頷いた。漆黒の瞳が、まっすぐにこちらを見据えている。

 虚勢も恐怖もない。そこにあるのは、ただ使命だけだった。


「必要とあれば戦うことは厭いません」


 言葉は穏やかだが、その一音ごとに鋼の響きがあった。


「ですが──その前に、私たちの話を聞いてほしいのです。どうか、貴国の王、モツィ・イブス陛下にお取り次ぎ願えませんか」


 理性と誠意。

 ティレルは、その中に冷徹な計算を感じ取った。

 この女は、ただの外交使節ではない。戦場で勝ち抜いた者の言葉には、理と暴の境界がない。どちらにも踏み込める者だけが、この立場に立てる。


 もし彼が粗暴なだけの将であったなら、この場で槍を構えていただろう。

 だがティレルは、トレフロイグの将の中でも第七席。

 剛だけでなく、政治の駆け引きをも担う器量が求められる。

 司令部が自分をこの国境へ送った理由──それが今、ようやく理解できた。


 風が鳴った。

 砂がマルフレアの足元を舞い上がり、陽光の中で金の粉のようにきらめく。


 ティレルは息をひとつ吐き、低く呟いた。


「交渉したいというのか……」


 その瞬間、両軍を包んでいた緊張の糸が、音を立てずにわずかに緩んだ。

 だが、どちらの胸にもその確信があった。

 この対話が、戦火の火種を消すものになるか、それとも燃え広げる導火線になるか。

 それを決めるのは、これからの言葉ひとつだった。


「少し時間をいただきたい。よろしいか」

「どうぞ。私はここで待っています」


 マルフレアの答えは、穏やかでいて一切の揺らぎがなかった。

 ティレルは一礼すると、背を向けて陣の方へ戻る。その背中を、乾いた風が押す。


 *


 ──決断を急いではならない。

 それが、ティレル・タッシという男の信条であった。


 己の考えひとつで動く将は多い。だが彼は、どんな些細な決定であっても必ず部下たちと意見を交わす。

 誰もが納得して戦えるように。自分の選択を、他者の目で確かめるために。


 天幕の中、彼は副官たちを集め、短く説明した。

 その表情には焦りも虚勢もない。長年戦場で鍛えられた冷静さが、言葉に重みを与えていた。


「──戦うことは容易い。だが、勝つこととは違う」


 ティレルの声に、皆が黙した。

 その静寂の中に、答えはすでにあった。

 誰ひとり、ヤマトとの戦端を開こうとは口にしない。


 ティレルもまた、それを望んでいなかった。

 バート・ゴーレイがこの地に逃げ込んだ時点で、戦の火はもう国境にまで迫っている。だが、火を広げるか、鎮めるかは自分たち次第だ。


 これは、形式だけの会議だった。

 だが、その形式を怠らぬ誠実さこそが、ティレルを「第七席」に押し上げた理由でもある。


 彼は決して己を過信しない。

 己の判断に、必ず他者の目を通す。

 それは臆病ではなく、軍を生かすための知恵だった。


 全員の意見を聞き終え、ティレルはゆっくりと立ち上がった。

 背筋は伸び、目には曇りがない。


 *


「承知した。使者はマルフレア殿。貴女が立たれるのか?」

「はい。私の他にシュカリラのピルム・ガイラー、ニスビーのシュルト・アシュレー。そして、カーツ・ゴーレイの四人です」

「わかった。護衛のオウガは十機。使者殿はコンテナにて移動してください。私の副官を同行させます」


 マルフレアは深く一礼した。その仕草には戦場の女ではなく、一国の代表としての気品があった。


 こうして、ヤマトの交渉使節団はロエルへと向かうこととなった。

 ピルム・ガイラーはシュカリラの代表として。

 セナの兄、シュルト・アシュレーは貴族連合の代弁者として。

 そして、カーツ・ゴーレイはバート王の血族、そして、証言者として。


 護衛にはメシュードラ、アウルバリ。

 さらに三陣営の中から選ばれた精鋭八名が加わり、まさに「戦勝国の顔ぶれ」と呼ぶにふさわしい陣容となった。


 ロエルの方向には、冬を告げる薄曇りの空が広がっている。

 砂の匂いに交じって、鉄と油の匂いが重く漂っていた。


「それでは、弾九郎様。行って参ります」


 出発の時、マルフレアは振り返り、深く頭を下げた。

 背後には、静かに頷く弾九郎の姿。彼の眼差しは戦場のそれではなく、国を築く者のものだった。


「うむ。この戦の総仕上げだ。締めくくりはマリーに任せた」


 その言葉は、まるで炎を静かに包む覆いのようだった。

 マルフレアはその声を胸に刻み、ヤマトの全権大使として国境線を越える。


 オウガの群れがゆっくりと動き出した。

 砂煙が舞い、曇天の光の中を、鋼の行列が西へと進んでいく。

 その先に待つのは、和平か、あるいは新たな戦火か──。


 風が鳴り、遠くで鳥が一声啼いた。

 その音は、まるで新しい時代の幕開けを告げる号砲のように、乾いた空へと消えていった。

お読みくださり、ありがとうございました。


ティレル・タッシは下級貴族の生まれながら、トレフロイグ軍の第七席という高位にまで上りつめた人物です。

その理由は、軍才のみならず、卓越した政治センスを兼ね備えている点にあります。

また、ティレルは些細な問題であっても必ず配下と共有し、独断専行に陥らない姿勢が高く評価されています。

遠方へ出征した場合、軍事行動だけでなく、その場ならではの政治的判断が求められることも少なくありません。

トレフロイグほどの大国であっても、ティレルのように軍と政治の双方に強い人材は多くありません。

モツィ・イブスは、ヤドックラディで起こりうるあらゆる事態を想定したうえで、ティレルを任に当たる人物として指名したのです。


次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。

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