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異界戦国ダンクルス  作者: 蒼了一
ヤドックラディ激突編

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第165話 二つ頭の猟犬

 オスカールの軍勢が展開すると、戦場は一瞬にして緊張の渦に包まれた。上から見ると逆三角形の陣──その底辺の両端が爪のように突き出し、カーツと弾九郎を同時に睨み付ける。


二つ頭の猟犬(オルトロス)……」


 カーツは呟く。眼前の陣形は、包囲される側が突破点を二つに分けることで防御力を分散させる戦法。鶴翼陣の弱点を突く絶妙な戦術である。包囲陣の破り方は一点突破が基本。一点突破されれば陣形は瞬時に崩れる危険性を孕む。それを防ぐ目的で後方には遊撃部隊が控え、突破点の制御を狙う──この攻防は古の戦場で幾度も実証されてきた。

 二点突破を最初から狙う「二つ頭の猟犬(オルトロス)」は、敵の防御を分散させ、突破の成功率を格段に高める。


 かつて行われたレンディック帝国とアイハルツ連合の戦い──包囲された連合軍を救ったのは、シュカリラの英雄王ギャスパル・ウォーカーとヤドックラディのアイゼル・パガニンだった。二人の力で包囲網は裂かれ、絶望の縁から連合軍は生還を果たした。それ以来、「二つ頭の猟犬(オルトロス)」はアイゼルの必殺戦法として名を馳せ、幾度もヤドックラディの危機を救ってきたのである。


 ゆえに、ヤマトが鶴翼陣を布く限り、アイゼルが「二つ頭の猟犬(オルトロス)」を使うのは予想の範囲内であり、カーツの目に映る光景自体は驚くべきものではないはずだった。だが、彼の額には困惑の影が浮かぶ。理由はただ一つ──数であった。


「たった五百……まさか、ここまでマルフレア殿の読み通りとは……」


 アイゼルが動かせるオウガは一千四百機。アレイスターが四百の先鋒を率いているため、もしヴィタリーとオスカールが残り全てのオウガを引き連れて突撃してくれば、弾九郎はともかく、カーツ率いるラバス軍が持ち堪えられるかどうかは怪しかった。


 だが、目前に迫るのは五百機。カーツたちが相対するのはその半分、わずか二百五十機である。これならば互角以上に戦える──胸の奥に、わずかな安堵と共に冷静さが戻る。


 脳裏には、昨日マルフレアと交わした戦略会議の光景が鮮明に蘇った。冷徹な論理と緻密な読みを持つ彼女の存在を、戦場の風と砂塵に揺れる五百のオウガを前に、改めて思い知らされる。カーツの瞳は固く閉ざされながらも、確かな覚悟に光を宿していた。


 *


「ダレウモアに擬装した兵を二百機も置くとは……何のために?」

「アイゼル将軍を混乱させるためです」


 マルフレアの奇想天外な策に、カーツの頭は疑念で渦巻く。戦場の風が砂塵を巻き上げ、遠くで鳴る戦の喧騒さえも、彼の思考を遮らぬ勢いで迫ってくる。


「なぜ二百の擬兵が、アイゼル将軍の混乱を招くのですか?」

「カーツ様には大変申し上げにくいのですが……アイゼル将軍は一流の指揮官であっても、超一流では無いからです」


 その言葉が、カーツの心にさらなる不安の波を引き起こす。疑念が疑念を呼び、思考の迷路に入り込む。


「私にも分かるようにお話しください」

「アイゼル将軍が二百のダレウモア兵を目にした時、まず考えることは二つ。一つは別働隊の存在。ヤドックラディを凌ぐダレウモアが軍を動かす以上、二百だけで済むはずがない。そうであれば背後に一千、二千の別働隊が控えていると想定するでしょう。それを認識すれば、我々が野戦に打って出たことも納得するはず。そして……」

「そして?」

「もう一つは、その別働隊がラバスではなく、直接ニスビーに向かう可能性です」

「あっ……」


 マルフレアの説明で、カーツは戦場全体の流れを一気に把握した。ダレウモアの介入があるかのような幻影を見せることで、アイゼルの選択肢はわずか二つに絞られる。一つは正面の敵を撃破してニスビー防衛に戻ること。もう一つは即座に撤退し、ニスビーに籠もる。戦況を熟知するアイゼルならば、当然、後者を選ぶ──カーツの胸中で、冷徹な読みの恐怖がじわりと重くのしかかる。


「しかし、それはさせません」

「弾九郎様が速攻を仕掛け、戦場に引きずり込むからですね」

「そうなるとアイゼル将軍は、鶴翼陣を破るために『二つ頭の猟犬(オルトロス)』を仕掛けてくるでしょう」

「確かに……そうなれば厄介ですが……」

「大丈夫です。アイゼル将軍が『二つ頭の猟犬(オルトロス)』に割ける兵員は、五百が限界ですから」

「なぜ、そう断言できるのですか?」


 マルフレアの目は冷静で、まるで戦場全体を俯瞰するように輝いていた。


「一流の指揮官とは常に最悪の事態を想定します。アイゼル将軍の頭の中には、ダレウモアの別働隊が存在し、それに対応するために、無傷のオウガを五百は残すはず。先鋒が四百ならば、『二つ頭の猟犬(オルトロス)』に使える兵は、必然的に五百ということになります」


 カーツの胸に、冷徹な納得が流れた。自分が指揮官であっても、同じ状況下であれば同じ判断を下すだろう。敵の全容が分からないまま全軍を投入するのは、あまりにも無謀だからだ。


「マルフレア殿は先程、アイゼル将軍を超一流では無いとおっしゃいましたが……この状況では、誰もが同じように戦うのでは?」


 カーツの問いに、マルフレアは小さく首を振った。その表情には淡い笑みすら漂う。


「超一流の指揮官であれば、二百のダレウモア兵を見た時点で、即座に擬兵と見抜きますよ」

「なぜ、そう言えるのですか?」

「二百という数に意味がないからです。本当に別働隊がいるなら、存在を隠す方が有利ですし、正面から戦うなら、全容を見せた方が優位に立てますから」


 マルフレアの言葉は的を射ていた。戦場では、数の優位こそが主導権を握る鍵となる。兵力で圧倒し、敵に潰走を選ばせることができれば、最小の犠牲で勝利を収めることも難しくはない。大局の視点から戦場を見渡したとき、カーツは初めて、この軍師の思考がどれほど冷徹で、そして合理的であるかを痛感した。


「確かに……」

「つまり、二百という数を目にした超一流の指揮官は、その裏にある意図を読み取り、擬兵だと見抜き、全力で攻めてくる──それだけの差です」


 カーツは視界の奥に広がる戦場を思い浮かべた。風に舞う砂塵、槍や剣の閃光、兵士たちの咆哮……そのすべてが脳裏に刻まれる。それは確かに理にかなった話だ。だが、たった二百の兵を見ただけで擬兵と気づけるものなど、果たしてこの世に存在するのか──カーツにはわからない。わからないが、いま目の前では、マルフレアの説明通りに事態が進行している。

 そして、今から数時間後にカーツ・ゴーレイは、マルフレア・フォーセインという女軍師の底知れぬ知略を思い知ることとなる。


 *


「タレス! 『二つ頭の猟犬(オルトロス)』だ! 守りに徹して、絶対に抜かれるな!」

「ははっ!!」


 カーツは檄を飛ばした。声は風を裂き、全軍の神経を一気に戦場の一点へと集中させる。


「ラグナ! ウランフ! お前たちは敵を横撃せよ! 存分に暴れろ!」

「はっ!」

「お任せください!!」


 次の瞬間、陣の前方で金属の咆哮が轟く。

 砂塵が爆ぜ、空気が震える。地を蹴って突撃したのは、タレス隊百二十機とカーツ隊百二十機──合わせて二百四十機。数の上では互角。しかし、カーツの頭にはすでに勝ち筋が見えていた。


 正面を押さえるタレスと自分が「犬の牙」を受け止める。その間に、ラグナとウランフが側面を穿ち、横から咬み砕く。

 ──力押しではなく、理詰めの包囲戦。

 それは、カーツ・ゴーレイという男の性格そのものだった。


「エスカ! ファノナ! 遅れるなよ!」

「大丈夫! 後ろは任せて!」

「あんま無茶しちゃダメだよ! ほどほどにね~!」


 軽口を叩く声が、わずかに緊張を和らげた。だが、次の瞬間には戦場の鼓動がすべてを呑み込む。


 ラバス親衛隊が疾風のように突進した。

 眼前では、猟犬の一つの頭がすでにカーツらと激突している。金属が悲鳴を上げ、火花が夜空を裂いた。


 炎をまとったような赤いオウガ──ラグナのビョルンが敵陣へ突き刺さる。

 その軌跡を追うように、花弁を舞わせるピンクのハヴィー、ファノナが華やかに躍動した。

 続けざまに、スカイブルーのポヴァ──エスカの機体が風を裂いて走る。


 三機はまるで一体の獣。

 その息の合った連携は、見る者に錯覚を起こさせるほど滑らかで、殺意すら美しかった。


 ラグナが敵を薙ぎ払い、ファノナが追撃し、エスカが隙を穿つ。

 破れた陣形に、親衛隊とウランフ隊が雪崩れ込み、傷口をさらに広げた。


 やがて──猟犬の片頭が崩れ落ちる。

 残るもう一方も、前方の混乱を立て直す暇すらなく、後方から別の脅威に食われた。


 アレイスターの先鋒と連携して弾九郎への横撃を狙っていたその部隊は、待ち構えていたメシュードラ、ヴァロッタ、ツェットの三隊に真っ向から迎え撃たれたのだ。


 雷鳴のような閃光が交錯し、空気が軋む。

 その瞬間、アイゼルの必殺策──『二つ頭の猟犬(オルトロス)』は、悲鳴を上げる間もなく引き裂かれた。


 中途半端な兵力投入が仇となり、戦場の均衡は一瞬で崩壊する。

 やがて、ヤドックラディ先鋒アレイスター、次鋒オスカールの軍は統制を失い、恐慌の渦へと沈んでいった。


 退却ではない。

 ──潰走。


 カーツは、遠くに広がる焼け焦げた戦場を見つめていた。

 風が灰を巻き上げ、血と鉄の匂いを運んでいく。

 耳に届くのは、まだ終わらぬ戦のうねり──。

 だが、それでもこの一戦は勝った。


 カーツは静かに息を吐いた。

 敵を退けたとはいえ、まだ勝利にはほど遠い。


「……無傷の五百に、貴族連合の九百が残っている……」


 低く呟き、そしてその名を口にした。


「ダーシャ……」


 愛する妹弟子にして、今や敵将。

 かつては同じ未来を語り、共に剣を磨いた日々がある。

 だが、運命は二人を違う道へと引き裂いた。


 ヤマトに臣従し、ヤドックラディとの戦いを誓った瞬間から、

 この悲劇はすでに始まっていたのだ。


 彼女と刃を交える──その宿命は、避けようのない結末として。


(……俺は、ダーシャと戦えるのだろうか……そして……本当に、彼女を──)


 思考の続きを、カーツは飲み込んだ。

 胸の奥に重い痛みが広がる。

 それでも、逃げることはできない。


 敵将ダーシャ・ザーニを討てるのは、自分しかいない。

 その信念だけが、戦場で揺らぐ心を支えていた。


 カーツは拳を握りしめる。

 焦げた風が頬を打ち、彼の瞳に再び炎が宿った。


「……次だ」


 呟きは、誰に聞かせるでもなく、灰色の空へと消えていった。

お読みくださり、ありがとうございました。


オルトロスは、かつて転生してきた異界人がもたらした戦法で、その名はギリシャ神話に由来しています。

アイゼルがマルフレアの予想を超える指揮官であれば、手持ちの兵だけでなく貴族連合と協力してオルトロスを仕掛けていたでしょう。

そうなれば鶴翼陣の突破は確実で、ヤマト軍はラバス平原で壊滅していたはずです。

しかし、マルフレアは長年にわたり戦史を学び、アイゼル・パガニンの戦法や傾向についても熟知していました。

一方で、アイゼルは敵の頭脳であるマルフレアについて何一つ知りません。

どれだけ敵を知っているか。

それこそが、戦場での勝敗を左右する大きな鍵となるのです。


次回もまた「異界戦国ダンクルス」をお楽しみください。

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